ヴァサラ戦記:BATTLE of THE NOMADIC PEOPLE 〜プロローグ

ヴァサラ軍の仕事は何も戦だけではない。
それは総督ともなれば特にそうだろう。彼は今、貧しい村に数人の隊員とともに食糧を配り、その後にとある国に行くらしい。
いわゆる、『外交』というやつだ。

総督不在の噂は隠していても国中を駆け巡る。

そして、その噂が届くのはいい人間ばかりではない。

ー これは、ゼラニウム街以来の大戦争 ー


まるで動物王国かと見紛うほどの大量の動物が一つの街に集っている。
ここは、かつての大戦争があったゼラニウム街。

いつもとは違うほど生き物が、騒々しく中央に集まる光景はさながら何かのイベントのようだ。

「と言うわけで…俺は今回不参加だわな。」

「不参加って…今回の敵は規模が違うんだって話だよね?七福も参加してほしいんだけど?」

敵の情報らしい書類をソラに押しつけ、乱雑に布団が敷かれたベッドに寝転がる。

「困るよ…ゴリちゃん先輩になんて言えば…」

「そちらに関しては私も伝えておきます。ただ、七福さんの協力はどうしてもしていただきたい…」

「ソラ、アッシュ。」

「緑さん!?」

「師範…いつからいたの!!」

いつの間にか部屋にいた緑が七福の上着から見える包帯を見て、二人を止める。

「黒炎の村で負った傷ですか?そちらの事件がまだ片付いていないのでしょう?かわりに私が行きます。」

「悪いね、オルキスにも協力してもらってるんに、どーも犯人の目星がつかんくてさ。ケタ違いに強い煙にやられちゃってさ。」

「行きましょう、ソラ。」

「あ、おいおい!黒炎の話はキャベツにはすんなよ。街の話だ、余計な気をもませたくないんよ。」

さすがは動物と言いたくなるスピードで駆けていく三人を大声で呼び止め、最後の注意を促す。

「バレないようにするよ。」

「頼むわ。アイツにはこの件関わってほしくないしな。ほら、なんつーか…親友として、おせっかい?なんちゃって。」

「素直じゃないねー」

「いいから早く行けよ」

小さく野次を飛ばすソラに対し、恥ずかしそうに手を払うと、痛むやけどに包帯を巻き直し、再び机に向かった。


一番隊隊舎

「よう帰ってきたなぁ…死んでる思うたわ。」

「そんなわけないでしょ?ただの情報収集なんだから!」

「…の割には随分息切れしとるやんか。ま、80点てとこか」

「うざ。しょうがないじゃん、どうしょうもない先輩と組んだんだし。」

かすかに息が上がり、刀を抜いたらしいコヒナを嫌味ったらしくジロジロと見つめ、メイネは持ってきた情報の紙を受け取る。

「ハナヨイもイチもおったんやろ?の割にずいぶん苦戦したんやなあ…」

「あんまりコヒナに色々言ってやるなよ。せっかく頑張ってきたんだからよ。」

「で?敵が潜んでるのはどの歓楽街だ?」

「ゴンゾウのおっさん、下心丸出しかよ」

「何だよナバリ、お前も行きたいんだろ?」

「お、俺は…「黙っとけ。やっぱりツキヨダケ島か。…ん?」

副隊長二人の言い合いを止め、コヒナの持ち寄った地図を広げ、妙な気を察知する。

「コヒナ、カムイに言っときや。『宵闇表裏を持ち込むな』と。」

「…?わかった。」

「第一島…ずいぶんいや〜な気が漂っとるなあ…ボスのものとは違った妖気のような…」

どす黒いモヤモヤとした嫌な気配を察知し、メイネは隊員を集める。

ここはとある遊牧民が支配したツキヨダケ島。
十四もの孤島に分岐したここのとある一角に、その女性は笛を持ち降り立つ。

「メイネ…やはり私の妖気を探ってきますか…さすがはルケミアの生き残り…」


二番隊隊舎

「さて、コイツは貴重な情報だ!優秀な隊員さんが集めてくれたよ!」

「お前もだろ。ありがとな。」

タバコに火を点ける前に現れたハナヨイを労うと、腕にある大きな傷を見て、ハズキを呼ぶ。

「どうしたの?ハナヨイ、やられたの?」

「いや、はぐれちまってな。はぐれちまった…というか、分断された。一撃離脱で周辺の小屋がすべて吹き飛んでたよ。ありゃバケモンだ。」

「いや〜…怖いねぇ…そんな敵なら、本気でやらないと」

ボリボリと不精に頭をかくイブキの声がワントーン下がり、警戒モードへと変わる。

「おいおい、ちょっと待ちな!とりあえず寿司でも食って落ち着けって。あの技は七福の情報にもねえだろ?ありゃ別人だ。」

「ギンジ副隊長…」

イブキは目の前に出されたマグロ寿司を口に入れ、お茶をすすって落ち着くと、ハナヨイが持ち込んだ情報に目を通す。

「お前ら、よーく目を通しとけよ、離島まみれの島。助けなんか来ねえからな。」

「コイツァ、まさに、ヴァサラ戦記ってやつだねぇ!歴史に刻まれるんじゃねえかい?」

ハナヨイの見栄とともに全員にやる気がみなぎると、戦闘の支度を始める。


ハナヨイが情報を集めていた村を吹き飛ばしたのはファーコートの男。

「逃がしたか…ヴァサラ軍も消しておきたかったが…二兎追うものは一兎も得ずとも言う…とりあえず狙いは拾肆島だ…」


三番隊隊舎

「隊長!ヒジリ隊長!!ハナヨイ副隊長から情報が…ギャッ!」

「蒼命さん、落ち着いてください…言いたいことはわかりますから。」

「あ、すみません…コヨイ副隊長」

盛大に転倒したコヨイを優しく手を貸して起こし、ハナヨイの情報を一生懸命手書きしていたアサナギに手を止めるよう促し、団子をつまんでいるヒジリに声をかける。

「ホッホッホ…随分と壮大な土地じゃ…コヨイに蒼命、それにアサナギよ。無理をするでないぞ。窮地に追い込まれたときこそ、『心技体』を思い出すのじゃ。」

「いやいや、大丈夫でしょ。知ってる?隊長昔でっかい龍斬ったんだって!すごくない?」

「落ち着きましょう。心技体の話したばかりでその騒ぎ方は。」

「いや、でもいいんじゃないですか…?こういう雰囲気が三番隊というか…」

アサナギは全員に団子を配り、ゆっくりと腰掛ける穏やかなヒジリを見て微笑む。


四番隊隊舎

「敵は待ってはくれんぞ!!情報など後だ!今は剣を振れ!集中!」

オルキスの怒号に一瞬集中を切らした隊員達の背中がビクリと跳ね、再び剣を振るう。

「今…背中が跳ねた者…1000回追加だ。その集中力の無さが戦場では命取りだ、ワタシは何度もそう言っている」

「「「はい!!」」」

「オルキス、情報に関しては私がまとめとくわ。」

「すまない。ラヴィーン。任せていいか?」

「もちろん。今回は総督不在。いざとなったらあなたに指揮を執ってもらわなきゃ困るんだから。」

「先生。」

修羅のような目つきで隊員を見つめるオルキスに唯一声をかけられるのはこのイゾウくらいだろう。
彼は、一心不乱にたった一つの型を練習するコウトウを指さし、地面の汗溜まりを見せ、一度休憩するように促す。

「ふむ…コウトウは初任務以来よく頑張ってくれている…彼に免じてここは一度休ませるか。休ませるといっても情報収集と水分補給のみだがな」

「それで大丈夫でしょう。我々は四番隊。鍛錬量では随一ですから。」

「そうだな…ただ。」

オルキスはぐでっとだらけたキリイを掴み、壁に思い切り叩きつける。

「貴様は追加だ。なめるなよ、ワタシが見ていないとでも思ったか?」

「フン、俺様は特殊格だ。極みが出ればこんな奴らも無能なアンタも追い抜くんだよ。それに俺は任務後。なのに修行?どこかおかしいぜ。」

「よく聞け、剣術も学べぬクズに極みなど一生出ない。ワタシがいいと言うまで鍛錬を続けろ。それに、貴様が活躍していたという話はコヒナから聞いていない。」

「た、隊長…」

「なんだ。」

「一度資料を見ませんか…?」

「む…そうだな、努力していた君に免じて今回は見てやるか」

オルキスは情報の紙を全員に回す。


五番隊隊舎

「離してよ!僕隊長だよ!先に見るのは僕だから」

「こういうのは俺も見たいんだって!広げてくれよ、見えない!」

「フリートは次でいいでしょ!」

「隊長だからこそ譲るとかさあ!歌ってやるから!」

「「ぬううううう!!」」

たった一枚の紙を取り合うカルノとフリートの前に人数分の紙をアサナギに書いてもらったらしいジェイが資料を手渡す。

「アサナギに頼んで、描いてもらえばいいじゃん。ほら人数分」

「さっすがジェイ!ありがとう!よし、みんな見てみよ!」

バッと床に資料を広げ、大量の離島があるその地図を器用に筆で写し絵のように拡大して書く。

「よーし!せーので行きたい島決めよう!みんな指さしてね!いくよ!せーのっ!!!」

隊員達の指が、副隊長二人の指が、そしてカルノの指が同じ場所に止まる。

「さすがだねー!やっぱりここだよね!今から楽しみだ〜!あ!」

カルノは微弱な極みを流し、『科学都市に捨てられていた』隊員を起動する。

「お呼びですか、隊長。」

「そんなかしこまらないでよ、コイル。久々の大任務だよ!一緒に楽しも!」

起動したコイルという少女にカルノとフリートが肩を組む。

「隊長、ドク、任務ですか?」

「ああ!まだ動いちゃダメだ!隊長の電力供給が終わってからにしないと!」

「ダンプ!それを早く言ってよ!」

コイルにドクと呼ばれたでっぷりと太った博士風の男、ダンプ・ダンプはパッと手を離してしまったカルノの腕を慌ててコイルにくっつける。

「ああ!まずい!中途半端な充電は機能停止の原因になる!!再メンテナンスが必要だ!必ず間に合わせる。だからとりあえずありったけの電力供給を!」

「やっば!!少し痺れるよ!」

カルノは会議をそっちのけに電力を上げていく。


六番隊隊舎

「ゴホッ、ゴホッ!ピエンさん。薬の在庫は?」

「少し足りないかも〜。こっから戦争ならマジピエンって感じ~」

ピエンは泣き真似をしながら、数日寝ていないらしい、クマだらけの目をこすり、再び調合に移る。

「踏ん張りどころだ…ゴホッ!僕も絶対に間に合わせるから…ゴホッ!ゴホッ!ジュリアも…麻酔お願…ゴホッ!」 

「おいおい、ヤマイちゃん、ピエンちゃんも。休めばいいんじゃね?俺様はまだ髪をいじれる余裕もあんぜ?」

「そういうわけにはいかないよ…」

ヤマイは地図にある、大きめの島に✕印をつけ、必要な医療器具をメモしていく。

「今回は僕ら…いや、僕が一番最初に敵を倒さなきゃならない。ゴホッ…!この島に治療の場を作らなきゃ助けられる人も助からないから…ゴホッ!ゴホッ!みんなには…ゴホッ!苦労かけるけど…ゴホッ!用意はしておこう…ゴホッ」

苦しそうに準備をするヤマイの横で、ジュリアが指を天に上げ、鳴らす。

「患者(オーディエンス)爆増ってことか。こりゃまた俺様が輝いちまうぜ。そのためにゃ、寝る間くらい惜しんでやるよ、ヤマイちゃん。」

「ウチも、めっちゃがんばるしぃ。」

「はは…ありがとう…」

『ついでにもう少し体調悪くしておこうかな。』


七番隊隊舎

けたたましい打撃音が聞こえる一角と、まるで世界が終わったかのように静かに禅を組む一角。
七番隊に情報の紙を置きに来たハナヨイもさすがに遠慮したのか、小さく空いた小窓から手を伸ばし、そっとそれを置いて立ち去る。

訓練から数分、風により攫われそうになった紙のかすかな音を聞き、ファンファンはカッと目を見開く。

「爛猫(ランマオ)!」

「任せテ」

猫の名の通り身軽に飛び跳ねた彼女は、空中で舞い散る紙を素早く掴み、隊舎にふわりと着地する。

「数枚…逃してるアル。まだまだ修行が足りないアルヨ」

遠くへ吹き飛んでいく数枚の紙にファンファンは一蹴りで追いつき、ガッシリと掴むと、まるで鋭利な刃物のような勢いでそれをシャオロンとキンポーに投げつける。

「そら来たぞシャオロン!」

「わかってるアル、キンポー」

キンポーは刃と化した紙を力で相殺し、しっかりとその手に握り込み、シャオロンはまるで流水のように受け流し、ただの紙に戻す。

「合格アル。私実はこの情報、先に貰ってるヨ。よく読んで戦いに備えるアル。」

ファンファンは再び瞑想に戻った。


八番隊隊舎

「ふむ…いよいよ動き出したか…良いか、此度の戦も命までは奪うでないぞ!」

隊員を一箇所に集め、事細かに情報を伝えると、副隊長二人に自身の隊員が怪我を負った場合の動きについて説明する。

「しゃーないのう。怪我したらワシかジャンニの元へ来んかい!少しぐらい元気にしちゃるけぇ」

「俺も少しは極みのコントロールができるようになってきたからね。おそらく力になれると思うんだ。」

「俺…?」

情報もそこそこに八番隊の話題はジャンニの一人称問題でもちきりだ。

「お前さん…いつから一人称変えたんじゃ?」

「あ…いや、ハハ…ほら、やっぱり異国から来てたもので…色々な本とか読んでて最初は『僕』が無難かなというか…患者さんの前ではエイザン隊長のように『私』。使い分けたほうがいいのかなとも思いつつ。隊内では『俺』が多いので、探り探りといった形ですが…」

「そうか…お前さんも苦労しとるんじゃのう…ん?なんで『ワシ』がないんじゃ?毎度毎度副隊長のワシがそう言っとるじゃろう」

「『ワシ』はなんだか…合わないというか…向いてないというか」

「アホか!男なら気合入れた一人称にせんかい!」

『気合入れた一人称…?』

「・・・・・」

ジャンニの話で隊がざわつく中、アシュラは一人で黙々と情報を読み進める。
その真剣な背中を見て、はしゃいでいたギンベエははっと我に返り、情報を再び読み込む。

「すまんのう。アシュラ。騒がせてしもたわ」

「・・・・・」


九番隊隊舎

「イチ、戻ったか。」

「はい、九番隊隠密部。ハツカイチ、ただいま戻りました。」 

「そんなかしこまるな。俺達は他とは違う。チームワークが大切な隊。距離感はもう少し近くていい」

「ま、任務は終わったんでしょ。ハツカイチさん。とりあえず座りなよ」

「シュート副隊長…」

元来真面目な性格だからか、シュートに座るよう促されるまで忍び装束のまま立ち尽くしていたハツカイチは、少しぎこちない様子で副隊長二人の隣に座る。

シュートは用意されていた料理をハツカイチの皿に盛り付けながら、情報についての礼を言う。

「ふーん。これまた随分厄介そうというか…危険というか…どうっすかね。ウキグモさん。」

奇天烈に散らばった離島、侵入を防ぐ渦潮、妨害工作も一筋縄ではいかないだろう。
ロポポの手腕は誰よりも一番シュートが信じてはいる。
それでも攻略の糸口は現状つかめないのだ。

「シュートくん。大丈夫かい?」

「隊長。いや、すみません…現状突破できるイメージが湧かないんです。」

「そうだねぇ。ゼラニウムは地続きだから上手くいったのもあるからねぇ…」

「隊長。俺ならどうにか…「だ、駄目ですっ…!副隊長は絶対に必要ですから!それなら私が殿を務めます!私一人の命で切り開けるなら、このハツカイチ、喜んでこの命を差し出します!」

「落ち着け。いいか、イチ。俺達は何でも屋。誰一人欠けちゃならねえ。だから…「そうだよぉ。僕達は『何でも屋』君にできないことは副隊長がやるし、副隊長にできないことは君がやる。そんな隊だからねぇ」

「ロポポ隊長。遮んないでくれよ…」

ウキグモはハツカイチから紙を受け取り、近くにあった日本酒で口を湿らせた。


十番隊隊舎

「ねぇ聞いてよマルル隊長、ヨシコさん!また近くのお店の卵が値上がりだって!」

「ホント!?あっちのお店はお肉が高くなってるのよ!」

「ヤダ、アタシダーリンにそのお店でお肉買うように言っちゃった!タミコさん、今度は行く前に教えてちょうだい!」

「今なんてどこ行っても値上げ値上げよ、やんなっちゃうわ。」

「野菜はタゴサクさんの畑で作ってくれてるけど、今魚も高いでしょ?」

「悪いね、御三方…今は気候柄、あまり米も穫れねえんで…」

まるで主婦三名の井戸端会議に巻き込まれた八百屋の主人のように、自身の畑で採れた野菜を持ち込みながら、去年より少なくなってしまった米をマルルに差し出す。

「あら!ごめんなさいね。話に夢中で!」

「でもホントに色々大変よね。」

「大変といえば、この情報見た?」

「島のやつでしょ。怖いわよね〜」

「ダーリンの方にも相談してみるわ。」

「俺も…準備してきますよ…」

ありふれた会話をしながらも、食卓に出された情報を隊員達は目を通す。


十一番隊隊舎 

「しゃあ!最高に盛り上がるぜ!俺の刀が何人切り裂くかあ!」

まるで祭りでも起こるかのような大盛り上がりを見せるのは十一番隊だ。

「落ち着けよ、お前ら。なぁ…」

騒がしい隊員達を諌めるように、エンキは小さな声で言う。

「いやぁ、こいつは俺の出番。このジブラ様が久々にド派手な喧嘩を見せてやんぜ!」

ド派手なサングラスを輝かせ、ラッパーのような格好で机に乗り、騒ぎ立てるジブラにどこからともなく空き缶が飛んでくる。

「うるっせえんだよチンピラが!今回目立つのは俺だ!」

「引っ込んでろ新米風情が!」

「なんだぁ?やんのか?」

己が戦うんだという意志と、逸る気持ちが隊員達を大乱闘へと導く。

「埒が明かねえな…『共食い』だ!」

「やめろつってんでしょ、バカ。」

「いてっ。」

過剰に盛り上がるジブラの後頭部を繭が軽く小突き、どうにか落ち着ける。

「何すんだよ。」

「今回は大きな戦って言ったでしょ?『共食い』なんてしたら戦力減るじゃない」

「うっ」

「それに…「『共食い』ってなんなんだ?」

エンキが知らないらしい謎の風習があるらしく、首をかしげる彼に「よくぞ聞いてくれた」と言うが如く、ジブラが大声で話し出す。

「公平かつ最高の決め方だぜ!斬り合って殴り合って、最後に残ったやつがその日のトップとやれるんだ!」

「はぁ…」

繭は『バカなことを考えるな』とばかりに頭を抱える。

「お前らそんなことやってたのか…俺に言わずにそんな楽しそうなことをしやがって…」

「ほら、こうなると思った…」

ギラついた目になるエンキに隊員が震え上がるが、それに構わず彼は刀を抜く。

「決めようぜ、『共食い』で」

「隊長!『アイツ』も任務から帰ってきますから、一度落ち着きましょう。」

「お、悪い。ついな…うおっと!」

まるで親の仇でもいるかのような勢いで刀を投げつけた真紅のリーゼントの男に刀を投げ返し、楽しそうな顔でちょいちょいと手招きをする。

『遅かった…』

「戻ったか、ボイラ!」

頭を抱える繭とは逆に、ジリジリと刀を抜いて間合いを詰めるリーゼントの男、ボイラとエンキはどこか嬉しそうだ。

「ただいま戻りましたー♂エンキ隊長♀」

「刀ぶん投げられりゃわかる。」

「ちょっと任務で暴れすぎて、ヤマイとジュリアに骨の検査をしてもらってたんすよ♀それより…共食いだって?混ぜろよ俺も♂」

一触即発の空気をさらに増幅させるかのように、近くにいた隊員に打ちかかる。

「お前ら、共食いだァ♂勝てると思うやつはかかってきな♂」

『はぁ…こんなんだからみんなやめてくのよ…』

大乱闘が起こる中、繭は一人で資料を読み進めていく。



十二番隊隊舎

「クガイ隊長、こんなときはお酒はやめてくださ…「素面だよ。」

「!?」

飲んだくれて吐瀉物まみれのこの男が酒の瓶を横に置かず、隊員を集めて真剣に情報を読み込んでいる事にアヤツジは面喰らう。

「ク、クガイ。お前、酒飲んでくれよ…いつもみたいに不甲斐ないお前で居てくれ。なぁ…そんなに今回の相手はやべーのか?」

「・・・・・」

「な、なあ?」

『自慢の棒術を見せてやる!』と息巻いていたマシラは、ゼラニウム戦の時も飲んだくれていたクガイが落ち着いている事に恐怖を感じ、ガタガタと震えだす。

「隊長…」

「いや、悪い。お前らを脅かすつもりじゃねぇんだ。ゼラニウムよりデカい戦なんかありゃしねぇよ。あんなもんは稀だ。だがな…」

クガイは地図に酒を垂らし、地図が読めないほど滲ませる。

「今回は敵だけじゃねぇ…多分な。もっともっとどす黒い何かが動いてやがる。気持ち悪い。」

「どす黒い何か?」

「さあてね。ま、感覚でわかるんだよ、俺は。闇ん中で生きてきたからな。」

チャプンと僅かに音を立てた瓢箪を逆さにし、がぶりと酒を飲んだ。

『チッ。空気が淀んで酔えやしねぇ…』

「アヤツジ、もう一人も呼んどけよ。自由出勤にしてる(勝手に)が久しぶりにきちんと召集かける」

「本来それが普通なんですけどね…」

「もういるよ…長い戦になりそうだ…」

「ハカナくん!珍しいですね…」

ハカナと呼ばれた少年は『十番隊でタミコとヨシコから貰った』と言いながら、小さな籠に入れられたリンゴをアヤツジに投げ渡す。

「クガイ隊長がこういう態度って事は危険なんだろ?恐れても敵は来る。マシラも覚悟をしておいたほうがいい。」

「そうですね…ただ、貴方は幼いので…その…私的にはあまり戦闘に駆り出したくないのですが…」

ハカナから受け取ったリンゴを頬張り、目の前にいる年端もいかぬ少年を心配そうに見つめ、持っていた薙刀をギュッと握りしめる。

「大方敵も分散するだろ?」

「ハカナ、達観するのはいいが、死んだら終わりだ。くれぐれも隙を見せるなよ。」

クガイから向けられた殻の酒瓶がまるでこの男の放つ殺気により鋭い刃のように見え、一瞬後ずさる。

「大丈夫です。隊長。」

『怖ええ〜!俺相手に何やる気になってんのこの人!!これはアレだ!『普段慕われていない人がここぞという時に最強の力を使う雰囲気』だ!』

クールに見せている胸の内でハカナはまるで呪文のように早口で喋り出す。


十三番隊隊舎

「サメちゃん、おかえり〜。ありがとねぇ色々!今日はもう帰ろっか?はい、これ頑張ったご褒美のクッキー。みんなで食べよ?」

情報の紙と地図の間に飴やらクッキーやらを挟んで全員に配り、他隊の隊員達と危険な任務に赴いたコバンザメには特別報酬として、クッキーと共に休暇届を渡す。

「いや〜、大変でしたよ。苦難まみれの大捜索!ま、俺の活躍でどうにかこうにか乗り越えたわけですが…」

「うんうん!ありがとね、頑張ってくれて!いつも助かるよ。これからやる戦についての説明が終わったら今日はもう上がってね〜。さ、ヒムくん、エルレのおじいちゃん。説明ヨロシクね!」

袋に入った板チョコをパキッと景気のいい音で割り、説明を二人の副隊長に任せると、事細かに記載された独自の資料を追加で全員に配る。

「ルーチェ隊長の資料通りだ。きちんと叩き込んでおけ。…聞いてるのか?」

ヒムロはまるでパーティーのように大量に置かれたお菓子や飲み物をバイキング形式で取りながら話を聞く隊員達に苛立ちながら、ちらりとエルレの方を見やる。
エルレはその特徴的な片眼鏡にくっついた冷や汗をハンカチで拭いながら、口元に人差し指を立てた。

「この会議の雰囲気には慣れましたが…皆さん、もう少しお静かに。こんなのオルキス隊長やファンファン隊長にバレたら私は何と言えば…」

「ルーチェ隊長!!あなたが注意してください!お前ら、一度手を止めろ!!聞け!」

「そうだそうだ!この先は戦なんだぞ!お前ら、自覚はあるのか!!すィませんねぇ…俺から皆に言っとくんで、ハイ。先輩としてこれは見過ごせませんよ…」

コバンザメがヒムロに同調する中、板チョコを食べきったルーチェはマシュマロを取りに隊員の中へ入っていく。

「あ!それ取ったぁ〜。アタシも食べたかったのにぃ〜。」

「隊長!!」

「ん?ゴメンゴメン。でもさ、戦になったらみんなで帰れないかもしれないし、せっかくだから思い出作ってあげたいじゃん?仲良いほうが助け合えると思うけどなぁ。」

『この人は…』

「そう!!それだ!!俺はそう言おうと思っていた!よし!みんな、じゃんじゃん食え食え!先輩として思い出作りも大切だと俺は知っている!」

『コイツは…』

今度はルーチェに同調するコバンザメに軽く舌打ちすると、隊員達が理解していないであろう補足部分を資料に書き出していく。

「まぁ…一理ありますが…では、こうしましょう。今食べているもので一度終わって、話を再開。それで良いですね?」

「そう!このコバンザメの言いたいことは全部エルレ副隊長が言ってくださった!!」

長すぎるブレイクタイムが終わり、エルレから理路整然とした説明が隊員達に行われ、さすがの十三番隊も恐怖で一瞬身震いする。

「あ、待って。終わるんだけど!最後に一つ!『自分の命が危なくなったら?』」

「「「「『隊長達を置いて逃げる!』」」」」

「うんうん、それを覚えてるならオッケーだよっ!さ、定時まであと一時間。頑張ろ!あ、サメちゃんは上がってネ」

ひらひらと優しくコバンザメに手を振り、『ちょっと休憩しよ。』と隊員達に食後の紅茶を配る。

「隊長!」

「休憩はさっきもしたでしょう…もう」


ここはツキヨダケ島。中央のやや大きな浮島と十四の離れ島が円状に点在している島で、移動は基本的に小舟を使う。

十四の島々にはそこを統べる島長がおり、かつて『史上最悪の遊牧民』と恐れられたオウロウが座す中央を主要都市とした独自のネットワークを形成していた。

ここは第拾肆島。

数多の酒場と肉料理の店が所狭しと立ち並び、わいわいと活気を見せるが、島民達の目はどこか怯えているようだ。

「俺は今酒場を回っているんだが、この辺にないか?」

「あ、それならこの先にあと一件ありますよ!ただ…」

派手なファーコートの男に対し、女性は口籠る。

「何かあるのか?」

「この時間はサイフク様が来られますので…その…やめておいたほうが…」

「サイフク?」

「この島の島長です!かつてとある街で死刑執行人をやられていた方で、『罪消し』のサイフクと呼ばれていました…」

「ほう。」

「あの人は…気に入らない相手がいれば自身の死刑用の大刀ですぐに首を跳ねる。度を越えた殺人で村を追われた人なんですよ!」

ここにいる市民たちがしきりに時計を見て自分に酒や食事を提供していたのはこれが理由かと納得する。
どうやらこの島はサイフクという男が力で支配しているらしい事言動の端々からはっきりと伝わってくるのだ。

「随分と独裁的な島長だな…だが…」

女性の静止も虚しく、男の足は酒場へと向く。

「そういう性格なら上に立つのは向いていないから降りたほうがいいな。」

その一言と共に男はガチャンと勢いよく閉まる扉の奥に消えていった。

「ここにある一番高い酒を頼む」

「いや…それは…」

「なんだァ?旅人か?この島のしきたりがわからねえらしい。」 

カウンターを二席分使い、座って酒を飲んでいたでっぷりと太った男は首刈り刀を男に向ける。
その刀と態度で、この男がサイフクかとすぐに分かるほどに不遜な態度だ。

「いい服着てるな、成金野郎。名前は?」

サイフクは持っていた高価であろう酒を男の頭から注ぎながら尋ねる。

「…ファブナー。」

「そうか、ファブなんとか。嬉しいだろ?浴びるように酒が飲めて。怒りも反論もしないとんだ腰抜け野郎だぜ。」

ファーコートの男、ファブナーはワインをかけられたことで、そのオールバックが濡れ、前髪からワインが滴り落ちる。

「ただ酒をかけられただけだ、怒るほどのことじゃない。」

ファブナーはポタポタと垂れるワインに手をかざし、小さな受け皿を作ると、ぐっとそれを飲み込む。

「安酒だな。この島の周辺にはあまり果物ができないのか?」

「あ、えっと…少し離れたワカバ村ってとこが一応そういうのが豊富で…」

ワインをかけられたまま話すファブナーに仰天しながら、店主は質問に返答する。

サイフクは酒に飽きが来ていたのか、村の情報を聞くなり、その巨体をムクリと起き上げ、明らかに足りないであろう額の小銭を乱暴に投げつけた。

「へへっ。その村ブッ壊していただいちまおう。」

「本当に単細胞なブタだな…」

髪型を直しながら呟いた言葉に青筋を立てて目ざとく反応したサイフクは、ファブナーに思い切り首刈り刀を振り下ろす。
しかし、ファブナーの周辺に発生した『ドス黒い靄』のようなもので防がれ、擦り傷一つけることは叶わなかった。

「少しはやるようだな」

サイフクは数歩ファブナーから離れ、電撃を帯びた首刈り刀を地面に向けて思い切り突き刺す。

「ヤバい!みんな逃げろ!!店の外に早く!!」

店主は自身の店に構わす、慌てふためきながら客を外へと誘導すると、ファブナーの服を引っ張ってなにやら叫ぶ。

「アンタも逃げるんだよ!!あの人はツキヨダケ島最強の『天魁十四星(てんかいじゅうよんせい)』の一人だぞ!」

「その中でも一番弱いだろ。こういう思考を放棄した人間こそ本当の『無能』というやつだ。おこぼれで上に立ったことを威張るとは笑わせる。」

「殺す…雷の極み『電気椅子』:流雷(りゅうらい)!」

店全体に流れ出した雷は木造の壁や床を破壊し、ファブナーに襲いかかる。
痺れて動けなくなったと思い込んだサイフクは、電撃を纏った首刈り刀を振り下ろす。

「雷の極み『電気椅子』:大雷斬首!」

「せめて切り傷くらいつけてくれると思ったんだがな」

「バカな…!」

無傷で立っているファブナーに震え上がるサイフクに対し、酒の瓶を拾い上げ振り被る。

「酒が飲みたいんだろ?しっかり受け取れよ」

「か…」

「言っただろ?『しっかり受け取れ』って」

ドス黒い靄が瓶に集まり、凄まじい勢いでそれを投げつけると、サイフクの胴にポッカリと風穴が空き、絶命する。

「おい、アンタ。店、悪いことしたな。こいつは弁償代だ」

ケースと共に渡されたのは酒場の店主では一生かかっても見ることができないほど札束。

「こ、こんなに…サイフクを倒してくれたことすら俺に値するのに…」

「気にするな。もうすぐこの島は『俺の物』になるからな」

店主はファブナーの真意が分からず口を閉ざすが、彼は返答を受ける間もなくどこかへと去って行った。








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