ヴァサラ戦記 FILM:REVERSE STORY:CENTRAL【特典漫画あるある】
ー物語は過去へ戻り分岐する。
まずは中央。その波紋は東西南北へと大きく広がり彼等の話を紡ぐー
ゼラニウム街は地獄だ。
いや、ゼラニウム街の寺子屋こそが本当の地獄なのかもしれない。
街に電線のように張り巡らされた輸血用チューブ。
寺子屋には『輸血日』というものがあり、血を貰うことで各々が極みを更に上の次元へと昇華させるのだ。
極みが無いものは過剰な差別を受け、大人ですらそれを黙認する。
それどころか、極みの無いものを迫害する子どもたちを褒めさえするのだ。
両親がおらず、極みが無い緑髪の少年。ラミアは毎日地獄の日々を過ごしていた。
彼の髪型は美容師に酷い切り方をされ、襟足はめちゃくちゃに切り揃えられ、途中で面倒臭くなったのか右側のみ奇妙に伸び切っている。
ラミアは重々しい足取りで寺子屋のドアを開けた。
「よう、ラミア〜、今日は雷の極みが出るかどうかを試す日らしいぞ。ま、俺は免除だけどな。」
教室に入るなり机に乗りながら大声で話す男に肩を組まれ、ラミアは体をビクッと震わせる。
「そりゃお前は免除だろ特殊格を輸血で得た将来有望な男なんだから」
「ハッハッハ、この雑魚とは違うからな。お前らが恐れてる『アイツ』も極み無しなんだろ?停学明けたら俺がボコボコにしてやるよ。」
男はラミアの近くの誰も座らない机を思い切り蹴飛ばすと、氷水の張ったバケツを仲間へ持ってこさせ、ラミアの机の前に置く。
「数日前、お前は火の極みの『輸血』を受けた!これより極みが出ているかのテストを行う!」
「マジ?優しすぎない?」
「先生も鼻が高いだろうなぁ」
「だろ?ルールは簡単、こうやって…」
ラミアの髪を掴んだ男は氷水の中にラミアの頭を突っ込ませた。
「ゴボッ!!ゴボッ…ガボガボ…!!」
バケツの中で苦しそうにもがくラミアを見てクラス中が笑いに包まれる。
「火の極みなら水を蒸発させてなんともないはずだろ?ああ?」
「今回も外れなんじゃない?」
「相変わらず最低だな。」
「ラミアってホント無能」
男はラミアの頭を氷水から出し、残った水を頭からかけ、咳き込むラミアを蹴り飛ばす。
「何やってんだ、早く席につけ。」
いつの間にかいたらしい寺子屋の教師はラミアを睨んで怒鳴る。その手にはモップが握られており、これで掃除をしろということかとラミアは察してモップを教師から受け取った。
「俺たちの時代はな、どんな手を使っても極みを会得するべきと、極みが出せないだなんてふざけるんじゃないと。そういう心持ちでやっていたんだ、お前は友達がこれだけ目をかけているのに極みが不発。気持ちが入っていないんだ」
ラミアは悲しそうな瞳で教師を見ると、強烈なビンタを喰らう。
「何だその反抗的な目は!」
「…すみません」
「今日の『雷の極み』の輸血はお前からだ、いいな?ここで皆を見返してみせろ!」
雷の極み、五神柱の中でも消耗が激しくリスクが多い極みだ。
過去に何度も雷の極みが発現する輸血をしているが、ラミアの体はその度拒絶反応を起こしている。
いや、ラミアだけではない、雷の極み輸血日は毎回毎回病院に運ばれる生徒が後を絶たないのだ。
ラミアは震える手で注射器を刺し、血を受け取る。
「ううううう!!」
極みの拒絶反応だろうか、ラミアの体には雷の極み暴走時特有の入れ墨のような紋様が浮かび上がり、ぷつんと意識が途切れた。
痙攣を起こすラミアを誰一人介抱することもせず乱暴に蹴飛ばして退けると、教師は授業を開始する。
次の授業は現代で言う体育のようなものだが、ゼラニウム街のそれは輸血や極み発現のための体力作りや実戦剣術がメインになっていた。
そしてそれを担当する教師、ラツという男は暴力教育を理念とし、『殴ればちゃんと人は育ち、極みを発現する』が口癖の男だ。
その男は教室に入り痙攣するラミアを見るなり担ぎ上げ、全員参加の遠泳の授業に参加させる…いや、強制的に海へ投げ落とした。
『え…冷たい…苦しい…息ができない…ここは…海?海面はどっちだ…痙攣で体がうまく動かない…助けて…』
気絶から目を覚ましたラミアは必死にもがき、海面を探して浮き上がる。
ラツはそれを見てニッコリと笑うと眉間にシワを寄せ、他の教師に強い叱責の言葉を浴びせながらラミアを指差す。
「ほら見ろ、目を覚ました!ちゃんとやるんだ体罰をきちんとすればこうやって努力をする!お前たちは甘いんだ!」
「え?」
ラツはラミアを再び海へ蹴り落とすと戻ってこれないように足で頭を踏みつけ、他の教師に『今後はこうするように』と強い口調で言う。
「はい、す、すみません。ラツ先生。勉強になります」
「いや、まだ足りない。ラミア、出ろ」
大量の海水を飲んだであろうラミアはぐったりと浜辺に倒れ込む。
ラツはラミアの長い方の髪を掴んで叩き起こすと、『浜辺を走れ』と怒号をあげ、そのまま砂浜へ投げ飛ばす。
言われるがまま走るラミアだが、海水を大量に飲んだ事から喉が渇き、やがて足が止まってしまうのだった。
「水を…水をください…一杯でい…「甘えるな!!」
喉仏のあたりに強烈な正拳突きを入れられ、ラミアは苦しさから激しく咳き込む。
「う…ゲホッゲホッ!本当に…苦しくて…お願い…」
かすれた声はラツに届かずそのまま走り続け、ついに熱中症にかかったラミアは砂浜に倒れ込んだ。
放課後、教卓の上にうつ伏せ状態で縛り付けられたラミアの服は乱雑に脱がされ、教師の手には短剣が握られていた。
「ラツ先生のお陰で自分が甘いことを悟った!ラミア!極みが使えない恥を背中に刻め!」
「せ、先生…うそ…うそですよね?」
「お前が悪いだろ」
「ああ、ごめんなさいだろ」
「お前は間違ってる」
「みんなの言う通りだ!ラミア!毎日傷を思い出して恥じろ!」
「やめ…やめて!ギャアアアアアア!!」
ラミアの絶叫は寺子屋中に響き渡った。
『僕は極みが使えません』と短剣で彫られた血まみれの背中には乱暴に包帯が巻かれている。
ラミアは重たい体を引きずって大きな鏡の前に立ち、笑顔を作る。
ラミアの孤児院の養母である凶(まが[本名ではないらしい])という女性の教えの中に、『何をされても笑顔を作れば幸せになれる』というものがあったため、毎日つらいことがあると鏡を見て笑顔を作るのだ。
「笑わなきゃ、こんな時こそ…うう…うっ」
笑顔を作りながら嗚咽を漏らして涙を流すラミアは言いようのない孤独感に襲われていた。
しかし、ラミアは一瞬で泣くのをやめる。
「…え?」
『鏡の向こう側』の自分が何故か自分になにか叫んでいるように感じたからだ。
『自分の知らない誰かが自分を見ている感覚』、『自分じゃない自分がいる感覚』、ラミアは最近そういうものに悩まされていた。
過度なストレスがかかるとそういった病気になるという話は聞いたことがあるが、病気的な感覚ではなく、『なにかの歪み』のようなものから自分を呼ぶ感覚があるのだ。
自覚がないのが病気と言われてしまえばそれまでかもしれないが…
『この声…何なんだろう…?それにまた空が歪んでる…今夜は黒い月かな?いつもみたいに』
ラミアは空を見上げ、バックリとヒビが入ったような空を見つめ、呟く。
『それより』と慌てて孤児院へ戻り、自分の部屋で着替えを済ませ、急いで外へ出た。
「あら?ラミア、お出かけ?」
エプロン姿のいかにも寮母といった容姿の女性は優しく微笑みラミアに尋ねる。
「あ、凶先生…ちょっと行きたいところがあって…」
「あまり遅くならないでね。」
「うん、俺も先生の料理「『僕』…」
「あ…」
本来の一人称は俺なのだろうラミアの言葉を遮り訂正させた凶は再び笑顔で優しく肩に手を添える。
「いい?ラミア。ここが西の極座とはいえ西の人たちに目をつけらるようなことはしちゃだめ。この街は極みが使えない人を人間とは扱わない…だからこそしっかり自分の身は守らなきゃ。」
ゼラニウム街には極座と呼ばれる東西南北にかかる四つの大きな家があり、毎年優れた極みを得た人間が住むことができる豪邸のようなものがある。
さらに中央の研究室の下にある城は筆頭極師というその年一番の極みを持つものが住まうことができる場所あるのだ。
だからこそゼラニウム街の人々は進んで輸血を受ける。
皆、筆頭極師を目指して。
凶は極みのエリートが住まう貴族達が多い方角である西の極座で孤児院を開いている女性だ。
極みが発現しない、極みがたいした力ではない人々は貧民街の南にいることが多いのだが、子どもの極みが明らかに矮小な場合、発現しない場合はその子どもが捨てられるケースも珍しくない。
凶はそんな子どもを広く受け入れる孤児院を西で開いているのだ。
ラミアはその優しい凶に笑顔で「行ってきます」というと、慌てて引き止められる。
ラミアの背中から酷い出血が見られたからだ。
「ちょっ!どうしたのその傷!」
「見ないで!今日の剣の稽古で斬られただけだよ。」
ラミアは誤魔化すように笑うと急いで駆け出していく。
「気を付けてね、体は大切なんだから…」
凶は心配そうに離れゆく背中に声をかけた。
「あ、ラミア!今日も極み出ず?」
「あ、うん…いつも通り…」
「俺たちも極み進化せず…落ちこぼれだよな…」
「お互い頑張ろうね」
ラミアは孤児院の友人達と少し会話すると、少し離れた豪邸の裏門からこっそりと入り込む。
ベッドに座り込むドレスを着た少女に自分の存在を認識させるように窓をノックすると、その窓は勢い良く開く。
「ラミアのお兄ちゃん!来てくれたんだ!」
「リピル、久しぶり。」
リピルと呼ばれた少女は笑顔で窓を開け、ラミアを部屋に迎え入れる。
「お姉さんは?」
「お姉ちゃんは今日も…輸血…極みがない私達はいつも輸血。それ以外は外に行っちゃいけないから…名門の名を汚してるとか…」
「そんなことないよ!君は誰よりも剣の才能があるし、お姉さん仕込みの医療術だってある!極みがないからって差別するこの街がおかしいだけだ!」
ラミアはいつになく力が入った声を上げてリピルを励ます。
リピルはその肩に置かれた手が酷い熱を持っていることに気づき、ラミアの身体に何が異変があることを察し、慌てて服を脱がせ、彼の血まみれの背中に絶句する。
「ラミアのお兄ちゃん…これ。」
「あ、ああ…気にしないで…これはちょっとした稽古で斬られただけ…「このくらいなら治せるから…」
リピルは姉の治療器具を持ち出すと、ラミアの背中に薬を塗布し、包帯を巻く。
何度か治療してもらっているラミアはリピルの治療に不思議な感覚を抱いていた。
傷が酷く残っていても痛みがきれいサッパリ消えるのだ。
それは姉も同じで、二人はいずれ治癒系の極みに覚醒するのだろうなと考えていた。
「ありがと、助かったよ。」
ラミアはリピルに笑いかけ、優しく頭を撫でると嬉しそうな笑顔で笑う。
「あ、待って!ねぇ」
リピルはラミアの片方だけ長い髪をその小さい腕でせっせと三つ編みにしていく。
リピルのきれいな銀髪も姉により三つ編みにされており、お揃いにしたいのだろう。
「見て見て!お兄ちゃん!これで私と一緒!」
「アハハ、ホントだ。ありがとう。」
嬉しさで涙が溢れそうになるのを抑え、そろそろ帰ろうと窓に手をかけると、メイドが扉をノックする音が聞こえたため、慌ててクローゼットの中に身を隠す。
「失礼します。お食事です。」
メイドは扉を汚いものでも掴むように汚れたハンカチで包んで開けると、乱暴に食器を床に置く。
去り際の舌打ちと、『貴族の恥』という言葉はリピルの心に深く刺さった。
「こんな生活いつまで続くんだろう…『ヴァサラ軍』がこの街を変えてくれるのかな?」
「変わらないよ。ヴァサラ軍は来ないから」
いつもリピルに話すような優しい口調とは違う冷たい言い方でラミアは呟く。
「あの人たちが助けるのは『人間そのもの』だから。その人がどんな生活をしていて、どんな立場にいて、どういう境遇なのかは彼らには関係ない。救ってほしくない人間だって救うよ。だから僕は彼らに助けを求めたいとは思わない。どんな悪党もこんな街に興味はない。だからこそ地獄なんだ。」
リピルは無言でラミアの言葉を聞く。
確かにヴァサラ軍は内部環境まで推し量らないだろうという思いと、自分を迫害する人がヴァサラ軍に救われた場合、ヴァサラ軍を恨むかもしれないという思いが彼女の中で渦巻いていた。
「変な話ししてごめんね。暗くなるから戻るよ。また話そう、リピル。」
窓からぴょんと飛び降り、茂みに着地するとそのまま駆け出していく。
リピルは駆け出すラミアを見て大きく首を傾げて、床に置かれたフランスパンを齧る。
『お兄ちゃん、あんなに運動神経良かったっけ…?』
いつも窓からの着地に失敗し、余計な傷を増やして帰っていくほど身体能力の低かったラミアが怪我をすることが無く綺麗に着地を決めて帰るようになったのだから疑問に思うのも当然だろう。
『慣れてきたのかな…?』
そう思うことにし、冷たい床で食事を始める。
スープの中に混ぜられた画鋲をスプーンで避けながら。
運動神経向上には秘密があった。
孤児院の夜、何故か眠れなくなるラミアは飛び起きるように南のゴミ山へ走り出し、そこにあるボロボロに錆び、刃こぼれが酷い刀で数時間、徒手の戦闘を数時間修行するのだ。
剣術も格闘術も飛んだり跳ねたりが多い『明らかにどの流派でもない』ものだったが、何故か彼はこれをやらなければならない衝動にかられていた。その衝動と謎の使命感が何なのか分からないまま、必死に修行をしている中でも『誰かが自分に話しかけられている感覚』がある。
空が歪むとき、その声はより大きくなっているように感じた。
「これだけ刀を振っても立ち向かう勇気なんて起きない俺は…いや、僕は情けないけどね」
自嘲気味に笑いながら独り言を呟きその日は修行を終え、ゆっくりと眠った。
翌日、寺子屋の庭に上半身裸で縛られたラミアは太陽が照りつける高台で水も飲まずに数時間過ごすことを命じられていた。
水の極みを発言させるための訓練らしいそれはラミアの体から水分を奪っていく。
「まだ水の極みが出ないか…」
「危機感が足りないんじゃないですかね?」
「靴とか脱がせてみたらどうです?」
「え!?」
生徒の提案に震え上がる。
下は太陽でジリジリと焼けた鉄板だ。靴を脱がされれば火傷は免れないだろう。
教師も流石に同意しないだろうと考えていたが、それが甘い考えだということを靴に手をかけられた瞬間に悟る。
「やめ…やめて!うああああ!!」
皮膚がめくれるような暑さに絶叫するラミアを全員が笑いながら見つめる。
「どうも極みが出ていない危機感が足りてない気がするな…」
ラミアを氷水に突っ込んだリーダー格の男は、小さいナイフで、果物の皮を剥くように皮膚の一部をゆっくり削いでいく。
面白半分でやっているのか、削ぎ痕がこの国の地図になるように削いでいるのがラミアにもわかったが、削がれて剥き出しになった皮膚が焼かれる感覚に耐えるため、歯が折れそうになるほど力を込めていた事により叫ぶことすら叶わなかった。
やがて飽きたのか、ラミアを縛ったまま全員教室へと戻っていくのだった。
全身の焼けるような痛みを引きずって寺子屋から孤児院へ帰る途中、丸眼鏡の薄い赤色の髪をした女性に話しかけられる。
彼の皮膚から見える酷い日焼け跡に少し引いた様子の彼女は遠慮がちにラミアに話しかけているのがわかる。
「な、なんか酷い日焼け…いやもう火傷かな?知ってるでしょ?北の山の上、人間的には最悪だけど腕のいい医者もいる。診せたほうがいいんじゃないかな?」
「うん…僕は、多分ダメだと思うから…」
「…?」
丸眼鏡の女性は大きく首を傾げて去っていくラミアの背中を見つめた。
『うーん?なんか不思議な子だな。話してるときにずっと空見上げてるし。さほど綺麗な夕焼けでもないんだけどね…』
『うーん』と小さな声で呟き、女性は北側の山道へ歩いていく。
痛む身体を引きずりながら、ラミアは家路を急いだ。
いつもは半日ほどで消える空のヒビが数日経っても消えないことがラミアの恐怖感を煽っていた。
それでもラミアは眠れなかった。
湧き上がる修行への情熱はどこか強迫観念にも似た衝動だとラミアは感じていたのだ。
いじめという自らの環境を少しでも遠ざけたいという感覚が無意識に自分を動かしているのだと悟りながら彼は夜に剣を振るう。
次の日の寺子屋は異常だった。
朝必ずと言っていいほど痛めつけられる筈の自分に誰も声をかけない。
なにか違う事で教室がざわついている事はラミアにもわかる。
ゼラニウム街の東はマフィア街だ。
現東の極座に居座るマフィアの部下が一般市民を殺害したことで騎士団が極座に乗り込んだという噂も耳にしていた。
その決行がどうやら昨日だったらしく、輸血により強い極みを得た騎士団が東に乗り込み敗走し、殆どのものが生き残らなかったのだとか。
しかも、戦ったのは極座の男ではなく吸血鬼のような姿をしたスーツの男だったという。
教室はその噂で持ちきりだった。
しかし、一箇所だけ違和感がある場所がある。
ラミアの隣の席に葬式用の花が置かれ、椅子が壊されているのだ。
こういう嫌がらせをされるのはいつも自分のはずと考えていた思考は勢い良く開けられた扉から現れた派手なな水色髪にパーマの男と、一瞬で静まり返る教室に奪われた。
「んあ?どうしたん?さっきみたいに騒げばいいじゃんよ。」
「七福〜、みんなお前が死んだと思って花添えてくれたぞ?極みも使えないのに教師に反抗したお前を刺したい人間なんて沢山いるからな」
いつもラミアに対して攻撃的なグループが集まり、花の添えられた七福の席を指さしてケラケラと笑う。
「ごめんね〜七福くん。私達は止めたんだけど、このラミアが実行しようって聞かなくてさ」
「え!!」
ラミアは慌てて首を振り、七福に違うというアピールをしてみせた。
七福はラミアの方を見てニッコリと笑い、ガシッと肩を組む。
突然の事に殴られると思ったラミアは身体をビクッと跳ね上げる。
「おー!お前が俺が停学中に寺子屋来たっていうラミアか〜!お前も極み無しなんだってなー」
「極み無しでもカッコいい七福くんとは大違いって感じよね〜」
「一緒にしたら七福くんに失礼でしょ!」
女達は赤い顔で七福に擦り寄り同意を求めるが、気にもとめずにラミアの髪を見て笑い出す。
「お前面白え髪型してんなー!普通髪切り揃えるだろ!あ~、でも髪色的に切り揃えたらキャベツになっちまうもんな。つーことでこれから宜しくな!キャベツ太郎!」
「キャ、キャベ!?」
七福の訳の分からないあだ名で女達が笑いに包まれる。
「ギャーッハッハッハッ!やっぱり七福君っておもしろーい!」
「そのキャベツ君があんたの席に花置いたのよ。ボコボコにしてやって。いつも先生たちにやってるみたいにさ」
「それは俺も思ってたかな?そういうわけだから。キャベツ太郎。」
七福はラミアの肩から手を退けると、花瓶を掴んで中の水をラミアを痛めつけていた男の頭に注ぐ。
「え?」
「いや、そんなキョドって否定されたら誰でもわかるわな。やりそうなマヌケもこいつくらいだろ?」
「それに」とつぶやきながら取り巻きの女二人の前に顔を近づける。
「お前ら共犯っしょ?」
「ま、待ってよ!たしかにラミアに罪なすりつけようとしたけど、七福くんの机に花置こうなんて…「そっちじゃねーよ。キャベツ太郎陥れようとした共犯だろって話」
「だ、だってコイツ七福くんと違ってホントに情けない無能なんだよ!毎日先生が極み出すように海に投げたりしてるのに極み出ないしさ!七福くん水刃式は青と緑を混ぜたようなきれいなターコイズブルーじゃん!両親が風と水だから混ざったみたいなさ。ラミア色すら出ないんだよ?何度輸血してもさ」
女達は自分を正当化するように大きな声で七福に言い訳を次々と述べる。
七福は興味がなさそうに大きなあくびをし、電気の紐のようにラミアの三つ編み部分を軽く引っ張ってこちらに振り向かせた。
「よう、キャベツ太郎。あいつらの靴箱にあるセブンステッカー剥がしてきて。」
「!!」
女達は青ざめた顔でラミアに頭を下げる。
まるで掌を返したようにラミアにへりくだるのだ。
「セブンステッカー…?ってこれ?」
木でできた古い靴箱の蓋に趣味が悪いギラギラした不似合いなステッカーが貼られていた。
中央にはデカデカと7と数字が記載されている。
「これを持ってるやつが俺の『女』除名処分されたら地獄だぜ。ま、これがいじめたやつの末路なんじゃん?」
「図に乗るなよ!無能!極みのないお前がいちいちでかいツラしてんじゃねぇぞ!!」
六人グループの体格のいい男が椅子を振り上げ威嚇する。
彼はいつもラミアに『体を鍛える』という名目で下劣な技をかけてくる男だ。
柔道技で折られた小指の関節はうまく曲がらず、それどころか『どこまで折れるか』をゲームのようにされたことで、握力が低下してしまった過去がある。
七福も同じ事をされると恐れ、反射的に立ち上がろうとしたラミアの真横を先程の花瓶が飛び、六人組の机にぶつかると砕けた破片が六人の顔面に器用にぶつかった。
「ストライーク」
大きくピースする七福にラミアをいじめていた女達からも『かっこいい』というふざけた歓声が起こる。
それを止めたのは暴力教師のラツだ。
ラツは七福の首を掴むと拳に火を灯して強く握り込み、顔を真っ赤にして今にも殴りそうな形相で怒鳴り散らす。
「調子に乗るなよ極みも使えないガキが…今日は最初から体育だ!お前もラミアもわかるまで殴ってやるから覚悟…ぐあああ!」
バチンッという音が聞こえたと同時にラツが唇を抑えて蹲る。
ホチキスのようなものを七福が唇に撃ち込んだのだ。
「さっさと殴れば勝てたんに。ま、いいや。『顔(ブル)』」
少し距離を取ったところからダーツを投げ、ラツの頬に突き刺す。
「やっぱり俺って物投げるセンスある〜外したことないもんな!」
激昂したラツは拳から火炎放射のように炎を放ち、七福の腕に火傷を負わせる。
「お前のような人間がいると風紀が乱れるんだ!あいつらはラミアのためを思って暴力を振るっているのが分からないのか!」
強烈な炎のビンタを浴びせながらラツは大声で吠え、さらに正拳突きを見舞う。
七福は近くに運良く落ちていた椅子を掴み、ラツの頭に振り下ろし、よろけるように倒れたところに追撃の踏みつけを見舞う。
その顔は先程までヘラヘラしていた男とは思えないほど怒りに満ちていた。
「あのボロボロで傷だらけとラミアとヘラヘラして暴力振るう連中、どっちが辛い顔してるかよく見ろよ…テメーは教育者として失格だ!」
トドメとばかりにラツの顔に蹴りを入れると、満面の笑みでラミアの肩を小突く。
「よう、飯でも行こうぜキャベツ太郎。」
「え?えぇ!?」
戸惑うがまま誘い出されたラミアはそのまま庭で二人で食事を始める。
「な、なんで助けてくれたの?」
「んあ?ああいうの気に入らんし。お前の服の間から見える傷痕だいたい察した。俺も『極みがない』から男友達いないんよ。だから女寝取ってやったけど」
ギャハハハと笑う七福にラミアは「あの…」と控えめに声をかける。
「あの…さ…スッキリしたけど…ああいうの良くないよ…仮にも先生だし…それに…暴力で暴力を制するのも違うと思う…」
「そうかなぁ?」
「そういうのが連鎖したら差別もなくならない気がする…俺の夢はさ…あ、いやその…ぼ、僕は」
「?」
「西の極座兼孤児院の先生してる凶って人がさ…『目をつけられるから一人称は僕』っていうから…その…ごめん」
「謝るなよなー。俺でもお前らしいと思うけどね。俺は。それに凶って女、俺は信用できない」
ラミアは七福の断言したような言い回しに目を丸くする。
たしかに不吉な名前であり、西の極座ということは少なからず体制に賛成しているかもしれないが、ここまではっきり言われるとは思っていなかったのだ。
「た、たしかに名前は不吉だけどさ…「そうじゃねえ。まず、西に気に入られようとしてるとこが気に入らん。南の極座の人はいい人だぞ、そういう強制もない。とまあ…ここまでは感情の話だ。」
「あいつさ、この街出身じゃないんよ。大きなゴミ処理場がある村の出身。そこは知ってんだろ?」
「うん、そこから最近引っ越してきて数年で極座って聞いたよ。」
「あそこの村で当時九歳のガキが村人数人殺したんだよ。電気椅子浴びて生きてたんだと。で、そのガキの名前が…」
「まさか…」
「凶だ。そんな人殺しの名前をつけるやつなんてまともじゃないだろ?何が『聖母』の凶だ『毒親』の凶の間違いだろ」
ラミアは大急ぎで真相を聞きに行きたい衝動に駆られていたが、何処か心地がいい七福ともう少し話したい気持ちに邪魔され、そのまま会話を続ける。
「そういえばさ、キャベツ太郎がさっき言おうとしてた『夢』ってなんなんよ?」
「夢?あ…いや…そ、その…それは…」
「聞かせてくれん?」
「だ、だって…引かれるから…その…」
「いや、無理強いはせんけど…」
ラミアはしばらく無言で考え込み、「不快になったらごめんね」と前置きを添えて夢を語りだす。
「僕はこの街の筆頭極師になりたいんだ!だから極みもいつか発現させたい。そしたら今の制度も輸血も廃止して、フルーツのたくさん採れる農業中心の街にしたい。知ってる?東西南北の森全てに名産品にできそうなほどみずみずしい果物があるの!あ…ごめん。引いたよね…やっぱり…」
「いい夢じゃん。友達の夢なんか笑うかよ。そりゃ、日本一美味しいキャベツになるとか、白菜に変わって鍋の具材になるのが夢ってなら笑うけどよ。筆頭極師、もういっそなっちまえよ。お前が作る世の中はきっと平和だ。そんときゃ俺を副リーダーに添えてくれ、サボるから」
「サボるなら添えないけど!?だいたい、僕はキャベツじゃないから!なんだよ鍋の具材って!」
ラミアのツッコミに七福はケラケラと笑い、肩を組んで二人で教室に戻っていった。
ラミアは初めて寺子屋が楽しいと思え、涙で濡らしていた道を軽やかな足取りで歩いていく。
そして、気がかりだった凶の街の話を直接訪ねる。
凶はラミアを優しく撫で、少し遠い目をして「そうね…」と物憂げな表情を浮かべる。
「確かにそんな事件があったわ…でもきっかけは差別から。『私にもっとできたことがあったじゃないか』って自責の念にかられるからこの忌み名を名乗ってるの…あの日の気持ちを忘れないために…でも、そんな噂怖いわよね。ラミア。ごめんなさい、脅かしてしまって…」
凶はお詫びの品を渡すかのようにマカロンをラミアに手渡し、もう一度優しく頭を撫でる。
その優しい掌に愛情を感じ、『彼女は僕らの味方』と改めて思ったラミアはそのまま食事の席についた。
今日は食事がいつもより美味しく感じられた。
日に日に大きくなる空の歪みのことなど忘れられるいい日だった。
それでも何故か眠れず修行をすることにはなるのだが…
そこから三ヶ月間、ラミアの生活は幸せなものに変わっていった。
寺子屋がある日は毎日七福が一緒に登校するように声をかけてくれ、昼の時間も二人で弁当を食べる。
時折東西南北あらゆる場所から女を連れてきては『俺の彼女』と紹介する七福に絶句(実際女性も七福に好意がある)したり、じゃんけんが異常に強い七福にパンを買わされたり、逆に剣術が下手すぎる彼を剣道で打ち負かして奢ってもらったり、今まで経験したことがないほど寺子屋は楽しかった。
リピルの話をしたときに「お前もう好きじゃん。ロリコン。告っちゃえ」とからかわれて屋敷に突入させられたときは流石に殴ろうかと思ったが…
ラミアが一人になるのを恐れてか、七福が教師を以前のようにダーツの的にすることもなくなった。
その影響か、ラミアほどではないにしろ迫害を受けていた極み無しの生徒たちの扱いも前よりは良くなったらしい。
しかし、極み無しの人間をのさばらせておくほどこの街は甘くない。
筆頭極師の家の近くに聳える崖。
その上から血管の電線が走っている。町長アメクの研究所だ。
汚れまみれの汚い白衣、何日も磨いていないのか溶けかけた歯、その男…アメクは科学都市の研究チームを除名される際、盗聴用のカラクリを盗み出しており、最近の寺子屋や、街の様子に頭を抱える。
「これでは極み研究の意味がないではないか!お前ら何してる!差別意識が人を成長させると言っただろう!」
「し、しかしアメク町長…」
「黙れ!」
近寄った研究員に思い切り蹴りを入れ、実験器具が置かれている机を乱暴に叩く。
「この街の極み無しの人間を元の状態にするまで帰れると思うなよ!南の極座の女は俺が追い出した!恐るに足らん!どんな手を使っても元に戻せ!ったく…あの寺子屋が一番うまく差別意識を根付かせていたというのに…」
「し、しかしですねアメク様…南のとある里の傭兵が我々の兵隊を…」
「黙れ!これは街の問題だお前らの意見など聞いてない!」
アメクはその男に裏拳を入れると、お腹の大きくなった研究員の女性をこちらへ呼ぶ。
「闇の極みの素養を持つそのガキはいつ産まれる?」
「予定日はあと三ヶ月後…」
「また血を供給できるか?やつの黒炎は兵器に使える…」
「こ、これ以上は…この子の体に影響が」
「なら速く産め!何をしている!」
アメクは膨らんだお腹に思い切り蹴りを入れようとするが、危機に反応したのかお腹の子どもが胎動し、それと同時に研究所のあらゆる場所から黒炎が上がる。
研究員達はその炎を消そうと必死に水をかけるが、その炎は水では消えない。
アメクは炎をじっと眺めながら狂気的な笑みを浮かべ、輸血電線にその子どもの血液を流す。
血液は極みが無い者達の家だけを選んで流されていく。
直後、それらの家から巨大な黒炎が上り、それはあっという間に南へ燃え広がる。
「減らせ減らせ!奴らには人権などないことを思い知らせてくれる!」
南では市民が逃げ惑っていた。
七福は両親とラミアと共に市民を誘導し、遠くの街へ逃げるための馬車を手配していく。
「絶対死なせちゃだめだよ!七福、馬車あと数台はあるから」
「そこもっと詰めて座ってください、全員分馬車ありますから!」
南で温泉施設を営み、あらゆる方面に知り合いが多い七福の両親は火が上がると同時に動き出し、水で消えないとわかると、各地に馬車の手配の伝令をしていた。
極みが無い者達をもぬけの殻になっている南の極座に避難させ、来た馬車に順番に乗せていくのだ。
「ラミア、悪いな。手伝ってくれて、お前は西に戻れ、似たようなやつが沢山いるんだろ?」
「うん。ここは任せたよ!」
ラミアは西へ駆け出す。
直後、黒炎の火の玉がラミアを道ごと焼き尽くした。
両親と最後の馬車に乗ろうとしていた七福は馬車から飛び降り、ラミアに駆け寄る。
「後で追いつく、先行っててくれ。」
走り出す馬車で手を伸ばす両親に笑いかけると七福はラミアが焼かれた場所へ急ぐ。
そこは焼け跡すら残らないほど黒く焦げ、道は寸断されていた。
七福は怒りに任せ、中央の研究所へ向かうが、崖を登っているのに気づいた研究員が落としてきた落石を避けきれず、叩き落されてしまう。
運良く潰れるほど巨大な石にも当たらず、下の焼けた家がクッションになったことで軽症で済んだ。
しかし、次々と降り注ぐ黒炎の火球に崖を登ることを断念する。
『強くならんとな…研究所潰せるくらい強く…』
ラミアを守れなかった悔しさと自分の無力さに打ちひしがれながら、両親が逃げ込んだ街へ歩を進めていると、赤髪が特徴的な綺麗すぎる女性と、メガネをかけた笑顔の男性とすれ違う。
「おい、我々はヴァサラ軍だ。この街の周辺から火の手が上がっている。何があった?」
「ん。分からんのよ。急に黒炎が立ち昇ってさ」
「なるほど…どうやらとんでもない兵器…もしくは極みのようだ。足を止めて悪かった。君は逃げてくれ」
「ありがとな。したらさ、こいつ探してくれん?炎に包まれたように見えたけどさ、多分生きてるって思いたいんよ。俺も戦いに行ったけどさ、手も足も出なくて。」
七福は女性にヘラヘラとしながら写真を渡すが、女性はその腕をピタリと止める。
「たった一度負けただけで戦いをやめたのか?一矢報いる事もせず?」
「ま、まぁな。死んじまっちゃ意味ないしさ…」
「呆れた男だ、貴様のように戦いを軽んじているヤツがワタシは一番嫌いだ。なぜ力及ばずでも立ち向かわない?なぜその悔しさを力に変えない?」
「いやいや、死んだら強くもなれんでしょ?無謀って勇気でも何でもなくね?」
七福の反論に女性は眉をひそめ、眼鏡の男に『行くぞ』と声をかける。
「あー、待て待て。この辺にさ、白いリンゴの木があるはずなんよ。案内してくれん?」
「フブキリンゴの事ですか?確かに避難民には有効ですね。ニジタネソウ、黄金花並みの治癒効果がある。ただ、この季節には生えてないと思いますが…」
「え!?マジであんのかよ…あっ」
つい口が滑った七福は慌て口を塞ぐ。
彼は一体何がしたいのだろう。
親切で教えてくれた眼鏡の男の言葉を無下にする返答に女性はさらに苛立ちを募らせる。
「ワタシの部下をコケにするつもりなら許さんぞ。ヘラヘラ男」
「あー…んじゃはっきり言うわ紅しょうが頭。」
「べ、べに!?貴様!二度とその口利けなくして「まぁまぁ、オルキス副隊長。」
「副隊長!?ヴァサラ軍の副隊長なのこの女!?薬味の癖に!」
赤髪の女性…オルキスはさらに青筋を立てて刀を抜こうとするが、七福がなにか言おうとしていることに気づき、手を止める。
「そこの薄ら笑い眼鏡は早めに除隊させたほうが良いぞ。さっきも案内してもらいながら真意でも聞こうと思っててさ。」
真面目な顔で眼鏡の男を睨む七福にさっきまでのヘラヘラ感はない。
本気で思っているのだろう。
オルキスは七福の胸ぐらに掴みかかり、木に押し付ける。
「貴様…この男、イゾウはワタシの流派…閃花一刀流の一番弟子だ。愚弄するなら許さん。」
「一刀流だか花びら大回転だか知らんけどさ、忠告はしたからな。」
「時間を無駄にした、行くぞイゾウ。」
しかし、オルキスと眼鏡の男…イゾウのゼラニウム街突入は失敗に終わった。
街の人々が全員『ただのボヤ』と二人をどうにか街に入れないようにしているのだ。
明らかな大火事であるにも関わらず、町民の顔は憑き物が落ちたかのような笑顔であることにオルキスは恐怖を覚える。
「一度戻るぞ、総督に報告だ。」
「はい」
オルキスはイゾウを連れ、隊舎に戻っていく。
七福は懐から短刀を取り出し、広々とした場所で独学の修行を始めようとした。
その瞬間、黒い影が七福の短刀を奪い森の奥へ逃げていく。
黒い影の正体は黒猫で、すごいスピードで逃げ去っていくその姿を見失わないようにするのに七福は精一杯だった。
「待て!黒猫!刀返せ!」
息を切らしながら行き着いた場所はあたり一面白いリンゴに覆われ、狐耳の弓を持った女性と、長髪の鞄を持った男性が立っていた。
「驚きましたね、フブキリンゴの存在を人間が知ってるとは…」
「いや、知らんて。たまたまあったんよ。嘘から出た真。運良かっただけ。てかさ、あんた妖怪ってやつか?いいから刀返せ、このっ。」
野球の送球のように熟れていないリンゴをサッと掴み、至近距離にも関わらず黒猫へ全力投球するが、ビックリしたように素早く躱すと、そのリンゴは狐耳の女性の顔に直撃する。
「げ!まぁ仲間っぽいしいいか。刀返せ!」
「…ソラ…あとでお話があります。水色の貴方も」
女性は笑顔のままだったが、オーラは明らかに怒りに満ち溢れているのが七福にもわかった。
「待ってよ!あんなことしてくると思わないじゃん!ビックリして避けちゃうでしょ!」
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」
「うるさいなあ!何そのリアクション!」
ソラと呼ばれた黒猫は人間の少年のような姿になり、七福のどこかで聞いたことがあるような絶叫に耳を塞ぐ。
「まぁ、お喋りはその辺で。ゼラニウム街の避難民ですよね?あなた。」
パンパンと手を叩いて二人の会話を止めた長髪の男はなにか考え事をしながらまじまじと七福の傷を眺める。
「緑さん。出番かもしれませんよ、時間があまりないですから。」
「は?」
「あの大空の歪みが…うーん…」
「何この人間観察野郎。何が言いたいん?話すの苦手?」
「あなたそういう一言多いのやめたほうがいいですよ?なんかイライラするから。でも、廉さんもきちんと説明しないと。」
緑と呼ばれた狐耳の女性は長髪の男…廉に注意を促す。
廉は『失礼』と一言謝罪の言葉を述べると七福に向き直る。
「私は天空人(てんくうじん)なんですよ」
「は?天空人ってあの龍と人間のハーフだろ?大昔の?昔童話で読んだよ」
「あ、神話じゃないんで」
「説明になってないと思うなぁ…あ、刀の件はゴメンね。これ、お詫び。」
ソラは七福にどこの国かともわからないような形状の拳銃を差し出す。
この時代火縄銃しかないはずなのに持っているのはフリントロックピストルだ。
七福は目を丸くし、拳銃をソラに返却する。
「君は多分ピストル向いてるから。ま、緑さんとの修行次第だけど」
ソラは猫化し、七福の肩にぴょんと乗る。
「おいおい待てよ!俺は龍とかわからんぞ!ただゼラニウム街の研究所に立ち向かえるために修行をだな…」
「師匠もおらず、剣術も素人。今の貴方では確実に死にます。独学で強くなれるほど世の中甘くない。私が修行を手伝います。さっきのリンゴ投げ、フブキリンゴの偶然。戦いに出向く度胸。貴方が使えそうな極みの兆候、向いている戦い方。極みのコントロール。全て数ヶ月で叩き込みます。避難所から通うように。二年であなたを隊長格クラスまで引き上げます。その後は研究所でもなんでも好きにすればいい。」
「お、おう…」
「ニャ〜」
普段饒舌な七福が緑の気迫に押され、二つ返事で承諾してしまった。
ソラはその姿を笑うように七福の肩で鳴き声を上げる。
修行の説明を終えた緑に押し黙っていた廉が龍についての解説を始める。
「滅龍の話は知ってますね?」
「ああ、ヴァサラ軍のヒジリが首ぶった切ったやつだろ?有名よな」
「では、滅龍が何度も復活するという話は?」
一度死んだものはどんな凄い医者でも蘇らせることはできない、いや、それができる科学者がいるのならば最早それは神の領域を侵しているだろう。
七福は「はぁ?」と気の抜けた返事をする。
「童話で読みませんでした?滅龍は空間を破ってこちらに来ると。」
「いや、あるけどよ…それは神話だからだろ」
「それが本当だとしたら?現に今…空の歪みが酷い。人々の絶望が産み出す歪みは滅龍に呼応し、空間を歪ませる。その歪みは並行世界に繋がり、別世界から新たな滅龍を生む…」
「な、なんか辻褄が合うっちゃ合うけどよ。頭がパンクしそうだ。俺にはそんな歪み見えないからな。」
「それはそうでしょう。アレは絶望の具現化だ。それが見えたら。『呪われた』子だ。」
「ん?待て待て。確かラミアが空にヒビがどうたら言ってたな…そいついじめられててさ…で、今日…死んだ…」
「まずいですね…その遺体を餌に滅龍が裏(むこうがわ)の世界から蘇るかもしれない…」
七福は悔しさに拳をギュッと握りしめ、体を怒りで震わせる。
廉は神妙な面持ちで七福を見つめながら、顎に手を当て考え事をする。
『もし、そのラミアという少年が生きていたとしたら?彼の心の穴があまりにも深く、絶望を喰らう龍と呼応したら…?』
「おい、廉とかいうヤツ。まさか滅龍がラミアに取り憑いたら斬ろうってんじゃないだろうな?あいつは俺の親友だ。悪いがそれなら許さんからな。俺のもう一人の親友はこの街の初代筆頭極師だった。狐耳のアンタと同じ『みどり』って名前だ。感じは碧って難しく書くんだけどさ…アイツはどうにか街の外に逃がせたが、今何してるか分からねえ、研究に反対した父親は首を跳ねられた。今回ラミアも死なせた…だからラミアの遺体だとしても傷付けさせんよ?」
「大丈夫です。落ち着いて。もう!廉さんはいつも説明不足なんだから!」
七福の怒りを抑えるように微笑みかけると、緑は大きなため息をついて、説明が足りていない廉をたしなめる。
「廉さんの言う『呪われた』っていうのは滅龍の歪みに耐えきれず生まれると同時に亡くなってしまったり、母体が亡くなってしまったり、潜在的に流れる五神柱全てに拒否反応が起こったり…五神柱が流れない子は稀にいますが、アレルギーのような反応が起こる子はいない。『呪われた』っていうのはそういうことです。」
「あー!なるほどな!ラミア言ってたかも!五神柱の輸血を受けると、発動しようとすると暴走に近い現象が起きて痙攣するとかなんとかさ…」
「ああ、やっぱりそういう子ですか…過度な輸血をすると遅かれ早かれ亡くなっていましたね…気の毒ですが。」
「ケッ、なーにが気の毒だよ!元はと言えば龍斬ったクソ老人が悪いんだろうが!街がどうなろうが知ったことか!おい!モジャモジャ野郎!修行すんのかしねーのか!」
「こら!骸!今緑さんが喋ってるでしょ。」
喋りだしたのはソラの首輪。
それは地面にボトリと落ち、刀に変わり文句を言い始めた。
「うおっ。よく喋るなそいつ。まぁその刀人間の言う通りかもな!頼むわ、修行!」
七福は刀を握り、緑に頭を下げる。
「わかりました、廉さん…「こちらは任せました…私は…ゼラニウム街で龍を見張ります。復活したら、ヴァサラ総督しか倒せない。」
廉は雲に足をかけたかと思うと、一瞬で山から駆け下りていく。
まるで龍が雲を掴んで飛ぶように。
『ラミアという少年に、滅龍由来の鬼道が発現していなければいいのですが…』
鬼道とは、国王ダニィやその母ヒミコが使っていた特殊な妖術のようなもので、極みとはまた違う使い方ができる特殊な術式だ。
因果関係はわからないが、空に滅龍のヒビが入る街では鬼道の発現者が増加する事を廉は知っていた。
薬師として旅をしながら滅龍出現の穴を塞ぐ彼は、行く先々の町の人と交流し、話を聞くことで情報を得ているのだ。
「こんな時に情報屋がいれば楽なのですがね…」
廉は文句のようにぼやいて、ゼラニウム街へ飛び去っていく。
あの黒炎を避けられたのは運が良かった。
いや、逆に運が悪かったのかもしれない…
ラミアが今着ているのは喪服だ。黒炎事件のあの日リピルの家族がどこにも居ないと思っていたが、『新たな極みの実験』を秘密裏に行っていたらしく、姉がその反動で亡くなったのだ。
遺された姉の頭蓋骨を抱き締めて啜り泣くリピルを見てラミアは何も言わずそばにいることしかできなかった。
その日からリピルは変わってしまった。どれだけ歳下の相手でも様付けで敬語で話す姉と同じ口調になったのだ。
ポツポツと降り出す雨に濡れないようラミアはリピルに傘を差し出す。
「ありがとうございます。ラミア様」
「リピル…口調が…また」
「何を言ってるんですか?姉はいつもこの喋り方でしたよ。変なラミア様です。わたくしは姉の代用品なんですから」
姉の頭蓋骨を優しく撫でながらリピルは微笑む。
ラミアは涙を見せないようにリピルがかぶっていた帽子を頭を撫でるふりをして深く被せた。
それからのラミアはまた地獄の日々に戻っていった。
雷の極みを利用したはんだごてのような武器で小指と薬指の皮を溶かして結合され、鉛筆を持つこともできないほどの指にされ、診てくれる医者もいない。
それが原因で字が書けなくなると、教師から酷い体罰を受けた。
七福がどこの避難所へ行ったかわからない今、彼に優しくしてくれるのは変わってしまったリピルと孤児院の子どもたちと凶のみ。
ある日ラミアは凶に気分転換にと北の山へ登る誘いを受け、これを快諾し、せっせと山へ登る。
頂上に着くと凶がこちらをくるりと振り向き、ラミアの頭を優しく撫でた。
「色々…ごめんなさいね。苦しいときこそ笑いなさいとか、俺っていうの禁止とか、私のこと恨んでる?」
「う、恨んでないよ!だっていつも先生は味方になってくれるし…」
「この先も好きでいてくれる?」
「当たり前だよ!ずっと大好きさ!」
「ならいいわ!」
凶は刀を抜きあっという間にラミアの体を袈裟懸けに斬り裂く。
「…え?」
体から吹き出すおびただしい血とゾロゾロと集まる北の医者らしき男達にラミアは眉をひそめる。
凶は笑顔で倒れたラミアの服を引きずり、乱暴に医者に投げ渡すと、刀を納めて札束を受け取る。
「また新しい臓器です。この子はよく育ちました。西の人達の新鮮なドナーになるでしょう。」
「いつもご苦労さまです。メアリー…いや、凶さん。」
「家畜殺しの凶。死刑囚の名を冠するのもこういう時はいいでしょ?」
「はは、怖いこと言うなぁ…冗談きついですよ。」
『え…僕に優しくしてくれたのは…移植の媒体にするため…元々価値がないってこと?ねぇ…先生…教えてよ…』
談笑する凶、改めメアリーに手を伸ばすと今までとは違った汚いものを見る目で踏みつけられる。
どうやら自分はもう用済みらしい。
ラミアは今までにない怒りに満ち溢れ、医者が腰に帯刀している刀を奪い取る。
瞬間、ラミアは飛び上がり錐揉回転をしながら医者の眼の前に着地し、思い切り刀を突き刺すと、次いで隣の医者も横回転しながら一刀のもとに斬り伏せ、倒れるその男を足場に大きく飛び上がり、最後の一人の肩に刀を突き刺した。
これはメアリーを含めた四人にとっては一瞬のことだったが、ラミアには数時間経過しているように思えていた。
メアリーに切られたその瞬間、『立ち上がれ、我々の王』と呼ぶ声がはっきりと聞こえたのだ。
空は何かが呼び起こされそうなほど歪んで割れていた。
その空間には自分以外の四人のラミアが存在しており、彼は戸惑いながら招かれるがままに中央の席に座り込んだ。
「ようやく会えたな。我らの王。」
「え、君たちは誰?」
「今更だな。私はあなた自身だ。並行世界のな。」
「最初に私達にコンタクトを取ったのは王、あなただろう。」
「ぼ、僕!?」
「その一人称も困るよなぁ…僕も俺も使うんだもん。妥協案なんだよ?私って。」
「ご、ゴメン…ところでコンタクトって?」
「毎日鏡見て笑顔を作ったり、鏡に話しかけたりしてただろう?歪みが生まれている場所であんなことをすればそりゃ鏡の中世界…裏(むこうがわ)に繋がるに決まってる」
「え、えと?むこうがわ…?」
「並行世界だ。パラレルワールド。この世界にはたくさん未知の世界線があるとか聞いたことあるだろう?」
「ま、まぁあるけどさ…だからって。僕なんていじめられっ子で弱いし。」
「だから鍛えさせたんだよ。おかしいと思わなかったか?夜になると無意識に鍛えたくなるの?」
「あ!あれって!」
「悪いことしたなぁ、私達を使うためにどうしても力不足だったからな。鍛えさせてもらったよ」
「心技体ってどうしても必要だもんね。わかるよ。でもここ数ヶ月鍛えただけ…「私達の経験値は全てあなたに行く。少なくとも七乗されていると思えばいい」
「それなのに気弱なお前は立ち向かいすらしない。心がいつまでも育たない。あげく七福に助けられる。だが…」
「今のメアリーへの怒りで蓋は開いた!」
「我らの手を取れ王よ!筆頭極師になれば全てお前の思い通りだ!」
ラミアは手を重ねる自分達の手を取り戦う決意をした。
途端に傷が塞がり、刀を奪い、今に至るのだ。
「反抗しますか、ラミア。私の恩を…無下にするなあああッ!笑いなさい、笑って臓器を提供しろっ!!!」
メアリーは刀を抜き、絶叫する。
それにラミアが気を取られたスキに、一人の医者が伝令にラミアのことを伝える。
時期に反乱の警鐘が鳴り響き、街中の兵士がラミアを殺しに来るだろう。
そうなる前にメアリーを倒さなければならないと考えていた。
「人の身体、人の剣技は全て電気信号です…轍の極み『血の轍』:導(みちびき)」
ラミアは同じように飛び上がり、側転に近い動きで回転蹴りを見舞うが、まるで自分から攻撃を当てないようにしているかのごとくメアリーの近くへ行くと蹴りがスローになる。
彼女に攻撃を当てない『レール』が敷かれているかのように。
どれだけの剣を、どれだけの拳を振るってもスローになるのだ。
「ラミア、お前の真の力は鬼道に近い。思いついた言葉を乗せろ。口上は極みをより強くさせる。」
ラミアは並行世界の自分のアドバイスに頷くと、ついに口上を唱えて極みを発動する。
「裏(むこうがわ)の極み『歪曲世界(パラレルワールド)』:勾(ゆがみだち)。」
「な、何だその極み…は」
「先生、俺に言っただろ?こういうときこそ笑えって。笑ってよ、先生。ほら、笑えって…」
メアリーとラミアの間に空間の歪みが現れ、刀の進行方向を変え、メアリーを斬り裂いた。
メアリーを見つめるラミアは恨みを込めているのはもちろん、とても狂気的な表情をしていた。
ラミアは勝利したが、とてつもない消耗でガクッと膝をつく。
同時に街中に反乱の警鐘が鳴り響いた。
メアリーの生死を確認しないまま、ラミアは西へ駆け出していく。
孤児院の子どもたちは臓器を売られる、それを伝えなければと必死だった。
たった一度の極み発動で酷い消耗をした身体は全く言うことを聞かないが、それでもラミアは足を止めなかった。
山頂で体をむくりと起こしたメアリーの前に現れたのはイゾウ。
彼はメアリーの静脈をゆっくり優しく斬り裂いて絶命させる。
「はは、やっぱり介錯程度じゃ物足りないな。」
眼鏡に付いた血を丁寧に拭き取りながら、イゾウは警鐘鳴り響く街へ降りていった。
ラミアは孤児院へたどり着き、友達を集め、メアリーの本性、孤児院の目的を話し始める。
「君達は売られる。臓器提供者としてしか…「知ってるよ」
今まで友達だと思っていた孤児院の人々はラミアを短剣で滅多刺しにする。
「君が極み無しで生贄の筆頭だったんだ…だから君が生贄だったんだ、伝令から聞いたぞ!君が極みを発現したって!僕らが生贄になるじゃないか!せっかく優しくしてやったのに…裏切者」
「ち…ちが…お、俺は…」
「一人称は僕だろ…裏切者」
「裏切者」
「裏切者」
「裏切者」
「う、うわあああああああああああ!!!」
自らの身体から流れ出る夥しい血と共に何かが切れる感覚があった。
はじめから誰も自分など好きではなかったのだ。
人間として見られてはいなかった。
なら…僕は。
「君ら全員、この街も消してやる。」
「裏の極み:潰(ジャム)」
瞬間、ラミアは歪みに身を隠し、傷口を並行世界に押しやり、一部を回復させると、孤児院の子どもたち全員を異空間に閉じ込め、プレス機のように空間を圧縮して全員の体を押し潰す。
そこから血液が潰されたイチゴジャムのようにドロドロと流れ出る。
ラミアは研究所へ向かって走り出す。
「四番隊隊員イゾウ、ヴァサラ軍の名において君を止める!」
そこへイゾウが現れ、ラミアの動脈を綺麗に斬り裂くが、その傷はほとんど軽症になり、逆に背後から三人現れたラミアに突き刺されてしまう。
「血を流し過ぎだ、私達の王。もう少し頼ってくれ。」
「こ、これは油断したなぁ…」
イゾウはガクッと片膝を着き、薄笑いを浮かべて倒れ込む。
そこへ駆けつけたのはオルキス。
オルキスはイゾウをの出血箇所を手で抑さえ、応急処置を施しながら、軽い説教をする。
「馬鹿者!ヴァサラ総督は『戦わず市民を救うことを優先』と言っただろう!何故向かっていった!」
「すみ…ません…止めなければと…思いまして…」
「呆れた…が、ワタシの弟子にふさわしい。お前を誇りに思うよ。ん?」
二人の前に見えるラミアの前に立ちはだかるはフードを被った二刀流の男。後にヴァサラ軍の十二番隊隊長となるアシュラだ。
立ち塞がるヴァサラ軍にラミアは苛立ちを募らせる。
「ヴァサラ軍…内情も知らず、俺一人を切って終わりか。何も知らないくせに…そういうのが一番ムカつくんだよ!今の目線で見れば俺が犯人。それは間違いない。市民を守れる。それも間違いない。でも、この世には消した方がいい市民もいるんだ!差別意識で人を嘲る奴らに救う価値なんてない!僕がその辺で死んでいてもこの街の奴らはみんな笑うだけだ!」
ラミアの叫びを聞いてもアシュラは押し黙ったままだ。
彼は一体何を思うのだろう。
「・・・・・・・」
『龍の極み:倶利伽羅龍王』
「ぐわっ!」
心の中で極みの奥義を唱えたアシュラはラミアの腹部を貫き、腕を斬り落とし、捉えるのに王手をかける。
かけたはずだった。
「俺の…邪魔をするな!」
確かに斬り落としたはずの腕はくっついたまま、アシュラの奥義に当てられ、大量出血している腹以外に目立った外傷はない。
よく見ると腕の近くに次元の裂け目のようなものがあり、斬り落とされるのを避けたようだ。
逆にアシュラの刀は根本から次元の裂け目に吸い込まれ、見事に折れてしまっている。
そしてその裂け目に入り込んだであろう両腕からは酷い出血が見られ、アシュラはダラリと腕を地面に垂らす。
ラミアは戦略を無効化したことを察すると研究所へ走っていく。
「・・・・・・・・」
「アシュラ、お前もだ。総督の命令に従え、両腕が使い物にならなければ洒落にならんぞ。総督は『市民を優先』と言ったのだ。あの人の言うことが正しい道を示すことは貴様も知っているはずだ。」
「・・・・・・・・」
アシュラは少し悲しそうな目で説教をするオルキスを見やると、折れた刀を鞘に納め、持ち場へ戻っていった。
『何を考えているのか分からぬ男だ。』
研究所の内部に入ったラミアは研究施設のあらゆるものを空間の中へ閉じ込めていき、次々と破壊していく。
「お前らのせいだ!全部…全部!」
「よ、よせ!ラミア。君を筆頭極師にしよう!な!」
「今更そんな肩書いらない!」
「黒炎だ!黒炎を放て!」
次々と放たれていく黒炎をラミアは異空間で交わしていき、ズンズンとアメクへ近づいていく。
瞬間、アシュラにやられた出血と極みの酷使で視界が揺れ、その場でラミアは気絶してしまった。
外壁ごと半分以上抉られた研究所では、アメクが胸を撫で下ろし、ラミアを崖から突き落とそうとするが、それを並行世界の七人のラミアが受け止める。
「王はまだ未完成だ。手は出させない。」
「ヒイィィィ!」
アメクが悲鳴を上げて逃げ出したと同時に前から眼鏡に白衣の男と、眼帯にカイゼル髭の男がやってくる。
「ニョッニョッニョッ、回復に並行世界。あの方の復活に一役買える能力だネ。」
「ドクターデオジオ。こちらの倒れている方を回収すればよろしいのですか?」
デオジオと呼ばれた白衣の男は注射器を取り出し、ペロリと舌なめずりをすると、刀を構えるラミア達にゆっくりと歩を進める。
「痛くしないヨ。すぐ終わるサ」
「なにかまずい!ここは私達でやる!お前らは王を連れて逃げろ!」
四人のラミアが異空間に身を隠し、残りの三人が刀を構えてカイゼル髭の男に向き合う。
「初めまして、私『邪剣の夢幻』と申します。そして、さようなら」
レイピアの一振りから繰り出される黒い斬撃が一瞬で三人のラミアを絶命させる。
それは断末魔をあげることすらできないほど一瞬の出来事だった。
「おやおや、オリジナルではないとはいえ随分と骨がないですねぇ…これならディナーに間に合いそうです」
「ニョッニョッニョッ、オリジナルじゃなくてもデータとしては充分だネ。」
デオジオは助手を呼び出し、三人のラミアを抱え上げると、夢幻と共に闇の中へ消えていった。
ラミアの反乱から二年が経過し、避難民が戻ってきたときの街は大きく変わっていた。
筆頭極師の変更はもちろん、各地の極座は空席。研究所は半壊し、使われていないのかあちこちに蜘蛛の巣が張られている。
七福はめでたく筆頭極師になったラミアを祝おうと筆頭極師の邸宅を訪れていた。
「よう。お前すごいじゃんよ筆頭極師になったんな。俺もとんでもない才能で極み発現しちゃってさ〜仲間」
「ならちょうどいいね。七福くん。南の極座渡そうか?一緒にゼラニウム街を潰そう。」
「は?」
「あの日の反乱…君も知ってるだろう?アメクはきっと復讐用の兵器開発をしている。極座四人分の力が欲しい。僕のもとに来てくれるね?」
「悪いが断る。今のお前はなんか違うわ。あの頃のラミアじゃねえ。色々あったから戻れなんて言わんけどさ、なんか寂しいわ。俺は抜ける。心配すんな、こっちはこっちで抵抗させてもらうからよ。」
「…後悔するよ?」
「俺は俺の選択に後悔したことは一度もねぇ。お前も知ってるだろ?」
七福はラミアに背を向け筆頭極師邸から出ると大きなため息をつく。
『とはいえこれからどうしたもんかね…』
計画性がないらしい七福は困ったように髪をくしゃりとすると、廉に相談するために森へ足を運ぶ。
この行動が後のゼラニウム街大戦のきっかけになることは彼はまだ知らない。
ラミアは西を訪れていた。極みが出ない子供を北の精神病院に幽閉する通称『北送り』を行った貴族が次々と鎌のようなもので斬り裂かれる辻斬り事件の当事者に会いに来たのだ。
その辻斬りの犯人にラミアはアテがあった。
大事そうに抱える頭蓋骨にメイド服。
かつてラミアが大切にしていた少女、リピルの姿がそこにあった。
「くたばれ死が…」
「くすっ。騎士団を何人連れても無駄ですよ。」
「うわあああ!お前は本当に何者なんだ…殺される!助けてくれ!」
リピルの鎌は次々と貴族と呼び出された騎士団を切り裂いていく。
「死神め!お前は…あ?」
しゃがみこんだと思ったラミアの体はそこから腕一本で跳ね上がり、男の顎に蹴りをヒットさせる。
倒れたと同時に異空間に引きずり込まれていくのだ。
ラミアはリピルと目が合うと、優しく抱きしめる。
「待たせてごめん…」
「ラミア様…」
「ようこそ。西の極座へ。君が一人目だよ。あと三人、この街を潰すために必要な人数だ。一人で戦ってくれてありがとう。」
「…ッ」
ラミアの言葉に我慢していた涙が溢れるリピルを優しく撫で、「もう少しだけ時間がほしい」と言い残し足を南に運ぶ。
その男は空の南の極座で眠っていた。
特徴的なファーコートに強烈な血の臭い、血まみれになった服を洗っていないことを全く気にせずすうすうと寝息を立てている。
「幻魔のセキア…だね?」」
「んー…?新しい追手…?」
「違うよ、君の噂は聞いてる。最強の傭兵だとか?南の極座として、力を貸してほしい。あ…掃除はしてね?ニオイとホコリが酷い…どうやったらこうなるの…」
「んー…なんか…楽そうだし、楽しそうだから…いいよ。でも…俺より弱い人の言うこと…聞きたくないなぁ…」
セキアは武器を構える。
「わかった、勝てば仲間になってくれるね?」
ー二人の武器がぶつかり合うー
「はぁはぁ…反則でしょ…治癒能力なんて…」
「治癒しきれないほど追い詰められかけたよ。酷い消耗だ…」
倒れるセキアを笑顔で起こすと改めて笑顔で握手を交わす。
「これからよろしくね。なんか友達できたみたいで嬉しいや。」
「友達って…普通に…いるもんじゃないの…」
「ハハ、そうかも…普通はね…」
「あー…ついでに言うけどさ、東に…とんでもないのがいるからね…仲間にしたらいいんじゃないかな…うん…」
「マクベスって呼ばれてる人?」
「そうそう…そんな感じ…」
『あれ…?楊何とか言うんだっけ?ま、いいや。眠…』
セキアは傷を治しに行くでもなく、そのまま眠ってしまった。
『治療しなくて大丈夫なのかな…』
ラミアは苦笑いを浮かべ、東へ赴く。
マクベスはマフィアのエリートだ、確実に戦いになるだろう。
回復のストックがほぼない自分では二度と動けない傷になるかもしれない。
死ぬかもしれないという覚悟を決めて東へ向かった。
東の極座は大きく変わっていた。
綺麗な花が咲き乱れ、使われていない極座はピカピカに掃除され、西と錯覚するほど美しくなっているのだ。
そして、その男はオシャレなスーツに身を包みやってくる。
金髪に紫のメッシュ。白目の部分が黒目。
間違いなくこの男がマクベスなのだとわかる容姿をしており、ただならぬ雰囲気にラミアは冷や汗を流す。
「あら、貴方が筆頭極師のラミアちゃんね。初めまして〜アタシがマクベスよ。ヨロシクね」
「噂は聞いてるよ。君は有名人だ」
「ヤダ!褒めても何も出ないわよ!そんな話じゃないでしょ?アタシに極座任せようってことでしょ?」
戦闘モードに入ったのかマクベスの刺すような威圧感が増幅する。
「そ、そうだね。なってくれるか疑問だけど…」
「まだなるなんて言ってないわよ。見せて頂戴、ラミアちゃん。アンタが暗愚な王じゃないってとこを」
「もちろん。俺も君を仲間に引き込むのが楽しみで仕方ないよ。ずっと仲間が欲しかった」
「俺?アンタも得体の知れないリミッターがあるのね…仲間に飢えすぎてることもわかった。だってすごく嬉しそうだもの。アタシより壊れてるかもね、アンタ」
いつの間にか笑顔になっていたラミアに奇妙な親近感を覚えつつ、ナイフを構えて飛びかかっていく。
「…負けたわ…」
「こんな状況で勝ちも負けもないでしょ。僕だってもう一撃喰らえば確実に死ぬ。連戦にするんじゃなかったな…目が霞んできた。君強すぎるな。全治何ヶ月だろう…」
「連戦!?フ…フフフ…ハッハッハ!アンタとんでもないわ。面白いじゃない。ついていってあげるわ。今何人まで集まってるの?」
「三人。あと一人の目星は一応ついてるけど…一番難しいタイプというか…あ…」
立ち上がろうとした瞬間ぐらりと視界が歪んだラミアはその場に倒れ込む。
「もう、締まらないわね。東の極座、あたしが受けてあげる。最後の一人は任せたわ。」
「うん、ありがとう」
ある程度の傷が癒えた数日後のラミアは北にいる女性の借家を訪れていた。
家には気味の悪い人形が飾られており、彼女は何やらデザインしながら片手間にラミアの話を聞く。
その女性はかつてラミアに声をかけた赤髪に丸眼鏡の女性。
彼女は人形師と呼ばれ、華奢な見た目に見合わず北の極座を倒していた。
「うん、まぁなんとなく言いたいことはわかったよ。でもな、極座とかあんまりそういうの興味ないんだよね。家が無料なのは嬉しい特典なんだけどね」
「やっぱりそうか…メアさんには断られると思ったよ…」
「うーん…嫌だというより、北側の私からすると病院残ってるしあまり変わらないなって印象なんだよね。あれなくならない限り良くならないでしょ?この街。こんなこと言うのはガラじゃないんだけどさ、患者さん開放してくれたら協力してもいいかも?気持ち悪いよ、この街」
「願ったり叶ったりだよ。僕もそう思っていた。」
ラミアはメアに頭を下げると、三人に集合をかけ、メアと共に病院の患者たちを開放する。
後に極座の四神呼ばれる四人が揃った瞬間だった。
四神達を極座に据え、ラミアは一人部屋で考える。
『この街に、人に復讐すれば必ずヴァサラ軍は現れる。うちの兵力は?マクベスの部下が数人…足らないな…四神の誰かがやられたら危ない…いや、あの四人を殺させるわけにはいかない…秘密裏に兵を増やしておかないと。』
また一人になると不安視する部分もあるのだろうが、ラミアは考えすぎなほど考え、並行世界の自分を呼び出す。
「君達に頼みたいことがあるんだ…」
ーこれは、第二次カムイ大戦前に起こったヴァサラ軍の歴史に残る戦の話ー
ヴァサラ戦記 FILM:REVERSE STORY:CENTRAL
おわり。
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