イザヨイ島一悶着:前編【コミカライズあるある:別雑誌に掲載されるギャグ漫画の雰囲気】

ここイザヨイ島は国一番の歓楽街と呼ばれ、普段は女子供は絶対に近寄らないほど治安が悪い島だ。

『この島だけ治外法権だ。』と外から来た人に話しても安易に騙されることだろう。

そんなイザヨイ島が昨日から大量の家族連れ、一般人で賑わっている。
街には祭りの出店が立ち並び、たくさんの人の笑顔が溢れているのだ。

それはひとえに今日来る男のおかげだと言って差し支えないだろう。
今日島に来る男は『歌人のサイカ』。国一番の歌人と呼ばれ、その歌は悲しみを背負った人々の心に無差別に『共鳴』し、泣かせ、ついには観客の殆どが蹲ってしまうのだそう。
この島のライブホールは10万人もの大量の収容人数を誇り、鎖国をしているにも関わらず世界各国からサイカの歌を聴きに要人がやってくるのだ。

今日は一日リハーサルだが、すでに人が大量にいるため急遽公開リハーサルに変更したほどに島は、会場はお祭り騒ぎだ。
特に物販会場は十六時からにも関わらずこれでもかと人が溢れている。

三日にしなかった会場側の落ち度なのかもしれないが…

更に盛り上がっているのは抽選会。
サイカが被っている帽子に似せたバケットハットが当たるのだ。
バケットハットが当たれば大歓喜だが、更にたった一人にサイカのサイン入りバケットハットが当たる。

「やったあああ!お兄ちゃんすごいすごいすごい!」

「まじかよ…サイン入り…」

一際大きな声をあげる銀髪の少女と、兄だろうか鋭い目をした筋肉質の男。

アマネとカスミの兄妹はサイン入りのバケットハットが当たり、歓喜の渦に飲まれている。
しかし、彼らは一度サイカの曲を聞いたときは両親を思い出し泣いたのだが、兄妹という絶対的な存在がいるからかすぐに泣けなくなっていた。
シンプルに楽曲のファンなだけである自分が受け取っていいのかと悩んでいた。

「これ、ホントにサイカに救われた人に譲ったほうがいいんじゃ…」

「わたしもそう思う…当たったってだけで幸せだし…」

「いいんじゃないですか?あの人に救われた人なんて国の人ほぼ全てですよ?だからこそ、誰かに譲るのはよくない。あなたが持つべきです。」

「お、おう…それもそっか。」

オッドアイの緑髪の男はそれだけ言うと去っていく。
しかし、その言葉は二人がバケットハットを受け取る意志を確定付けるのに充分だった。

「よし、交換に行くか!」

「うん!」

しかし、二人はどこを探しても交換会場が見つからず、途方に暮れる。
アマネはスタッフらしき近くのスーツを着た人に話しかけた。

「あの、抽選券の交換会場って…」

「あー!まだですまだです!十六時から。」

「十六時!?まだ二時間もあんぞ!!」

「早く来過ぎちゃったね…」

「あ、でも、物販は早めに始める予定なので…人が集まればですけど…ネクストキャノン!ネクストキャノンの集合場所ここです!」

イベントスタッフが最初の集合場所に指定したのだろうか、アマネが場所を訪ねた男は忙しなく『ネクストキャノン』と書かれた看板を振ってバイトを集める。

「あのー、今日派遣で来ましたフジハラです。」

「フジハラさん…フジハラさん…いませんね…会社どこです?」

「エニクススクエアです」

「あ~エニクススクエアさんここじゃないですね!」

「え!じゃあどこですか?」

「いや知りませんよ!」

「あの~、おせんべいの派遣に来ましたイザワです…」

「おせんべいさんもここじゃないですね…」

「え?じゃあどこですか?」

「おたくも搬入口って言われましたよね!」

「言われました言われました!」

「ですよ「あの!向こうでやってもらっていいですか?」

三人の悶着をアマネもカスミも口をあんぐりと開けて見ている。

「カスミ…イベントスタッフって大変だな…」

「うん…お祭りの出店いこ…」

二人は一度ライブ会場を後にした。


会場設営は何もイベントスタッフだけではない。
照明器具や楽器などを運ぶ力仕事も大事になってくるのだ。
ヘルメットをかぶった髭面の男は脚立に登り照明器具を取り付けている。
ステージにはなにかの器具が入った袋がいくつか置かれている。

「おー!俺バイト初めてするよ!楽しみだぜ!」

顔に大きな傷がある男が現場で叫ぶ。
その腕には『獄』と書かれたタトゥーが施されている。

細身ながらしっかりと筋肉はある体つきで確かに力仕事は向いてそうだ。

「やっぱ俺は力仕事だよな!」

男が向かう先には正社員だろうかキノコ頭の眼鏡の男とモジャモジャ頭の男が立っている。

「やぁ!見ない顔だねえ!」

「新人?」

「おう!俺はナラク!よろしくな!」

「ナラクくんね、よろしく!ヤマオカって言います!」

「インザイです…」

「おう、ヤマオカとインザイな!覚えた覚えた!」

ヤマオカは怪訝そうな顔でナラクを見る。
まるで彼が気に入らないかのように。

「あの、僕たちにはいいけど、一緒の仲間だからね。エイジさんには敬語使わなきゃだめだよ?向こうのヘルメットかぶった人ね。」

「エイジさん…20年くらいこの仕事してるから…」

『敬語ォ!?使ったことねえよ…』

ナラクは頭を抱える。
元来あらゆることを力で押し通してきたこの男に敬語を使うなどという一般常識は存在しない。

「バイト…」

「ん?」

エイジがなにか言っているのをナラクはいち早く察知する。

「おい、バイト!」

「バイト!!」

「俺たち呼ばれて…「行け!行け早く!行け!行け!」

ヤマオカは手を大きくぶんぶんと振り回してエイジの方へ行くようにと命令する。
本人は一切そこから動く気はないようだが…

「俺!?俺説明すら受けてねぇって!」

「行けばわかる!行け!」

『何だあのモヤシ野郎…まぁなんか仕事には指示役?ってのがいるらしいからな…』

ナラクは照明を取り付け終わったエイジの方へ足を運ぶ。

途中、後ろを振り返るとヤマオカどころかインザイも動いてないのがわかる。

『なんで二人共来ねえんだよ…』

「これそこに運んで」

「おう。」

エイジに指示された青い袋をステージ中央に運んでいく。

「早いねー!力持ち!次もこの現場入りなよ!」

ヤマオカは軽快にナラクの肩を叩く。

ナラクは少し苛立ったのか乱暴に袋をその場に置く。

「ああ!だめだよ!これ歌人のサイカが使う楽器の一部なんだから!バックバンドさんとかのものだよ!?優しく扱わなきゃ!すみませんね!エイジさん!言っときますんで!」

『このキノコ眼鏡野郎…』

ナラクは怒りをぶつけようとするが、再びエイジに呼ばれた事で引っ込める。

「行け!早く!行け!」

『アイツマジ殺す…』

ナラクは再びエイジの元へ行き、青い袋を持つ。

「早くしろよ、リハまでに終わんねーだろ!それキーボードだから、左側運んどいて。」

エイジはナラクにも怒りをぶつける。

『アイツらに言えよ!』

ナラクはゆっくりと袋を置くと再びヤマオカ達からの拍手に迎えられる。

「いいねー!すごい力だね君!」

「お前よ…「バイト!!何回言わせんだよ!終わんねーよ!!」

一際大きいエイジの怒号がステージに響き渡る。

「行け!行け!」

「テメェ、後で覚えとけよ…」

ナラクの殺気に怯えたのかヤマオカがたじろぐ。

「てかさぁ!全員で来いよ!!一人じゃ持てねぇだろ!!なぁ!バカかお前ら!」

エイジの怒号はヤマオカとインザイへ向く。

『あれ?このおっちゃん、仕事熱心なだけか…?』

ナラクの怒りはヤマオカのみに向くことになったが、一つだけ引っかかるワードを聞いた。
『一人じゃ持てない』というものだ。

「このくらい持てんだろ」

ナラクは一番重そうな照明器具の袋を掴み、設営用の脚立を無視して飛び上がり、10メートルはあろうかという会場上の天板にぶら下がる。

「「「はあ!?」」」

エイジを含む三人が頓狂な声を上げる。
生身の人間が百キロ以上の袋を片手で掴み、10メートル飛んだのだから当たり前だろう。

「おっちゃん、ここに取り付けるのか?」

「お、おう…危ねぇぞ…でも…」

「危ない?こんなとこから落ちたところで怪我なんてしねぇだろ?」

「「普通はするから!」」

ヤマオカとインザイはツッコむが、エイジはヤマオカを睨んでいる。

「あのさぁ!こいつがどれだけ力があるとか関係なく新人だろぉ!お前が指示出せよ!バカかお前は!悪いな、兄ちゃん。終わったら下の出店でお茶奢るわ」

片手で器用に照明を取り付けているナラクはエイジをいい人だなと思いつつ、仕事を完遂させていく。
ステージへ飛び降りたナラクはドラムセットを立てているインザイに話しかけられる。

「あの人、めんどくさいでしょ?ここ…はずれのバイト先だから、選んだほうがいいよ…俺子ども二人いてさ…掛け持ちしてるからわかるんだ…」

「ハズレか?あいつがクソ人間なだけだろ?」

ナラクとの話の合間にドラムセットを立て終えたインザイの態度はヤマオカに近づくなり豹変する。
群れると気が大きくなるタイプらしい。

「オメェ力あんならドラムセットも一人でできんだろォ!」

「ナラクくん、君は重たいの担当ね…え?」

青筋を浮かべたナラクはヤマオカを片手でつかみ上のバルコニーへ投げ捨てる。
どうやら我慢できなくなったらしいナラクは投げ捨てた後にバツの悪そうな表情をした。

「やべっ、つい昔の癖で」

「まあ、いいや、自業自得だろ。兄ちゃん、飯にしようぜ…あ、でも半日のみのバイトだったな。」

エイジは残念そうにするが、ナラクもエイジを気に入ったのか、二人で出店へと向かった。

「え?もう設営終わり!?相変わらずエイジさん早いなぁ…じゃあ、エニクススクエアさん、VIPの方の誘導始めちゃってください、バルコニーVIPに数名、アリーナVIPに数名配置してください。サイカと喋る方二名ほどいるんで。残りは物販待機列に水配ってください。今日暑いんで倒れる方がたくさんいると思います。医務室誘導係も何名かお願いします」

外に居た緑髪の男は会場に指示を飛ばす。
不思議なことに日常会話程度の音量で喋る彼の声は会場中に響き渡る。
まるでスピーカーのように。


「楽しみね、なんたって『国一番の歌人』だもの」

誰もが見惚れる容姿に美しい銀髪をなびかせ、その女性はVIP席へと向かう。
側近らしい四人を連れて。

「どうぞー」

「どうじょー」

派遣の男性だろうか、眠そうな表情で案内をしている。
その横の女性は眠そうというよりやる気がなさそうに案内を行う。

「貴様…陛下に…「なあ!ちゃんとやれよ!」

石のような見た目をした髪を結んだ男が案内に噛みつく前に上司が案内の男へ詰め寄る。

「これ要人案件なんだよ!手!組むなよ後ろで!前で組め!前で!」

「はい…」

「どうぞ!お進みください!ちゃんとやれよ!なくなんぞ!この国!」

その男はなぜか『案内の男』にしか説教をしない。
それを見かねたのか銀髪の女性は男に詰め寄る。

「ちょっと、あなた。」

その女性はプラチナブロンドの髪に金色の瞳。
そして従えている四人。
二メートルはあろうかという仮面をつけた大男、石のような男、メガネをかけたスタイル抜群の女性、暗い雰囲気の女性。
かつてヴァサラ軍に『花婿探し』に訪れ、自身より強い者を探し戦い伝説になった後、とある街の象徴だった男の軍と周辺の四つの里を巻き込む大戦争を起こした異国の姫君、プラチナ姫とその最高幹部『プラチナ四天王』だった。

大戦争から十三年たった今では当時姫だった彼女は立派な女王陛下になっていた。
相変わらず四天王からは好かれているようだ。

それほど位の高い女性に詰め寄られた男は少したじろぐ。

「な、なんでしょう?」

「どうしてその男の方ばかり責めるのです?こちらの女性の方はもっとやる気がなさそうなのに…」

「いや、それは…その…」

「スーツの着用すらしてませんからね。陛下を前にして…」

「ミラ、やめなさい。あなたが暴れたら陛下が歌人のサイカの曲を聴けなくなるのよ。」

今にも刀を抜きそうな男…ミラをたしなめるメガネの女性はマギア。
十三年経過した今も二人の容姿は信じられないほど変わっていない。

「陛下は…グッズとか買うほど好きだから…やめたほうがいいと思う…」

二人のやり取りを見てボソボソと言葉を紡ぐのはレイン。
じめっとした雰囲気に暗い表情。
彼女を初見で四天王と思う人はいないだろう。

「レイン、そんなことより今はこの差別をどうにかしないと…」

「狙ってるだけだろ?その女」

王族服であるものの全身黒煙で真っ黒の男が背後から皮肉るように言葉を投げる。

「あなたは…?」

「ん?なんだ?知られてないのか?俺はハルバード。魔王と呼ばれてる。ヴァサラの知り合いだからVIP席らしいんだが…ここみたいだな、かの有名なプラチナ女王がいる。」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。あなたホントに魔王…?副ビチョビチョだし…」

「ああ、泳いで来たからな」

「泳いで来たの!?」

「ププッ、魚かなにかですか?」

案件男のツッコミをよそに仮面をつけた大男…ホロウがケラケラと笑う。
にわかに信じがたい『泳いで来た』という言葉は、その王族服から漂うほのかな海水の臭いからもわかる。
しかし、服がところどころコゲているのはなぜなのか、プラチナはそれが気になりじっとハルバードの服を見つめていた。

「服…コゲてますよ?」

「ああ、なんかバイク?とかいうヘンテコな乗り物でここまで送ってもらってな」

「…ん?泳いできたのでは?」

「泳いできたのは科学都市まで、そこから電車ってのに乗ったんだが、途中で止まっちまったからそこからバイクだな。あ~、腰が痛え…やっぱり年だな…科学都市までしか泳げなかった…」

「「「「「普通は泳がないから!!」」」」」

プラチナと四天王が盛大にハモる。
プラチナはぶんぶんと腕を回し何やらやる気だ。

「帰りはわたくしたちもやりましょう!」

「「「「やらなくていいですから!」」」」

どうやらやる気になったらしく、船を売ろうかとまで言い始めるプラチナを必死に四天王が静止するが、何かに気づいたように案件男が『あ!』と大声を出す。

「ハルバードさんなんてVIPこの席にはいない!やっぱり不審者だ!お前がちゃんと見ないからだろ!」

「え…俺ただの派遣ですし…」

「派遣だから何だよ!派遣だったら不審者入れてもいいのか!」

「いや…通したのはこっちの女の方…」

「いやー!わからないよね!」

「わかりませんよぉ〜」

またも差別的な男にプラチナは苛立つが、ふいに現れただらしなく着崩した警備服の上からファーコートを羽織った男がハルバードのチケットをひったくり、めんどくさそうに眺め、首を横に振る。

「これ…ここじゃないよ…バルコニーのVIPは上ね…」

「上?この階段登りゃいいのか?」

「あ、そこだとバルコニー2まで登っちゃうから…こっちの小さい階段で…」

「わかるか!!」

【初ライブあるある】座席表を見ても席がわからない雰囲気。

…という感じにハルバードの頭には大量の?が浮かんでいるが、それを気にもせずプラチナは声を上げる。

「セキアさん…セキアさんでは?」

「あー…うん…久しぶり…」

「こんなとこにいるなんて驚きね…陛下のスパイかしら?あの時みたいに戦おうと?」

マギアは眼鏡の奥を光らせてセキアを睨む。
そう。かつてプラチナがこの国で戦ったもう一つの大戦というのは、四つの街を巻き込んだラミア四天王との戦いだ。
その二組が会合したのだ、激突は免れないだろう。
本来ならの話だが。
セキアは臨戦態勢になることもなく、めんどくさそうにあくびをする。

「あ~…そうしてもいいけど…今は…僕ここの…いやサイカの?警備責任者だし…」

「責任者だと?貴様のようなものぐさが?」

「うん…なんか流れで…」

「おいおい、そんなことより兄ちゃん、バルコニーで合ってるのか?あそこのネクストキャノンって奴らに聞いたら『知らない』って言われたぞ?」

「あ、ネクストキャノンは一般のお客さんだから…エニクススクエア探して…」

「早く言えよ!同窓会してないで!こっち迷ってるお客さんだぞ!?」

ハルバードの一括にその場にいる全員が『ハッ』という顔をする。

「あ~…とりあえず適当に上行ってみて…俺の仲間いるから…」

「僕なのか俺なのかどっちだよ…」

「どっちでもいいよ…」

セキアの無責任極まりない案内にしびれを切らしたのか、ハルバードは一人で席を探しに行く。

「ついていかないの…?」

「うん…上に…昔の仲間いるから…」

『昔の仲間』というワードにプラチナは思わず目を輝かせて、バルコニーへ続く階段に足をかける。

「久しぶりに会いたいですわ!戦った仲ですもの!!」

「「陛下!口調が戻ってます!」」

昔の無邪気な『プラチナ姫』の頃の口調に戻っているのをマギアとミラがたしなめるが、よほど嬉しいのかプラチナは満面の笑みで階段を駆け上がっていく。

「あ~…全員は会えないかも…リピルは…物販コーナーの案内して「物販!?物販ってどこですか?」

会場内に突然入ってきたアマネとカスミの兄妹はいきなりセキアに大声で問いかける。
よほど探しているのか、マシンガンのように次々と喋る姿は少し滑稽だ。

「なんか今物販の話してませんでした?俺達一回街に降りちゃって、みんなニ時間前には並んでるって聞いたから…場所どこですかね…?」

確かに開場前に物販に行列ができるのも【ライブ会場あるある】だ。
二人には気の毒だがこの時間に並べばもうめぼしいものは根こそぎ買われているだろう。

「なっ!?もう皆様並んで!?ホロウ、レイン、ミラ、マギア、行きますわよ!!グッズを買わねば!!」

「陛下!VIPの仕事をこなしてからです!」

「かわりに我々が並んでおきます、場所はどこだ、セキア」

「うーんと…ここから出て…南側の兎の置物が置いてある団子屋さんの前かな…」

「そっか!ありがとな!行くぞカスミ!」

「うん!」

アマネとカスミはバタバタと外へ走っていく。

「ちょっと!早くVIP入れなさいよ!音響チェック進まないでしょ!あら…?」

オネエ口調の大男がセキアと案件男へ迫る。
その瞳は、本来白目の部分が黒色になっていた。
ラミア四天王のマクベスだ。

「プラチナちゃんと愉快な仲間たちじゃない、久しぶりねぇ♡」

「相変わらず変な喋り方ですね。不審者かと思いましたよ、マクベスさん」

「あらぁ、不審者はそっちじゃない?ホロウ。その奇天烈な仮面まだつけてるの?いい歳こいて」

「いや、一般目線から見れば二人共不審者…」

「「アンタ(キミ)は黙ってなさい(ろ)セキア!!」」

「ちょっと待ってください。あなたさっき音響チェックとか言いませんでした?」

プラチナはマクベスの気になる発言の真意を聞こうといざこざの間に入る。

「ああ、アタシ音響スタッフだから…昔から楽器はプロ並みよ」

「なんですって!?歌人のサイカのスタッフ!?」

「てか四天王はここの何らかの関係者よ?知らなかった?」

プラチナは羨望の眼差しを浮かべ、セキアとマクベスを交互に見る。
今にも『陛下をやめる』と言わんばかりの顔だ。

「でしたら…メアさんやリピルさんも?」

「そうよ、リピルちゃんなら物販コーナーで看板持ってるわよ。丁度いいから行ったら?楽器隊の音響確認したいし…」

マクベスはプラチナ達を外へ出そうとするが、そこへ現れたのは薄い赤髪の伊達眼鏡の女性。

「ん?懐かしい顔だね。お客さんってことかな?」

「あら?いつかの変な女ですね…あなたはなんの関係者?」

マギアはその女性見て苦笑いを浮かべ、尋ねる。
奇妙な人形ばかり作っていた彼女の昔を知っていればこの反応は当然だろう。

「ん?ああ…マギアさんか。変な女って酷いなぁ…メアって名前あるのに」

メアは変わらずヘラヘラと笑う。

「君らはVIPでしょ?私と同じとこだと思うから一緒に行かない?」

「同じ?お前もVIPなのか?」

「ん?そうだよ?言ってなかったっけ?『首吊りテルテルちゃん』の作者私だよ?」

「あーっ!知ってる!知ってますわ!わたくしグッズ大量に持ってますわよ!」

「陛下!口調が!」

首吊りテルテルちゃんとは歌人のサイカのマスコットキャラのようなもので、てるてる坊主が苦しそうな表情をしているものだ。
『てるてる坊主は雨を上がらせるために首を吊っているということのモチーフ』とファンの間では噂されている。

「持ってるのは嬉しいけど、君だとなんだか複雑だなぁ…あの時のラミア君は正直助けたかったくらい変わったし、その時の敵だしなぁ…」

メアは眉間にしわを寄せてみせる。
今の言葉にプラチナ四天王が戦闘の意思を汲み取ったのか、全員が臨戦態勢に入るが、メアはからかうようにヘラヘラと笑ってみせた。

「なーんて、冗談だよ。慣れないことはするもんじゃないね。むしろ嬉しいよ。ありがとね」

「僕…やっぱりあいつ嫌い…」

レインは一連の流れに苛立ったのかわなわなと震えている。

「ちょっと!メアさん!どこ行ってたんですか!!レントウさんと対談の時間過ぎてますよ!ずっと待ってます!」

『物販』と書かれた看板を持ったメイド服の女性が会場へ入ってくる。

「リピルちゃん!?あなた物販待機列にいたんじゃないの?どうしたの!?」

「うーん…白い猫二匹が会場内に入ったり、案内誰がやるかでちょっとモメてたり…ってそうじゃなくて!メアさん!急がないと!」

「急ぐも何も、アリーナのVIP席で対談なんだから、ここなんじゃない…「ここAアリーナ!Cアリーナは反対の扉!!」

リピルは昔のおしとやかな喋り方からは想像がつかないほど声を張り上げる。
プラチナ四天王が唖然とするほどに。

「あ、じゃあ急がなきゃダメって事かな?」

「そう言ってるでしょ!?主人が今別件で違うとこ行ってるんだからしっかりしてよ…」

「主人…ってまさか?」

「今はいいから!物販戻るからみんな席ついててね!」

「どうじょ〜」

派遣の女だけは変わらない様子だ…


遡ること数時間前

科学都市の船着き場に『泳いで』やってきたハルバードは岸に上がるなりその街の様子に驚く。

得体の知れない機械に乗っている人々、小型の何かを見ながら歩く若者、服装もかなりラフだ。

良く言えば未来的、悪く言えば時代錯誤なその街はハルバードの興味を引くのに充分だった。
しかし、イザヨイ島へ行くためにはどこへどのように行けばいいのかがわからない。

「あ、すまん。イザヨイ島に行くにはどっちに行けばいいんだ?」

「すごい体濡れてますよ?あ、我道の定期検診で高圧洗浄されたのか」

「まいうぇい?こうあつせんじょー?」

「やっぱりそうですよね!だからそんな汚れてもいい古着なんですね。俺も今後高圧洗浄日は古着にしよ。あ、すみません。イザヨイ島でしたね!あちらの電車に乗るといいですよ!」

「??????」

ハルバードは男の言っていることが何一つ分からずに首を傾げる。
その様子を見た男は、すみませんと一言告げると、目の前の大きな建物…駅を指差す。

そこからは大量の線路が伸び、あちこちに電車が走っている。

「うおお…アレぶつからねぇのか?」

「大丈夫みたいですよ?路…線…?とか言うので区切られてるらしいです。何しろ俺も最新式過ぎて具体的なことはわからないというか…。あ!でも安心してください!イザヨイ島行きは直通があるので…水の上を走るんですよ!?幻想的でしょう。近くに道路がありまして…バイクと並走するのもまたオツなんです」

「??????…そうか?」

「まぁ、一度乗ってみてください。先にお弁当買うといいですよ」

「な、なんか色々ありがとうな。行くか…」

ハルバードは駅の中へ入り、試行錯誤しながら、駅員に教わりながらなんとか切符を購入し、お弁当屋に行こうとしたところ、奥の改札で揉めている声を聞き、顔を近づける。

「困りますよ…そのバイクの黒煙キツすぎです。運転士の視界が悪くなってしまうので、置くことできませんか?」

「あー…そりゃ気付かなかった…飛ばすとこれ黒煙吐いちまうんだよ。並走ならいいか?イザヨイ島に用があってさ。このバイクはアタシの相棒なんだよ」

サソリのような髪型をし、赤髪のライダースを羽織った褐色の女性が困ったような声で訴えかける。
横に抱えているバイクは確かにかっこいいが…

「まぁ、並走なら…でもそれいいバイクですね。しかも今日イザヨイ島ってことはあれですか?歌人のサイカのライブ当たった?」

「おう!デザートスコーピオンちゃんは特別製だからな!当たった…つっーか、閻魔にサインを貰うように言われてな…」

「あー、お友達はハズレてしまったんですね。そのエンマさんとやらのぶんも楽しんできてください」

『友達っていうか…』

「まぁ楽しんでくるぜ!」

「7番線からイザヨイ島行きはあと30分で発車します」

ハルバードは揉めているように見えたその微笑ましい会話を聞いて優しく微笑むと、弁当屋の駅弁とにらめっこを再開する。

『まぐろいくら弁当…峠の釜めし…大人の休日弁当…日本の味博覧…ん?』

数ある駅弁の中にひときわ目に留まるもの。
かつての友人。
覇王ヴァサラが写っている弁当がある。
背景には十二人の仲間だ。

「十二神将弁当…?懐かしい顔だな…これにするか!」

十二神将弁当とは、ヴァサラ十二神将がモチーフの弁当で、それぞれの特徴を生かしたものが入っているのだ。
ハルバードはその弁当を手に取り、購入し、ホームで電車を待つ。

電車到着まであと15分
物販開始まであと2時間
リハーサルまであと4時間

後編に続く


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