ガルフの金魚日記2
今日のお話をする前に、みなさんに聞いてほしいことがあるのです。
それは扉の、最初の金魚の絵です。
あれをぷくだと思わないでください。
あれはこの童話小説を書いた、作家の手になるもので、ぷくはもっと格好よくて、かわいくて、スマートで…、そうなんですから。
決して誤解しないようにしてください。
それにぷくをもっときれいに書いてくれる人はいませんかね。
おねがいします。
さて、きのうは瀬戸内家のみんなを紹介しました。
ところで、ぷくがこの家にやって来たころのお話しをします。
ぷく、いや、ぼくがこの家にやって来て何年になるのでしょうか。人間の年数の数え方と金魚の年数は違うので、どう言えばいいのかわかりません。とにかく、ぶくが生まれてしばらくしてからで、まだまだちっちゃな金魚だったので、記憶があやふやで、いまひとつはっきりしません。
たしか、あのころ、おばあちゃんの四季さんはまだまだ元気で、玄関脇の出窓に座り、タバコ屋さんをやっていました。来るのはいつも決まったお客さんで、その人とのんびりと世間話をしていました。
幼なじみのゲンちゃんとか、まっちゃんとか、クーちゃんとかです。
その幼なじみの人たちと、おばあちゃんが、何をしゃべっているのか、よく聞こえないし、興味もありませんでした。
でも、時々耳に入ってくる話題は、ゲンちゃんは四季ちゃんが好きだったんだよねとか、まっちゃんはゲンちゃんが好きだったのに、とか話しているようでした。その話になるといつも同じところで、みんなそろって笑うのです。
おなじ話ばかりで、よくあきないなぁと、金魚ながら思いました。それも毎回おなじところです。本当にふしぎといえば、ふしぎです。
おばあちゃんたちの恋の話は、ぼくにとってはつまらないものでした。
なぜって、ぼくは、金魚を愛したことも、恋をしたこともありません。ましてや、人の恋心なんて、まったくわかりませんから。
そんなどうでもいいような、おだやかな日が、いつまでも続くと思っていたのですが、あるときから、仲の良かったおばあちゃんのお友だちが、ひとり、またひとりと、顔をみせなくなりました。
おばあちゃんだけがぽつんと座っている日もありました。
最初にゲンちゃんが来なくなりました。ある日、突然亡くなったそうです。心臓がどうのこうのと聞きました。
ゲンちゃんが来なくなるとまっちゃんが来なくなり、そのうちクーちゃんは、家で寝たきりになったそうです。
おばあちゃんはおともだちが来なくなりと、たまに来ていた他のお客さんも、来なくなりました。
冬さんがいっていました。みんな近所にできたコンビニとか、スーパーで買いものをすませるためだそうです。わざわざたばこだけを買いに来るお客さんはいないそうです。
それで、とうとう、お店を閉めることになりました。
お店を閉める日、ご近所のおじいちゃんやおばあちゃんがやって来て、いつものように世間話をして帰っていきました。
次の日、それでも、おばあちゃんは、いつものように出窓に座り、ぼんやりしていました。
やることがなくなったせいでしょうか、おばあちゃんは、風船がしぼんだようになり、からだもちっちゃくなりました。そして、おしゃべりすることも少なくなりました。ぼくが声をかけても知らんふりです。
きっと、耳も遠くになったのでしょう。
そうするうちに、認知症というのでしょうか、そんな病気が進み、そうするうちに足腰も弱り、お散歩も満足にできなくなりました。
おばあちゃんは、ふと思いついたように、ぼくに話しかけてくるようになりました。
「おや、いらっしゃい。今日はなににするかね。ホープ、ハイライト? それとも切手かい」
ぷくぷくと泡をはき、黙っていると、
「なんだい、しゃべれないのかい。つまんないねぇ」
そんなことを何度かくりかえしました。
それからしばらくして、おばあちゃんは連絡船に乗り、町の老人ホームという所に引っ越していきました。
でもおばあちゃんは、知っていたのです。ぷくが金魚で、しゃべれないことを。ただ、寂しかっただけだと思います。
ちょうどそのころになると、おばあちゃんのしゃべっていることが、少しだけどわかるようになっていました。
そうなんです。人とお話しができるようになっていました。もちろんほんの少しですよ。
それは、冬さんがぼくの世話をしながらのときでした。
冬さんがふっとつぶやいた言葉がきっかけでした。
明日の金魚日記に続く