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画家の心 美の追求 第73回「ウジェーヌ・ブーダン ベルク 船の帰還 1890年」
ブーダン、わたしにとってはまったく見知らぬ画家だった。
第1回印象派展(1874年)に出品し、モネに戸外で写生することを勧めたという。モネより16歳年上であったこともあり、その後に世界的に有名になる若手印象派画家たちを育てた先人のひとりだ。
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ブーダン自身はパリのサロンへの出品も続けており、すなわち二足の草鞋(わらじ)を履きながら1889年ついにその念願のサロンで金賞を射止め、1892年(68歳)には国民栄誉賞、いやそれ以上のレジオン・ドヌール勲章を授与された。
ブーダンの絵は、印象派の特徴である一見荒々しいタッチの筆色分割法ではなく、アカデミズム風のなめらかなタッチの画面になっている。ただし画面手前の砂浜は印象派風に描いてみた。空の雲のタッチとの違いがわかると思う。
モネの「印象 日の出」に描かれた空は、ブーダンが描き出した空と似ており、ブーダンが印象派の先人であることを十二分にうかがわせる。
絵画的、そして絵画史からの位置付けはそうであるだろうが、わたしはこの絵を見てとても懐かしい思い出に浸った。
それは子供のころに見た浜辺での風景だ。
右端に黒い二隻の船が斜めに傾き、砂浜に座礁している。それと遠くの沖合に多くの帆船が停泊していることからもこの二隻はあえて砂浜に船体を横たえているのだ。
この黒い船体の二隻の船は、二百ないし三百トン程度の木造帆船だろう。すべての荷を下ろし空船の状態で、満潮時に海底が柔らかい砂になっているところまで曳航し、船底が砂に触れないギリギリのところで停泊、錨を下す。そして、潮が引くのを待つのだ。船は緩やかに砂浜に着底する。
そして何をするかと言えば、船の表面にこびりついたフジツボなどの貝類を長い柄の付いたヘラでこそぎ落とすのだ。それが終わると木の表面を炎で炙り、藻類や虫、貝の残りなどを焼き尽くす。その後、黒い塗料で船底を化粧する。
この絵は、朝早くから始めたこれらの作業のすべてを終え、周りは夕景になっており、次の満潮を待つばかりの状態だ。
沖合には今日の漁から帰ってきた貨物船や漁船が次々に停泊し、荷や捕れた魚を下ろしている。それらの作業もほぼ終わり、船員や漁師、おかみさん、女たちも家路に向かう、そんなまったりと和んだ一瞬の風景をブーダンは捉えたのだ。
カミーユ・コローはブーダンのことを「空の王者」と評したそうだが、確かにブーダンの絵は空が主役と言っていいほど画面の大半を占めている。
ブーダンは空が、とりわけ雲が大好きだったのだろう。わたしも時折ボーっと雲を眺めることがあるが、ブーダンはもっと真剣に鋭い目つきで空を雲を眺め、心の中にそれらを刻み込んだに違いない。
空の状況も雲の様子も刻々と変化する。カメラもスマホもない時代、その一瞬を画面に表現することの難しさは、現代では想像できないほど大変だったことだろう。
どれだけ多くの長い時間空を眺めていたのか、想像するだけで目がくらくらしてくる。
だからこそ、コローはブーダンを「空の王者」と呼んだのだろう。