童話小説「ガルフの金魚日記35」
ジジジ。
ぷく、なんでしょう。
ジジジ、ミン。ジジジジ、ミン、ミン。ミン、ミーンミンミン。
ミーンミーン、ミン。ミーンミーンミン。ミーンミーンミーン、ミィ~ン。
セミですね。クマゼミです。セミの鳴き始めです。
朝から強い雨がふっていました。それが小降りになり、すっかり晴れあがりました。
もうじき陽が沈むころです。空を見るとだいだい色にひかっています。
やがてくれない色に変わり、あたり一面を赤くそめることでしょう。
あすはきっといい天気なります。
セミさんもうれしくて、鳴きはじめたのでしょう。
梅雨があけたようです。
冬さんも春さんも、むしむしするから、梅雨はきらいだといっていました。
ぷくは水のなか、金魚鉢のなかですから、一年中、快適です。梅雨の蒸し暑さも、冬の凍るような寒さもありません。
ここは、気持ちのいい環境です。ぷく。
木で鳴いていたセミさんが、ブーンと飛び立ち、窓を飛びこし、ゴツンと、金魚鉢にぶつかりました。
「いてててぇ。しくじった」ミーン。
「だいじょうぶですか」ぷく。
「さっき土の中から出てきたばかりで、飛んだのが初めてだったから。ほんとうは、この家をとびこえ、山のほうに行こうとしたんだけど、バランスをくずしてしまった」ミン。
「ケガはないですか」
「オレの体はがんじょうにできてるから、それはだいじょうぶなんだけど、急いで彼女をさがさなければならないんだ」
「それは大変ですね。でもどうして、そんなにいそいでいるんですか」
ミーンミン。
「オレたちセミは、地上にでてきて七日で死んでしまう。長生きするもので十日。めったにいないが二週間生きていた、なんていうはなしも聞いたことがあるが、ほんとうかどうか…」ミンミン。
「ぷくたち金魚は、十年、いや二十年生きてるものもいます。たまにですけど、五十年生きていた、という話もきいたことがあります」ぷく。
「そんなにか。オレたちセミは、地下でのくらしが長くて、五年から七年、土の中にいる。長いものだと、十三年も土の中でくらしている」ミン。
「セミさんは、何年いたのですか」ぷくぷく。
「オレは五年だ」
「五年ですか。暗い土の中で大変でしたね。じゃあ、いそいで彼女をさがしてください」
「まあ、そうなんだけど。彼女をみつけたら、オレの寿命は、その日で終わってしまう。早ければあした、ということもある。せっかく上にでてきたんだから、もう少し地上の世界を見てみたいよ」ミン。
「はあ、そうですね」ぷく。
「金魚のおまえさんには、オレのこの姿がどう見える?」
「立派なからだと思いますけど…」ぷく。
「おれたちのこのすがたは、死に装束なんだよ。口に入れるものは樹の水だけだ」
「死ぬときの、死に水ってことですか」ぷく。
あっ。セミさんがあわてるように、飛んでいきました。
彼女をさがしにいったのですね。見つかればいいですけど…。
でも…、ふくざつな気持ちになりました。ぷくぷく。
明日の金魚日記へつづく
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