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画家の心 美の追求 第97回「ピエール=オーギュスト・ルノワール『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』1876年」
世界の名画ベスト10の中に印象派の絵が入るのは当然だが、さてどの絵が入るのだろうか。
モネ、マネ、ルノワール、それともセザンヌ、シスレー…等など煌めく星のごとく候補者はいる。
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そしてその結果だが第10位に滑り込んだのはルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」だった。わたしにとってはまったくの予想外だった。
印象派の数ある絵の中から何故この絵が選ばれたのだろうか。模写しながら考えた。
この絵は1877年第3回印象派展に出品され、評論家のリヴィエールは小冊子『印象派』の中で『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』について、「この作品は、サロンを賑わす芝居がかった物語画(歴史画)に匹敵する現代の真の物語画である」と絶賛した。
さてギャレットは、パリ・モンマルトルにあったダンスホールで、若い男女が恋を求め集まるパリきっての歓楽街だ。そしてこの絵に登場するモデルは、ルノワールの友人たちだ。
左から黒い帽子をかぶった男がキューバの画家、カレデナス。ダンスの相手をしている女性がルノワールお気に入りのマルゴ。カレデナスはマルコに囁く。
「この後オレと食事でもどうだい」
「いけない人ね。ダメに決まってるでしょ」
絵の中央、白と青のストライプのドレスを身にまとい椅子に座って女性がエステル、その後ろにいる黒服の女性が姉のジャンヌ。椅子に横座りし、背中を見せ姉妹に熱弁をふるっている男性が画家のフラン=ラミ。その右横でパイプをくわえている男が画家のノルベール・グヌット。その右でメモを取っている若い男が上で紹介した批評家のリヴィエールである。
そして若い評論家の目線は、姉のジャンヌに向けられ、ラミの熱弁も耳に入らず彼女の美しさにうっとりしている。
このようにこの絵はルノワールの知り合いを集めた集合絵画になっている。もちろんこれまでにも集合絵画はたくさんあったが、みなきちんと並んで「はい、チーズ」みたいな絵ばかり。それを自然な形で風景のヒトこまとしてモデルたちを配置した。劇場型の集合絵画になっている。
この絵にはドラマが仕込まれており、観賞者はルノワールが仕組んだ物語を読み解くことでさらにこの絵が面白くなる。そういう効果をこれまで以上に強烈に込めたのだ。
それは「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」という愛を囁く場所だからこそ、さらに強烈に鑑賞者の心に染み入ることになる。
そのように見ていくと次々と新しい恋の物語が画面から浮き出てくる。
姉のジャンヌの後ろ、黄色のストローハットをかぶった男は連れ合いにキスを迫っている。それを女は髭がくすぐったいと顔を背けている。
大きな木のそばで黄色の帽子をかぶった男、少女のようなかわいい女の子を抱いているが、目は前にいる別の女性に向けられ、この後少女とは別れ話を切り出すつもりだろうか。
こうして目を凝らして眺めてみると他にも恋の物語が見えてくるようだ。
ところでこんな歓楽街にまったくふさわしくないふたりがいる。
左下に黒服の女性と腰まである長いブロンズヘアの少女。この少女は、最も美しい肖像と言われたイレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢で、黒いドレスの女性は母親のルイーズではないだろうか。
だがこれは考えすぎだろう。なぜなら描いた時期が2年ほど前後しているからだが、それにしてもあまりにも雰囲気が似ている。そうしてこのことは友人たち、リヴィエールにも秘密だったのかもしれない。
このように鑑賞者が自由に物語を紡ぐことができる。これまでの絵画にはないまったく新しい人物画であり、風景画であり、ドラマのワンカットともいえる。
だからだろう。モネでもマネでもシスレーでもなく、『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』がベストテンに滑り込んだんのだ。