童話小説「ガルフの金魚日記28」
春さんが、青むらさきのお花をさした花びんを持っています。
「きれいでしょう。ここに置いておくね」
「ぷく。きれいですね。あじさいですよね」
「あら、よく知ってるわね。お庭に咲いてたの。きれいだったから、つんできたの」
そういうと、春さんは、花びんをぷくのそばの出窓に置いて、部屋のほうにもどっていきました。
春さんはやさしいのです。
しばらくのあいだ、青むらさきの、ぼんぼりのような形をしたあじさいに見とれていました。
出窓の外は、しとしとと雨がふってきました。空は灰色です。海も灰色です。こんな天気を梅雨というんだそうです。
お客さんが来ないこんな日は、四季ばあさんは、短冊をとりだして、よく俳句をよんでいました。
『紫陽花や 昨日の誠 今日の噓』
これはねぇ、正岡子規という人の俳句でね、あじさいは色が移ろいやすことを、人のこころや、人生の無情さになぞらえたそうだよ。
ぷくー。
ぷくにはむつかしすぎます。
それにこんなのもあるよ。
『五月雨を あつめて早し 最上川』、これは松尾芭蕉ね。
『梅雨雲の うぐいす鳴けり こゑひそか』、水原秋櫻子。
いろんな句をよんでいましたね。それを聞いていると、いろんな景色がぷくのこころに浮かんできました。
そんなむかしの思いでを、ぼんやりしながら、しのんでいました。
「ケロケロ。ケロケロ」
美しい光景を思いえがいていたぷくの耳に、かわいい声が飛びこんできました。するとそんな景色は、どこかへ吹き飛んでしまいました。
なに、どうしたの。
ぷくは、けろけろ見まわしました。
すると、いました。
アジサイの花の上に、みどり色の小さな雨がえるが、ぴょこんとのっています。大きな目をクリクリさせて、ぷくを見ています。
ぷくもカエルさんを見ました。
「カエルさん、どうしてそんなところにいるの」ぷく。
ぷくの声がきこえるといいのですが…。
すると、
「お花のベッドで寝ていたら、ぷつんと切られて、こわごわ顔をのぞかせたら、ここにいたんだ」ケロ。
「カエルさんは、ぷくの声がきこえるんだね」
「ケロ、よくきこえるよ。水をとおしてね」
そういえば、ぷくもカエルさんも、水の中で生きています。だから、水や梅雨の雨をとおしてきこえるんだね。
かえるさんは、窓の外をジーっと見ています。花の上からピョーンと飛び降りると、出窓から両手両足をピーンとはって、外に向かって飛んでいきました。
小さな体ですけど、ダイナミックなジャンプです。とてもじゃないですけど、ぷくにはできません。
かえるさんはすごいです。でも、飛び出したところは道路です。人や車に踏みつぶされないように気をつけてね…。ぷく。
明日の金魚日記へつづく