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留目弁理士奮闘記! 番外編     ゑれきてりせいりてい 第五話  『悪だくみ』 その1

 【これまでの経緯】
香織と中良、そして龍馬の三人は幽霊屋敷から清次郎を助け出すことに成功する。しかし、そこにはいくつもの難問がまだ残っていた。


三人と一人の透明人間は大和町の源内(げんない)屋敷に意気揚々と帰ってきた。
「源内先生! 源内せんせー! 清(せい)次郎(じろう)さんを助け出しましたー」
中良(ちゅうりょう)が誇らしげに告げた。


 源内と玄(げん)白(ぱく)は、玄関先で三人を出迎えた。
「おおー、清次郎! やはりお前だったのね」
源内はげっそりやつれた清次郎を見て言葉を失い、二人はただ黙って抱き合った。どのくらいそうしていただろうか、ようやく落ち着きを取り戻した源内は、「怪我はないか」、「痛いところはないか」、「腹は減っていないか」、と清次郎に矢継ぎ早に尋ねた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんな……さい」
清次郎は嗚咽(おえつ)で言葉にならず、源内の膝に縋(すが)りつき、泣き崩れた。
「もうすんだことじゃない。それよりお前さんが無事で何より嬉しいよ」
源内は清次郎の手を取り、立ち上がらせた。


「中良から嫌な噂を訊いて心配していたんだよ。本当に怪我はないのかい」
源内は清次郎の顔を覗きこむと、もう一度尋ねた。
「せんせー。ほれ、このように無事でございます」
清次郎は涙を拭き、両手を広げてその場で一回りして見せた。
「そうか。うん、うん。良かった、良かった」
元気にくるくる回る清次郎に、源内は目に涙を溜め、ほっと胸をなでおろした。


「香織さん、ご足労をおかけしました。中良もありがとう」
源内は小さく頭を下げ、礼を言った。
「清次郎。長崎からいつ江戸に出て来たんだい。どうして教えてくれなかったのさ」
源内はひと呼吸おいて清次郎に問うた。


「先生に叱られると思って……。江戸に来て、吉松という男に騙(だま)されてエレキテル診療所をやらされていたんです。あたしがバカだったんです。それにせんせー、吉松は偽エレキテルを作っています。これを何とかしなきゃ、あたし、あたし……」
清次郎は声を詰まらせると堰(せき)を切ったように泣き崩れた。


「わかった、わかった。もう泣かなくてもいいよ。清次郎、とにかくこれまでの話を聞かせておくれ」
清次郎は長崎で源内から別れを告げられ、ショックで食事も喉(のど)を通らなくなった日々のことを、涙ながらにぽつりぽつりと話し始めた。


源内さんから江戸に帰ると告げられた日、あたしは悔しくて悲しくて、泣き続けていました。どれほどの時間(あいだ)泣いていたのか、涙も枯れ果てふと顔を上げると、夕日が差し込んできたのです。紅い光の方に目をやると、源内さんの荷物の間に丸い筒が目に飛び込んできたのです。


――あれは、確かエレキテルの図面。こんなところに放り出して、不用心すぎる。誰かに取られたらどうするの。だから、源内さんは……。
あたしは、はっとしました。頭の中に暗雲が垂れ込め、悪魔が囁(ささや)きかけてきました。


『不用心だろ。だから清次郎。お前が預かっておけばいいんだよ。源内さんは図面を取りにきっと戻ってくるよ』
魔が差したというのでしょうか、気が付いたときには、あたしは筒を抱え、暗くなりかけた石畳の道を逃げるようにして駆けていました。


――そうよ。これさえあれば源内さんはきっと帰ってくる。長崎を出ても、大切な図面を忘れたと言って戻ってくるに違いない。そうすればあたしの源内さんに、また逢える。優しいあたしだけの源内さん……。
でも、何日待っても、何か月が過ぎても源内さんは長崎に戻ってくるどころか、何の音沙汰もありませんでした。


――源内さんは図面がなくなったことに気付いていないのだろうか。江戸に戻ることに反対したのを怒っているのだろうか。それとも、あたしのことが本当に嫌いになったのだろうか……。
悪いことばかりが浮かんできて夜も眠れないほど悩みました。やがて日が経つにつれて図面を盗んだことを後悔し始めました。なぜあんなことをしてしまったのかって。


源内さんが居なくなり、がらんとしたエレキテル診療所に一人ポツンと座っていると、楽しかった日々のことが次から次へと思い出されて、すると辛くて悲しくて……。そんな日々が何日も続いて、もうじっとしていられなくなって、図面を抱え源内さんの居るお江戸に行ってみようと決心したのです。


江戸に着き、通りすがりの見ず知らずの人に源内さんの住まいを尋ねると、「源内先生なら大和町に住んでるよ」、とどの人もみんな親切に教えてくれました。
――源内さんはお江戸でも、いや、日本中でとっても有名な人なんだ。
あたしは改めてせんせーの偉大さを思い知らされました。すると今度は、いったいどんな顔をして、何と言って謝ればいいのかわからなくなって……、何日もの間、途方に暮れていました。


そんな折、ふらふらしながら立ち寄った居酒屋で吉松に会ったのです。あたしはエレキテルの図面を卓に広げ、ぼんやり眺めていました。あとで吉松が言うには、あの時のあたしは大きな溜息(ためいき)を何度もつき、抜け殻のような顔をしていたそうです。
吉松は指物師(さしものし)で、今から思うと目つきの鋭い頬骨の張った貧相な男です。この吉松がチロリを片手になにやらぶつぶつ息巻いていました。


「俺の腕はすでに棟梁以上だ。なのに棟梁は俺を認めない。今日だってそうだ。俺より後に弟子になった若い者の下に置きやがって。やってられねぇ」
あたしは怖そうなお兄さんだなと思ったのですが、あたしと吉松が同時に、はーっと溜息をついたのがきっかけでした。その拍子に吉松と眼が合い、それを合図のように吉松は広げていた図面を覗き込んできました。                         

                     つづく

第五話 『悪だくみ』 その2 予告
 吉松は清次郎からエレキテルの図面をだまし取ろうとする。吉松はそれをどうしようというのだろうか。


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