ガルフの金魚日記3
ぷくがしゃべり始めたそのきっかけというのは、冬さんが朝顔形の金魚鉢をごしごし磨いているときでした。冬さんがふっと、つぶやいたときでした。
「なあ、ガルフ。オレ、オマエとこうしている時が一番好きかも」
そんなことをいいながら、何となくだけど寂しそうで、元気がありません。
ゴシゴシと一心に金魚鉢をみがいてくれています。
金魚鉢のガラスに藻がつくと、病気になるときがあるそうです。
だから、冬さんはときどきこうして、金魚鉢の掃除と新しい水を、入れ替えてくれています。
新しい水は、何時間も日向において、殺菌されたものです。
本当にありがたいなぁ、と思います。
そんな優しい冬さんが、どうしたんでしょうか。寂しそうにしています。
だからとても気になるのです。
ぷくは、洗面器の中から冬さんを、見上げていました。
水面でパクパク空気を吸っているときでした。水をゴクリと飲んでしまいました。そして、ゲホッと声がでて、
「ゴホンゴホン。ふ、ゆ、さん…」
のどの奥から変な音と声が、しぼり出てきました。
冬さんは、ふいと立ち上がると、うしろを振り向き、あたりをキョロキョロしていました。
もちろんだれもいません。冬さんは、気のせいとでも思ったのでしょうか。再び座ると、ハーッとため息をつきました。
やっぱり何かあったのです。
「冬さんどうしたんですか…。ぷくぷく」
「なんでもないよ…。ガルフ…」
冬さんはいきなり立ち上がり、まわりをキョロキョロしました。
「いましゃべったの、だれ…」
「ぷくです」
冬さんはもう一度まわりをキョロキョロして、座り、洗面器の中にいるぷくを見ました。
「ああ、びっくりした。ガルフがしゃべったのかと思ったよ。そんなわけないよな、ガルフ」
「いいえ、ぷく。ぼくです」
「また、また、よくそんな冗談、よくいうよな…。ええーっ。ガルフ、本当にしゃべったのか」
「はい」
そのようなことがあり、最初は冬さんとだけ、こっそり、おしゃべりしていたのですが、そのうち、おばあちゃんの四季さんとも、ぷくぷくおしゃべりをするようになりました。
四季おばあちゃんは、いつもにこにこして、ぷくとおしゃべりしました。
それで思いだしました。おばあちゃんがこの家を出て行くとき、最後のお別れをいえませんでした。
そのことが、心残りでしかたありません。本当にさみしくなりました。ぷくー。
それからしばらくして、おばあちゃんがいなくなった出窓に、今はぼくがいます。今までと同じ、朝顔形の金魚鉢に住んでいます。
ここはとても、見晴らしがいいところです。金魚鉢のガラスに、グッと顔を近づけ、窓越しに眺めると、すっきりと晴れ渡った青い空、紺碧(こんぺき)の海、そして深いみどりに覆われた島々が見えます。
目の前は道路で、道端にはベンチが置いてあります。タバコ屋だったころの名残で、夕方には近所の男の人や女の人、子供たちも一緒になり、夕涼みがてらに、わいわいがやがや、おしゃべりしていたそうです。
スイカを食べたり、線香花火をしたり、満月のお月さんをみたり…。
今でも近所のおばちゃんたちがこのベンチに腰をかけ、世間話に花を咲かせています。ぷくはのんびりと、その話を聞いています。
道の反対側は防波堤になっています。その先は白い砂浜が広がり、夏になると近所の子供たちの泳ぐ声でにぎやかです。
ここはイチジクの実のなる、ほのぼの島です。
前に見える海は瀬戸内海というそうです。波は静かでまったりとした時間が流れています。
むかし、たいやきくんが泳いだという海はどこだったのでしょう。
♪ぷく、ぷく、ぷく、ぷく、ぷっぷ、ぷくー…。
そうそう、冬さんが落ち込んでいた理由ですが、友だちのシンちゃんに、金魚を飼っていることをバカにされ、言い返すことができなかったそうです。それが悔しかったそうです。
ぷくのことで、ケンカしてくれたんですね。
「冬さん、ぷくぷくぷく。ありがとうございます」
明日の金魚日記へつづく