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童話小説「ガルフの金魚日記30」

「ねえ、四季ばあさん。シズオさんのお父さんも船乗りだったんですか」
 ぷくは四季ばあさんのおはなしに、その流れでつい、聞いていました。ぷく。

「そうだよ。このいちじく島の男たちはみんな船乗りだかね。シズオさんのお父さんも船乗りで、島の人たちはお父さんのことを、シンジロって、呼んでいた」
「しんじろ、ですか? ぷく」

「シンジロさんは、明治生まれの人でね、若いときから外国船に乗って、上海とか、香港とか、フィリッピン、ベトナム、それからカンボジアなんかに行っていたそうだよ」
「すごい昔の人なのに、なんだかすごいです」ぷくー。

「シンジロさんは、たまに島に帰ってくると、みんなを集めて、いろんな国の話しを聞かせていたそうだよ。すると、みなが、エーっ、ウソだよ、っておどろくだろ。すると、本当だから、信じろ、シンジロといっていたそうだよ」
「それで、しんじろさんですか」ぷく。
 なんかへんですけど、信じることにします。ぷくぷく。

「ねえ、四季ばあさん」
「なんだいガルフ」
「四季ばあさんとシズオさんは、どこで知り合ったんですか」
「ばかだね、ガルフは」
 四季ばあさん、ほほを赤らめると、フョッフョッフョと歯のぬけた笑いをしました。

「そんなはなしを聞きたいのかい」
 ぷく。
「どうだったかねぇ…」
 そういうと四季ばあさんは遠く見るような目をしました。

「あたしがね、神戸の街の、神戸を知ってるかい」
「いいえ、ぷく」
「神戸はね、海と山の街。高台には外国人の家や墓地なんかがあって、静かでお洒落でね。あたしのお気に入りのところだったんだよ」
「ぷくぷく。そうですか」
 すると、なにを思い出したのか、四季ばあさん、まっ赤な顔になりました。赤いおたふくさんみたい…。ぷくぷくぷく。

「外国から神戸に着いたシズオさんは、仲間の人とは別に、外人墓地に来ていてて、そこでばったり出会ったのさ。シズオさん、初めてだったらしくて、道がわからないというので、いろんなところを案内してあげて、夕暮れ時になって、神戸の街を見下ろせる小さな公園にふたり立っていた。夕日がきれいだった。キラキラと黄金色に輝いていた。すると、突然…」
「トツゼン、なに」
ぷくは、ゴクリと息をのみました。

「キスされて…。いきなりだったから、身動きができなくて、たすけてーって、口をふさがれて、声も出せない。彼の腕の中できつく抱かれて…、頭のなかは、にじ色にはじけていた」

「キャー、ブクブクブク」
 ぷくは金魚鉢のなかを、ぐるぐる三周泳ぎました。
 ぷくが照れることはないのですけど…。

「それから両方の親から反対されてね。当時はね、お見合い結婚が普通だったからね、親の知らない人との結婚は許さねぇー、ってね」
「まあ、いろいろあったけどさ。結婚して、冬が生まれて、でもね、シズオさんは冬が三歳になる前に、あっけなく外国で亡くなった。そのあとは、あたし、冬を育てるのに必死で、たばこを売っていたよ」
そうだったんですね。ところで、冬さんは、この話を知っているのでしょうか。ぷく

 明日の金魚日記へつづく

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