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イギリスで一般的な「ナニー(子守)」を雇う文化。どのように形成されたの?

TOP画像:The Australian Financial Review キャプチャ画像 

出典: https://www.afr.com/life-and-luxury/arts-and-culture/nanny-knows-best-tips-from-the-victorian-era-20180629-h121nn  

「メアリー・ポピンズ」は家庭に住み込みで働く「ナニー(子守)」です。戦前の上流&中流階級では一般的な仕事でした。

「ナニーを雇う」習慣は、いつ、どのように始まったのでしょうか?


■ナニーを雇う習慣ができたのはヴィクトリア時代

イギリスで「ナニー(子守)」を雇う習慣が確立されたのは、18世紀から19世紀にかけての時期です。特にヴィクトリア朝時代(1837年~1901年)には、上流階級や中産階級の家庭でナニーを雇うことが一般的になりました。

産業革命により、新たに富を得た中流階級(産業資本家・商人など)が増加しました。この新興中流階級の人々は、上流階級の生活様式にならい、社交が重要視されるようになりました。

社交の場は「成功した家系であることを示す」手段であり、ステータスシンボルでもありました。つまり社交は娯楽ではなく、「家」の社会的・経済的な地位を維持し向上させるために不可欠な「仕事」だったのです。

社交が嫌いな女性たちも多かったでしょう。「上流&中流階級に生まれたばっかりに😿」と泣く泣く嫌な社交に精をださねばならなかった女性たちに同情します。

ハナコの心のつぶやき

■社交と子育ての両立

上流・中流階級の女性たちは、独身時代から「社交」をしなくてはなりませんでした。これは良い縁談を探し、自分の将来と親の家庭の安定を維持するための活動でした。

そして結婚後も「社交」は必須でした。サロン、舞踏会、観劇、音楽会、ティーパーティーに加え、慈善活動と社会貢献等のボランティア活動にも励まねばなりません。

忙しく社交しなくてはならないのに、ヴィクトリア朝時代は「家庭は道徳と愛情の中心であり、男女は異なる役割を持つ」という家族観が定着した時代でした。

産業革命によって経済が発展し、男性が外で働き、女性が家庭を守るという役割分担が強まりました。また都市化が進み、家庭が「安息の場」として重要視されるようになったことも背景にあります。女性は家庭を守るために生きる「家庭の天使」としての存在であることを押し付けられた時代だったのです。

↑このような風潮は現在のイギリスにはほぼありません。戦後、急速に家族観・ジェンダー意識が変わっていったことが分かります。

ハナコの心のつぶやき

しかし多くの外出を伴い、パーティやサロンの運営等経営能力も必要とされる「社交」を担う上流&中流階級の多忙な女性たち。これに加え、家で子育てもこなすことなんて、実際、無理です。

この時代の上流・中流階級は家事使用人を雇うのが一般的だったこともあり、「母親は子供の精神的な導き手であり、実際の育児はナニーが担当する」という形になっていきました。

バンクス家のママはよく泣いているイメージ。社交、家政、大変なことを彼女1人で切り盛りしているのです。画像出典:岩波少年文庫「帰ってきたメアリー・ポピンズ」

■エドワード時にはナニー養成学校も誕生

続くエドワード時代(1901年~1910年)になるとナニー養成のための学校(Norland Collageなど)が設立され、「子育てのプロ」としてのナニーの存在が確立していきました。

Norland Collageのインスタグラムより。ウィリアム王子とキャサリン妃の子供達のナニーもこの学校出身。画像出典: https://www.instagram.com/norlandcollege/p/DFmsysFtSlj/

■第2次世界大戦後、ナニーの文化は急速に衰退

メアリー・ポピンズは第1次世界大戦後&第2次世界大戦前に誕生した物語です。緊縮財政下にあり経済的には厳しい時代でしたが、ヴィクトリア時代が終わってまだ30年、当時の流れが続いていた時代でした。メアリーのようなナニーや家事使用人は多数おり、1930年代には、就労女性の約4分の1が家事労働に従事していました。

しかし第2次世界大戦がはじまると、多くの男性が戦場に行き、女性たちも軍に勤務したり製造業等に従事し給与を得るようになりました。

そして戦後、人手不足とインフレから家事使用人の数は減っていきました。戦争によりイギリスの階級制度も変化し、比較的豊かな家庭でもナニーを雇えなくなっていったのです。

教育制度が発達したため上流階級の子供達は私立の寄宿学校で学ぶようになったこと、またそれまでの「上流&中流階級の子どもはナニーが育てる」スタイルから、親が子育てを行う方式に変わっていきました。こうしてナニーを雇う習慣は衰退していきました。

■現在も「シッター」の需要はある

現代において、「住み込み」で子育てを担うナニーを雇う家庭は本当に稀です。しかし親/保護者が働いている間、子供(主に小学生)を学校に迎えにいったり、子供にご飯を食べさせる役割を果たす「シッター(ベビーシッターの「シッター」)」を1日数時間雇っている家庭はたくさんあります。

イギリスでは共稼ぎ及びシングルペアレント家庭が多いですが、小学生は子供だけで登下校してはいけない、子供一人で家にいてはいけないという「不文律」があるためです。

「シッター」のアルバイトは大学生等の若い世代が担う事が多いのですが、最低時給等の労働条件は守られているので、支払う保護者の負担はなかなかのものです。

親世代の人と会話をすると「キャリアを継続させつつ、子育てもすること」の難しさがよく話題に上ります。

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時代は変わり、役割は変化したものの「子守をする人」の需要は現在もあるイギリスです。


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