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メアリーも食べた?「ベイクドビーンズ」の謎


毎日食べているわけではない「イングリッシュ・ブレックファースト」

イギリスの朝食、と言えば「イングリッシュ・ブレックファースト」を思い浮かべる人はいると思います。

「フル(full)イングリッシュ・ブレックファースト」とも言われ、肉、野菜盛りもりの一皿に、こんがり焼けたトーストとバター、そして熱々の紅茶またはコーヒーがつく朝食セットです。

ベーコン、生ソーセージ、卵(目玉焼きかすスクランブル)、ベイクドビーンズ、トーストが定番ラインナップ。ここにハム、マッシュルームを炒めたものや焼トマト、ニシンやサバの燻製、ハッシュドポテト等をプラスすることが出来るお店もあります。

来英前、「イギリスでおいしいのは朝食だけ」とどこかで読んだことがありました。その刷り込みもあり、「イギリス人は毎日こーんなボリュームの朝食食べているのかしら?」と思っていました。

実態は、全く違いました。平日の朝、こんなボリュームの朝食を食べている人はいませんでした。朝が忙しいのは世界共通。学校に行く前、仕事の前、お茶(紅茶かコーヒー)にビスケットやトースト、コーンフレークス、クロワッサン等の軽めのものを口にさささっと突っ込んで、みたいな朝食が一般的でした。

しかし週末の朝は、近所のカフェでイングリッシュ・ブレックファーストを楽しむ、という人は多いです。我が家の近くにもこの手のお店が何件かあり、土日の朝は「満員御礼」の賑わいです。

お皿の中の異端児?「ベイクドビーンズ」

油(脂)べっとり&塩辛い系の肉&野菜で埋め尽くされたイングリッシュ・ブレックファーストのお皿の中で、ひときわ異彩を放つのが「ベイクドビーンズ」(だと思います)。

差し色としては綺麗ですが。

「ベイクドビーンズ」とは、トマトソース味の煮豆です。使っている豆はNavy Beans(白いんげん豆)。トマトソースといっても、私には「ケチャップ味そのもの」と感じます。つまり甘めのトマトソース味です。

最初は「なぜにここに甘い豆が?」と「異物感」を感じていたわたくしですが、今は違います。油&塩攻めの中に「ちょっと甘い」があることに意味があり、「口直し」として嬉しい存在なのです。

ごくたまにベイクドビーンズを乾燥豆を戻すところから手作りしているお店もあると思いますが、缶詰のベイクドビーンズは安定した味の上に大変お安いので、ほとんどのカフェでも缶詰を温めて提供していると思われます。

いろんなブランドがベイクドビーンズ缶を出していますが、おそらくもっとも「定番」と位置付けられてるのはアメリカのブランドの印象が強いHeinz製のものです。

*いつからベイクドビーンズってイギリスで食べられるようになったの?
*メアリー・ポピンズ(1930~40年代)も食べたかしら?

が知りたくなって、「ベイクドビーンズ」について深追いしてみました。

やはり起源はアメリカだった

ベイクドビーンズ自体の起源はイギリスではなく、アメリカの先住民文化にまでさかのぼります。先住民が作っていた豆の料理(乾燥豆を砂糖や脂肪で煮込むもの)を基に、ヨーロッパからの移民が改良を加えました。

アメリカでは、18世紀以降「ボストン・ベイクドビーンズ」というモラセス(糖蜜)を使った甘い煮豆料理が広まり、これが現代のベイクドビーンズの原型となりました。

ボストン・ベイクドビーンズ。見た目だけではイギリス版とあまり変わらない印象です。画像出典:https://www.allrecipes.com/recipe/18255/boston-baked-beans/

イギリスでのベイクドビーンズの普及

1901年にアメリカの食品メーカー H.J.ハインツ(Heinz) が、トマトソースに漬けたベイクドビーンズをイギリスに輸出しました。イギリスでのベイクドビーンズの歴史は、この輸入品から始まったと言えます。

その後、イギリスでベイクドビーンズがたどった道を時系列で並べてみました↓。

1905年: H.J.ハインツがロンドンに工場を建設し、ベイクドビーンズをイギリス国内で生産し始めました。
1920年代: ハインツは「健康的で便利な食品」としてベイクドビーンズを広く宣伝し、次第にイギリス国内で人気が高まりました。
第二次世界大戦後(1940〜50年代): ベイクドビーンズは缶詰として長期保存が可能であり、戦時中・戦後の食料事情に適した食品として重宝されました。
20世紀後半: 朝食や軽食の定番として、「ビーンズ・オン・トースト」が一般家庭に浸透しました。

「ビーンズ・オン・トースト」。文字通り、トーストの上に、缶詰のベイクドビーンズをどしゃっとかけただけの一品。(上の葉っぱはただの飾り)。この上にチーズをかけたり、チーズをかけてもう1度オーブンで焼く場合もあります。

1950年代から1970年代: カフェやダイナーで提供されるイングリッシュ・ブレックファーストにベイクドビーンズが追加されるケースが増加しました。

同じベイクドビーンズでも味が違う!アメリカとイギリスの違い

アメリカが発祥のベイクドビーンズですが、アメリカ版とイギリス版、味は今も違うのでしょうか? 似ているのでしょうか?

しらべてみると、アメリカ版は今も糖蜜を使った甘みが特徴なのだそうです。

アメリカのベイクドビーンズ: 甘みの強い味付け(モラセスや砂糖が多い)で、濃厚な風味が特徴です。
イギリスのベイクドビーンズ: トマトソースがベースで、アメリカ版よりも甘さが控えめでマイルドな味付けです。ハインツのレシピが特に標準的とされています。

イギリスのベイクドビーンズでさえも「甘い」と感じているわたくしですが、そうですか、アメリカのはもっと甘いのですね。これはいつか、アメリカで食べてみなくてはなりません。興味深々です。

メアリーもベイクドビーンズを食べていた?

ベイクドビーンズそのものは1930~40年代に既にイギリスに広まっていたので、メアリー・ポピンズも食べていた可能性があることが分かりました。

画像出典:メアリー・ポピンズのお料理教室(文化出版局)

当時から「缶詰が定番」として広まったので、忙しい朝、ジェインやマイケルの朝食に「ビーンズ・オン・トースト」を作っていた可能性はありますね。

なんとなく、マイケルは「ビーンズ・オン・トースト」が好きなイメージがあります。

戦時下でも活躍したベイクドビーンズ缶

戦時下に重宝されたという点は胸が痛い記録です。第一次大戦時には間に合わなかったと思われますが、第二次世界大戦前までに、ベイクドビーンズはすでに一般家庭で定着していました。

第二次世界大戦下において一般家庭だけでなく、出兵中の兵士たちもベイクドビーンズをたくさん食べたそうです。

缶詰は戦場や過酷な環境でも適していますが、ベイクドビーンズの白いんげん豆はタンパク質や炭水化物が豊富な食品です。加えトマトソースにはビタミンCも含まれており、栄養バランスが良い食品としても評価されていました。

そうした栄養価に加え、兵士にとって「懐かしい家庭の味」としても愛されたそうです。

第二次世界大戦中、イギリス軍にとって「コーンビーフ」や「スパム」と並んで、ベイクドビーンズも重要な食料の一つでした。軍用のベイクドビーンズ缶は家庭用よりも大きく、場合によってはシンプルな味付けがされていましたそうです。

1939 - 1945年のベイクドビーンズ缶。画像出典:National Trust Collections https://www.nationaltrustcollections.org.uk/object/24372

大きなベイクドビーンズ缶でお腹を満たす戦場の兵士たちの姿が目に浮かびます。温めて食べる余裕があったときもなかったときもあったでしょう。

1944-1945年撮影。兵士の食事配給の模様。画像出典:IWM

「イングリッシュ・ブレックファースト」の中では新参者だった!

現在イングリッシュ・ブレックファーストの定番&重要な一品として鎮座しているベイクドビーンズですが、意外なことにイングリッシュ・ブレックファースト界隈では新参者だったことが分かりました。

あっと言う間に一軍になりあがったベイクドビーンズ。

イングリッシュ・ブレックファーストに加えられたのは戦後のこと。まだまだ新しい文化なのですね。

その割にはすでに「スタメン」に成り上がっているベイクドビーンズ。やはり「ちょっとした甘味」は塩気の多い一皿に嬉しい、ということなのでしょう。

この記事を下記ながら、イングリッシュ・ブレックファーストの歴史についても調べてみたくなりました。後日まとめようと思います。

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