アークタイムズ 1月19日 「日本中学生新聞」に思うこと


アークタイムズ1月19日の放送。
アークタイムズは大好きなのに、最後まで視聴することができませんでした。
理由を考えてみました。

日本中学生新聞の川中だいじくんの取材をドンマッツさんが批判をされました。
わたしはその批判された理由を書かれていたのを肯定的に読んでいました。
そんな信念みたいなものではなく、なんとなくそうだよねーみたいなレベルです。

そのことについて19日の番組では、「子どもの権利条約」や「主権者教育」という観点からご本人、望月さん、尾形さんがドンマッツさんの批判は当らないという考えを展開されていました。
そして川中だいじさんは、ドンマッツさんに意見をされたことのほうがトラウマになったと言われていました。

放送のなかで、川中だいじ(以下、だいじさん)さんの取材には必ず保護者が付き添って安全を確保しているということでした。
それならば、ドンマッツさんからだいじさんをなぜ守れなかったのでしょうか。
安全を確保というのは、だいじさんに暴力を振るうであるとか暴言を吐くであるとか、明らかの危険から守るというだけではないはずです。
悪い人、危険な人は、「悪い人」という目印をつけて近寄ってはきません。
むしろ「いい人」を装ってくるのです。
いい人だったはずのドンマッツさんが、結果的にはだいじさんのトラウマになってしまったということです。
保護者によって安全が確保できていると果たしていえるのでしょうか。

そして本当に中学生らしいと思ったのは、だいじさんが自身が青春しているかどうかを友人にアンケートをとって反論したところです。
ドンマッツさんから青春するように言われたので、青春していることを実証したかったのでしょう。
それをアンケートをとって実証した。

でも、そもそも「青春」って何ですか。
ドンマッツさんが「青春」をどういう意味で用いられているかを抜きに自分の感覚で、そして友人の感覚で「青春しているかどうか」を聞いてしまっているのです。
このアンケートも望月さんや尾形さんは好意的に捉えられていました。
「実証してエライ」ということでしょうか。

「中学生」レベルの思慮の浅さでしょう。
友人とのさまざまなやり取りを紹介することで、自分は「普通」の中学生。
青春も恋愛もしている「普通」の中学生ということが言いたかったのでしょう。

安全も配慮している、しっかり思考もできている。
それのどこが悪いんだ、としか考えられないのかもしれません。

わたしはだいじさんには、もう少し安全なところで、さまざまな価値観に出会ってほしい、その上で「社会」を見ていくということをされればと思います。


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