70円のつり銭
郊外の酒席に向かうため、小雨の中を路線バスに乗った。ちょうど帰宅時間と雨とが重なり車内は混み始め、バスの乗務員は、急いでバスに乗りこもうとする乗客を制止、下車する乗客を優先に、乗り降りが安全に行えるよう常に気を配っていた。
高校生から小学生まで通学に利用する学生客は、下車するたび必ずと言っていいほど、乗務員に対し「有難うございます」と謝意を伝えていたのが印象的だ。
年に3回ほどしかバスを利用しないが、このいつもと変わらない光景は、かかわり合いが希薄になり、空虚な世相にあって何かしら心和むものがある。
とあるバス停に差し掛かり、料金を支払い下車する数人並んだ列の最後に、ひとりのランドセルを背負った女の子が順番を待っていた。自分の番になって支払おうとするとき、女の子はバスの乗務員に、お金が足らないことを申し訳なさそうにか細い声で伝えた。
すると乗務員はすかさず「大丈夫だよ。心配しないで。次乗った時でいいから」とやさしく女の子に伝えバスから送り出した。
酒席の帰り、最終バスにも乗り遅れ、5キロの道のりを歩いて帰宅の途についた。歩く度に上着のポケットから小銭がジャラジャラと音をたて、酒席での楽しかったひと時よりも、なぜか車中での出来事の方が脳裏を離れなかった。
なぜあの女の子はお金が足らなかったのか、これも格差なのか、なぜ女の子の足りなかった分を払ってあげなかったのか。
既に酔いも醒め、行きのバスのつり銭である70円を握り締め、自問自答を繰り返しながら、いつの間にか雨は上がり、星空も見え始めていた環状道路をひたすら歩いた。
旅は続きます・・・