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坂上香監督 インタビュー

- 2月15日 渋谷のラジオ「渋谷のかきもの」より-

もう7年前になる。
美容室で隣に座ったのが妊婦さんだった。
「今8か月で……」と微笑む女性に、
「子供を産もうと思う人って、すごいっすよね」と美容師さんが話す。
次の一言で、私はすっかり眠気が吹き飛んだ。
「子供を産むってことは、犯罪率が増えるってことじゃないですか。すごいっすよ。勇気あると思いますよ」
隣の鏡の中に、女性のこわばった笑顔が見える。
いじわるを言いたかったわけでもなく、思ったことをそのまま言った、という感じだった。
この美容師さん、今までどんな人生を歩いてきたのだろう。
もしかして、近くに犯罪者がいたのだろうか。いろんなことを考えた。

映画『プリズン ・サークル』に出てきた受刑者たちは、「犯罪者」のイメージから程遠かった。坂上香監督は、刑務所で出会った若者たちを「ふつうの人」だと言う。(以下、" " 内は坂上監督)

 "「プリズン・サークル」を見た多くの方が、受刑者を見て、
「その辺にいる今どきの若者」とか「うちの弟にそっくり」と言うんです。本当に、彼らはふつうの人なんです。"

* * *​

ドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」(2020)。
舞台は、国と民間が共同で運営する刑務所、「島根あさひ社会復帰促進センター」(2008年設立)。
ここでは、受刑者更生に力を入れていて、「TC」(Therapeutic Communityの略。回復共同体、治療共同体の意味)という社会復帰プログラムが注目を集めている。
背景には、2006年の「処遇法」がある。明治時代から続いてきた「監獄法」では、刑務所は厳しい処罰を行う場所だったが、処遇法では、受刑者への改善指導・教科指導が可能になった。
受刑者は、再犯・再入所者が多く、初犯でも前歴がある場合が多いと坂上さんは言う。
TCでは、過去の犯罪行為も振り返り、グループで各々のことを語り合う。

 "犯罪者として生まれて来る人なんかいなくて。 
それぞれが生きていく環境の中で、犯罪行為に至ってしまう。
実は彼らの多くが、なんらかの被害にあったり、暴力を受けていたりするんです。"

ただ、犯罪者の「被害性」に目を向けることに対して、厳しい意見もある。

"私は90年代の10年間、テレビの番組を作っていたんですけど、その頃から同じようなことを言われ続けていて。
「悪い奴らを擁護するのか」「甘やかすんじゃない」「被害者はどうなるんだ」と。
最近は、税金の話にもなって「私たちが(彼らの)面倒みる筋合いはない」という意見も出てきて……。"

それでも坂上監督が2年間、この刑務所に通い続けて、見えてきたものがある。
彼らを負のループから救い出すのは「対話」の力。  

"お互いに言葉を投げ合うこと。
自分を語り、他者の言葉も聞くこと。
その「対話」が大きな力になるんです。"

映画「プリズン・サークル」の中で、それを立証する場面がいくつもあった。
子供の頃から窃盗を繰り返していた、ある受刑者のこと。
彼は、刑務所に入っても、自分がやったことの反省が全くなかった。
「お金がある人から盗むんだから、いいじゃないか」
清々しいくらい素直に、カメラの前で話す。
彼はもう変わることがない。根が深すぎる。私は観ながらそう思った。
しかしある日、彼はTCの仲間から、「人生が転落したきっかけは仕事道具を盗まれたことだった」という話を打ち明けられる。
そこで、自分が繰り返してきた窃盗がいかにひどいことだったのか、初めて知る。
彼はカメラの前で泣き崩れた。同一人物とは思えない変わりようだ。
どんなに他人から「反省しろ」と言われても、怒鳴られても、得ることのなかったであろう自己嫌悪と後悔の念。
ものすごく辛そうな表情に、見ているこちらも胸が詰まった。

"今「表情」って言いましたけど、モザイク、かかってるんですよ。
ものすごく薄い、ブラーっていう方法なんですけど。"

そうだった。なぜだろう、顔が見えたような気がしていた。

"モザイク外したら、もっとびっくりしますよ。"

受刑者たちの顔にモザイクをかける作業の話になると、監督は顔を歪めた。

"本人が隠してほしいっていうならわかるんですけど、法務省の決まりで、顔を隠せって、いうのがあるんです。
彼らの豊かな表情にモザイクでかけていくときなんか……
もう、胃がよじれるような思いでした。"


島根あさひ社会復帰促進センターの受刑者は、約1200〜1500人。[i]
彼らは入所してまず、映画「ライファーズ」を鑑賞する。
坂上さんが以前、アメリカの刑務所内のTCプログラムの様子を撮ったドキュメンタリー作品だ。
刑務所の思想を受刑者に伝え、TC参加希望者を募る。最終的に参加できるのは、わずか40名だ。

"ほとんどの人が手を上げないんです。
誰も喋りたくないんですよ、自分の過去なんて。
最近は、少し増えたようですけど。"

希望者はIQ70以上が求められる。その後、面接を通過したら、6ヶ月〜2年ほどのTCプログラムを受けることになる。
監督は、撮影開始前に、カメラなしでTC参加者へのインタビューをした。

"彼らが言うことは、だいたい同じなんですよ。
真人間になりたい、人間を入れ替えたい、と。
人間は、犯罪を犯しても、いいところや優しい部分をもっていたりするので、中身を全部入れ替えるのは、ちょっと違うなって思うんですけど。
誰もが、そのプログラムに入れば、人間叩き直してくれるって思っていたみたいで。
でも、ようやく気づくんですよ、そんな簡単なもんじゃないって。
変わっていくプロセスは刑務所で完結するのではなくて、社会に戻ってからも続いていく、ということを。"

どんな人でも、自分自身と本気で向き合い、記憶や思いを深く掘り下げるのは、簡単な作業ではないだろう。TC参加者も最初はうなだれるだけで、自分の番が回ってきても、ほとんど話せない。一方で、しゃべりすぎる人もいた、という。

"どうでもいいことをしゃべり続けて。でも、ある時、もう言葉が出なくなっちゃったんです。
今まで語ったことには意味がなかったんだ、と気づいて。
TCでは本音で語らないといけない。
そこから言葉を失ってしまったんです。"

うわべの言葉やごまかしは通用しないTC。でも、だからこそ、心を緩められる時ある。例えば、プログラムの休憩時間だ。

"仲間同士で、「おまえ、がんばってよく話したよね、しんどかっただろう」とか、「こんな話を、今度、プログラムの時間に話してみようと思うんだけど、どうかな」という相談をしたりして。
家族の問題とか、刑務所の外の世界とのことか、いろんな話ができるみたいなんですね。"

TCを経て出所した人たちに聞くと、休憩時間の会話に意味があった、と振り返る人がいるそうだ。
どんな人にも、心の闇や整理のつかない過去はあるだろう。
それとどう向き合い、付き合っていくのか。
私自身も、TCに参加してみたい。
社会にもTCがあればいいのに……。

"その通りだと思いますよ。対話する場所っていうのは、本当は社会のあちこちになきゃいけないと思うんですよ。
それがなかったことで、犯罪に至り、刑務所に入るとも考えられるので。
この映画は、社会の中に、本音を語る場所ありますか、って呼びかけているんです。
語る場所ないんだったら、作りませんか、って。"

現代社会では、匿名でネットに書き込むことはいくらでもできる。
向き合って対話するのは、煩わしいという人も多い。
秘密をバラされる心配もせず、話を削ぐことも、盛ることもなく、正直に語る。
そんな場所が、この社会のどこにあるだろう。
TCの中で、むき出しの言葉を語る彼らにもう一度会いたくて、また何度でも映画を見たくなる。


<坂上香さん プロフィール>

ドキュメンタリー映画監督。高校卒業と同時に渡米・留学、ピッツバーグ大学で修士号を取得。南米を放浪し、帰国はドキュメンタリーの道へ。暴力・犯罪に対する向き合い方を映像化していき、ATP賞第一回新人奨励賞を皮切りに、ギャラクシー賞大賞、文化庁芸術祭テレビ部門優秀賞、ATPドキュメンタリー部門優秀賞等、数多くの賞を受賞。2001年にはTV界を去り、大学教員に転職。2012年、映画制作に専念するためインディペンデントに。劇場初公開作品でアメリカの刑務所が舞台の「ライファーズ 終身刑を超えて」(2004)で、New York International Independent Film and Video Festival 海外ドキュメンタリー部門最優秀賞を受賞。


<映画「プリズン・サークル」>
https://prison-circle.com/

<島根あさひ社会復帰促進センター>
http://www.shimaneasahi-rpc.go.jp/index.html

[i] インタビュー時の坂上さんの情報。収容許容人数は2000人。




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