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天野花「透明なブルー2024ver.」ロングインタビュー

文・森朋之 写真・工藤成永

自分自身のリアルな体験を反映させた表情豊かな歌詞、ジャンルやカテゴリーを気持ちよく超えていく音楽性、そして、楽曲の魅力を的確に引き出すと同時に、リスナーひとりひとりの心に真っ直ぐにボーカル。アルバム「透明なブルー」には、シンガーソングライターとしての彼女の魅力がダイレクトに描き込まれている。

 天野花がアルバム「透明なブルー」を配信リリースした(配信開始/8月28日)。本作は2018年にリリースされた1stアルバム「透明なブルー」の収録曲のボーカルを改めて録り直し、ミックス・マスタリングを施した作品だ。
 

シンガーソングライター 天野花


 東京・八丈島出身。母親が車でかけていたスピッツや井上陽水などを聴きながら育ち、YUIに憧れていたという彼女は、中学2年のときにアコースティックギターを購入し、コード譜が付いた雑誌を見ながら弾き語りをはじめたという。

 高校卒業後、就職のために地元を離れるが、どうして音楽が諦められず、19歳のときに音楽系専門学校に入学。そこで出会ったミュージシャン、アレンジャーたちとともに制作され、クラウドファンディングを活用してリリースされたのがアルバム「透明なブルー」だ。
「みんな若かったので、試行錯誤ばっかりでした。参加してくれた人たちと意見を出し合って、“こんなことをやってみよう”といろいろ試して。アレンジがレコーディングの前日に上がってきたり(笑)、大変なこともありましたけど、すごく自由に作ったアルバムです」


 アコギと歌を中心としたオーガニックなポップソング、疾走するエイトビートと凛としたエレキギターが印象的なロックチューン、ジャズのエッセンスを感じさせるミディアムチューンから、シリアスな感情を映し出すバラードまで。19歳から21歳くらいの時期に制作されたという収録曲は、驚くほどに多彩だ。これだけバラエティに富んだ楽曲を書けるシンガーソングライターはきわめて稀だと思う。
「ひとつの個性を打ち出すよりは、多面的なアルバムにしたかったんですよね。いろいろな曲があれば、“最初はこの曲が刺さったけど、今はこっちの曲だな”みたいな聴き方をしてもらえると思うし、時期によって解釈が違ってくるかもしれない。私自身もそういうアルバムが好きなんですよね。『透明なブルー』はほとんど生楽器で録っているんですが、今はそれだけにこだわっているわけではなくて。打ち込みの良さもあるし、“その曲がいちばんいい形になる”ということが大事だなぁと思っています」

 アルバムのタイトル「透明なブルー」は、彼女が生まれ育った八丈島の海の色に由来しているのだとか。
「八丈島の海はすごく濃い青なんです。しかも透明度が高いので、泳いでる魚や亀も見えるんですよ。それを言葉で表すと、“透明なブルー”なのかなって。アルバムに入っている曲のなかで最後に作ったのも(表題曲)『透明なブルー』なんです。シンガーソングライターの1stアルバムには、その人の個性がすごく出ていると思っていて。そこからセカンドアルバム、サードアルバムと変化していくわけですけど、だからこそ最初のアルバムのことを大事にしたいと考えていました。当時も今も“みんなのおかげで作れた”という思いです」



 リリースから6年後に改めて本作と向き合った彼女。自身の原点とも言える楽曲を歌い直したことで、いろいろな気づきがあったという。
「“今だったらこういうアレンジにはしないな”ということもあったし、“こんな歌詞、今は書けない。上手いな”と思うことも(笑)。当時のレコーディングはとにかく一生懸命でしたけど、今はそれだけじゃなくて、もう少し表現をしていて。それがいい方に転べばいいんだけど……ちょっとドキドキしてます(笑)」


 ここからは収録された12曲について記していきたい。1曲目の「Honey days」は〈あまいあまいキスをしてあたしを惑わせる〉というラインで始まる。軽やかでカラフルな旋律、心地よい解放感をたたえたサウンド、切なくも愛らしいリリックが響き合うポップナンバーだ。
「高円寺の狭いワンルームに住んでいた頃に好きだった恋人のことを歌った曲です……ちょっと恥ずかしいですけど(笑)。曲名は『Honey days』なんですが、〈あたしのこと考えてくれないところが好きよ〉とか、ちょっと皮肉めいたところもあるかも。嫌な気持ちをそのまま表現するよりは、どこかに優しさが感じられたり、明るさがあったほうが受け取ってもらいやすいだろうなと思っていて。もともとポップな曲が大好きだし、耳馴染みの良さは心掛けていますね」


 2曲目の「Siren」は、シャッフル系ロックンロールのなかで歌謡曲やジャズの要素を感じさせる楽曲。憂いが滲むメロディ、〈もう限界 機械じゃないの〉というフレーズがもたらす危うさもこの曲のポイントだろう。
「高校卒業後に就職した会社がかなりブラックで、上司のハラスメントもあって。
そのときのことを歌にしようと思って書いたのが『Siren』です。Dメロのパートでは、“ずっとここにいたら、どんどん自分の輪郭を失っていって化け物になっていく自分”を歌ってます。歌詞にするのは実際に身に起きたことが多いかもしれないですね。人から聞いた話であっても、ちゃんと自分のなかに落とし込まないとなかなか曲にならないので。アレンジに関しては“普通のロックンロールにしたくない”という気持ちがあって、アレンジャーやミュージシャンと相談しながら作っていきました」


 シックなピアノのバッキング、〈久しぶりに見つけた愛しい姿〉という歌い出しから始まる3曲目の「エンディングロール」は、痛みにも似た悲しさを綴った失恋ソング。離れてしまった“君”への思いをリアルに描き出すボーカルに強く心を揺さぶられる。
「もともとはギターで作った曲なんですが、この曲はピアノをメインにしたくて。専門学校で一緒だった友田ジュンくんに弾いてもらいました。歌詞については……私、別れは2回来ると思っているんです。1回目は“さようなら”と言ったときで、2回目は相手に恋人ができて、“自分よりもお似合いだな”と思ったとき。この曲は“自分はあの人のことを幸せにできなかった”という2回目のお別れをイメージしていました」



 4曲目の「次の恋人は社会人」は、〈借金がない人がいい!〉という率直すぎる歌詞と爽快にしてアグレッシブなロックサウンドが響き合う楽曲。天野花のユーモアセンスが全面に押し出されたアッパーチューンだ。
「“バンドマンと付き合うのは絶対やめよう”と思ったときに書いた曲です(笑)。嫌なことがあった時の負のエネルギーって、ずっと持っていられないじゃないですか。そういうときにライブがあると、そのパワーがキラキラ光って見えることもあって…制作も含めてそうやって音楽として昇華するのはいいことなのかなと。『次の恋人は社会人』のレコーディングは“みんなで好きなことをやろう”“聴いたら元気になる曲にしよう”と思っていました。バンドマンの彼のことをすごく好きだったはずなのに、2分半の短い曲におさまっちゃいましたね(笑)」


「無題のラブソング」はアコギと歌を軸にしたフォーキーな手触りの楽曲だ。何気なくて、かけがえのない日常を綴った歌詞、ノスタルジックな旋律のコントラストも心地いい。
「ストレートに伝わる曲になったらいいなと思って、アコギとピアノを中心にして、ドラムや鍵盤を足してもらいました。アレンジは、その曲の主人公に合わせているところもありますね。感覚的なことなんですけど、主人公が男性か女性かによってもイメージが変わってくるので。『無題のラブソング』は日常をテーマにしています。普段の生活って、いちいち題名が付かないじゃないですか。なんでもない日常にこそ愛が隠れていると思って、このタイトルにしました」


 6曲目の「パンブルムース」は、ひらがな詩画集「パンプルムース!」(文:江國香織 絵:いわさきちひろ)にインスパイアされた楽曲だという。洗練されたコード進行、愛らしさに溢れたメロディからは、天野花のソングライティング・センスの良さが伝わってくる。
「図書館に通ってる時期があったんですけど、そのときに『ハンプルムース!』に出てくる女の子がすごくかわいらしくて、“この子が大人になったらどんな恋をするかな?”という想像で書いた曲ですね。あと、初めてピアノで作った歌だった気がしますね。なんのコードかもわからないまま弾いて(笑)、完成させました。最後に出てくる口笛は、私を含めて3人で吹いて、上手いところを組み合わせてます(笑)」


 続く「Chrome」は、友人の片想いが実ったときのエピソードがもとになっている。美しく、上品なストリングスの音、気持ちよくグルーヴするメロディ、〈どうか僕を恋しく想っていて〉という切実な願いを込めたリリックが溶け合う。
「同性が好きな男の子の友人がいて。彼はずっと片想いをしていたんですけど、やっと付き合えることになったんです。ただ、お相手の男性は夜のお仕事をされていて、友達とは生活の時間帯が違っていてたんです。“行ってくるねって扉が閉まった瞬間、また片想いをしているような気持ちになるんだよね”って言ってたんですけど、そんな話をしている彼がすごく美しく見えて、“このことを曲に残しておきたいな”と。その友達のことをすごく大事に思っているし、だからこそ自分事として書けた曲です」





「かさぶた」は、舞台「ラブレター」のために書き下ろされた。側にいる人にゆっくりと語り掛けるような歌声、〈きみは 大丈夫/きっと もう大丈夫〉というメッセージは、聴く者の心を優しく包み込んでくれるはずだ。
「(舞台、CMなど)何かのために書いたのは『かさぶた』が初めて。私にとっても転機になった1曲ですね。舞台『ラブレター』は、強迫性障害を持った女の子のが主人公で、悩みながら日々を過ごすなか、彼女の別人格の“きみどりちゃん”と出会うんです。その子と一緒に成長していく物語で。舞台のために書かれた詩を歌詞にしたんですけど、メロディにどう収めるか、どういう母音を使えば心地よく聴こえるかをパズルみたいに考えて作りました」


 エレキギターの鋭利な響きが印象的な「Wonder」は、洋楽テイストのロックナンバー。〈ねぇ 大胆不敵な君を 見せてくれ〉に象徴される挑発的なリリック、官能性を滲ませるボーカルも魅力的だ。
「アルバムのなかではいちばんロックな曲かもしれないですね。原曲はもっとギターが鳴ってたんですけど、今回録り直すにあたって、少し減らしました。こういう曲はちょっと無責任に歌えるというか、“カッコよければいいでしょ!”みたいなところもあるかも(笑)。歌詞は、図書館にいらっしゃった司書の女性がモデルになってます。すごくきれいな方で、いつもスッピンだったんですよ。“この人もしっかりお化粧して、着飾って夜の街に出てることがあるのかな?”“自分だったらどうやって口説くだろう?”と想像しながら書きました」


 リード曲「0の歌」は、深いブレスに導かれた〈土曜の夜は仕事場で朝をむかえ 白目むいて帰る〉というアカペラではじまる。彼女自身の経験がもっとも色濃く刻まれた楽曲だ。バイトと音楽活動に明け暮れる日々、「自分は何のためにここにいるんだろう」という葛藤、もう一度ここから始めようという決意。この曲は、アルバム「透明なブルー」の核を担っていると言っていいだろう。
「専門学校を卒業する直前に事務所に入って、グループで活動していた時期があったんです。役割が決まっているなかで表現をすることが多くて、“これが私のやりたかったことなのか?”と思い始めて。深夜にバイトして、練習して、撮影してという繰り返しだったんですけど、その頃は曲が書けなかったんですよ。バイトから帰ってきて、“私は空っぽなんだ”と思い悩む毎日で……。そんな中“今の私を素直に歌にしてみよう”と思って作ったのが『0の歌』なんですよね。それまでは“キャッチ―なところやポップさがなければ人に聴いてもらえないだろうな”と思っていたんですが、『0の歌』はそうじゃなくて、メロディと歌詞も全く直さず、そのまま歌いました」



 11曲目の「群青」は爽やかなに広がる歌声が心地いい楽曲。アコギのストロークと弦楽器、華やかなコーラスとともに〈不確かなメリットより 自分の声を信じて〉というポジティブなメッセージが響く。
「この曲は自分に言い聞かせるように書いたところもありますね。もともと自信がないタイプなんですけど、“歌ってるときくらいしっかり自分を信じて歌いたい”と思ったんです。強いメッセージを乗せた歌詞は明るく歌いたいんですよね。外に出すときは前向きさや救いがあったほうがいい、たまに落ち込むこともあるけど、基本はネアカなのかも(笑)」


 アルバムの最後は、タイトル曲「透明なブルー」。波の音、アコギの響き、そして〈忘れたりしないよ 何にもなかった日々〉という言葉が響き合うこの曲は、このアルバムを作っていた日々と強く重なっている。“ブルー”はおそらく、生まれ故郷の八丈島の海の色と“憂い”を抱えてもがいていた自分とのダブルミーニングだ。
「クラウドファンディングで作ったアルバムだったので、力を貸してくださった皆さんが“自分もこの作品の一部だ”と感じてほしいなと思っていて。自分事というか、これは私の歌でもあるなと思ってもらえたらいいなと」





「来年(2025年)には新作を出したいと思っています」という天野花。 シンガーソングライターとしての原点と、今現在の彼女の表現が共存した「透明なブルー」。本作のリリースをきっかけに、彼女の音楽の魅力はさらに幅広い層のリスナーに浸透することになるだろう。
「子どもみたいな話なんですが、歌を歌うことや、ライブをすることを、今とても素直に、自由に楽しむことが出来ていてそれがとっても嬉しいんです。これまであったたくさんの出会いに救われてここまで音楽を続けられました。その輪をこれからも大切に広げていけたらいいなと思っています」


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天野花
最近ハマっているフィルムカメラ代になるかもしれないし、家の近くの珈琲屋さんでのむカフェオレ代として使わせていただくかもしれません…!(不透明すぎる使い道)

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