物語「一畳漫遊」 第2話 肝臓も沈黙できない⑥

 入院後は食欲もなく、倦怠感が強いのでほとんどベッドから動く事はなかった。食事が入らないので肝臓の機能を少しでも良くするようなお薬も入った点滴をしてもらっていた。黄疸に対する治療として、胆汁の流れが滞っている胆管にチューブを入れるという方法も検討されたが、まだ充分開存している胆管が残っているので必ずしもその処置は必要ないだろうと言う結論になった。つまり点滴以外にする事は無い、できる事は無いと言うことになる。それならここに入院していなくてもよいかなぁ。

 検査の時などに、車いすで移動するときに病棟を見回す機会がある。肝臓内科の病棟には、癌だけでなく末期の肝硬変、肝炎による肝機能障害、ちょっとしたことで出血しやすくなっている人など色々な状況で入院している。当然のことながら私だけではなく、全ての人が様々なことで人生の終止符を打つことになるわけだ。生老病死、致し方なし。頭ではそう理解するのだが、いざ我が身に事実として迫ってくると、焦りを感じてしまう。まだ身辺整理がすんでいないし。

 入院している病院は、自宅から車で4,50分かかる。平家の落人伝説のある山間の寒村である。その距離を妻に通ってもらうのも大変だし、私自身も自宅か自宅近くで過ごしたいと思った。自宅近くには、小さいながら町立の病院があるので、主治医に連絡をとっていただき、そこで受け入れてもらえることになった。昔から最後は自宅でと思っていたが、病院から旅立つことになるかもしれない。病院を移ったら、体調の許すときにいちどぐらい外泊と言う形で自宅に戻れると良いのだが。

 退院の日は雨模様だった。駐車場まで車いすで移動するので、途中で出会えたお世話になった方にお礼とお別れを言った。ただし、さようならという言葉は胸の中だけで言った。言葉を交わすのもこれが最後との思いが強かったので、さようならという言葉を口に出すと、感情のコントロールができなくなりそうで怖かったのだ。妻の運転で町へ帰っていった。

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川沿いの県道を進んだ。見慣れた清流が助手席側からよく見える。川釣りを楽しむことももうないなぁと思ったときに、はからずも流れ出たしずくを妻に気づかれぬよう、額を窓ガラスにつけていた。

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