小説「一畳漫遊」 第2話 肝臓も沈黙できない⑤
次の診察の時、念のために点滴による治療と経口剤による治療との間に大きな差があるのかを聞いてみた。しかしその効果に明らかな差は実証されていないとの事。やはり飲み薬での治療をすることにした。
私が治療を受けている時代には抗がん剤の種類も、組み合わせの仕方もあまり多くは開発されておらず、選択肢はそれほどなかったようだ。私はUFTと言うお薬を飲み始めた。しばらく経つと体のだるさを感じるような気もしたが、それが薬によるものなのか、病勢の進行によるものなのか振り返ってみてもよくわからない。
薬を飲みながら、ため込んできた書籍を整理処分したり、身の回りの不要物を処分したりしながら、それまでの人生を振り返った。また、改めて本の中に救いを求めたりもしたが、なかなか心の支えとなるような言葉には出会えなかった。その頃にはまだ終活などと言う言葉はなかったが、妻や子供たちに迷惑をかけないように、旅立つときまでにきちっとしておきたいと思った。
時折気になり、あまり見たくもないが病気関連の本を読んでみると、胆管癌と言うのは進行が早いらしい。体調が最後急速に悪くなる可能性があるようだ。そんな事態がいつやってくるか分からないと言う不安はあったが、最後になるかもしれないと思い、妻との2泊3日の温泉旅行も済ませた。
酒好きな私もその旅行の間はあまり杯が進まなかった。病気と言う心の中の不安がなければどんなに穏やかな気持ちで旅行できたことだろうと思うと、改めて恵まれていたそれまでの人生に深い感謝の念を持った。
薬を飲み始めて4ヶ月ほど経った頃、それまでよりも倦怠感が強くなってきた。妻も気づいていたと思うのだが、鏡を見ると白目の部分がなんとなく黄色味を帯びてきている。黄疸が出てきているのだろうと思った。病院に電話をして予約日を早めてもらい外来受診をした。すぐに血液検査と腹部超音波検査の指示が出された。その結果腫瘍が少し大きくなり肝臓の中の胆管を一部塞いでしまったために黄疸が出ていることがわかった。一旦そのまま入院と言うことになった。妻が入院手続きをしてくれている間、外来の様子をぼーっと眺めていた。ここにきて肝臓も、もう沈黙できないほどの状態になってきているようだ。今回入院すれば、もう家には帰れないのではないだろうかと言う不安が考えが頭をかすめた。
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