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“The name of the flower is __ . “ 作品解説

満たされるならそれで良かった
歌を歌うのに理由も無いわ
他人の為に生きられない
さよなら以外全部塵
人を呪う歌が描きたい
それで誰かを殺せればいいぜ
夏の匂いに胸が詰まっていた

『レプリカント』/ヨルシカ

歯が浮く様な夢語りも
紡ぎ続けて本当になる
公園ではしゃぐ子供の様に
過ぎてく一瞬を楽しむから
信頼と怪訝のシーソー降りて
これから未来へのブランコに飛び乗ろう
いつか僕も死んじゃうけど それまで君を守るよ
君が好きなこの世界が もっと楽しくなるように
「絶対」は なんか安っぽいから
毎日を大切に彩っていくデイジー

『未完成デイジー』/UNISON SQUARE GARDEN

 どうもこんにちは。白ヶ﨑はなです。
 好きなFate/stay nightのルートは桜ルートのHaeven’s Feelです。

……

 さて、改めまして。このnoteに目を通している、ということは、拙作を読んで下さった方、ということだと思います。
 まずは、この作品を無事皆さんのもとに届けられ、嬉しく思います。そして読んでいただき、本当にありがとうございます。先のnoteでも語ったように、いろんな方の影響を受けて書いたものなので……クソデカLOVEを受け取って頂けたのなら幸いです。
 前置きが長すぎるのもアレなので、ぼちぼち解説していきます。なお、あくまで「これってこういう意図やで!!!」って書いた側の主張であり、それ以上に自分はどう皆さんが受け取ったかを大事にしたいので、あくまで著者個人の見解に留めておいてくださればと思います。
 なお、当然ですが執筆次点で意図があってもここ(解説)に書き忘れたみたいな箇所もザラに普通にあります。ので、あなたが見出した感性を大事にしていただけたらと思います。
 ちなみに24000字と少しあります。さては読む人のこと考えてないなお前。

 それでは。

1. そもそものコンセプト 

そもそもの話、時間軸など

 巻末でも書きましたが、『最終編』に至らなかった、所謂「アツコルート」を意識しています。これは冒頭に好きなFate/snのルートを言ったように、ブルアカメインストの本編と乖離した、所謂ギャルゲやエロゲのヒロイン攻略ルートの一端として物語を据えています。なので、あとがきでも述べたように、ブルアカの二次創作しているのは第一章だけで、そこからは「有り得たかもしれない捏造のイフ、もしくは剪定・編纂事象」を常に頭に置いて書きました。

物語の軸

 物語全体を通して伝えたいこと、というか、そんな感じのもの。結構しつこいかなと思いつつ、何度も繰り返し描かれていたと思いますが、「永遠」と「一瞬」の対比を中心にしています。花が咲いて、枯れるまで。叶うなら、咲いたままの美しい状態を永遠にとどめておきたい……そんな思いを抱いたことは誰にもあるのではないでしょうか。秤アツコという人物は、『姫』として育てられ、スクワッドに加わった時からも常にベアおばや他のアリウス生から一目置かれていて。箱入り娘、という表現がしっくりくる、そんな少女だと思います。花と同じように、叶わぬとしても、『先生』との時間を悠久に閉じ込めておくことができるのなら……そう思う彼女と、彼を亡くした後のアツコの心境の変化。『生命はいつか終わりを迎える、永遠でないからこそ美しい』という考えに至ることができるようになったのは、彼女の心が彼の死を経て成長したからだと思うのです。きっと彼女なら、決別を乗り越えた後でそう思う、いや、思ってほしい。そんな思いから、この話をアツコで書くことに決めました。

 いつ先生が調子を崩すかもわからない中、どうかこのままの生活がずっと続きますように——と、胸の内で祈ることしかできなかった。
 私には彼の『病気』を治す資格があるわけではない。ただ何かに縋るように、与えられる薬と簡単な自宅診察を受けて、私は私なりに彼の寿命を先延ばせるようケアを続ける事しかできない。
 でも、その生活を他人に値踏みさせるつもりは微塵も無かった。
 私自身、彼への長い献身を否定するつもりはないのだから。
 どんなに変わり果てた姿になろうとも、だって彼は——かつて私たちの『先生』だった彼は。私が追い想い描く、愛する彼なのだから。

P. 9~P. 10

 赤青白黄、緑紫。シャーレの菜園に、庭の景色に、花火の熱が重なる。
 その刹那を—— いや、『それ』が瞬間であるからこそ。
 私は確かに、目に映る景色を、美しいと思った。
 茫然と特等席から眺める花火に、リナはぽかんと口を開ける。
 花火の音がこだまして、声を上げないと言葉が掻き消されてしまいそうだ。

P. 109

 後はあとがきに書いた通り「アツコが先生の看病をしていて、花を毎週日曜日に庭に植えていく。この庭が花でいっぱいになったら先生の病気もよくなるから、と祈るけれど、それもかなわず先生は亡くなる。それは決して後ろ向きな転結ではなく、むしろ彼を失い、初めて、命の儚さ・尊さ、有限であるからこそ生命は美しいということに気が付く」というコンセプトに決まった訳ですね。
 軸が決まった、誰で何を書くか決まった、じゃあもう書き始めるしかあるまい。そう言って立てたプロットは四分の一も原形をとどめていませんでした。計画性とは。

 ちなみに目次に季節を置いたのは某敬愛する物書きさんのハンネだからです。なおあと2回この先生のこと擦ります。

2. プロローグ

冒頭の名言

 天には星がなければならない。
 大地には花がなければならない。
 そして、人間には愛がなければならない。
 —— J・W・v・ゲーテ

P. 5

 ここでゲーテを持ってきたのは、某蜂氏の爆弾魔の小説の影響もあります。それが半分と、これからの話の内容を語るのにこれ以上適した言葉はないだろうな、と思い、こちらに決めました。ベタな内容ではありますが、十分その役割を果たしてくれたのではないでしょうか。

中身

 まず時間軸ですが、P. 6は回想であるのはいいとして、P. 7からは「先生が亡くなる、秤アツコ25歳の春」に据えています。そのしるしに、4章ラストと夕方の表現が対になっていたりなっていなかったり。
 この時はもちろん、彼に対して「永遠で居て欲しい」と思っている反面、自分の力ではどうにもできないことをうっすらと悟っている……そんな矛盾を抱えながらも、目の前のことにいっぱいいっぱいになっている、そんなアツコの姿がうかがえると思います。ひたむきな献身、という面で言えば、前作のユウカの姿と重なった人もいらっしゃるのではないでしょうか。
 そして、こうして先に「秤アツコ25歳の春」を示したのには一つ理由がありまして。それが後述するルビについての話にかかわって来るのですけれど。

ルビ

これは、私が彼と過ごした、長い長い旅の物語(ダイアローグ)

P. 12・P. 114

 DIALOGUE+とかいうクソ強声優ユニットに脳焼かれた憐れなオタクが書いた文章なのでこういうことを平気でする。DIALOGUE+さん自体はもともと友人に勧められていて、「ほ~~~ん……」と思っていてはいたのですが、後に鑑賞会でめちゃくちゃ布教され、『シュガーロケット』とかいうクソ強曲を見つけてしまい、一気にドボンしました。
 まぁそれはどうでもいいのですが、ともかく。最後まで読まれた方はお気づきかと思いますが、この小説は「秤アツコと先生の対話(ダイアログ)」というのを強く意識しています。「巻末の先生視点の物語」⇔「本文のアツコ視点の物語」という大きなまとまりでもそうですし、先生とアツコが対話を通して成長していく姿という細かな意味でも、です。
 ここにどういう言葉を挟もうか、と考えた時、パッと思いついたのが「対話(ダイアログ)」と「旅の物語(アツコ一人称での語り)」を掛け合わせた、このルビでした。過去の自分のセンスが恐ろしい。

3. 第一章

冒頭の名言

 このペースで全部語るってマジ?
 そんなことしてたら体力もたないので巻きで行きます。いきなりですが。

 愛とは一種の花です。
 種子が風に吹かれ、落ちたところで開花するのです。
 —— H・d・バルザック

P. 15

 ここは王道に、「愛と恋」について語られた言葉であるバルザックの一遍を持ってきました。「落ちたところ」がダブルミーニングになっている所が詩的でお気に入りです。

中身

 今後の章に向けてめちゃくちゃ伏線張ってます。順番に。

①文頭

「今日からよろしくね。アツコ」
 私がシャーレに加入したのは、エデン条約、ひいてはキヴォトスを襲った未曾有の大事変の後 のある日のことだった。
 季節は移ろいゆくもので、残暑の過ぎ去った気持ちいい秋晴れの日だったのを覚えている。
 シャーレの周りの木々はすっかり萌黄から緋、赤色に色づいて、特にシャーレのオフィス入り 口の目の前の紅葉には心惹かれるものがあった。

P. 16

「今日からよろしくね。えっと…… 」
 彼女が私たちの家にやってきたのは、彼が亡くなってから八年経ったある日のことだった。
 うだるような暑さの過ぎ去った気持ちの良い秋晴れの日だったのを覚えている。
 家の周りの木々はすっかり萌黄から緋、赤色に色づいて、特に玄関のところに植えられた二本の 紅葉の木は私のお気に入りだった。

P. 106

 まぁ、やりますよね。第一章とエピローグで対にするやつ。それ以上のことは深く語りません。

②先生の濁った返事

「私の準備と先生の準備、それとみんなが良ければ、だけど…… いつか、アリウスのみんなもシャーレに来て欲しいな、って…… 」
 —— みんなで居たほうがもっと楽しいと思うから。
 至極単純で明快で、それでいて胸に込めた最も強い願い。
「…… それは、ほかの皆の希望にもよるかな」
 いざとなったら大人のカードがあるけれどもね。
 そう言いながらスッと静かに立ち上がると、彼はおいで、と手招きした。

P. 19

 ここの返答は正直、めちゃくちゃ迷いました。というのも、彼としては『お姫様』の扱いを受けてきたアツコに対して、どう接するべきかまだ決めかねていて。ここで彼女の言う通りに、他の皆を呼ぶことが正しいのか、それとも彼女はサオリに教えられたように、一人でも生きていける強さを身に着けるべきなのか。自分が『先生』なら、きっと後者を選ぶと思います。なので、ここでいったん返事を濁らせて、『先生』の主張、『答え合わせ』を先延ばしにしました。そのアンサーが幕間のこの言葉ですね。

「…… アツコは、スクワッドの皆に甘えているんだね」
「…… え?」
 瞬間、部屋全体が凍り付いたように感じた。
 冷や水を背中に浴びせられたように、ぞくり、と鳥肌が立った。
「アツコがもし、アツコ自身の希望を叶えたいのなら、アツコ自身が頑張らなくっちゃ」
「ミサキもヒヨリも今は思わないと思うけれど、そのうち…… もし、四年前にも言った、『利用されている』って思っちゃったら、それこそ居場所がなくなっちゃう。本当の意味で孤独になると私は思う」
「だから、もしアツコがその考えで行くのなら、私はここをアツコのために離れることはできない…… かな」

P. 60

 感情がむき出しになったことで、彼の中で温めていた答えを押し付けることができる。皮肉ではありますが、これでよかったのだと思います。

③アツコのシャーレでの扱いについて

 アツコがシャーレで過ごすにあたって、「スクワッドは追われているため、常に場所を変える必要がある状況」「スケジュールでシャーレにやって来るスクワッド」の二点をどう折り合いつけるか、正直物凄い悩みました。シャーレの菜園に触れるアツコは書きたい。その結果、折衷案としてこの形に収まりました。

 それから、私は時々スクワッドの皆の目をこっそり盗んで、シャーレの菜園へと足を運ぶようになった。シャーレの先生が各生徒のロケーションを確認して、スケジュールを立てて一日に決められたところを訪問する仕事の一種…… らしい。
 私がシャーレにやってくるタイミングで、彼はいつも気にかけるように訪問に来てくれた。アリウスの皆…… の中でも、特に私のもとにはよく訪れてくれて…… 後から知ったことだけれど、「ほかの生徒が気を遣わなくていいように」と、スケジュール内の時間の知らないところで周囲の子に注意をしてくれていたらしい。

P. 22

④「少しだけ先を生きた人間」

「私はそんな、アツコの思っているほど心が綺麗な訳じゃないよ。少しだけ先を生きた人間、ってだけだから」

P. 23

 この時のアツコはまだ若いので、先生の献身性がいまいち理解できていないような表現を心がけています。このあたりの細かい表現がエピローグに繋がって来るようにしてます。

⑤「利用されている」

 わかりやすく幕間と対になっています。アツコ独特の立場と、それに対する先生なりの見解。これについては全部本文に書き切った感があるのでよいでしょう。

 付け加えるように先生は口を挟んで、頬を軽く撫でた。いつの間にか、フードの上から触れていた無骨な手—— 優しくて、陽溜まりのような仄かな温かさを孕んだ指先—— が、滴るように顎の先を捉え、離れていく。
 —— その筋は、幼い頃から幾度となく雫の零れた道を、まるで先生の指先が上書きしていくかのようだった。
 触れられた場所が熱い。

P. 27

 お気に入り。どちらかと言えば、小説全体を通して「過去」より「未来」の話をしているので、過去との決別は少しあからさまになっても入れたいなぁと思っていました。なので、こういう形で。

⑥コーヒーとハグ

 シャツの内側の背は相変わらず温かくて、同時に抱きしめるごとに少しずつ痩せていっているような気がしていた。

P. 30

 あれだけ広かった背中はずっと小さくなっていて、力いっぱいに振るっていた彼の腕はいつの間にかその勢いをなくしていた。

P. 51

 弱々しく抱き返された腕は細く、彼の胸は人形のようで——土をこねて作られたかのように虚ろで、あの日シャーレで交わした抱擁よりも、幾分も冷たく感じた。

P. 75

 あれだけ細かった腕も、もうすっかり嗄れ、筋肉はそぎ落ちて振り上げることすらままならない。私はそんなしわだらけの手をとって、薄く汗の滲む自らの手でそっと包み込んだ。

P. 98

 先生の背についての描写は多くありますが、痩せぎすな彼の背を病状と共に描くとき、どのように描くか、をすごい考えました。その結論として挙がったのが、「匂い」と「温度」です。一章はコーヒー、二章・幕間は消毒液。三章は「土くれのように冷たい」、四章は「熱」ですね。死期の近い先生が、最後に熱を灯したのは肉体ではなく瞳だったのです。これについては四章の当て字で詳しく話します。
 あと、一章で『お姫様』を強調しているのは、まだ先生が彼女のことを一人の守るべき生徒として、アリウスの『お姫様』として見ているためです。これ以降確か出てこなかったんじゃないかと。

⑦一章最後について

 あとがきでも書いていますが、当初は「カヤ率いる一部勢力に「シャーレ気に食わんから爆破したろ!」させて、カルバノグ1章に合わせた内容にするつもりでした。その後、普通にカヤが連邦生徒会長やって云々……とする予定だったんですが、なぜかうっかり偶然たまたまカルバノグ2章の更新入っておじゃんになったので、所謂「誰がやったのかわからない」形をとって、ご都合展開にしてしまったのはちょっと申し訳なかったなと思います。もう少し時間があったらいい話の展開の仕方を考えられたのかもしれませんが、いかんせん脱稿締め切り3日前に更新入ったので……マジで申し訳ない。赦してください。

ルビ

 今日みたいな永閑(のどか)な昼過ぎには、そっとバレないように頬に口づけを受け取るのだった。

P. 32

 のどか、という文字。長閑(のどか)と、本当は「長い」の字を使うのですが、アツコはこの時、先生との永遠を望んでいるので、「永い」の方の字を使いました。それだけですが、かなりまとまりが良くなって、個人的に気に入っています。

4. 第二章

冒頭の名言

 巻きとは。

 孤独とは、港を離れ、海を漂うような寂しさではない。
 本当の自己を知り、この美しい地球上に存在している間に、自分たちが何をしようとしているのか、どこに向かおうとしているのかを知るためのよい機会なのだ。
 —— A・S・モンロー

P. 37

 二章は全体通して、孤独と向き合うアツコの話を書きたかったので、この名言を当てました。深い含みのある言葉です。

中身

①第一章終盤~冒頭について

 整合性との戦い。語ることは上記したので、割愛。ここはアツコの独白を地の文多めに、漢字多めに重々しい空気感を出すことだけ考えました。
 あとは花言葉と花についての勉強を志し半ばで諦めたことでしょうか。アツコがまだ「箱入り」の状態であること、一人で生きる強さをまだ持ち合わせていない(ここはエデン条約編、最終編を読んだ後の自分個人の読みが含まれています)こと、そのあたりのパーソナリティをどう練り込むか、考えたうえでのこの一文です。それと、焼けてしまった菜園の植物を見て、現実はどこまでも無情だ、と悲観する場面も。
 正直やってんなぁ、とは思いました。ここを境に、本編どこにも書いていない完全な捏造に入るので。

 草木や花への勉強は、志半ばで諦めてしまった。三年前の秋の日に先生とともに手入れした花 壇は、冬の訪れとともに焦げ茶へと変貌して、見るも堪えない姿になったまま生命を奪われてい った。

P. 40

②「濃い味」の総菜、「薄味」の食卓、「薄味」のクッキー

 昼前に受け取ったお金で帰りに三人分の夕食のおかずを買って、濃い 味付けの総菜を仕事から帰ってきた二人と食べる。

P. 43

 植物園の園芸員は、朝早く起きて、土の整備やお花のカットから始まる。時々案内や説明なんかも頼まれて、夕方に終わると、帰って彼と私の二人分の食事を作る。献立は煮物やお魚が多く 、彼の身体に少しでもいいものを、と、味付けにもこだわった。薄味の食卓を囲んで、残された時間を彼の隣で過ごしながら、一日が終わる。

P. 70

 帰ってすぐ、薄味のクッキーを焼いて、コーヒーを淹れる。リナは椅子に座ると、ふぅ、とひと つ息をついた。

P. 111

 気づいた方いらっしゃると思いますが、大まかな時間の変遷を『味』で追っています。「濃い」味付けの総菜を買ってスクワッドの3人と食べるアツコと、「薄い」味付けの家庭料理(病人食)を作って先生と食べるアツコ、「薄い」味付けのクッキーを焼いてリナと食べるアツコ。(ミサキ、ヒヨリと暮らしてはいますが)彼女にとって、寄り添える相手であった先生を失い、孤独に生きる彼女。「働く」ミサキやヒヨリと「昼過ぎに起きて公園に通う」アツコ、「受け取ったお金」で夕食のおかずを買う、等の表現から、彼女の孤独感は見て取れるかと思います。ここの質感はかなり残酷だし、光っているな、と、拙作を読み返しながら思いました。

③秤アツコの夢と捨てきれなかった希望

 ここの「夢」の内容は巻末の章『■■■』に対してのアンサーとなります。取って付けたように感じるかもしれませんが、絶望と孤独の中にいたアツコが、夢の中で光——『一握の花束のような』——を見出して、唯一手放さなかった『本』と『しおり』を思い出す。同時に、自分が焦がれていた「永遠」に対して初めて畏怖を抱く。けれど、その時のアツコはまだ永遠を手放す程成長していないので、再び追い求めようとする。先生との永遠を求めようとして、僅かな希望に縋って、廃屋を出ようときっかけが生まれる。そんな青さゆえの衝動性を軸に書きました。

 いつか焦がれていた『永遠』が、ふと、どれだけ恐ろしいものか、垣間見たように思えた。

P. 44

 でも、今日は『いつも』と違った。
 私は夢の中で、光を見た。
 それも、どうしようもなく眩くて、目を開けることすらままならない—— まるで一握の花束のような、そんな光を。

P. 45

—— じゃあ、私はこの物語を、『一握の花束(ブーケ) 』と名付けようかな。

P. 125

④全力で走り抜けるシーン

 黄金色に染まった月が、夜明けとともに西に沈んでいく。
 たったっ、と短くブーツが音を立てて、寝静まった街中を駆けていく。  スマホのマップを巡り巡って、角を曲がって、直線を進んで、駅構内を突き進む。
 始発の電車に飛び乗って、暫く経って乗り換えて、また人の増えていくのを横目に乗り換える。朝焼けと共に東の空に金星が光って、車窓から見える景色が紺、灰色から橙に染まってい 47 く 。ピンスポットのような朝日を浴びて、胸を焼く衝動はチリチリと熱を帯びて燃え上がる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…… !」
 一刻も早く、彼のもとへ辿り着きたくて—— !
 振った腕が風を切る。腿に力が漲って、地を蹴った足は瞬く間に力強さを増していく。
 今の私は火花だ。胸に灯る火薬を糧に凛然と輝く、宙を駆ける火花だ。
 現実がなんだ。虚無感がなんだ。着せられた罪がなんだ。
 私はエデン条約を巡る騒動で、何を学んだと言うのだろうか!

P. 47

 めちゃくちゃPENGUIN RESEARCH。『ゴールドフィラメント』ですね。

⑤それ以降で、その他。

 一気に雑になりましたが、大方二章で語りたいことは語ったので。
・スクワッドの各々の潜入法・襲撃法を生かして潜入するシーン。
 ここら辺はシロコ*テラーの件のスキルを意識しています。
・『利用』……一章で言われたことが頭に過るアツコ。
 でも、彼女は、彼の手を取ろうとすることを選びます。
・彼の心的外傷の描写について。
 どこまで生々しく描くか、で悩み、結局生半可な描写で終わって
 しまったのは反省点です。

⑥アツコの独白

 マスクを外すと、堰を切ったように三年分の蟠りが溢れ出して。
 この激情を止めようにも、止められなかった。
「ずっとずっと、ごめんなさいって言えなくてごめんなさい!」
「もし先生と別れなければ、こんなことになっていなかったのに—— !」
「私が図鑑を忘れなければ—— !」
「たくさん一緒に学んだのに、先生と一緒じゃなきゃ嫌ってわがままで—— !」
 こんなに感情が表に出ることは今まで無かったのに。
 シーツの上にぼろぼろと涙が零れ落ちる。
 腕の中の彼は、何も思い出せないかもというのに、利己的に一方的に謝る姿は—— もはや、自分の方がずっと先生よりも狂っているようだった。

P. 52

 ここに対するアンサーが三章です。

 —— こんなよく情が振れる人じゃなかったはずなのにな、私。

P. 71

 まぁやりますよね、アツコの感情をモロに押し出させる描写。普段物静かな彼女が、胸の内に三年間ため込んでいたものを吐き出すシーン。精神的に十八歳の彼女は、とうに限界を迎えていました。

⑦ドライフラワーのしおり

「そう。あなたと一緒に作ったドライフラワー、しおりにして大事にしてた。ずっとしまったままだったけど、先生からもらった図鑑に挟んで大事にとっておいてた!」
 リュックの中からケースを取り出して、その中から一枚のしおりを取り出す。
 あの日あの時、机の上に置いていた図鑑としおり。ボロボロになった双方は、そのまま当時の痛々しさを物語っているようで…… でも、何があってもこれだけは失わないようにと、焼け跡の中から見つけ出していた。砕け散った生活の中で、唯一の守るべきものとして。

P. 53

 表紙、四章クライマックス、エピローグと、あと三回出てきます。ある意味でキーアイテムと言ってもいいかもしれません。
 ドライフラワー、というところに彼女の抱く永遠性を現していて、図鑑はそのまま持っているのにしおりは荼毘に付した=「永遠性」との決別、辺りは意識しました。

⑧『花の妖精みたいなお姫様』

 —— 花の妖精みたいな、お姫様…… だった、と思うな。

P. 54

 あ、一回だけ二章で出てきてました。「お姫様」。
 この時の先生にとっては、まだ秤アツコという人物は(アリウスを卒業した扱いだったとしても)守るべき生徒であると考えています。さらに言えば、「お姫様」を彼の中で卒業したのは幕間の「一人で生きていく強さを身に着ける」時だったためですね。

ルビ

 それでも—— 三年経った今でも、先生への未恋(みれん)は胸の内で燻ったままだった。

P. 43

 敬愛する物書きさんのこと擦るシリーズ第二弾です。
 逆張り面倒オタクなので、これ以上は何も言いません。


5. 幕間

中身

 やっと本編半分ですって。マジすか? (賢者タイム突入)

①「病室から飛び出しちゃおうか」「アツコはみんなに甘えているんだね」

 先生と三年ぶりに再会した冬の日、彼をこの檻の中から救い出すことしか考えていなかった。 少なくとも先生は、こんな場所で誰の目にも触れられず、孤独に精神を侵されながら生を終えるべきではないと思ったから——
 「謝りたい」というエゴが満たされると、次はこの有様だ。
 自分がどれだけ自己中心的で、その癖どれ程の許されざる行いをしようとしているのか、自分自身が一番わかっている。
 理解していてなお、彼を誘い出して、この手を黒く汚そうとしている。

P. 58 ~P. 59

 

「…… アツコは、スクワッドの皆に甘えているんだね」
「…… え?」

P. 60

 アツコの、先生を病室から連れ出すという罪滅ぼし(それが罪であると知っており、自分の気持ちと向き合った結果、もっともらしい理由(=「こんなところで終わるべきではない」)をつけて合理化しようとしている)は、ともすれば、ここのアツコの諦めの悪さは、醜悪に映ったかもしれません。それに対しての先生の一言が、アレだった訳ですね。あまりにも都合が良すぎる、という思いは、読んでいる人の気持ちを代弁したといっても過言ではないのではないでしょうか。
 なお、ここの先生の意図については先述したので割愛。

②「アツコの夢をかなえるためなら、少しだけなら支援するよ」

「そのためなら—— 少しだけ、だけど。アツコが自立して私を支えられるようになるまで、大人のカードでなら協力してあげられるから」

P. 62

 ここの言葉は、彼に言わせるか、正気かなり迷いました。迷ってばかりだなお前。
 というのも、都合が良すぎると一喝したうえで「でも一人で支えられるなら手助けするぐらいなら」とDV彼氏みたいなこと言い出したら読み手は(物語を進めるうえで仕方のない事ではあるのは置いておいて)道理に反するし、困惑するんじゃないか、と。ここの書き方はもう少しうまく何とかできなかったかな……と今でも思います。でもまぁ「アツコが一人でも強く生きていけること」という条件を前提に、むしろそのバックアップを手段にしているのならええか……とも思います。
 まぁでもこのスチルが合ってからこそ、愈々アツコルートにドボンすることになるのですが。アツコが覚悟を決めるシーンは、空気感諸々含め、うまくいったんじゃないかと思います。

ルビ

 同時にちょっとだけ、憧れていたのかもしれない。そんな先生みたいな大人(ヒーロー)に。

P. 59

 ここはこの作品のテーマの一つでもある、「大人の子どもの境界」について触れている一端だと思います。自分に足りなくて彼に足りているものは何なのか、葛藤半分、打ちひしがれた気持ち半分、で、結構本編している(本編しているとは)と思います。この時に抱くアツコなりの『大人』への憧憬を表現するとしたら、このルビしかないな、と思いました。
 どうでもいいんですけど、大人と子どもの間の少年少女って一番香ばしいですよね。いい味が出ます。

6. 第三章

冒頭の名言

 もう11000字ってマジ?

 あなたによつて私の生は複雑になり豊富になります。
 そして孤独を知りつつ孤独を感じないのです。
 —— 高村幸(ママ)太郎

P. 67

 『智恵子抄』をご存じの方は、ここにきてはっと気が付いたのではないでしょうか。出典元の作品は、詩人、高村幸太郎が最愛の妻である高村智恵子に恋をして、智恵子が精神病に陥って、肺結核で亡くなるまでの時間を描いた詩です。また、当小説全体の元ネタの作品でもあります。詩的で、かつ重々しくも、愛を感じる、そんな雰囲気を強く意識して"The name of the flower is __."は書いたため、彼(高村光太郎)の抱く悠久の愛について、片鱗でも伝わって頂けたのなら幸いです。
 孤独を知りつつも孤独を感じない、という言葉が二章と対になっています。孤独に対して、それは「本当の自分」を見つめ直すきっかけでもある——同時に、それを「先生」という存在を通して知ることで、彼女は孤独を感じなくなる。最終的に彼女は八年の間、一人で生き、そしてリナを養うことになったのですが、その八年間は決して彼女にとって孤独ではないのだと思います。

 あと彼の名前、『幸』じゃなくて『光』ですね。
 なぜ気が付かなかった。過去のおれよ。

中身

①ここで時系列の整理

・プロローグ:秤アツコ25歳/春(5月)
・一章時間:秤アツコ15歳/秋(10月・シャーレに来る)→(11月・襲撃)
・二章時間:秤アツコ18歳/冬(12月)
・幕間時間:秤アツコ19歳/冬~春(2月)
・三章時間:秤アツコ20歳/春(4月)
      →21歳/春(3月・絵を描く)
      →23歳/春(4月・家を引っ越す)
・四章時間:秤アツコ25歳/夏(7月・余命宣告→8月・先生逝去)
・エピローグ時間:秤アツコ33歳/秋(10月)

 細かい月の設定は初稿完成前に消してしまったので(なんで?)忘れてしまったんですけれど、ひとまずターニングポイントだけ。確かこんな感じだったと思います。

②彼女の仕事について

 植物園の園芸員と、児童園の『お姉さん』。どちらの仕事も大変で、慣れないことばかりだった…… 特に、肩書ではアリウス分校を卒業した扱いではあるけれど、ほとんど学んだことは有って無い様なものだったから、社会に出て暫くはかなり苦労した。

P. 69~P. 70

 彼女にしてほしい仕事の一つに、植物園の園芸員がありました。無論、この後の流れの導線として花屋さんを継いで、というのもあったのですけれど、「広大な植物園を庭で再現することで、病気と怪我で外に出られない先生に(彼女の普段見ている光景を)見せてあげたい」と彼女なら思うであろう、と思ったので、前者を取りました。植物園、ただ眺めるだけでも楽しいので、自分は結構好きです。
 もう一つ、彼の医療費や生活費を賄うための副業が必要だろうと思い選んだのが、児童園のお姉さんでした。リナを養う伏線にもなっているのは無論のこと、サオリやアツコには(過去の境遇もあるし)どうしても子どもと関わる仕事をして欲しかったんですよね。願望半分、「これ以上私たちみたいな子が増えないでほしい」という、スクワッドの密やかな願いをこのような形で叶えて欲しいという思いが半分。あと、ミサキやヒヨリはタイプじゃないな……と思ったので。

③羊駄のキーホルダーを下げた柴犬の男性

 彼女にターニングポイントをもたらす重要人物であり、人生の先輩。いわゆる本編に出てくるネームドモブ(デカルトみたいな)をイメージしています。
 ちなみに羊駄と書いてアルパカ、と読むらしいですね。シラナカッタナー。

④ベランダの語らい(前半)

 個人的にこの小説一番の見どころだと思っています。あと某方が大絶賛してくださいました。ここもここでルビ含めかなり考えて書いたので嬉しいですね。

 ——スクワッドの四人で、アリウスで過ごしていた時はどんな感じだったの?
 —— あの頃は…… 星をゆっくり眺める余裕すらなくて。いつも何かに怯えながら、丸まって過ごしていたから。思えばここ五年も、ずっとそんな感じだった気がする。先生と出会ってからも、仕事探していたり、働き始めてからも時間とれなかったり、結構忙しかったから。
 —— そっか。悪いこと聞いちゃったかな。
 —— ううん。むしろ、先生が私のこと知ろうとしてくれているの、伝わってくるから。どっちかというと嬉しい…… かも。
 —— そう?
 —— うん。そういうもの、だよ。

P. 73

 作品解説を通して「空気感」という言葉は何度も用いてきましたが、この場面は特に「空気感」に気を使って書きました。春の夜の、まだ少し寒く、空気がしんと張り詰めるようで、でも優しい南風が吹いている——そんな情景の中、彼の真意とお互いの愛を確認し合う。年月を重ねるごとに、彼らの中では踏み越えてもよいラインがどんどん縮まってきて。だから、星について話すうちに「私のことを知ろうとしてくれる」先生に心を許している。これぐらいの距離感になって初めて、この後の展開——アツコが一歩を踏み出す―—に繋がって来ると思うんです。普段あれだけ一線超えまくってドスケベな小説書いてるお前が何言っても無駄だと思うぞ。
 ちなみに、カギカッコを使わずにダッシュで語らいを表現しているのにも理由がちゃんとあります。ここの表現は『早瀬ユウカを文学する。』で確立したものなんですが、どうしても5つ以上連続でカギカッコを重ねると、空気感が緩くなってしまうというか、表現が安直に感じてしまって(個人の所感です。全ての小説という媒体におけるこの表現方法を否定する意図はございません)。なので、回想であるという形を踏まえつつ、地の文を差し込まない連続した会話をする時はこのようにダッシュを重ねています。少しこうして工夫するだけで、アツコと先生の語らいを一歩引いて眺めているような感じになると思います。思いついた一種のレトリックですが、結構気に入ってます。ただし濫用すると萎えるので注意。

⑤ベランダの語らい(後半)

 そっと彼の後頭部に左腕を回す。
 彼の半身がベランダの柵に乗り出して、あぁ、あの時と真逆だ、だなんて思ったりしながら、そっと瞼を右手で閉じていく。
薄く塗ったルージュが細く伸びて、かさついた彼の唇にそっと、熱を灯した。
 それは盛る篝火のようで、真紅のガーネットのようで。
 胸の内でパチパチと音を立てて燃えるこの感情は、きっと『愛』と呼ぶのだろう。
 きっと、時間にして、数十秒の長さだった。
 でも、明確な数字にすると、脆く崩れてしまいそうだと思った。
 だから、私はその時間を、『永遠』と形容したい。

P. 75〜P. 76

 本当はここからルビまで全部を引用して解説したい所ですが、そもそも最後のルビは後で詳しく触れているのと、一部上記の解説済の表現が重なるため、一先ずここまで。
 書かれているように、一章のシャーレのシーンと対になっています。先生が瞼を閉じさせている⇔アツコが瞼を閉じさせている、「コーヒーの香りの熱」⇔「篝火のようで、真紅のガーネットのよう」(彼はアツコと共にアパートで暮らしているため無臭。「熱」という共通)、「止まっていた時が動き出すように」「永閑」⇔「時間を数字にすると崩れてしまいそうだから『永遠』と形容する」辺りでしょうか。後はこの後の「土をこねて作られたかのように(中略)冷たく感じた」⇔「先生の火が消えないように……(後略)」もですね。ルビ周辺は結構意味に含みがあったり詩的な表現が多くなったなと思います。 

⑥キスの意味と先生とアツコ

 ヤってます(ダブルミーニング)。

 それはそうとして、一章のキスシーンとこちらも対になるように書いています。一章では先生とアツコは『先生と生徒』の関係性でしか無くて、親愛の頬のキスにとどまっている。けれど、先述したように、その関係性は先生が先生で無くなった(=役職を失った)・アツコがアリウスから解放され、彼女の望むままに生きるようになった瞬間に、『彼と秤アツコ』という立場へと変貌した訳ですね。唇にするキスには深い愛情があって、その先も受け入れる覚悟がお互いにできた——そんな二人を、「昼間のシャーレ」と「夜のアパート」とで対になるように描いています。

 先生との淡くて甘酸っぱいその刹那だけは、きっと世界中の美しいと言われる瞬間を幾万と写し撮って貼り付けても遠く及ばないだろう。
 いつかヒヨリに読ませて貰った雑誌の中に描かれた、恋人同士の時間に「そんなものなのかな」と首をかしげていたけれど、今、果たして私は世界で最も長くて尊い一瞬だと思っている。

P. 32

 甘い言葉を囁き合って、燻らせていた熱に愛をくべる時間は、きっと、この世で最も幸せで、 尊いものだろう。

P. 78

 お気に入りの対立ポイント。

⑦絵について

「アツコ、これは…… ?」
「これは…… 絵の具。お花以外にも趣味とか無いのかい、って、園芸員の先輩に言われて。絵を描いてみたい、って言ったら貸してくれた」

P. 78

 あとがきでも言及した通り、ここは初稿をhakaさんに渡した後、表紙のデザインを話し合って考えた末に生まれた一節です。アツコの望む『永遠』を閉じ込めるための媒体としての『絵画』です。アツコの選んだ、散りばめられた花たちは、各章それぞれの季節とそれになってます。
 欲を言えば四章、エピローグでもう少し絵について触れてもよかったかもしれません。

 三月の陽気と共に完成した『絵』には、彼の描いてくれた儚く笑うわたしの姿と、ひととせの花たちが永遠のキャンバスの上に閉じ込められていた。
 どこまでも遠く、突き抜けるような春空の日のことだったのを今でも覚えている。

P. 81

 三度目のラブコール。

⑧住む場所を移したことについて

 「最期を迎えるのは花に囲まれた広い庭の中の一軒家」とプロット段階から決めていたので、ここで予定調和的にはなりましたが、住む場所を移すという話を出しました。移す理由まで書いてしまいましたが、ここを削って読み手に委ねてもよかったかもしれませんね。

⑨三章最後の詩について

 今日も私は、お庭の手入れ。
 余分な枝を切って、土を作って、お花に水をあげましょう。
 赤青白黄、緑紫。 色とりどりの、無数の宝石は煌めいて。
 蜂さんどうも、こんにちは。
 あなたはどこへ、行くのかな。
 夕焼け小焼け、日差しは少しまぶしいな。
 今日はどの花を植えてあげましょう。

P. 81

 二人だけの小さな結婚式を挙げて、終わりから目を背けて「毎週ちゃんとお花を植え続けて、庭いっぱいになったらきっと良くなる」と信じ続け、一番星を眺めて「ただ、今、この瞬間を愛している」「ただいま、そう言える瞬間を愛している」と来て。三章を経て彼とアツコの恋が愛へと変わり、尊いものになって。直後挟まれたこの詩に驚いた人もいるのではないでしょうか。
 どこか寓話的に感じるように書いたのは、彼女のおなかに新しい命が宿っていることを仄めかしているためですね。あと「蜂」という字を使いたかったためでもあります。自分はあの爆弾魔を許していません。本当にずるい人です。

ルビ

「…… うん。『約束』だね」
 彼はそう呟くと、再び唇同士が触れ合う。
 くすぐったくて、思わず綻ぶような笑みが漏れた。
 ふと、春風が吹いて、あおりを受けて焔はよりその輝きを増す。
 世界は今、二人だけに許された烙炎(らくえん) だった。

P. 76

 この本に使ったルビで頂上決戦できるレベルの火力です。多分こいつが一人勝ちすると思いますが。
 お気づきの方多いとは思いますが、ここも一章と対になっています。

 出払ったシャーレの事務室。
 世界は今、二人だけに許された禁忌の楽園だった。

P. 31

 前提として、先述したように第一章は『先生と生徒』の関係でしか無くて、抱きしめ合ったり頬にキスをしている——無論、ブルアカ準拠で言えば、一線を超えているような関係——となっている訳で。なので、「禁忌」という単語を用いています。それ以上の線を超えてはいないものの、それが背徳であるからこそ、この表現を使える訳ですね。
 第三章はそうではありません。それぞれの『ブルーアーカイブ』上の役を解かれたため、禁忌、という単語を抜いています。
 では、烙炎、という造語について。烙という字には「火で炙る」という意味があり、熱した鉄印で焦げ跡を付ける刑罰が『烙印』。ブルアカの背景にはキリスト教的世界が広がっており、特にエデン条約編やトリニティ、アリウスはその色が濃いことはご存じだと思います。ここで「春風が吹いて、あおりを受けて(恋の)焔はその輝きを増す」と続いてから「烙」「炎」と字をあて、一章の背徳の罪との対比をより明確にしたのはおそらく今後二度とできない芸当なんじゃないかと思います。
 ……いい感じにぼかして具体的に解説するのを避けようとしてますね?
 その通りです。

7. 第四章

冒頭の名言

 本当に書き終わるんですか?
 知らん。

 もしもこの世が喜びばかりなら、人は決して勇気と忍耐を学ばないでしょう。
 —— ヘレン・ケラー

P. 89

 あとがきでも言った通り、本当はPENGUIN RESEARCHの『少年の僕へ』という曲のサビを持ってくるはずでした。JASRACが助走つけて殴りかかりに来る可能性を加味して諦めました。

 君が出会う「これから」はね
 信じられない程に
 楽しくて 悲しくて
 素敵な旅になる
 「まるでおとぎ話」と笑えるほど
 素敵な旅になる

PENGUIN RESEARCH『少年の僕へ』

中身

①アツコの余裕の無さについて

「…… 今日の調子はどう?」
 ここのところ、彼曰く「早く起きちゃうんだよね」と、出勤前によく彼の姿を見に来ている。 起きてからシャワーを浴びて(空調の効いた部屋で寝起きしているとはいえ)、髪を乾かしてから着替えて、『一人分』の朝ご飯とお弁当を作る直前。夏前、先生が食事を受け付けなくなり、点滴で栄養を賄うようになった時期から、朝の挨拶は毎日のルーティンと化していた。
 (中略)
 最初は食事ができなくなって、続くように錠剤が飲めなくなった。痛み止めはモルヒネの注射に代わって、愈々死相が濃くなってきた。
 いわゆる、終末期医療というやつ、らしい。

P. 91

 ここから、一気に物語が動いていくことになります。段々と訪れる生命の終末と、背けていた彼の運命と対峙していくアツコ。
 書いていて、正直めちゃくちゃ苦しかったです。表現もそうではあるのですが、(アルコール入れて書いていたこともあり)物語に感情移入してしまって。途中、胸が苦しくなって何度も涙を拭いながら書いていました。

②アツコと先生の間の子について

 ところが、神様は、私の背負った罪をまだ許していないようだった。
 結果的に、私と彼の間に子どもが生まれてくることはなかった。
 苦しかった。つらかった。
 お前に託す命なんて必要ないと言われているようで、悲しかった。
 でも、絶望の淵から手を引いてくれたのもまた、彼だった。
 どんなにつらかったとしても、君はここで立ち止まってはいけない、と。
 まだアツコには未来があるんだから、と。
 あんなに強い言葉を聞いたのは、あの日、病棟から連れ出そうとした時以来だった。
 あんなに燃えるような瞳で言われたのは、あの日、アパートのベランダで愛を語り合った時以来だった。
 彼だって、私の見えていないところで涙をのんでいたのを知っている。
 だから、そんな強がらなくてもいいのに。

P. 92~P. 93

 前作『早瀬ユウカを文学する。』の時もそうでしたが、自分はこういう選択を取らせたとき、よく「超次元的な存在は私たちの逃避行をよしとしないようだ」という、それ相応の悲劇をもたらす傾向にあります。前作では先生が病気を押し通して無理をしたせいで植物状態一歩手前まで押しやったり、今作では先生が銃撃を受けたりアツコに命が宿らなかったり。それは決して後ろ向きな意味ではなく、切に彼女ら(アツコや前作のユウカ)に乗り越えて欲しい試練であること——もっと言えば、逆境に抗って運命を変えて欲しいからです。きっと彼女たちならその先の光景にたどり着けると信じているので、こうして文章にしている訳ですから。
 ここら辺は重い文章書くときに大体意識していることですね。こういう文章でしかンホれなくなったのは全て某奈須きのこが悪い。

③『ユリの花』について
 7月12日の誕生花と白ユリの花言葉とキリスト教的意味を調べてください。
 
ここにきて、彼の「すべてのものは永遠不変じゃない」という悟りと、彼女の望む『永遠』『叶うことならば美しいまま終わりを迎えて欲しい』という価値観とがぶつかり、彼女なりに葛藤する描写が入ります。彼女にとって乗り越えるべき壁の一つで、これを乗り越えたからこそ、エピローグの達観した彼女の姿が見られるようになるのだと思います。

④その後
 ここから先は「解説するにはな……」という場面だし、最初の方である程度言いたいことは話したので割愛。
 ちなみに四章後半にひっそりと織田作が紛れています。多分見つからないと思うけど。

ルビ

 幾億年、那由多の時を超えても、私は彼を愛している。
 静かに頬を伝う雫を人差し指で拭って、そっと頬を右手で撫でると、しわだらけの唇にひとつ、口付ける。
 瞳(ひ)に灯されていた熱が消えて、やがて身体の端からゆっくりと冷たくなっていった。

P. 101

 一章の「身体と熱」について解説した時に言った通りです。「愛恋」に満ちていた時の彼は身体の内に熱を灯していたけれど、死期が近づくにつれて、その熱は度々彼の描写に強調される瞳へと込められていく。だから「(愛の)火」と「瞳(ひ)」を掛け合わせた……という感じですね。決して愛が失わていったのではなく、むしろ最後の最後、自由の利かなくなった肉体全ての熱を燃やし尽くしてでも、彼女に優しく激しい眼差しを向け続ける。それを愛と言わずして、何と言えばよいでしょうか。そんな思いを込めて書きました。
 ちなみにボロ泣きしながら書いてました。そりゃ(好きな女の子で自分が最高に気持ちよくなれる文章書いてるんだから)そうなるわな。

8. エピローグ

冒頭の名言

 やっとここまで来たんだけど、ここからが長いんだよな。

 嗚呼、明日の私はきっと。
 群青を愛することができるのだろう。
 —— レン

P. 105

 許可を取れ。

 それはそうとして、折角なので(本人様にはDMで話したんですが)『花惑いの女の子』の最後の一文をここに載せるに至った経緯を話そうと思います。
 四月のブルマケの時点で一部の人には「明確に(彼を)殴ってる箇所が存在する」って公言していたので、四月頭に花言葉と名言を載せると決めた時点でこの案が浮かんだことになりますね。さらに言えばプロット立てて花言葉を使おうと考えた時、真っ先に彼の作品が脳裏に浮かんだため、もう一度全文読み返しました。浦和ハナコという一人の悩める少女が、自分と向き合い、コハルや先生、「花屋の主人」の力を借りて、自分自身を肯定し、生きている今という時間を「青春」と名付ける……そんな素敵な話。正直ここに書くのもおこがましいので読んでください。リンクは下にあります。
 で、話を戻しますが、ハナコがそうであったように、アツコにはぜひ「明日(の空)」を愛してほしいと、自分はこの作品を通して思っています。辛く、苦しい世の中であるかもしれないけれど、その中でただひとつ輝くものがあるのなら、それを大事にして愛してほしい——そうすることこそが、人間が絶望しない唯一の方法である、というのは、『夜と霧』でも述べられていた事ではありますが。『花惑いの女の子』を何度も読み返して、アツコが(花言葉を通して)運命に向き合うとしたらどのようになるのか——その結末までプロットを立て、考えた後、件の一遍がスッと浮かんだのは、ひとえに『花惑い』から多大な影響を受けていた事の証左に違いありません。ビッグラヴ。

中身

①『秤リナ』という少女について

「あなたの名前、決まった。『リナ』。秤リナ。今日からよろしくね」
 まだ家に来て日にちも浅く…… と言うか、施設で顔を合わせた時から、特段仲が良かったわけではなかった。人見知りの酷い彼女は、ずっと昔、先生と顔を合わせたばかりのころを思い出させる。
 それもそうだ。人という生き物は、その塩梅は個人差があるにせよ、本来長い時間と好意を重ねて心を開いていくものなのだから。

P. 107

 個人的に最も「二次創作」しているなぁと思った箇所です。
 まぁ普通の二次創作してる人はそのキャラの将来を描いた挙句子どもの名前まで考えるだなんてしないと思うので。あまりにも尖りすぎている。
 それはいいとして。あとがきでも触れた通り、自分にとっての二次創作のスタンスは「公式以外みんな捏造」なので、じゃあ捏造バトルしようぜ捏造バトル! って思考回路で本作は出来上がりました。きっと何かを土台にして書くことがある限り、ずっとこのスタンスは貫いていくと思いますし、それは崩さないと思います。

 で、リナという存在についてですが、無論、アツコの抱く願いや思いを真正面に受けとめ、アツコに接することになる少女になります。アツコなりの考え方——八年のブランクを経て、彼女がゆっくりと消化した、彼の遺した思い——を真に受ける訳です。二人に距離ができるのは当然のことで、だから後述するように、リナはアツコのことを「アツコさん」と呼ぶ描写が出て来ます。

 そう言えば、彼女は私のことを「アツコさん」と呼んでいた。愛着には時間がかかるもの、というのは聞いていたけれど、いざ、そうやって呼ばれると少し無図かゆいような、もどかしいような感覚が抜けない。
 けれど—— 血の繋がっていない関係だったとしても、私のことを「お母さん」と呼んでくれる日が来てくれたら、嬉しいとも思う。

P. 108

 それと、本編中でリナがアツコのことを「お母さん」と呼ぶことは一度もありません。これについても理由があって、要は「今後、アツコのことをリナが『お母さん』と呼ぶのかどうかは読者に委ねる」という形を取りたかったためです。これは、アツコが「明日」を願うことができるようになったのと同時に、読んでいただいた皆さんにアツコの「明日」を願ってほしい——細かな表現一つですが、「お母さん」と呼ばなかったのには、そんな思いが込められています。

 もう一つ。ブルアカが「名前や役職、舞台的な役割」という文化を非常に重要視していることはご存じかと思います(そもそもそれが無いとこの小説は成立しない訳ですし)。なので、「リナを引き取った時まだ名前が無かった」「それは、ともすれば、私たちよりも残酷なことである」というのも、彼女について考えるうえで非常に重要です。これ以上、アリウスのような環境に置かれることを、歴史を繰り返すようなことが起きないように、と、彼女が気に掛ける——つまり、彼女が『大人』になった故の「献身性」(一章、二章に掛けられたテーマの一つ)ですね。アツコが心の底からそう願うことができるようになったのは、やはり先生やスクワッドの三人の存在無くして、ではないのでしょうか。もし自分にキャラデザの技量があったのなら、リナのキャラクターイメージぐらいは作ってもよかったかもしれませんね。

 余談ですが、リナってローマ字にすると"rina"になるんですよね。
 何とは言わないけど、まぁ……お前いろんな人にビッグラヴ向けすぎだろ……

②花火のシーン

 赤青白黄、緑紫。
 シャーレの菜園に、庭の景色に、花火の熱が重なる。
 その刹那を—— いや、『それ』が瞬間であるからこそ。
 私は確かに、目に映る景色を、美しいと思った。
 茫然と特等席から眺める花火に、リナはぽかんと口を開ける。
 花火の音がこだまして、声を上げないと言葉が掻き消されてしまいそうだ。

P. 109

 引用自体は二度目になるので、ここは簡潔に。
 先述した通り、ここはプロローグでも一章、三章でも用いられた「花たちを象徴する色の数々」の描写を、花火という『瞬間』の芸術に対してあてています。花火にしたのは某爆弾魔の影響です。ちょくちょく出てきます。
 ちなみに初稿では(シャーレ加入日に)おめかしして庭から花火を眺める、というシーンはありませんでした。第二稿で追加された場面です。一章と三章の怒涛の伏線回収。

③墓参りのシーン

 毎週の日曜日に、私はお参りに行くように決めていた。日曜日はずっと前から特別で、彼に祈りを捧げるのにこれ以上の日はないと思っていたから。と言っても…… 彼のお墓は庭の隅に、花道で囲まれた先にあるので、「ちょっと行ってくるね」とだけ伝えて家を出るのだけれど。
 それともう一つ、毎週日曜日にする習慣があった。植えた花が根付く頃に、一輪の小さなキャンバスアートを描くこと。描いて、お参りに行って、箱庭で穏やかな日曜日を過ごすことが、私にとっての些細な幸福だった。
 その日は珍しく、彼女も一緒についてきた。庭のお花で作った花束と、お供えを少しもって扉を開けると、彼女が外で待っていた。

P. 110

 「日曜日」「キャンパスアート」「庭のお花で作った花束」という単語が三章と結びついています。また、彼のお墓についてですが、広大な庭の隅の、手入れされた花道の先にちょこんと建っている……というのが一番やはりしっくり来たので。
 それ以上のことは特に解説するまでも、といった感じですかね。

④エピローグ最後

 コーヒーの香りが部屋に立ち込めると、いよいよ『あの人』の影まで見えて来そうだ。
 私が持ち出したのは、一冊の本と水彩のキャンバス画だった。
 ボロボロで、所々焼け跡の残る、とても読める状態ではない本。もう片方の絵の方は、絵の具が剥げかかってて、色とりどりの季節の花たちはくすんで灰被っていた。
 最後に手に取ったのはいつだっただろう。あの時のしおりは、荼毘に附してしまったっけ。
 溢れ出す思い出を余所に、リナは首を傾げ、何それ、と聞き返した。

P. 112

 ここもだいぶ先に話してあるので手短に。
 「コーヒーの香り」は一章、『永遠』の象徴であるドライフラワーのあしらわれたしおりをあえて荼毘に付しているところは二章、「絵」は三章を、それぞれ意識しています。
 「本」についてはほとんど一章でしか出てこなかったので、もう少し二章や幕間、三章、四章で出してもよかったかもしれません。

 で、最後のルビですね。これについてはプロローグと被るため、割愛します。

9. ■■■

中身

①このシークレットトラックについて

 まず、明確な時間はありません。時間も空間もあやふやで、水中のような世界に閉じ込められた先生。強いて言うなら死後である、と言ったことぐらいでしょうか。
 前のノートでもカミングアウトしましたが、この形式は、某蜂の字さんの『閃耀花火』に影響を受けています。

②アツコルート(ゲーム本編のパラレルワールドであること)への言及

—— えぇ。多次元解釈、とでも言いましょうか。あなたが傷つく代わりに、もう一つの世界からの干渉はなくなりましたが、以前脅威は脅威のままです。『色彩』を退けるにはあなたの『奇跡』の力を使うほかありません。あなたには使命が残っていますから。
 —— まぁ、もしそうなったとしても、そこは何とか乗り越えて見せるさ。それより大事な聞きたいことがあるんだけれど……

P. 123

 前回のように最終編の内容と食い違いが発生するとかいう半ば事故のようなヘマをしなかった(まぁカルバノグ二章が挟まって笑いながら二章冒頭を消したんですけど)ので、今回はもう振り切ってパラレルワールドである、という記載をここにしました。若干苦しい言い訳ではありますけれど。

③先生が『戻る』ことを拒んだことについて

 —— いや、遠慮しておくよ。もし歴史の修正力であの形に収まるんだとしても、少なくとも私は彼女があがいた爪痕を、愛してくれた証を、無下にすることはできないから。

P. 123

 青と黒の靄は、破格の条件で彼に分岐地点まで巻き戻すことを勧めます。けれど、彼はそれを拒んで、彼女と歩んだ道のりを選ぶわけです。
 この択について少し解説すると、先生とは「プレイヤー自身」であり、従って小説の最後にこの結末を迎え、見送ることは、その「先」を読んでいるあなた自身(少なくとも読んでいるのはブルアカをプレイしている皆様であると思うので)に対して『ここから先どうなると思う?』と突きつける意味合いも込めています。また、この構造はよく文学作品でも取られていますね(太宰の『人間失格』とか。自分はテクスト論信者ではありますが)。
 こんな小説で文学を語るな! と石を投げられそうですが、自分にとっては知ったこっちゃないので、文学の面白さが一ミリでも伝わったら御の字です。

 話を戻します。彼はその選択肢を取ったことで、アツコと歩んできた道のりが悠久のものへと変わっていくわけです。彼女の望む『永遠』は形あるものだけでなく、愛という形の無いものでこそ成立しうる……このことにアツコが気づき、先生が実行することで、この小説の最後の1ピースがハマるわけです。

ルビ

—— じゃあ、私はこの物語を、『一握の花束(ブーケ) 』と名付けようかな。

P. 125

 「花束」という単語はちょくちょく出てきます。アツコが先生を救う予兆で見た夢の光『一握の花束』、彼女が摘んで作り方を学ぶ『花束』、そして最後、彼のお墓に手向ける『花束』。この小説における光の象徴であり、アツコのメモロビでも彼女が手にしているように、彼女にとって花束とは特別なものである……というのが自分なりの見解です。二章の夢の描写はきっかけにするには少しあからさますぎたかな……と思いはしましたが。

10. 本にして、書き切って。

 ここまでで23000字弱あったらしい。マジかよ。
 と言っても、4割ぐらいは引用だった(体感)ので、実質書いた文字数は15000字ぐらいでしょうか。にしてもやりすぎだボケ。
 プロット立てて本にすると決めたのが三月末、熟成の四月、初稿書き上げた五月、精錬の六月、頒布の七月。実に四か月ぐらいかかって本が出て、こうしてせこせこ解説を書いてトドメを刺しにかかっているのですが。まずは本にできて、こうして無事頒布できてよかった、という思いが一番です。次点で全力出したぞという達成感と満足感。あとは知らん。
 本にする、話を書く、というのは(自分にとって)特段何か書きたいネタとキャラが決まっている訳じゃない限り、自分にできる最高の愛情表現だと思っています。アツコで本を書くと決めていた段階では、彼女のことを「ちょっと好き」ぐらいにしか感じていませんでした。が、こうして書き終えて、彼女との生活を綴り終えて、想像以上に彼女のことが好きになったように思います。この話はアツコを好きになれたからこそ書けたものであり、アツコでなければ書けなかった。一章の恋に胸を熱くし、二章の彼女の衝動のままキーボードを打ち込み、三章の愛に酔い、四章の最期に涙を流した。彼女と書いて、彼女と作り上げてきた——そんな小説になりました。
 まとまりがないのはいつものことなので開き直りますが、個人的には名刺として出せる代表作、と胸を張って言える一本になったと感じていますし、やはり苦労も疲れも多かったですが、書いていてすごく楽しかったです。
 また、多くの方の作品あってこそのこの一本だと思います。改めてお礼させていただきます。本当にありがとうございました。
 後はあとがきに思いは込めたので。これ以上長くなると正気を保てなくなりそうなので、この辺りで筆をおかせていただきます。クソ長いうえに読みづらい文章を読んでいただきありがとうございます。では、また。

11. 引用・参考文献について

 最後に、巻末に詳しく載せられなかった引用や参考文献についてです。
 癒しツアーはともかく、『智恵子抄』はこの機会に、ぜひ、目を通してみてください。一日十数編ずつ読んでいけば、一週間ほどで読めると思いますので。
 『花惑いの女の子』は、ぜひ、彼の影響を受けたヨルシカを添えて、お手に取ってみると良いと思います。きっとあなたの心に大きな衝撃を与えることになると思いますので。まぁ自分の作品を読んでわざわざこんなnoteにまで目を通してくれる人なんて余程の酔狂だと思うし99%の人がレンさんと蜂の字さんの本読んでいると思うんですけど。

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