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真冬の缶コーヒー

 昔、一年だけ東京に住んでいたことがある。街自体はいわゆる「高級住宅街」だったが、私たちが住んでいたのは傾いた集合住宅だった。(比喩的に傾いてたのではなく、物理的に傾いていた!)
 東京は真冬になると午後四時頃には「もう」西の空に夕方の色が混じり出す。関西で育った私にはそれがとても衝撃で、日本は東西に長いのだということを改めて知ることとなった。
 住宅の前でコートに両手を突っ込み、まだ家に入りたくない子どもと粘り強く遊んでいると、同じ住宅に住むおじちゃんがひと仕事終えて帰って来て、住宅の前の自動販売機の前で小銭をじゃらじゃらと取り出した。

 「よぉ、はなさん、今日は冷えるなぁ。
 お嬢ちゃんに何かあったかいもん買ってやるよ。
 はなさんも選びな。コーヒーでいいかい?」

 そう言って、おじちゃんは、子どもにはココアを、私にはBOSSのカフェオレを買ってくれた。
 私はおじちゃんが昨日、今月分のお給料を前借りしたことをちょっと小耳に挟んで知ってしまっていたが、ありがたくいただくことにした。こんなんじゃまた来月もお給料が足りなくなっちゃうじゃないかと思ったが、寒風の中で飲むあったかいコーヒーはそんなお節介心を瞬く間に溶かしてしまった。

 きっと、他人に缶コーヒーをおごってあげたりするからお金に困る、わけじゃない。むしろその逆、なんじゃないだろうか。お金がたくさんない時の方が、案外、冷たい風に身を震わせる隣人に、ふと気付けるのかもしれない。

 私はどんな時でも、おじちゃんみたいに缶コーヒーで誰かと一緒にあったまれる人でありたい。

 今も、自動販売機の前でBOSSのカフェオレを見付ける度に、私はおじちゃんを思い出す。

 おじちゃんは、今頃どうしているだろうか。

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