「私と関わる人が幸せになるといいな..」って、ごくごく当たり前に思えるようになっている話。 -6月30日思想日記-
言葉にすると、なんと軽々しくて、
ちゃちい言葉なんだ..
そんなふうに思うけれど、
最近、ごくごく当たり前にタイトルのように思うようになった。
少し前までは、「まずは自分だーー!!」なんて強く思っていたのですが、
「まずは自分だ」は、今や私にとってはごくごく普通のこと。無意識にそれを思えるようになっています。
だから、ステージがまた変わったのかもしれない。
共に仕事する仲間やスタッフさん、カウンセリングのお客さま、コーチングのクライアントさん、四柱推命鑑定に来てくださったお客様、初めて会う人、LINEをくれた人、オンラインサロンの迷える子羊ちゃんたち、オフラインやオンラインのイベントに来てくださった方、スーパーのレジの店員さん、ご飯食べたお店の店員さん、コンビニのレジの人、郵便屋さん、、、
そんな「ちょっと関わる人」にも、なんらかの形で幸せをお届けしたいなぁーなんて、
そんなことを、
ごくごく当たり前のように思うようになった。
そうなったきっかけになった本(動画)があって、
それがこちら。
私は、
飽き性で好奇心旺盛、でも敏感で人見知りな人のためのオンラインサロン「迷える子羊たちの村」を運営しているだけあって、だいぶ人見知りで警戒心高めなのですが、
この動画を見てから、何かが吹っ切れて、「あ、私が人を喜ばせたらいいのか💡」とストンと腑に落ちた。
元々人見知りで無愛想
↓
接客業の仕事をするようになり、接客モードを覚える(飲食店、居酒屋、ホテルマン、営業職など)
↓
普段でも接客モードが多くなり、相手を不快にさせてはいけない気持ちが強くなる
↓
本音で語るよりも、不快にさせてはいけない気持ちが強いことに気付き(他人軸)、違和感を感じる
↓
相手を不快にさせたとしても思ったことを伝えることの大事さを知る(嫌われたとしても相手に何らかの気付きを与えることができて、相手のプラスになるなら、それでいいと思えていた時期)
↓
↓
これまでは、コミュニケーションを取っていく上で、何より大事にしていたのが「等身大」や「本音」。
コーチングでもカウンセリングでも、相手に気持ちよくなってもらうことより、相手にとって結果的にプラスになるようにするには、いかに本音で素で話すのが大事なように、そんなふうに思っていて、
褒める→違和感
だった。
それはそれで、悪くは無くて、私の良さのひとつでもあるとは思うのですが、この動画を見てから「褒める」のと「相手が喜ぶ言葉を選ぶ」のは、違うんだなぁーって、なんとなくそう思うようになった。
何が大きく変わったのか?
それは、矢印の方向⇄な気がする。
「褒める」→なんか上からな気がする
「相手を喜ばせたい」→なんかしっくりくる。
昔は、「自分が」嫌われたくないから接客モードが強かった…みたいな感じがして、
それがなんか嫌になって、等身大をかなり意識しだしたのかなぁーなんて、そう思う。(他人軸から自分軸になる時期あるある)
それが、今は
「相手が」幸せになるように言葉を選んでみる、みたいな感じ。
こんなにも、日々、誰かに幸せな言葉を贈れるチャンスがたくさんあったなんて、ほんと気付かなかった。
たぶん、
私自身が、だいぶ満たされてるのだと思う。
だから、
そんなふうに矢印が変わったのかなぁーなんて、そう思う。
そして、
そうやって人と接してると、相手の方がすっごい嬉しそうにするの!!☺️
それが、なんか超嬉しくって。
私と関わった人には、なにかひとつ、小さな幸せをお届けしたいなって、そんなふうに思う。
笑顔だったり、「ありがとう」だったり、「めっちゃいいやん!」だったり、「助かります」だったり。
嘘ではなく、大袈裟でもなく、等身大のままというのは変わりないのだけれど、使う言葉を変えるだけで、こんなにも私自身が心地よく過ごせるなんて思ってなかった。
ほんと、出会えて良かった動画だったなぁーと思う。
(あっちゃん、かっこいぃ...ボソッ)
最強のパートナーはな
…とはいえ、
好き嫌いはあるので、
無理に全ての人に幸せになってもらいたいだなんて思わない。という人間らしい部分も残しておこうと思う。
お賽銭箱