恥ずかしい
いやはやご無沙汰。1ヶ月以上開いてなかった。これだけじゃなく、劇団用のTwitterも劇団員のブログ読む時くらいしか開いてなかった。先に言っておくと、特に忙しかった訳では無い。いろいろ新型コロナウイルスのせいで決められなくて、諸々先延ばしになってるおかげで毎日暇なくらい。この数週間私がしたことなんて、ちょっとのバイトと、予定していた観劇が軒並み中止で落ち込んだことくらい。
じゃあなんで開かなかったの?って言うと、その理由は、恥ずかしいから。
自分でも意味わかんないんだけど、とてつもなく恥ずかしかった。きっと公演後って振り返ったり、写真見返したり、なんていうの?ロス?みたいな状態になるのが、一般的なんだと思う。確かに、毎日アトリエに通ってたのがなくなって、こんなにゆっくりしてるのは久々だなとは思った。けど、ロスって言うにはちょっと違ってて、公演のことを一切考えないようにしてた。理由は恥ずかしいから。
うまい言葉は思いつかなくて、ただ恥ずかしいってのが当てはまるんだけど、どうやら私は完成したものを後から見返すことに羞恥心を覚える質らしい。
公演だけじゃない。遊びに行った時の写真だとか、メイクした後の写真だとか、自分が書いた文章だとか、見返すには猶予期間が必要になる。直後はどうしても小っ恥ずかしくて見てられない。
まぁ次回公演の話も出てきたタイミングだったので、そろそろ良いかなと思ってnote復帰。
そう、カラマーゾフね。特に何も無いんだけど、一つだけ。いただいた感想とか見てて、グルシェンカがいなければって言う言葉が目について、愕然とした。私はきっとグルシェンカに寄り添いすぎてたんだと思う。彼女の過去を知って、彼女の思いも知って、悪女とわかっていながらも必死で好きになろうといい所を探しすぎた結果、グルシェンカが可愛く思えて仕方なくなってた。でも、フラットな状態であの話を見た時、フョードルは分かりやすく悪役であの家族の確執の原因はフョードルにあるんだろうけど、引き金を引いたのはグルシェンカだったんだなって。頭では理解してたけど、分かってはいなかったみたいな感覚。そうか、私はあの家とカテリーナを引っ掻き回した挙句、最後は謎に被害者ヅラした女だったのか、ってね。私の嫌いなタイプじゃん。なんなんだグルシェンカ。
まぁ、このことに公演中に気づかなくてよかったかな。気づいてしまってたら、私はグルシェンカでいることが嫌になっちゃってたかもしれない。実際の公演中はひたすら楽しかった記憶しかないから、それはそれで肩の力が抜けて良かったんだと思う。
とまぁ、恥ずかしかったという言い訳とちょっとだけグルシェンカちゃんのお話でした。