季節の変わり目と、1つの区切り
私はあるボランティアグループにお手伝いと言う形で2つ参加していました。
実際のサラリーマンとしての仕事と、実家のお寺とは別に。
本来はもっと参拝者を増やすための努力をするべきなのだろうが、私は自分が必要だと思うことに力を注いでいたい。
先日、そのボランティアとして参加していたグループの1つから抜けました。
有る人物を昔から献身的に支えていた人の後ろ姿を見て、この人を助けてあげよう。私に出来る事をお手伝いしなくてはならないと思った事がキッカケでした。
その“ある人物“は、今では大変スピリチュアル業界では有名な方で、私は今でもその方が話されることに一点の曇りも無いと思うし、グループを離れたからと言ってその方のお話を聞く事はこれからも続けていこうとは思っている。
その人物の背中を支えていた方から、別の方へ引き継がれグループの色も変わってきたのが原因ではありますが、あくまでも私の直感で少し強引ではありましたが、事が動き出す前にそこから離れました。
今ではそれが良かったと思っています。
私は昔から“繋ぎ目の役目”をする事が多く、今回の事も自分の役目が終わったと認識しています。
また、もっと違う事に時間を使えと言う心の声でもあると感じましたからね。 きっとそうするべきだったのでしょう。
誰かの為の行動は尊いけれど、そこに学びも無くただ、疲弊する関係だとしたらそれは選択を間違えていると言う事なのかもしれない。
何を学ぶか?これから自分に何が必要なのか?
そこを問われています。
無駄なもの、見直すタイミングなのでしょうね。