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父おもふ ブタ毛の歯ブラシ


私は貧乏だ

生まれてから今までずっと貧乏だ


それはまごうことなき事実であり
今もこれからもそうだと思う貧乏な子供時代。
私には貧乏なのに何故なのかと不思議に思うことが幾つかあった。

その中の一つが「豚毛の歯ブラシ」である

今現在私と子供たちが愛用しているのは
貧民の味方ジェーソンの45円歯ブラシか
Amazonで買える歯科医推奨なのに価格がどうかしている歯ブラシ

子供の頃は、毒母に教養とモラルが欠落していたおかげで
さして歯磨きの大切さを教わらず
日々の歯磨き習慣もつけられず
歯科検診のたびに要治療の用紙をもらい
もちろん治療には連れて行ってもらえず
穴の空いた奥歯に食べかすがつまり異臭を放ち
常にそのどれかの歯の壁が耐えきれずにボロボロと崩落して
いよいよ菌の侵略が神経に達する頃
あまりの痛みに眠れなくなり、そこでやっと母が嫌な顔をしながら
歯科医の予約を入れてくれるもたいてい1度か2度の通院で通わなくなるというわかりやすく残念な家庭の子供だった

今子育てしている人が聞いたら
色んな意味で鳥肌案件だろうが
母は「離乳食」というのは
大人の食事を母親が咀嚼したものを子供に喰らわせるものだと信じて疑わない生物だった

汚い、汚すぎる
想像しただけで気持ち悪い

あの母がグチャグチャと噛み砕き口から吐き出したものを
私は何も知らずに美味そうに食っていたのだろう

生きるために仕方なかったとはいえ
あの頃の自分に対して憤りを覚える
いや、そこは親である母親に向けるべきであろうが
なんでも美味しそうに食べる子だったと懐かしむ母の顔を思い出し
私という人間のたいして備わっていない特徴の一つがそれであることを恨んだ

しかも悪いことに
母自身もともと虫歯になりやすく、なおかつ歯科治療を受けると気絶するという体質で治療を受けてこなかったせいでほとんどの歯がなく、
自分の歯の弱さが唾液によって子に引き継がれることを知らなかった

妹に至っては、幼少の頃小さな虫歯が見つかり治療を受けに行くも
泣き叫び「テメェ!ぶっ○すぞ!!!」的なわかりやすい暴言を吐いたためフッ素だけ塗って帰宅し
飲食禁止の1時間が経ったからとご褒美に大好きなコーラを飲ませたら
見るまに前歯がシュワシュワと溶けてしまった

治療の後最初にコーラを飲むなど正気の沙汰ではない
どう考えてもこちらに非があると言われねない状況なのに
母は会う人会う人に触れまわり、歯医者が悪いと騒いでいた
だが悲しいことに無くなった歯はどんなに騒いでももう戻ってこな

おかげで彼女は永久歯に生え変わるまで
笑った写真が全てシンナー中毒者のようになっていたし
それ以前の歯のことを思い出すことすら難しいほどの長い期間
みそっ歯をトレードマークに元気に生きていた

と、こんな散々な口腔事情の我が家で
唯一歯の健康を保っているものがいた

父である。

彼は朝に晩に、黙々と歯を磨き続ける漢であった

目が悪いのとおっちょこちょいのせいで
私が年頃になると洗顔フォームを歯ブラシに絞り出し
しっかり磨き終わった後に
「なんだか今日はよく泡立つと思ったらお前の洗顔だった」と
何食わぬ顔で報告してくる。そんな父である。

彼が愛用していたのが、そう、豚毛の歯ブラシなのである

実際私は父の歯ブラシが動物の毛だと知ったのは
家を出て結婚した後で
それまでは「お父さんの茶色い歯ブラシ」という認識でしかなかった

ただ、私たちが使う歯ブラシはなんの変哲もこだわりもないものだったのに
父のそれだけは必ず毎度同じものを母が準備していたことが不思議だった

白いナイロンではなく
本物の豚の毛で作った歯ブラシに
昔ながらの普通の練り歯磨きをたっぷりのせて
丁寧に丁寧に磨く父のことを思い出したり思い出せなかったりラジバンダリ

大人になってからドラッグストアで見かけた
あの見覚えのある茶色い毛の歯ブラシ

まず「豚毛」というのが衝撃だった
多分、文明が発達するずっと前に人類に歯磨きという習慣が生まれ
木の枝を噛み砕き露わになった繊維で歯の表面を擦る清掃法があるのだから
身近に手に入る、食した後に捨てるだけの動物の毛を利用しないわけがない
そうだよね

でもさ、お父さんのその口
ブタの毛で磨いてたんだね
(突如くる嫌悪感)

そしてその価格。
確か当時1本450円くらいだったと思う。

私や妹が欲しいという100円ほどのお菓子には「だめ、買わない」と
バッサリ切り捨てながら
「あ、お父さんの歯ブラシ買わなきゃ」と値札もにずに
カゴに投げ込む母が不思議でならなかった

結婚して母となり、家計を切り盛りしてみたら
半分くらいは理解できたけど
納得はしていない


かくいう私は中高校生になり
自分の見た目やら匂いにそれなりに気を使うようになると
歯磨きの大切さにも気がつき
お小遣いの中から薬局(ドラックストアではない当たりが世代)でなんだか凄そうなGUMの歯ブラシの全体用と部分磨き用を買い
家にいつもある自立もできないホワイトアンドホワイトじゃなく
スタンドする地に足のついたタイプのいろんな効果を謳った銀色に光るパッケージの歯磨き粉を購入した。


同じくしてシャンプーを父愛用の「メリット」か家族用に置いてある流行りだったリンスインシャンプーからマシェリに変えた。このシャンプーからの貧民の風呂事情もいつか記事にしたい。

そして買い揃えたものは高いから誰にも使ってほしくなくて
カゴにまとめてとっ散らかった脱衣所の棚の高い位置にしまった。

風呂に入るときは銭湯のように一式抱えて入るのだ。
これがまた特別な感じで非常に悦。

そしていざ入浴。
当時スマホなどない時代。暇つぶしの娯楽といえばラジオである。

母がどこかのアイデア商品ショップで買ってきた
防水クロック付きラジオも聴ける浴室用タオルかけ
なる甚だ過剰に機能のついたiPhoneの先駆けのような商品があったため
大好きな文化放送NACK5を聴きながら貧民なりにバスタイムを楽しんだものである

ラジオといえば今一番好きなのはbayFMだけれど
あの頃はジャニーズファンだったり、受験勉強で夜更けに聞くことが多かったりでオサレがすぎるbayエリアからの放送より
ちょっとガサツなファミレスの隣の人たちの会話がなんとなく聞こえているような放送が私にとってちょうどよかった。

ところで歯磨き事情といえば
弊元夫は数回にわたる高い壁の中での強制集団生活を強いられていたせいか
だらしがない割に早起きと歯磨きだけはちゃんとしていた

彼の愛用歯ブラシはあの山ギリカットのビットウイーンで歯磨き粉は三色で出てくるアクアフレッシュである
それしか使わないから、と一緒に住み始めた時に宣言され
彼のそれを保つために私は45円の歯ブラシと98円のガードハローの信者となった。

ところで山ギリカットって結果論であって
カットする側からした谷ギリカットだよな、なんてことを考えつつ
今や約300円程のちょっといい歯磨き粉で40代の口臭対策をする私なのでした。


ちなみに豚毛の歯ブラシのことをちょっと調べようと検索したら
歯科医は勧めていない、という記事が出てきた。切ない。


父が使っていた歯ブラシはおそらくこちらのものだと思う
なんとなく見覚えがえる


愛用の歯科医も使っているのに価格がバグっている歯ブラシ
ヘッドがコンパクトでいい
ちょっと柄が短い気もするけどグッと握って持てない分
変に力が入りすぎなくていいのかもしれない



我慢ばかりの子供達をちゃんとした「旅行」に連れて行ってあげたい。 映画や観劇、体験型レジャーなんかもしてみたい。 養育費と慰謝料がないので面白かったらチップをお願いします。