【橋下徹研究⑩】「副市長案件」という虚構|山口敬之/Hanadaプラス要点切り抜き
大阪市議会で浮上した3つの新たな疑惑
・6月10日に大阪市議会で行われた咲洲メガソーラー疑惑の追及は、この問題の闇の深さを改めて浮き彫りにした
・自民党の前田和彦、木下吉信両市議の質問によって少なくとも3つの新たな疑惑が浮上
(1)「副市長案件」という虚構
(2)市長にしかできない方針の大転換
(3)入札前から始まっていた大阪市の異常な行政判断
・松井市長はツイッターなどを通じて「咲洲メガソーラーは副市長案件」「副市長会議での決裁」を強調し、「当時の橋下徹市長は咲洲メガソーラーに関与していない」と繰り返した
・ところが、6月10日の市議会の質疑で、松井市長の主張の矛盾が次々と明らかになった
・木下市議の追及で、大阪市で「副市長会議」という制度が始まったのは、2013年4月1日だということを、大阪市側がはっきりと認めた
・一方で咲洲メガソーラーの実施を決めた会議が行われたのは
2012年10月10日
・松井市長の「咲洲メガソーラーの実施を決めたのは副市長会議」という説明そのものが、まったくの虚偽
・木下市議は、目の前に座った松井市長に対して言った
「どこにも副市長会議と書いてない。そりゃそや。平成25年4月1日から副市長会議がたちあがるんです。ありもしない副市長会議で副市長案件としてものが決まることはないんですね」
・咲洲メガソーラーの実施を決めたとされる2012年10月10日に行われた
「コスモスクウェア海浜緑地計画地における民間太陽光事業の活用について」という会議は、大阪市の行政手続き上の「副市長会議」では決してなかった
・なぜ、松井市長は副市長会議でない会議を副市長会議だと呼んだのか
「副市長案件」は松井市長による派手な脚色
・木下市議が暴いたもう一つのウソが「副市長案件」という松井市長の説明
・木下市議は、大阪市の政策全般を統括する政策企画室政策企画課長から決定的な答弁を引き出した
「木下市議 今日は政策企画室にも来ていただいております。小林課長、あなた、副市長案件という言葉を聞かれたこと、耳にされたことがありますか?」
「小林課長 政策企画室政策企画担当課長小林です。お答えいたします。副市長案件という言葉を聞いたことはございません。」
・松井市長は、咲洲メガソーラー疑惑について、市長の権限を使って調査したと述べた
・その結果、咲洲へのメガソーラー導入は「副市長案件」であって、橋下市長は一切関与していないと説明
・ところが、その調査を担当した大阪市の幹部連中は誰一人として「副市長案件」という単語を使ったことも聞いたこともなかった
・確かに、問題の会議の決裁をしたのは当時の副市長・田中清剛氏
・ただ、それは大阪市の通常の行政手続き上よくある「副市長決裁」であって、「副市長会議」によって決まったのものでもなければ、「副市長案件」という形で処理されたものでもなかった
「橋下隠し」のための無理筋弁明
・松井市長が副市長を殊更に強調した理由
・2011年12月に就任した橋下徹市長が、2012年10月に決定された咲洲メガソーラーの事業決定に一切関与していないことを強調するため
・なぜそんな無理筋の弁明をする必要があったのか
・橋下市長はその会議の1か月前の2012年9月19日、市議会で咲洲でのメガソーラー事業についてこんな発言をしていた
・橋下市長が市議会で、大阪湾の再生可能エネルギー事業、特に咲洲でのメガソーラー事業に対する強い思い入れを示していた
・ところが松井市長は、鳴り物入りで大阪府知事から大阪市長に転身したばかりの橋下氏が力を入れていた咲洲でのメガソーラー事業が、
本人から一切指示なく、本人へ一切の報告もなく、副市長によって「勝手に」推進され、決裁されていたと言い張っている
・これが事実なら、当時の田中清剛副市長の暴走
・しかし、この人物は大阪市職員OBで、定年後に大阪市の関連団体に天下りしていたところを、2013年2月1日に橋下市長によって副市長に大抜擢された
・なぜ、松井市長は副市長案件という言葉を「創造」してまで、橋下徹氏の咲洲メガソーラー事業への関与を全否定しなければならなかったのか
・その疑問を説くカギは、6月10日の市議会の前田和彦市議の質問のなかにあった。
・次回は「なぜ松井市長が無理な『橋下隠し』を迫られたのか」、市議会の審議を精査
・6月24日発売の月刊『Hanada』8月号で「橋下隠し」の核心に触れている