懐に入り込んだモノ #くっしゅ 11
「かわいいとは思ってたよ。料理はうまいし、住まわせてくれたし。
まあ、でも。
過信してたのかもしれないね
あんなに、脆いと思ってなかったんだよ。
だってさ、ほら
いつもはしばらくしたらちゃんと起き上がってギャアギャア喚くじゃん?
何回やったって起き上がってくるし家のことはしてくれるしさ
ほら、毎日そこにいるからさ
ちょっとずつ、ちょっとずつ、まあ、強くなってたのかもしれないけどさ
まさか、あれぐらいで、ねぇ。
血も出てなかったし、まさかねえ。
そんなもんなのかなぁ、人生って、あっけないものなんですかねぇ」
男は、そう言って、薄く笑った。
あの人の、お墓の前で
わたしの隣で、手を繋いだまま
震えたこの手を誤魔化すために
わたしは餌をねだる猫のように、その肩に頬を、擦り寄せた
+
9月17日、午後4時
わたしも、あの男と同じ呼称を背負った。
あのひとは喜んではくれないだろうけれど
これから先のわたしの時間を、あの人に全て捧げたくて
そう、受け取ってもらいたくて
さっき、それを握りしめたまま、飛び込んで、それから、思い切り、掲げた。
驚いたような、顔。
赤く飛び散った飛沫は、美しく花開き、火焔の如く視界を埋めた。
ああ、わたしの怒りってこんな色をしてたんだな、なんて変に冷静に考えたけど
臭くて生ぬるい、ぬるぬるしたそいつの名残は
地に降ってからようやく相応に汚らしく消えていったから
わたしもようやく、薄く笑えた
あれほど嫌だったその肌、その中途半端な熱が静かな風に希釈され
呼び起こされた痛快が僅かに湧き上がった情を足蹴にさせた
手の中に、銀。
ごめんね、ありがとう
そう言ったのはわたしだったか、あのひとだったか
わかるつもりのない問いは、しおりのように隠しておこう。
どこかから、叫び声が聞こえた
赤く染まる、空。
うん、いい風だ。
わたしもようやく、薄く笑えた
「殺人犯」