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複線のゴールは紙鍋に #くっしゅ #10 固形燃料


ジジっ
微かな音を立てて、火は呆れるくらい簡単に灯された。

ほー。
今のそいつにゃぁ芯とか入ってねぇんだな
昔は入ってた気がするんだけどなぁ、ほら、蝋燭みたいな
なのにつくんだなぁ。すっげえなぁ

わたしに巣食う ”インナー・おっさん” がなんかほざいてるけど気にしてなんかやらない。だって、わたしは今から紙鍋するんだから、紙鍋。
ちゃんと用意したんだから、ゴトクみたいなやつも、肝心の鍋も。
具材はもうセッティングしてあるし
あとはもう煮え立つのを待つだけなんだから。

ありゃゴトクとはちょっと違うんじゃねぇか? 

インナー・おっさんはやっぱり今日も使えない。
内的存在なんてそんなもんだ。
当たり前だ
わたしが知らないことは、こいつも、知らない。

呆れながらググってみる。
なに? あれの名前卓上コンロっていうの!?
コンロってなんかイメージ違くない?

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こういうのだよねぇ、と呟き思い浮かべれば、
「そうそうこれこれ!!」と、声がする。


「もしくはこれ!」と次のものを連想すると

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「おお、これあれ? 焼肉コンロ?」

と、明確に画像が共有できている。
「そう、それ! これがコンロって名前ならなんか納得はする……こういう意味らしいよ、語的には」


焜炉(こんろ、またはカタカナでコンロと表記することが多い)とは、直接的な食品支持部を有しないもので電気・気体燃料・液体燃料を熱源とする調理用加熱器あるいは「木炭こんろ」や「練炭こんろ」のように固形燃料を熱源とするもの。
本来運搬可能な小型の調理用の炉をさしたが、今日では鍋釜などの調理器具を加熱する据付型の燃焼器具または加熱器具も含まれる。


こういうのも、黙読すればそのままの意味で通じる。
明確に思い浮かべればきちんと画像を共有してくれるのだ
使えないのは使えないけど便利すぎるおっさんなのだ。

あっという間に炎はその熱で燃料のほとんどをトロかそうとしている。
微かに泡立ち、艶を帯びた蜜を湛えた潤む窪みが、もっとこっちへ、もっと深いところまでと、誘うように炎に合わせてチラチラと揺れる。

ああ、もうお腹が空いてたまらない。
美しいけれど小さな炎をのぞいていたら急に不安が押し寄せてきた
もしかして、具材は生のままで冷たい出汁を入れちゃったのはやばかった?
こんなちっちゃな子じゃ、無理だったの? と。
だってまだまだ、あったまる兆しすら見えない。


説明書を見たら一個で15〜20分燃焼するって書いてある。
お鍋でも多分5分くらいで沸騰するから、まあ、10分は煮れるか
……だとしても、長ネギさんは奥までとろとろとかくったりとかは無理そう。
ああ、早くわかないかなぁ

ウキウキと炎を見つめる。
……けれども、一向に沸く気配が見えない。
うーーーん?


不安になってググってみる


なんということでしょう、
みんなお湯を入れていますね。
いや、居酒屋とかでも水だった気がするんだけど?

「おい、お前…量だよ量。水そんなに入れたらなかなかわかねーの当たり前だろ」


「あ……」


失敗がキチンと脳にまで達した。
なるほどだ。
しかし、レンチンするにしても紙鍋はできるのかわからないし
そもそもいまいち自立しないし、ワクワクしちゃって中身は満載
これ、どうしたらいいの……


案の定、1個目の固形燃料が尽きても、湯気すら出ていなかった。
2個目、だめだった
3個目、エアコンを切った。ほんのり暖まった気配。
4個目、扇風機を切った。ほんの少し、湯気が出たような……?

やだ!! もうだめ!!!

そういえば昔、エアコンの効いた居酒屋で陶板焼きが出てきたとき誰の野菜にも火が通らなくて人参をゴリゴリ食べる人と残す人がいたなぁなんて取り留めのない泡沫のような思考が浮かんでは弾けてゆく。シャンパンの泡みたいだ。今日はビールしかないけど。ビールの泡ってもっとこう、細かくて集まってわやわやしてて、ひとつのクリームみたいになってるやつだし、サイダーの泡はもっともっと攻撃的だ。パチンと弾けて下手すると顔にまでシャワシャワ息吹を吹きかけてくる。シャンパンって、きっともっとささやきみたいで優しくて綺麗なやつだよね多分。そういうやつに近いなんかいい気分なのはこう、なんかワクワクしてる的なあれで、でも食べれてないんだけど

テンション上がって脳内ぶん回すのはいいんだけどうっセーよ
もうあれガスコンロでやっちゃえば?

インナーおっさんが言ってはならんことを言い出しやがった。
言われるとやりたくなくなるじゃん。

だってお前腹減らね?

考えたことダダ漏れなのは腹が立つところもあるよな、全くもう。
なんかもういいけど


よし! と勢いよく立ち上がりおっさんのツッコミが入る前に鍋の中身をバッと皿にあけてやった
食べるときに紙鍋の受け皿にいいかなと思って持ってきていた皿だ。
量はちょうどいい。
そのまま電子レンジにドン! だ

負けたか

負けじゃない、負けじゃないぞ!
文明の利器を使うのは、賢いっていうんだ。
初期予測の甘さを挽回するんだ。


加熱中、おんなじ皿をもう一個持ってきて、もう一度さっきの紙皿をセットした
ここに戻せば、問題ないよね。

チン!

いやうちのももうチンって言わないから。
ピーピーだから。それツッコミなのなんなの?
おっさんのニヤニヤがわかる。クソ。その顔、うつるじゃんか。


がボッ、とレンジの扉を開けると
ほかほか湯気が立って美味しそうだ。
理想の形が近づいてる。
よし、最後の「あと一押し」は当初の予定に戻れるぞ。


コンロに、紙鍋をセットして
固形燃料に着火……する! 着火上手くなっちゃってるわ。

すぐにグツグツいう、鍋。
ふんわり、部屋にいい匂い。
これだよ、これ!!!

頃合いを見て取り皿に乗せ、パクリ。
はーーーーー、いいなぁ、なんかすごい達成感だよ。
紙鍋自分でやっちゃってるよ。
なんかニヤニヤしたまんまだよ

いつもの箸に、いつもの皿、だけど。
いつもの席、だけど。
いつものスーパーと100均のいつものお買い物だった、けど。

この鍋だって、ただの紙、だけど。
最後の瞬間以外はクソみたいな失敗だらけだったけど。


ふー、と、ため息が、出た

「火力が足りないから、お湯とかレンチンとか、か」
天井を仰ぎ見た。
仕事、辞めちゃったけど、よかったのかな

俺言っただろ? 「あの仕事じゃ、お前は潰れる」って。
もうちょっと火力っつーか、馬力? 情熱? 出るやつあるって

ムカつく。
おっさんムカつく。
私の妄想のくせに、私のことばっかり考えてて、ムカつく。
言い当ててきて、ムカつく
その、上司に似てる顔、ムカつく。
かわいいなぁ、ああ、ムカつくんだよ!
サラサラの黒い髪。

やる気がないのかとか、あんたに、自分自身にまで言われたくないわ。
あんたでもいないとやっていけなかったのは私たちよく知ってるじゃん



ああ、最初っからレンジにかけときゃよかったのか
でもそんなこと、思いつかなかったし
思い付いてたとしても、多分、私のやることは変わらなかった
そうでしょ?

まあな。

ありがとう、憎らしい顔をした理解者。
感覚を共有できる、という強烈で凶悪な妄想を叶えてくれた妄想のあなた


食えば? 冷めたら楽しくねーだろ

それもそうね、と大きめの鶏肉を、ガブっとかんだら
まだ、中が生だった。


それでも足りない、か
そんなもんだよね。

さあこの子、どうしてやろうかな。
火炙りかな、メタモルフォーゼかな、移住かな。
あいつの顔が、またよぎる

いや、俺の方をやらないでくれよ? 間違うんじゃねーぞ

わかった。用がすまないと消えられちゃ困るから、そこまでは我慢しとくわ

あ、ひでぇ。ってかお前むしろ早くなおして俺を解放しろよな。

うわー、うわー首絞めたい。
なんか首絞めたい。

絞めてもお前自分の首だろうが
ぶっとい指なんだからやめとけよ

私たちのガハハと笑う大きな声が紙鍋の上の豆腐を揺らす

自分の手を、しげしげと眺めてみる
だめだよ、と声がした。
ちゃんとみちゃだめだよ、気づいちゃうから

夢の時間はもうすぐ終わるのかも、しれないけれど

手が
手を、繋いでみたかったな。


そうだな、つなげればよかったな

つなげれば、よかったね


次に口にしたニンジンは
食べれたけれど、ニンジン、だった。
お鍋の中は何ひとつ、染み込むほどは煮えてなかった。
じじじと小さく、うめく燃料。
背伸びをしても、大差じゃなかった


#くっしゅ

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半崎いお
サポートいただけたらムスメズに美味しいもの食べさせるか、わたしがドトります。 小躍りしながら。