さよなら、僕らのヒーロー
忘れもしない去年の8月、チームに、ファンに、野球界に激震が走ったあの事件からおよそ10か月ぶりの再会だった。
事件直後はじくじくと痛みなにかの拍子に血を吹き出していた心の穴もこの期間で随分と塞がっている、はずだった。それが全く大丈夫じゃなかった。
思ってたのと違うよ、だってその後にあったノンテンダー、同じくらい身を切られるような思いをしたあの移籍騒動に関係した2選手、大田と西川と対戦したときは大丈夫だったんだ。普通に「移籍した元ファイターズの選手」として受け入れられたんだ。「ファイターズ戦以外で頑張ってくれよ、別チームでも応援してるぞ」って言えたんだ。
今思うとそれは、自分がノンテンダーについて色々な記事を見て真剣に考えて向き合う時間を取ったからなのではないかと思う。対して中田の件についてはどうか。見るのが辛いと言ってつい昨日まで「巨人」という言葉をミュートワードにしていたことを忘れるくらい徹底して拒絶をしてきた。穴が塞がったのではなく、穴の存在に気付いていないふりをしていただけだった。
今日、最初に中田が代打で出てきたとき「やめてくれよ」と思った。打たれて「嘘だろ」と。この時点では大田や西川と同じようにしっかり相手チームの選手として、ただの敵として扱えていると思った。
2打席目、レフトスタンドに飛び込むホームラン。「ああこれが中田翔だ」と思った。レフトスタンドに座っていたのだが、周りには拍手する人もいた。少なくとも自分はまだチームに勝ちの可能性があったところを突き放されて喜べるほどファイターズのファンを降りてはいない。中田が打つ効果的なホームランを喜んで拍手できる関係だったら、仲間だったらどんなに良かったか。でも今はもう違うんだ、ということを実感してしまった。
そして代打の杉谷が中田が使っていた登場曲、MyHEROで畳み掛けてきた。あれは杉谷から中田へのメッセージだろうか。中田自身は「集中していて気付かなかった、別に嬉しくもない」などと言っていたが(後にもちろん気づいていたし嬉しかったとコメントあり)「粋だ」と感動した人もいるだろう。ああ、おおいに感情を動かされたよ。勘弁してくれ、の方向に。
今年ファイターズは選手たちが過去活躍した選手たちの登場曲をよく使っている。その流れも汲んでいると考えれば中田が「過去の人」でありもうファイターズでこの曲で登場することはない、ということを突きつけられたようなものじゃないか。
ああ、まったくそのとおり。中田はもうファイターズの選手じゃなくて巨人の選手だし、経緯からいって戻ってくることも考えられないし、戻ってきてはいけない。「野球で返していくしかない」なんて言ってるけど、その恩恵をファイターズファンが受けることはもうないんだよ。
試合後、ヒーローインタビューに中田が出てきたとわかった瞬間、涙が溢れた。嬉し涙ではない。悔し涙でもない。これはきっと決別の涙だ。本来去年の8月に済ませておかなければいけなかった「ファイターズのヒーロー」との別れを、今日やっと心の底から受け入れることができたんだと思う。
これだけ見せつけられたらもう嫌でも向き合うしかないからこれからゆっくり向き合っていくよ。
大好きでした、さようなら。
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