見出し画像

43話 ならば、みんなで④

学校に戻ると空いている教室を借り、今撮ったばかりのビデオを25人全員の前でそのまま上演する事になった。僕は食い入るようにその映像を見つめながら、高校の同級生のQ君がスタジオを出るやいなや、録音したてのテープにかじりついていたのを思い出した。おそらくは彼もこういう気分でいたのだろう。

映像が流れる。ただ自分達が映っているというだけでも参加者達から歓声が出る。今のようにスマホなどはない時代なので、動画に自分が映ったのが初めてという人もいたくらいだった。
最初の数分はさっさと早送りをし、曲のイントロ前から再生を始める。いきなりの失敗から始まり、視聴している全員が、今さっきのできごとに笑い合う。まるでパーティーのような最高の上映会ではないか。

ベースが始まる、ボーカルが入る、各ソロパートが入る。それぞれのメンバーがそこだけを食い入るように見つめる。誰だってそうだ、自分が主役の映像なのだから。
そして一番良いところで、僕のハーモニカのソロが入る。とてもきれいな音質と映像で撮れていた。
自分で言うのもなんだけれど、みんなとはレベルが全く違うように聴こえる。吹いている姿もさまになっている。まるでいっぱしのミュージシャンみたいだった。
後ろからクラスメイトに指で突っつかれたり、僕を褒める歓声を聴く。顔がほころぶ瞬間だった。

すると、背中越しにいきなり数人のヤジが飛び始める。
「おっ、出たよ、ブルースマン」「上手い、上手いよ」「やだね、ひとりだけ本気だよ」
それは居酒屋で絡まれたような感じの、嫌なものだった。僕は突然の事態に全身がこわばって、振り向く事ができなかった。
そんな僕の様子に、さらにからかう声が続いた。
「なんだよ、広瀬君。怒っちゃや~よ」「冗談もわからね~のかよ。めんどくせーな」「お~い、ブルースマン。機嫌直せよ」「お前が上手いからだよ。ごめんごめん」
僕が最年少だったせいか、それはかなり一方的な状況だった。
すぐに何か言い返せば良かったのだろうけれど、自分がこの企画にあまりにも真剣に取り組んでしまっていたため、いつまでも押し黙っていてしまい、その内に映像の中の曲は終了してしまった。

映像にはあともうワンテイク分の記録が残っていたけれど、なんだか場がシラケ返ってしまって、そこで上映会はお開きっぽい雰囲気になっていた。
その後も、いつまでも僕の表情が変わらなかったせいで、パラパラと全員が気まずそうに解散して行った。それほどこわばった顔をしていたのだろう。

誰もいなくなった部屋で、僕は指先を怒りでフルフルさせながら、ゆっくりと時間を掛け、ビデオ機材を片付けた。当然周りは軽く最年少をからかっただけの事なのだろうけれど、僕は演奏自体に真剣過ぎた為に、その温度差が許せなかったのだ。

あとで数人が、僕を慰めに戻って来て「あれはひどいヤジだった」とフォローする。
聞けば、何でも僕の演奏だけが遊びの範囲を超えていて「ちょっと鼻っ柱を折ってやろう」という事を数人が話していたらしい。お互いが「地元では一番の人気者」というぶつかり合いなので、誰かが目立てば、すぐにこういう事にもなる訳だ。まぁもともと、自分のハーモニカを自慢しようとしたのだから、その報いではあったのかもしれないのだけれど。

天国から地獄、まさにそんな感じだった。
僕は、このからかいがことのほかこたえて、しばらくの間は立ち直れず、今まで以上に学校では目立たないようにしようと決め、人前でハーモニカを吹かなくなって行った。

こうして総勢25人で「スタンド・バイ・ミー」1曲を演奏する企画は幕を閉じ、その後、学校の課題の忙しさもあって、僕がみんなへ約束した動画編集をなんとか完成させるまでには数ヶ月が掛かってしまった。
けれどその頃には、もうこの完成された動画を観たいという人は、クラスには誰ひとりいなかった。そこに映っていた4組のカップルが、全員別れてしまったからだ。
それはもう「呪いのビデオ」のようなもので、いろいろな意味で、あまりにも残念な顛末ではあった。

つづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?