141話 ジャズとの対バンライブ①
ジャズユニットとの対バンライブが決まり、その日が迫って来た。 相手のユニットがお客さんを呼べると言う話なので、僕の方はセミプロで活動しているような演奏メンバーを中心にいろいろと当たってはみたのだけれど、オファーの電話からライブまでにあまり余裕が無かったのもあって、結局スケジュール的な都合で全て断られてしまう結果となった。 もちろん相手がジャズのデュオと聞いてからの返事ではあったので、実際のところは誰もがその部分に腰が引けたのかもしれないけれど。
いろいろメンバーを当たったあげく、ようやくその話を受けてくれたのは、僕が働いている店にも来た事があるブルースセッションイベント客の2人だった。彼らとは以前、野外フェスの様な音楽イベントでご一緒した事があり、連絡先を交換した程度の仲だった。2人はどこかの店のセッションで意気投合したただけの飲み仲間といった感じで、セミプロとまでも言えないあやういレベルではあった。まだジャンルうんぬんまでは言えない段階の人達だからこそ、この話のリスクを感じずに、喜んで受けてくれたのだろう。
彼らは僕のハーモニカのファンだと言い、まるでよその店に遠征に行く際の精鋭メンバーとして選ばれたかのような興奮の仕方で、この話をとても有り難がってくれていた。
僕は当日までに演奏する曲目なんかもいろいろと相談をしたかったのだけれど、 そもそもレパートリーが限られる状況の2人だったので、相手のジャズとの違いを色濃くするために、ハーモニカを泥臭く演奏できそうな曲を中心に選曲してもらうようにお願いした。僕は2人の演奏に後乗せするソロ楽器なので、相手任せになってしまうところがかなり大きく、あまりこちらからは細々とは注文を付けられない。とにかく曲を間違えないでもらえばそれで良いというくらいのニュアンスで伝え、自分は聴き応えのあるサウンドクオリティーを出し、そこで勝負する腹づもりでいた。
こちらの演奏レベルがそう高くはならなそうなので、当然の事ながら、僕らのライブの方を先に、相手のジャズユニットの方を後半にしてもらった。何より相手が集客力があるのだから、それが自然だろう。
迎えたライブ当日、僕は店のブルースセッション客の2人とのトリオで、その日だけの適当なユニット名をつけ、店のリハーサルに挑んだ。
店に入ると、すでにリハを済ませていた対バン相手のジャズのデュオの2人がおり、僕ら3人は丁寧な挨拶をされた。
「いや~、はじめまして。今日はよろしくお願いいたします。光栄だな~。ブルースマンの方々と共演できるなんて。それにしても私達が後半で、本当によろしいんですか?私達なんか前座でやる位でちょうどいい感じなのに~」
その男性は30歳くらいで、僕の方が年上のはずなのだけれど、大人らしい落ち着きがあった。ジャケットの下にはレトロなパッチワークのチョッキを羽織り、ポケットから洒落た鎖を垂らしていた。明らかに時代錯誤の様でいて、現代でも十分に通用する紳士らしさが漂う。まるで映画「スティング」の世界だ。対して女性の方は、普通の清潔感のあるおしゃれなOLといった感じだった。自己主張も弱めで、ステージ衣装というよりは、パーティーの参加者という方が合っていた。
男性の和やかな第一声の感じから、僕らは警戒感を取る事ができた。聞けば、外資系の商社のエリート営業マンらしく、話し方に方言もなく非常に社交的な感じがした。男女のデュオといっても夫婦という事なので、ユニットと言うよりはカップルと言うカラーが全面に出ていた。 夫はギターを担当し、妻の方はボーカルのみ。元々は会社の同僚だったと言う事で、2人そろって同じようなスマートさがあった。外資系というからには、当然2人とも英語の発音はかなりのものなのだろう。
僕が連れて行ったセッション客の2人は、自分達がブルースマンとして扱われた第一声に気を良くし、非常にフレンドリーな雰囲気となってくれた。そのまま僕らトリオのリハが始まると、相手のジャズ夫婦は初めて聴く生のブルースのサウンドにすっかり興奮し、客入れの前から出演者同士の会話も弾み、すっかり和みきって行った。
僕の方は、できれば相手のリハの方を聴いておきたかったのだけれど、彼らの入り時間が聞いていたよりも早く、すでにリハを終えていたためそれは叶わなかったので、とりあえず選曲だけ会話で確認をした。とはいえ、やはり聞いた事のない曲名ばかりで、僕に分かるはずもなかった。
そして当然の流れながら、ギタリストの彼の方からこの質問が飛び出した。
「もしよろしければ、ライブの最後に、何曲か軽いセッションをしていただけると光栄なんですが、お願いをしてもよろしいものでしょうか?」
(ほら来た!!)僕はこの話に身構えた。
すると、言葉を返す前から僕が連れて来た2人が、自分達の出演を断り、僕ひとりを押し出した。
「私ら、ブルースの2人なんで、ぜひ広瀬さんとトリオでおしゃれなジャズを演って下さいよ!私らもそれを楽しみに来たくらいなので~。私らなんて、ほんとに前座みたいなもんなんスから~」
2人はそのまま僕のハーモニカ演奏がいかに素晴らしいか、いかにオシャレかを熱弁し、そのジャズバージョンが今夜は聴けるのだとまくし立てるように話し続けた。言われた夫婦の方もこの話にすっかり興奮し「ではトリオで、よろしくお願いします!」と、僕に深々頭を下げて来る。おだてられた僕の方は恐縮しきりであたふたとするのだけれど、とりあえずは最初にオーナーさんから聞いていた通りの展開となった訳だ。
この段階で、ラストのセッションの件は、相手の提案に乗ってはおそらく手も足も出ないだろうから、僕の方が半ば主導権をとって話を進めて行った。まずこちらができる事だけを先に宣言したのだ。
1曲目は、前回のセッション店で聴いた「ジャズブルース」を希望した。これならば、音の違いはあれど基本的な12小節のブルース進行なので、有名ハーピスト「マーク・フォード」のハーモニカのコピーを軸にアドリブを演奏すれば、おそらく今の自分でもある程度は合わせる事ができるはずだ。 今回は相手のオブリガートなど余計な部分は吹こうとはせず、自分のソロパートだけに専念すればいい。
相手はこの「ジャズブルース」という言葉にすぐに反応し、興奮するように「ぜひ演りましょう!」と、あっさり決めてくれた。インストゥルメンタル曲となると、ボーカルの彼女は出番が無しという事になってしまうのだけれど、彼女の方も快く承知をしてくれた。
そうなってみて初めて、僕は次に来るであろう問題に戸惑った。考えてみれば当然な事ながら、テーマメロディーも演奏する前提での、インスト曲となってしまうのだ。最悪はユニゾン演奏を求められる場合だってある。考えが甘かった。アドリブでならこのジャズブルースに合わせる事はできるだろうけれど、インストで1曲通すとなると、冒頭とエンディングの「テーマ」部分の全てをも、当たり前に演奏できなければならないのだ。
僕は、自分で言い出したものの、素直にジャズブルースのレパートリーがない事を相手に申し出た。すると「では、テーマはこちらが取りますので、広瀬さんはアドリブのみで、自由に入って下さい!」と、軽快な返答が飛び出し、なんの問題も無くこちらの願ったり叶ったりの話の流れとなった。僕の「できない」に対して、見下す態度もとらず、威嚇するような言葉も無かった。僕が初めて会った、ジャズでの紳士的な人達のようだ。
ライブのラストを飾るセットリストとしては少々不安があったものの、まず僕ら2人で軽く演って、その後、2曲目で女性ボーカルが混じるトリオでという流れは、なかなかに大人っぽい、オツな演出ではないか。
僕はここぞとばかりに、2曲目は「『ジー・ベイビー』と言う曲ならば何とかなる」という話を待ち出した。 もちろん「ボサノバなどの特殊なリズムでは演奏できない」とも付け加えた。この曲のアドリブならば自分の参加バンドのレパートリーでもあるし、実際のジャズセッションでもある程度は通用したのだ。最悪、テーマメロディー部分をなぞるように振られたとしても、今の自分でも何とかできるだろう。
すると彼女は、「『ジー・ベイビー』は知っているのですが、それは自分の歌のレパートリーではないので、別の選曲を」と、申し訳なさそうに返事をする。
2人は目配せをし、ギタリストの彼の方が言った。
「広瀬さん、すみません。実は、僕ら先程の皆さんのリハを見ていてピンと来たんです。ぜひ、広瀬さんのハーモニカと、この曲を演りたいなって」
僕ひとり、その曲名を聞く瞬間に唾を飲んだ。
「『ルート66』と言うナンバーなんですが、おそらくブルースの方々もご存じではないかと思います。どうでしょう?僕らはブルージーな選曲はあまりした事が無いので、今回ぜひお願いできればという感じなんですが」
僕は一気に肩の力が抜けた気がした。「ルート66」と言えば、僕なら十八番に近いナンバーではないか。考えてみれば「ジー・ベイビー」なんかよりもさらにハーモニカ映えする曲だ。非常にありがたい申し出で、かつ、もの言いもこちらを立てたものだった。
僕の方から「『ルート66』ならば今日の出演者全員でのセッションの方が良いのでは?」とも提案してみたのだけれど、連れて来た2人は、気を遣ってなのかそれも丁寧に断り「トリオでの最高の『ルート66』を聴かせて下さい!」と言い、無事にトリオでのアンコールセッション2曲が確定したのだった。
しばらくするとライブのお客さんが入って来た。次々に入って来るお客さん達はそのほとんどが若く、カップルの率が高めだった。Barとレストランの違いなのか、僕が出入りしている様なライブ空間では珍しい客層だった。お客さんは次々に増えて行き、あっという間にお店のほとんどを埋め尽くすほどの数にまでなった。僕も、連れて来た2人も、なかなかお目に掛かれない順風満帆なシチュエーションに目を丸くした。
お店のオーナーさんの方は、それなりに見込んでいたとは言え、オーダーの多さにてんてこまいのようだった。僕も似た店で働く側として、つい注文に耳を立ててしまうのだけれど、料理にしてもドリンクにしても、あまり予算を考えずに景気よくポンポンと注文してくれる良いお客さんばかりのようだ。やはりジャズはお金が動きやすいという事なのだろうか。僕は密かに(この内の何人かでも、僕の働く店の方にも流れてくれれば、良いライブ客になってくれるのだけれど)などと、つい考えてしまっていた。
この日は珍しいケースで、早くからの客入りのおかげで、ライブのスタートをやや前倒しする事態にまでなった。普通ブルースのライブなんてボチボチと入って来たお客さんを前にダラダラと開演をずらし、集客をギリギリまで待って、遅刻し気味にやるのが普通なのだけれど、もはやお客さんの方は「音楽を心待ちにする気持ちで一杯だ」というわくわくムードに満ちていたので、そのようなスタートを切れたのだった。
まず先鋒、僕らブルーストリオのライブ演奏からだ。
お客さんに演奏を望まれていると、実にライブ演奏に入りやすいものだ。スタートが前倒しな上、自分がリーダーというのもあって、僕はマイクを片手に、イベント時にするようなトークで、オープニング・パフォーマンスを始めた。
「え~と、少々お耳を拝借いたしますぅ~。 ちょこっと、こちらをご覧いただきたいのですが…ねっ?小さいでしょ?このハーモニカ。初めてご覧になられた方って、いらっしゃいますかね?はいはい、ありがとうございます!では今から、このハーモニカを吹く奏者なら誰でも披露するパフォーマンスに、お付き合いいただきたいと思います!」
それは僕のテンホールズハーモニカの定番的な楽器の説明と、ブルースハーモニカ奏者なら必ずと言って良いほどオープニングで披露する「バンプ」と呼ばれる技法を使った「汽車マネのひとり演奏」だった。 このバンプ演奏はウケなかった試しがなく、僕としてはどこのパーティーでもやる鉄板の余興のようなものだった。会場はめったに聴けない汽笛に見立てたテンホールズハーモニカの枯れた音や、シュポシュポという軽快なブギのリズムに強く反応し、2分位の短めのパフォーマンスは、文字通りの拍手喝采に包まれた。
こうして軽快に始まれば、その後のライブはすこぶる順調で、次々に曲は進んで行った。客席の話し声から想像するに、この日のお客さんのほとんどは、どうやらこのジャズ夫婦の大学の同級生を中心とする集まりだったようで、彼らの目には初めて聴くブルースの演奏はかなり新鮮に映っているようだった。僕は何より、「上手い、下手」などのレベル面での評価をされずに済むのに安堵し、この日が初めての慣れないメンバーにしては余裕のステージを観せる事ができた。
前倒しで始まった上にライブもやや短めだったのもあり、客席からは当たり前のようにアンコールのオーダーが出た。ジャズの夫婦からもぜひにと言われ、もう1曲だけブルースを演奏し、温かい拍手の中、僕らのステージは終わった。
ステージを降りるや否や、僕が連れて行った2人は「おつかれさま」などの挨拶もそこそこに、自分達が持ってきたMD録音機の方に夢中で、左右のイヤフォンを分割し、お互いの耳に押し込むと、無事に録音できているかの確認に忙しそうだった。 客席からの評価が高かった事もあって、そのような「アマチュア感丸出しの態度」がやや気まずくもあったけれど、僕はこの日のライブをハーモニカを合わせやすい演奏にしてくれた2人に感謝をするのだった。
そしてここからが本番だ。今から始まるジャズのライブこそが、この時の僕の最大の関心事だったからだ。
つづく
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