40話 ならば、みんなで①
デザインの専門学校の方は、相変わらず地獄のような忙しさだった。徹夜続きで、朝の光が赤っぽいオレンジ色に見え、睡眠不足からいつでもフラフラして、授業中も起きているのがやっとだった。
それでも先生や先輩達に「どんな状況でも、何とか遊びごとを続けられる人だけがクリエイティブな仕事につける」と言われていた為に、生徒の誰もが意地になって、いろいろな娯楽を考えては、やっきになって遊び回るようにしていた。
バイクチームやアウトドアチームなど様々な同好会も盛んで、大学のサークルのような位置づけで、皆忙しい課題の合間をぬって活動していた。
クラスメイトには楽器ができる人もたくさんいた。ギター、ベース、ドラム、キーボード、サックス、もちろんボーカルも。本格的にバンドをやっている人はいなかったけれど、ブラスバンド部だった人や楽器のお稽古事をしていた人などは楽譜も読めるらしく、僕よりは遥かに音楽に詳しそうだった。
Q君達と初めてスタジオを借りたあの日から、僕はあの「エレクトリックハーモニカサウンド」を、もう一度出す事ばかりを考えていた。僕はスタジオの大音量に、すっかり魅せられていたのだ。そのためにはスタジオに入るしか道がないのは確かだった。
でも、僕はまだQ君に腹を立てていたので、こちらから声を掛ける事はできなかった。また一緒にスタジオに入るなんて、とてもじゃないけれど考えられなかったからだ。
そこで、僕は自分がスタジオを借りたいがためだけに「発想の転換」を図る。要は、学校で楽器ができる生徒をたくさん集めて、ワリカンでスタジオに入れば良いのだ。
例えば10人で借りれば1人の出費は相当安くなるはずだし、事前に演奏する曲さえ決めていればスタジオ内で無駄な待ち時間も無くて済む。いや、それどころか、学校で曲の打ち合わせや練習を済ませておけば、スタジオでは「デカい音を出す事だけ」を、めいっぱい楽しめるという訳だ。僕はエレクトリックハーモニカサウンドを出している自分を想像するだけで、居ても立ってもいられないほどだった。
このアイデアを直ぐにクラスの何人かに話してみると「意地でも遊ばなきゃ」という全員のニーズに見事マッチし、次々に楽器ができる人が手を挙げて行く。やはり誰もが大きな音を出したいのだ。お金の事が若干は心配だったけれど、社会人経験者が多かったせいもあって、事前のワリカンなどには全く問題が起こらなかった。
では曲はどうするのか?「ジャッカ、ジャッカ」のブルースはマニアックな為そうはいかない。なによりブルースは流行ってはいないのだから、デザイン学校の面々が納得する訳はなかった。
そこで、僕はある別の曲の提案をした。名曲「スタンド・バイ・ミー」だ。当時、ギターの弾き語りをするクラスメイトが歌っているのを見て、テンホールズハーモニカの雰囲気にもぴったりだし、曲の構造のシンプルさや誰にでも喜ばれる点が良いなと思っていた。バンド経験のない僕でも仕切れそうな曲だった事から、とりあえず僕が独断でこの曲を決定し、ここで初めて「スタジオで『スタンド・バイ・ミー』1曲だけをみんなで演奏する企画」が誕生する。
もちろん、ただ演奏するというだけではみんなを巻き込む企画としては弱いので、僕がビデオカメラでプロモーションビデオを撮影・編集し完成させると、みんなにその意義を約束する。つまり、まがりなりにもデザイン学校らしい「表現作品の制作」という名目を作ったのだ。
まさか、僕が「安くスタジオに入って大音量でハーモニカを吹きたいだけ」とは夢にも思っていないクラスメイト達は「プロモーションビデオ有志参加者募集」として大げさに受け止めた。コーラスだけでも入りたいという希望者も増えて、最後には総勢25人の大所帯となってしまう。
こうなると「良き思い出を作ろう」というような全く違う合言葉が生まれ、僕はまるで飲み会の幹事のような立場にさせられてしまうのだった。
つづく
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