僕の “やや終わりに差し掛かった” 自粛日誌 その⑧ 2023年冬春編
2023年
コロナ禍で自粛生活となったのをきっかけに、いろいろな出来事を記録しようというくらいの軽いノリで書き綴ってきた『僕の自粛日誌⑦』も、なんと『その⑧』までになった。
完全な収束とはいかないものの、ある程度元の生活に戻して行こうという社会の流れに合わせ、タイトルに「やや終わりに差し掛かった」と入れ、これからも自分の記録として、気楽に書き続けて行こうと思う。
それは2022年12月末、30日の昼頃だった。
急にアイデアを思いつく。来年からのハーモニカ企画で、自主配信して来たWeb番組「ハモニカフェ」の視聴者の方々へ気軽に参加していただけるコーナーを作ろうという事で、いくつかの新企画を進めていたのだけれど、その中でどうしても「年始からスタートすべきもの」を思いついてしまったのだ。
となると、あと2日間、いや1日半の突貫工事となる。間に合わなければ、企画の性質上、もう1年発表を持ち越す事になってしまうからだ。
それは「ハーモニカのあるあるネタ」でつづる、お正月の定番「かるた遊び」のアイデアだった。当然、元旦のアップ、いや正確には「参加型」という事なので、年末には募集開始という事になる。
名付けて「ハモニカルタ」だ。まぁ、「ハモニカフェ」同様、またまたダジャレだ。調べてみるとすでにありそうで、まだネットには前例が出て来なかった。元は「ハモニカレンダー」という日めくり企画を考えていたのだけれど、やはり同じように前例は無いようだった。ハーモニカがマイナーだからなのだろうか?こんなにダジャレに向いた楽器は他に無いというのに。
●ハモニカルタ<専用ページ>
僕らの「かるた」は、「あ」から始まって「ん」までで、合計46ネタで綴る事にした。当然、ハーモニカならではのネタで、出来れば七五調などの語呂が良いものが望ましい。それを1日半で46ネタも考えるのはさすがにしんどい。年末の大掃除の途中だったというのに、もはやそれどころではなくなってしまった。
ネタを考えながらも、かみさんはすぐにデザインフォーマットを準備し、僕はネタと使える画像を探し始める。まさに海外ドラマの「24」を彷彿とさせる慌ただしさになってしまった。少なくとも、なぜ先週あたりに思いつかなかったのだろうかと悔やまれる。
スタートの「あ」=「遊ぶように吹けるのさ」だの、「い」=「いつもポッケに入ってる」なんてすぐ思いついたのに、なかなか「に」とか「も」から続くネタが浮かばない。
期日に追われていたかつての企画業の頃を思い出しながら、除夜の鐘を聞く前にはなんとか無事にネットへのアップが終わり、ようやく夜中頃、もともと予定していた大掃除に入れたのだった。
疲れ果て迎えた1月。
年末に20万人前後の新規感染者の増加、初めて死者が400人を越えてしまった日まであった。中国では1日で100万人の爆発的な増加なんて聞くと、もはや感染は防ぎようが無いようにも思えて来る。それでも、僕らは出来る範囲で自粛生活を続けながら、自分達らしい生活スタイルを守って行こうと思う。
元旦から晴天で、窓を開けながら酒を呑むような、驚くほどの暖冬となった。2日と3日、我が家は駅伝が通る国道沿いにあるため、朝からヘリコプターで寝ていられないほどのうるささになるのだけれど、さすがに「かるた制作」の疲れがとれず、結局は寝正月だった。
投稿していただく参加者を募る企画のため(もし誰もいなかったら)と不安になり、自分達で山ほど書き込んで行く。次第に1人2人と書き込みが続き、1人で全46文字のカルタネタを網羅した猛者まで登場し、ようやくこの企画にほっと一安心する頃には、もう年始のオンラインレッスンがスタートしていた。
ヤマノミュージックサロンでの対面型レッスンはすでに1月の休講を決めていたので、僕の仕事初めは、今年もオンラインレッスンのみとなる。年末はギリギリまで、年始も早くから予約が連なっているのは心強い限りだった。
コロナ禍になって初めての規制なしの年始とあって、異常とも言える感染者の増加が続く中、急な体調不良などで予約の変更や延期を連絡して来る生徒さん達が相次いだ。いよいよ「知人の知人が感染した」ではなく「知人が感染した」という感染規模を実感する。近い内には「えっ?まだ感染してないの?」なんて言われる日が来るのかもしれない。
慣れてしまっただけで、まるで状況は改善していないという訳だ。
元旦は避けつつも、せっかくのお休みなので、翌週に千葉へ向かっての小旅行を計画する。これが残念な事に、途中で車両故障が見つかり、急遽自動車の整備点検の為、近くのディーラーへと向かう。そこで修理は出来たものの、痛い出費と移動での時間オーバーで、あえなく小旅行は断念となってしまった。
まぁ、毎日のように新規感染者が20万人を遥かに超え、死者数も含めて新記録を更新し続けているのだから、それも(何かの知らせのようなものか?)と、あっさり受け入れる事にする。この頃、こまごまと家中の電化製品などの不調も続いており、何かと物入りな年末年始となってしまった。
年が開け、身体の不調の面は光が指し始めていた。昨年末から始めた鍼(はり)治療のおかげで、左肩は8割方は回復し、右肩もかつての寝ていられないほどの激痛の日々からはようやく抜け出せ、想像もできないほど動くようになって来た。今年に入ってからはようやくYogiboを卒業し、普通の布団で寝れるようにもなったのだ。
さらに、かみさんのアイデアで始まったYouTubeのショート動画専用の企画「ダッシュで息切れワンフレーズ♫」のシリーズ化によって、僕は無理なくリハビリを兼ねた体力作りを続けている。
今年の2月からはこのショート動画にも広告料が付くらしい。誠にありがたい、どんな事でもメリットがあると続けられるものだ。
それを機に、この他にも細々と続けていた「絵になる景色でワンフレーズ」「LINEで届けるワンフレーズ」という3点が並び、ハーモニカを吹く方々が参加できる企画がスタートした。
このシリーズを題して「ハモニカフェ・ワン」とした。この「ワン」とはハーモニカのワンフレーズからとっている。かつてのオンラインレッスンのOB・OGや定期の生徒さん方も参加してくれそうなので、うれしい限りだ。この企画は翌月2月からのスタートだ。
実は、まだこれ以外にも今年はいくつか企画が始まる予定だ。それらの企画に共通しているのは、ハーモニカさえ持っていれば、誰にでも楽しめるという点だ。たとえ、実際にはハーモニカを吹けなくとも。
これこそ極端な体調悪化によって自分の演奏力がはっきりと落ちたと感じた時期に(もしこのまま完全に音が出せないところまで行ってしまったら)という恐怖感から誕生した「ハーモニカを演奏以外の面で考える」という、全くもって斬新なアイデアなのだ。
それだけに演奏の技術的な敷居は低く、娯楽性が高い。今年からはあえて、そんな誰にでもやってみたくなるような「ハーモニカ遊び」を、広く提案して行きたいと思っている。興味のある方は、この企画の<詳細記事>をご覧いただき、奮ってご参加いただきたい。
1月末。
年明けから公開する企画が多かったので、バタバタと忙しく過ぎての月末頃、いきなり「最強寒波到来」という、なんとも大仰なニュースが駆け巡った。昨今の電力不足も考えると、停電となると築50年を越える貸家に住む者としては相応の準備が必要となる。
ファンヒーターだって灯油とはいえ電気が必要だ。停電になったら使えないという事で灯油のみで動くストーブを急遽探し回るも、すでにどの店もかなりの在庫薄で、高額な商品が残るだけだった。結果通販でようやく手に入れ、いざと言う時の準備をする。
予報通りの大寒波、大雪となり、交通機関は通行止めや電車の全線運休などの状況が重なった。けれど、ありがたい事に僕の住む地域ではなんの影響もなく、窓を開けて布団を干せるほどの晴天だった。
もしもの災害時のためにとおこもりセットを用意し、僕とかみさんはお互いに深夜の作業の予定を立てていた。僕の方は新たなネットのページ整理で、かみさんは新企画の僕が装着するコスチュームの制作だ。
「異世界を旅する調査員」が衣装のコンセプトなのだけれど、当時かみさんは「メイド・イン・アビス」という、目を覆いたくなるような超グロいシーンばかりのアニメにハマっており、その登場人物「ナナチ」をイメージし、コスプレのメインとなるこのリュックサックを仕上げた。
このコスチュームはかなりの完成度で、かみさん側のアート作品の範囲と言っても過言ではないのだけれど、本人からすると「自分のテーマ」ではないので、実験のようなものらしい。
完成してみれば、もとはリサイクルショップで手に入れたボロのリュックがベースになっているとは到底思えない見事な出来映えだった。番組用に使っている照明機材を使っての「謎の機械類」も未来人的な効果を出している。ただ、撮影後はかなりの画像加工編集をしてしまうので、どこまでこの仕事の緻密さが画面から出せるのかはわからないのだけれど。
これをなるべく人が出歩かない時期、つまり感染のピークなどをあえて狙い、人けの無い観光地などで撮影する事になるのだけれど、いざとなると、人に声を掛けられるのを考えるだけで非常に気恥ずかしい。さすがに、最近はされなくなった職務質問を、久しぶりに受ける事になるやもしれない。
2月となる。
届いた電気代の引き落とし額に度肝を抜かされる。いきなり2ヶ月連続で電気代が3万円を超えているではないか。全ての高騰を受け、ある程度は事前に知ってはいたけれど(本当にこれからこの国で普通に生きていけるのだろうか?)と不安になる。こうなると自宅で仕事をしているので経費は掛からないなんて言ってはいられない。
かといって原発再稼働の話を交換条件のように出すのは、いくらなんでも安直で作為的ではないか。
出て行く一方ではどうしようもない。生活面全般で全ての物価が上がって行く状況とはいえ、僕のオンラインレッスンは値上げをする理由もなければその度胸もない。一体これからどうしたものか。
感染拡大の第8波はピークを過ぎたと言うけれど、新規感染者が5万人を遥かに超えたままだった。依然として一日の死亡者が300人以上という異常な事態だ。加えてめっきり検査に行く人が減り、もはや目安にはならないとも聞く。
とてもではないけれど、安心とは言えない中、政府は「マスクをとろう!」という運動に力を入れ続ける。理由はこれから岸田首相の地元広島で開催される先進国首脳会議の際に来日する海外の要人から「日本はまだマスクをしているのですか?驚きです!?」と言われるのを防ぐためだそうだ。信じられない理由だけれど、なんだか変な新興宗教に手玉に取られるどころか、日本の要人達はすごいところまで落ちてしまったらしい。
メディアでも、スポーツジムや化粧品の関係者がこぞって「ノーマスク運動」に賛同している。そりゃあそうだろう、自分の商売と直結しているのだから。僕の周りでも、自分のメリットのために「コロナが収束したように判断する」人が目立って来た。
うちは今の生活に慣れてしまったので、マスクに関しては誰もいなければ当然つけてはいないし、マスクを外した人だらけのところや大騒ぎをしているところへは元々行かない。けれど、それを人と話し合おうとまでは思わないし、結局は個人のその場の状況判断しかないだろう。
この2月もすでにヤマノの対面型レッスンの休校の延長を決めていたので、オンラインレッスンの日々だけがのどかに続いて行く。今年は特に新規の方が多く、ネット環境の違いによる調整が増えて来て、さすがに僕のような機械音痴でもそれなりにオンラインの知識に詳しくなって来た。
この生活になったおかげでスケジューリングに自由がきくため、定期的に続けて来られた鍼治療の効果は絶大で、左肩はほぼ全快、右肩は9割ほどにまで回復した。あとは落ちてしまった筋肉を取り戻す作業だ。
脇腹のけいれんも、内科での内服薬と整体での鍼治療のサンドイッチ治療が上手く行ったようで、けいれんをしつつも痛みが無くて済んでいる。つまり、日常生活をする上では克服したと考えて良かった。
整体の先生にも自分が企画している内容の具体的な「動き方」などを説明し、注意点を細かに聞く。先生は僕の予定している企画内容の奇抜さに笑いながらも、治療の終わりがけに悪化する人が絶えないので、もろもろ心配をしくれているようだった。
とにかく、これでいよいよ外ロケをしながらの特殊な動画撮影を開始出来るようになったという訳だ。
そんなある日、トルコでマグニチュード7.8の大地震が発生する。津波などをのぞけば東北の地震を超えてしまう規模らしい。日本もすぐに自衛隊を始め支援に動く。こういうニュースを聞くと、本当に自衛隊は凄い仕事だと思える。
共産党のスピーチの中に、加藤周一さんと大江健三郎さん両氏の言葉として、「平和を望むなら、戦争の準備をせよ」ではない、「平和を望むなら、平和の準備をせよ」という言葉が出て来たけれど、まさにそういう社会貢献こそが平和の為の活動なのだろう。
地震大国の経験を外国の災害時に活かす、それこそが回り回って十分にこれからの防衛力にもつながる事ではないのだろうか。アメリカ・イギリスが世界の警察なら、日本は世界のレスキュー隊を目指せるはずだ。今後も戦わずして、国を脅威から守れる可能性として、それを期待をしたいところだ。それで「増税」とか言われるのなら、まだ聞く気にもなれるというものだけれど。
ゆるやかながら、社会全体が少しずつ行動的に戻りつつある中、ある日僕は、急に「大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)」の検査をする事になった。内科と整体でのサンドイッチ療法を試す中で、内科の先生から、念の為に他の病気の可能性を全て無くしておこうという提案があったからだ。
循環器病院へ紹介状を書いていただき、レントゲン撮影、CT撮影などを行う。採血などの検査は特に問題はないのだけれど、撮影をする検査は軒並み、目一杯、両手を上げなければできないものだった。つまり、ようやく肩が上がるようになって、初めて可能になった検査だったという訳だ。
そんな事から、それなりの痛みには耐えつつも、長かった肩の症状が一段落して行く素晴らしさを、別の角度から改めて感じる機会になった。まぁ、別の症状が生まれている可能性もあるのだけれど。何にしても、年相応な身体なのだとしみじみ感じる。
この時に小さな「結石」が見つかるも「まぁ、大丈夫でしょう」という程度の話だった。まずは一安心といったところで、今までの鍼治療と内服薬のサンドイッチ療法を続ける事になった。
そんな状況の中、この2月から、外向けに発表している部分では、大勝負となる「ハモニカフェ・ワン」と名付けた、僕のネット番組からの募集企画が幕を開けた。
オンラインレッスン卒業生の「マルモ」さんにも協力をしてもらい、なんとか無事にスタートを切る。
この時のため、自分で前もって「投稿作品のストック」を用意して来たので「ハモニカルタ」同様にガンガン見本投稿をアップして行く。広く募集したつもりでも僕の企画ではおそらくはさほど人気はないだろうという事で、自分の投稿の連打で、寂しさが伝わらないように見せるのが当面の狙いだ。
同時並行して、かみさんと僕の合同企画「ミスターコールの旅」という動画コンテンツシリーズの撮影がスタートする。企画の性質上、アート色が強い。かみさんの方の作品の延長線上でデザイン監修やコンセプトワークをするようになった企画の為、現場ではかみさんの権限が絶対だ。音楽と言うより「アート&ミュージックコラボ」のようなもので、映像作品となるため、僕自身はかみさんの作品を背負った被写体という扱いだ。
このアートの要素が入った流れは、いつも自分達の頭をフレキシブルにしてくれる。現場では次から次へとアイデアが出て、かなりアクティブに動き回れる一日となる。例えクタクタでも、他にも良さそうな撮影場がありそうとなると、遥か2時間の道のりを平気で下見に回れたりもしてしまう。この異常なまでの活動的な部分が、アートという分野の特殊性なのかもしれない。
撮影は人気のない観光地などを探し、さらに人気のない時間や場所を狙って立ち寄る。
さすがに外ロケは疲れる。景色の良いところを狙ったところで、やっぱり日差しは疲労感を増させる。そうなるとついつい食事はテイクアウトばかりになる。
そんな中、店がガラガラに空いていたのを見掛け、久しぶりに田舎のバーミヤンに入ってみた。手元に置かれたデバイスで注文をするのはこの時代もはや当たり前だけれど、さすがに驚いたのは運んで来たのが「ロボットだった事」だ。
料理の「受け取り完了」というボタンを押すと、画面が「猫の顔」になるというアイデアだ。子どもっぽいけれど、初めてでつい笑みもこぼれる。まるで自分が子供の頃に描いていた未来そのものではないか。社会は急激に変わっているのだなぁと実感させられる。
時同じくして、寿司店を皮切りにさまざまな飲食店で、悪質な行為が頻発し動画で拡散された。舐めたハシや爪楊枝やコップを戻す、醤油を口をつけて飲む、揚げ玉や紅生姜を直接共有トングなどで口へ運ぶなど。コロナ禍が収束していない、その潔癖さへの反動とも言える異常な行動の数々だ。コロナで疲弊した外食産業が、さらに窮地に追い込まれる事態だ。
さらにこの頃、LGBTQ性的マイノリティへの差別発言から、首相側近が更迭、首相自身の差別発言も加わり、自民党を中心とする保守の反発でネットは炎上。さらにアメリカに入った中国の気象観測気球をアメリカ空軍が迎撃し、両者の関係がさらに悪化と、どうにも世界は一気に混沌として行くのを感じさせた。
とは言うものの、いつまでもそんな事を考えていても始まらないので、とにかく目の前にある映像コンテンツの編集作業に入る。今回は初めての難しい内容なので、いろいろな実験段階も含め、完成まではかなり掛かりそうだ。
ルーティンワークとして安定しているオンラインレッスンや、今月から始めた応募企画などと同時並行をさせながら、根気よく新規企画動画の編集作業を進めて行く日々となる。
2月中旬頃。
新規感染者が見事に1万人まで急激に下がり、3月からの対面型レッスンの再開を判断する。
ちょうど体調も一段落して来たところだし、いよいよエンジンを掛けるか!なんて思いきや、実に3ヵ月ぶりとなる「脇腹のつり症状」があった。
(なんだぁ!!小麦やネギ類は食べてないぞ!コーヒーか?炭酸か?なんにしても、これは痛いーっ!!!)と僕はもんどりを打った。
かつては、週に何度も経験していたなんて信じられないくらいの激痛に、思わず叫んでしまう。もう過去の思い出になったとタカをくくっていただけに、一気に人生に絶望していた頃に引き戻される。
病院でのこの症状の検査結果は特に異常無しで、やはり体質なので仕方がないという結論だった。こうなると明確に原因が見出せる方が、まだ助かるくらいに感じてしまう。
さすがに痛み続きでぐったりの僕を慰めるかのように、翌日かみさんがバレンタインデーに「ハーモニカ型のチョコレートケーキ」を作ってくれた。
ちょうど二人して体調を崩し入れ替わりに寝込んでいたため、材料がない中で作ってくれたケーキで、テンホールズハーモニカのフォルムを見事に表しているところが凄い。
本人は出来栄えにあまり満足していないようだけれど、まことに美味で、ほっこりとする一時だった。
月の後半、広島のハーモニカ仲間より素晴らしい牡蠣をいただく。若干業界が異なる大先輩ながら、機会がありテンホールズの入り口を教えさせていただいた仲だ。
ちょうど午後は予定もなく、久しぶりに休日にしようと思っていたぐらいなので、昼間からビールを飲みつつ、牡蠣のバーベキューをいただく。まるで正月のような贅沢な休日を楽しんだ。その日に我慢できず、夜にも残りを牡蠣シャブをたいらげる。牡蠣だけでお腹が膨れるなんて、至福もいいところだ。
同日、残念な事に偉大な漫画家松本零士の訃報が日本中を駆け巡る。「銀河鉄道999」を始め、名作はきりがない程だ。酔いとともに感傷にふける一日となった。
迎えた2月末
それはいつも通りののどかな昼下がりだった。オンラインレッスンの後半から急に腰のあたりがつるように痛みだす。レッスンは無事終了するものの(あれ、またギックリ腰をやっちゃったかな?)なんてのんきに思っている内、どんどん痛みが増して行き、冷汗が流れ、トイレでは吐いてしまい、やがて痛みにもんどりを打つ事にまでなった。
いつもの腹の痛みは左側で、右側は初めてだった。問題は嘔吐までしてしまった事で、これは緊急事態だと判断する。
さすがに救急車は呼べないものの、救急外来を電話でお願いし、かみさんの運転で近くの病院へ。ほんの先週、その病院で大動脈瘤の検査によってCTで「結石」が見つかっていた事から「おそらくは尿路結石であろう」と判断される。
点滴と一般的な痛み止めを処方してもらうも、これが普段から五十肩用に飲み続けていた痛み止めに身体が慣れてしまっているせいかまるで効かず、2時間近くもがき、転げ回り、石が移動したのか薬が効いたのか、ようやく落ち付く。
なんにしても夕方以降のレッスンは中止とさせていただき、なんとか事なきを得る。東京など遠方の出先などではなかったのが幸いだった。
処置室では「コロナ症状の緊急入院の方」と「認知症の高齢者」に挟まれ、飛び交う会話を聞いていると半ば野戦病院のような状況だった。やっぱり政府が経済を優先しコロナが収束したように伝えているだけで、医療現場は依然として変わっていない異常な状態のままだと身を持って思い知る。
あまりにも激しい痛みだった尿路結石は、「男性が経験する痛みの中では最高レベル」で女性の出産に近いという話だ。麻薬を使う段階の痛みに分類されるほど、その痛み度合いは激しいとの説明を受けた。
「これほどの痛みがあろうか!」というレベルに感じられたので納得する。説明では石が出れば、何事もなかったかのように終わる事態らしい。
「ギックリ腰」「持病の脇腹のつり」「悪化し過ぎた五十肩」が僕の経験した三大激痛だったけれど、今回「尿路結石」がめでたくランクインを果たす。
翌日は泌尿器科へ移り、再びエコー、レントゲンなど検査が続く。考えていたより石が大きく、はっきりと撮影でき、診断が確定する。まぁ、石が流れ出れば全て解決という事で、気が滅入るというほどではない。何にしても歳相応のものは一通り全てやる訳だ。
3月に入る
梅や桜の開花に合わせ、動画募集企画をやっている手前、テキパキ季節モノの動画作品を用意する。確かにこういう企画を言い訳にして、自然に出不精から脱却できたようだ。時間を見つけては、ハーモニカとスマホを抱え、次々に景色の良いところを回るようになった。
地元近郊の観光地には賑わいも見られ、さすがに「春っ!」という喜びが漂って来る。けれど、僕自身はなかなか気分が浮かれて来ない。「結石」が出てくれないからだ。
自宅仕事なので外出時くらいしか気にはならなかったものの、ヤマノの対面型レッスンの再開に伴いその日は1日外仕事になるので、石の事が気になって仕方がない。「出来れば回収して検査したい」と医師は言うけれど「どうだ!」とキャッチできる訳ではない。何より排出時はどれほど痛いのだろうか?
そして迎えた対面型レッスンの再開。なんと3月にして、今年初めての開講だ。スタッフさんから「明けましてですよね?」なんて言われて笑ってしまった。
新規感染者は15000人くらいを行ったり来たりするものの、もはや検査に行かない人だらけなので数字としては全く当てにはならないらしい。先日病院で体験したのが医療の実情なのだろう。とにかく対面型レッスンを再開させる判断をしたからには、この部屋では僕の責任という事になるので、できる範囲の注意をしながらのハーモニカレッスン再開となる。
生徒さん達の中ではまだ休校を継続させる方々もおられたものの、ほとんどの方の顔を見る事ができた。驚くほど楽器に慣れていて、日々吹いていたのが伝わって来る。
口々に「出来る限り頑張って行きたいので、今後とも、なんとかよろしくお願いをいたします」と改まって言われるので(ひょっとして僕が教室を閉めると感じたのでは?)と心配になって来る。
確かにハーモニカ教室はコロナ禍の天敵だし、僕は他の講師よりオンラインレッスンのカラーが強いだろうけれど、当然、今までの対面型レッスンの方も頑張って行きたいと思っているので、安心していただきたいものだ。
そんな決意も新たに、教室から見える景色で、自分の動画企画も進めてみた。
この有楽町の景色を一望しつつハーモニカを吹くのは、かなり素晴らしい事だと思える。夜景は特にそうだ。なんとか対面型レッスンの方も、かつてのように盛り上がって行ければと思う。
この時期、未来のタンパク源と言う事で昆虫食が話題となり、強引に「コオロギ」を食べさせようとする政府や企業への不信感から「食べる食べない」が二極化し論争になる。
まぁ、おおむね食べない派で、全面に押し出す企業などへの不買運動が始まる。特定の政治家への癒着や不透明な補助金疑惑もあり、単なる食材への感覚論では済まなそうだ。
何にしても「蛩(コオロギ)」と、恐ろしい虫と書く漢字からして不気味ではないか。昔おばあちゃんがイナゴの佃煮を食べているのを見たけれど、イナゴは米しか食べないので安全らしい。何にしても僕は出来れば食べたくはない。本当にそれしかなくなったら、食べるのかもしれないけれど。
コロナに関しては、ワクチンや検査関連はいずれ実費になるようだし、電気代ガス代の高騰は衝撃的な請求額だ。さらにマイナンバーカードを持たなければ診察費を高くされ、次に我々個人事業主にとっては苦しいインボイス制度が強制的に導入される。出生率は過去最低を、子供の自殺が過去最高をそれぞれ超え、とてもではないけれど、未来に夢も希望も持ちようがない。その上、大した説明もなく、いきなり「コオロギ」を食えというのか。
政府は完全に狂ってしまったのだろうか。新興宗教に騙されるくらいだから無理もないのかもしれない。ニュースくらいは目を通し、できる範囲でファクトチェックはしてみるものの、あまり考え過ぎないようにしようと思う。
ようやく肩が上がり、脇腹のつりも安定し、あとは石を待つだけとはいえ、憂鬱な事この上ない春になったものだ。
そして3月中旬
「旧統一教会」問題が解決していない状況で、今度は宗教団体「エホバの証人」の問題が立ち上がる。こちらは政権との癒着などではなく、シンプルに信者と教義上の問題らしい。そんな中、同じタイミングで「幸福の科学」の教祖が病気のため亡くなり跡継ぎ問題等で大わらわらしく、本当に日本は、今年も宗教問題で揺れ続ける年となりそうだ。
さらにコロナ禍にあって大きな転換期が来る。政府がマスクの着用を「個人の判断に委ねる」という判断を正式に発表し、それがスタートとなった。と言っても法律などではないので何が違うのかというと「おのおのが現場でもめるようになる」という事だ。
少し前に、自分が並んでいたフードコートのテイクアウトの注文カウンターで、マスクをしていない事を注意された客がそのまま注文を押し切るも「店からのお願いなので」と断られていた。客は引かず、結局、店長が出て来て注文を受けるという結果になった。大事にはならなかったものの自分の目の前で起きた出来事だったので印象に残っている。そういった事がこれからはあちらこちらで当たり前に起こる訳だ。
僕のオンラインレッスンは問題が無いとして、対面型レッスンを再開させたばかりのヤマノミュージックサロンは「講師はマスク着用、生徒に義務はない」とする連絡がすでに来ているので特に問題は無いのだけれど、しばらくは落ち着かないだろう。やはり3年掛かってここまで来たので、同じように3年掛かるのではないだろうか。
まぁ気楽に考えると、自粛気味に動く側と、気にせず自由に動く側の双方がいる限り、結果、全体の出歩く人数はほどよく減り、今後の感染の急拡大は防げるようになって行くのではないだろうか。それが日本人らしい、角が立たない、ゆるいコロナ禍の脱出戦略なのかもしれない。
3月中旬のレッスンは、バンドでも組んでいるギターの渡邉英一さんもレッスンを開講している日だった。共通の空いている時間をやり取りし合い、久しぶりに曲を合わせてみる。オンラインでのセッションや配信ライブなどを除けば、実にリアルでの演奏は3年ぶりとなる。
とにかくすぐに息が上がる。体力が落ちてしまったままなので仕方がないものの、呼吸楽器はモロにスタミナ面にのしかかって来る。
鍼治療のおかげで肩は見事に上がるようにはなったものの、やはり脇腹がつり掛けるのがドキドキものだ。ちょうどこの日は有楽町に来る電車内で、すでにつり掛かっていたのだ。
ルーティンのオンラインレッスンでは毎日のように音は出しているし、ハーモニカの演奏自体にはどんなに時間が空いてもさほど戸惑いはないものの、ライブイベントを再開させるとなると、正直そう簡単な判断ではない。
渡邉さんはライブを欠かさず続けている人なので、今の店の状況やライブの感じなどを聞きつつ、ぼんやりと自分で企画していた様々なイベントやライブハウスでの演奏を再開させる際の「集客をどうするか?」を考え始める。こちらも実に久しぶりの頭の使い方だ。
対面型でもオンラインでも、レッスンの生徒さん方は僕の演奏活動の再開を気に掛けて下さる。確かに身体の調子が一段落した今となっては、再開を妨げるものはない。けれど、同時に確実に人を集められる見込みもその自信も、以前にも増して無いのは確かだ。ある程度繋がりのある店であっても、やはりこの青息吐息の状況では、コロナ禍前以上に「穴を開けさせてはいけない」という気持ちが強く湧き上がって来る。こちらの方も、出口戦略をどうするか。
そんな中、地元の友人の飲食店に顔を出す。以前、長引くコロナの状況から一旦は閉店を決めた友人だけれど、息子さんにその後を任せる事でリニューアルし、ランチ時だけ以前のような注文を受けられる仕組みでの再開となった。
メニューも運営方針も、見せ方もサービスも大幅に変わって、店長として料理人として、試行錯誤を繰り返している最中のようだった。久しぶりに世間話をする僕とかみさんを相手に、そんな彼がボヤくように、ポロリと、とても良いヒントをくれた。
「どうせ、もう一旦は終わってんじゃん。まぁ、だから、前みたいにやろうとは思わなくてもいいのかなって」と。これは一旦は閉店を決めた訳だから、同じ目標で無くても良いはずだ、という意味だった。
演奏やイベントでも同じ事が言えるはずだ。思い起こせば僕は色々な事が上手く行っていた時期にいきなりコロナ禍に突入したので、頭ではその前の状況に戻すのを目指しがちだけれど、もう世の中が変わってしまったのだから、手法を変えるのは当たり前ながら、目標も違っていいはずだ。特に僕は体調面で全て暗礁に乗り上げ続けたようなものなので、ある程度でも再開できれば儲けものくらいに思うべきだろう。とはいえ、まぁ「結石」すらまだ出ていないのだけれど。
ネット面はかなり早期に新時代に向けて舵を切れ、今後も大体は決まっている。今度はリアルの方でそれをする訳だ。
久しぶりの友人との話は嬉しく、職人らしい安定した料理も堪能できた。
という事で文章量も多くなって来たので、最後にこの時期に撮った桜の動画をアップして、今回の僕の "やや終わりに差し掛かった” 自粛日誌2023年冬春編をシメたいと思う。
この企画を始めたおかげで、僕らは夫婦で季節の変化や天候を意識した外出を、頻繁にするようになった。健康のためにも、出来る範囲で続けていければと思う。とはいうものの景色の良いところはどこも取り合いで、「桜」となるともはや奪い合いだ。まして僕らは走るための距離が必要なので、他の方々とはシェア出来ない。
この撮影の時も学園モノのコスプレイヤーさん達が先におり、話をつけつつの撮影となった。向こうは暗殺でもするのかというような大きめの望遠レンズを付けた専門的なカメラなのに対し、こちらがスマホを出すと「なんだ!!スマホかよ!?」なんて顔をされる。仕方が無い、あえてスマホで撮るという企画なのだから。
この時期は、ちょうどAI(人工知能)に質問すると非常に的を射た返事が来るという「ChatGPT」なるシステムが話題となっていた。
YouTubeでも、AIなのかなんなのか、聞いてもいないのに僕が制作した動画に勝手に成果の感想を送って来るようになった。「まずまずの結果です」だって。
誰が評価を求めたというのだろうか?この先の未来がますます本当にゆううつになる。なおかつ、若干数が上がると、今度は褒めて来たりもする。こんなものに振り回されるようになるのだろうか。
まったく、やれやれだ。
と、ここまで書き、一区切りのアップをしてみたいと思う。
今回『その⑧』でようやく "やや終わりに差し掛かった” とタイトルに入れられたので、次回は "終わりとなった”と銘打ちたいものだ。『その⑨』に期待したいと思う。
2023年3月22日 広瀬哲哉