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冒険者 #8

世界樹とエルフ

 エルフィと名乗るエルフの少女が目を覚ましたのは、ミレニムに押し倒されてから1時間ほど後のことだった。彼女はギルドの来客用の椅子をいくつか持ってきて作った粗末な寝台に寝かされていた。
 「……あれ?私、どうして?……確か、冒険者ギルドに……?」
 「ミレニム、なんか目を覚ましたよー、エルフとかいうヒトー」
 ジュラが、奥の方でギルドの職員にしぼられているミレニムに声をかける。
 「えっと、エルフですけどエルフィです。エルフィ・ルミナ……光の世界樹の守り手……あの、レオルという……」
 「エルフさん」
 ミレニムがゆらりと現れた。気配がほとんどなく、エルフィの突然目の前に存在していた。
 エルフィがびくっと身体を震わせる。
 「……あの、エルフィ、です」
 「じゃあ、エルフのエルフィさん、一つだけ……レオルの種族を口にするのは、絶対にやめてくれます?……それを今度口にしたら、わ・か・りますよね?」
 エルフィの首が何かの人形みたいにガクガクした。
 「ミレニム、ちょっと僕でも引くぐらい怖いよ……一応お客さんなんだろうから……一度、深呼吸しよ?」
 「……普段からぶっとばしてるジュラに言われると、謎の説得力があるわね……失礼しました、エルフィさん。レオルに用があるとのことだけど、彼は別の依頼で出ていて、もう少ししたらここに戻る予定です。用件を伺っても?……私、彼のパーティーのリーダーを務めています、ミレニムです」
 色々と態度を変えるミレニムに、目をパチクリしながらエルフィは居住まいをただす。
 「実はお願いがあって、来ました……レオルさんに私達を助けて欲しいんです。具体的には、光の世界樹を助けて欲しいのです」
 「世界樹?……なんか話が大きすぎるし、ギルド持ち込み案件ではないような、これは国レベル?……世界樹、ソール森林王国、ですよね?」
 ジュラが、考え込むミレニムを横目にエルフィに近づく。
 「ねえ、エルフィさん……君、レオルの知り合い、でもないよね?……なんで、レオルの名前を知ってるの?」
 「……それは、賢者エリス様が万物の書で調べて、レオルという者がロロス王国の冒険者ギルドにいると教えてくれたんです……正直、私も半信半疑でここに来ました」
 「……エリス……確か、森の賢者!世界樹のそばに住み、世界を見通す、という……噂は聞いたことをあるけど……え、情報量とか考えることが多すぎ……!ジュラ、ちょっと受付さんに、持ち帰り案件て言ってきて。後で報告書出すからって」
 ジュラが頷いて受付に行くのを見ながら、エルフィの方に小さな声で話しかける。
 「……受けるかどうかは、まだ分からないけど、とりあえず私達のハウスに行きましょう。その方が、貴方も喋りやすいと思うわ」
 「……分かりました。お願いします」
 「レオルにもハウスに来るよう、伝言を残していくから、後から合流できるよ」
 


 「……ほお、やはりそなたが、レオルだな?」
 ハクロの態度から、推測したのか。カマをかけているのか。ルナティアの目が、うっすら紫の光を纏っているのがみてとれる。
 「また、鑑定か」
 「鑑定と一緒にするな。魂見という……そなたが人間ではないのは、最初から分かっておった……だが、ただならぬ輝きをもっておるな……これまでに見たことがない」
 「……姐さん、いきなり覗き見とは褒められたことじゃありません。やめてもらえませんかね」
 ハクロの圧がひとつ上がった。
 「なぜ、俺の名を?しかも、種族までわかっていたようだが?」
 レオルがハクロを止めるように手を振る。
 「ふむ、不快にさせてしまったか……すまん、少々焦っておったかもしれん。許せよ」
 意外と素直に頭を下げてくる。
 レオルも軽く息を吐くと、近くにあった椅子を示した。先ほど直したばかりだ。
 「ハクロ、リタからコップを借りてきてくれ……お互い、ひと息ついたほうがいい」
 ハクロが少しだけ店の方に引っ込む。
 「そなた、魔族とは思えぬ。えらく人間臭い」
 「それは素直に嬉しいな」
 二人で軽く笑ったところで、ハクロがリタとともに戻ってきた。

リタ


 「お客様と聞いて、お茶受けをもってきたよ。ハクロさんも気が利かないんだから」
 「面目ない」ハクロは恐縮しきりだ。
 「凄い美人さんだね。エルフさん?」
 「ああ、ルナティアだ……そなたこそ、なかなかに気が利く。よい嫁になるな」
 「あら、上手いことをいうエルフさんだね。ごゆっくり」
 鼻歌交じりに、リタは奥に引っ込んだ。
 「……で、まあ依頼といってよいかわからぬが、世界樹にかかわることだ」
 「続けてくれ」
 「……雪が降るのだ」 
 「別段、おかしくは……世界樹の森に雪、ですかい?!」
 ハクロの声が跳ねる。ルナティアが、人差し指をその唇のまえに立てる。
 「……そう、雪は降るわけがない。世界樹は気象をコントロールする。世界樹の森は常に春だ。安定している……だが、どこからとなく、雪雲が現れ、草木を枯らし凍らすのだ。見たこともない魔物もうろつきだしている」
 「なぜ、俺を探していた」
 「世界樹の根元に、小屋がある……そこになんでも見通す賢者が住んでいるのだが、そなたを連れてくるように言うのだ……理由は、よくわからぬ。こうして会ってみると、確かに並ではないことはわかるのだがな」
 レオルは立ち上がると、腰についた埃を軽く払った。
 「まず、ギルドに行こう。リーダーに話して、それからだ」

 「今から1ヶ月ほど前に、雪が森の奥の方から吹き出してきたんです……」

世界樹


 エルフィは、ギルドハウスのテーブルでコップを挟み込むように持って喋りだした。
 「光の世界樹は、生命の光流、天候の安定、地の恵みを司ります……森の中で雪が降ること自体がありえません。しかも、その雪が凍りついて溶けないのです……まず、ソール森林王国内の樹林都市がひとつ氷漬けになりました」
 「確か、世界樹の子供の樹が、それぞれの都市の中央にあるんだよね……それごと凍ったってこと?」
 「はい、それでそれは徐々にに広がっています……近いうちに、また別の都市が氷漬けになりかねない状況にあります」
 「それって、僕たちの手に負えるものじゃないと思うけど……レオルなら、何とかって、その賢者さんが言ってたの?」
 ジュラが果物をひとつ齧りながら聞いてくる。
 「エリス様は、ただ探して連れてきなさい、とだけ……言葉少ない方なので」
 「えっと、これって依頼ですよね?……メンバーを貸し出す形なので、依頼料ってどうなるんですか?出張費も出してもらえないと、そっちには行けないんですけど?」
 「……え?世界樹の危機なので、何をおいても駆けつけてくださるのでは?」
 エルフィがきょとんとした顔をしている。
 「……ジュラ、お客様がお帰りです。送ってさしあげて!」
 「え、いいの?」
 「無い袖は振れません!駆けつけるほどの義理もないし、そのうちどっかの国が出しゃばって、何とかしてくれるでしょ」
 エルフィは、しばらく何を言われているのか分からない顔していたが、ミレニムが本気とわかって慌てだした。
 「あの、あの、世界樹って世界全体に生命力とかマナとか送っていて、皆さんも恩恵を受けているんですよ!……それがなくなったら困りません?!」
 「だからといって、空気みたく分かりにくいもののために、なんでこっちが無償で最初に動くこと、当然って感じなんですか!……国とかに頼んでくださいよ!」
 「世界樹の森は、秘密にしなくてはいけないことが多いので、他の国とか無理なんですー、大勢来られても困りますし、お願いですからー!」
 ミレニムにすがりつくエルフィ。ミレニムが必死に引き剥がそうとするのを、ジュラがのんびり見ながらこんなことを言う。
 「エルフィさん、なんかないの?ミレニムに渡せるもの?……でないと、このパーティー貧乏だから動けないよ?」
 「……え、なんかあったかな?人間さんのお金なんて、あんまり持ってないし……これ、ぐらいしか……」

世界樹の雫

 小さな瓶をひとつ、カバンから取り出す。中に透明であるが輝く液体が入っている。
 「現物は……え、世界樹の雫?!」
 ミレニムの鑑定能力がその正体を見抜く。
 「なにそれ、売れるの?」
 ジュラが触ろうとするのを、ミレニムが横からかっさらう。
 「……エリクサーとか、不老薬の原料よ……換金性の難しいものは困るし、こんな物騒なもの、ポンと出さないでよ……魔女に絶対見せてはいけないものだよ」
 ミレニムが、極力薬を見ないようにしてエルフィの胸元に押し返す。本当は、欲しくてたまらないものの一つであるが、パーティーのことを考えたらお金になりにくいものは受け取れない。

 「では、これならば、どうなのだ?」
 ギルドハウスの入り口に、ダークエルフの女性がいつの間にか立っていて、大粒の宝石を二つほど手のひらに転がしていた。
 レオルとハクロも一緒だ。
 「なんとしても、来てもらわねば困る……世界樹はこの世になくてはならないものだからな」
 ルナティアが優美な笑みを浮かべてそんなことを言う。
 「レオル、まさかこの態度のあれなダークエルフさんも……?」
 「世界樹が、危機とかで来てくれと言っている」
 「なんで、二人?いらなくない?」
 ジュラが、パーティー全員の意見を代表して、ルナティアに聞く。
 「それはじゃな……この件を解決した者が……」
 ルナティアは胸を張って、……
 「……次のエルフの長に指名されるからなのです」
 エルフィはしょんぼりとそれに答えた。
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 
 
 

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