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冒険者#30

ひと休み

 「ただいまー……」

ギルドハウス

 レオル達は、ザインとの闘いの後、ギルドハウスに一日半ぶりに、戻った。
 扉がまず穴だらけ、窓は何枚か割れたままで寒風が入り込んでいる。
 中に入ると、ヴァルトラム伯爵の私兵が荒らした跡がそのままに、家具がひっくり返され、床が泥で汚れていた。
 「……思ったより、ひどっ!?」
 ミレニムがふらふらと、ソファに寄りかかる。
 「姐さん、ここは俺がやっておきます……まず、休んでください」
 ハクロが、倒れた椅子を直す。
 エルフィとグレイシャも、台所の方を片付け始める。
 「……ミレニム、ちょっと僕も休むよ。さすがにいろいろと疲れた……」
 ジュラが、こんなこと言うのは、初めて聞いた気がする……
 レオルが手を貸そうとすると、ジュラが手をヒラヒラさせて、それを断る。
 ソファの埃を一度だけ払うと、彼女は倒れ込むように身を預けた。
 「……レオルさんも休んでください。ジュラさんも二階で休んだほうが、疲れがとれますよ」
 台所から、エルフィの心配そうな声が、届く。
 「……ちょっと無理、動けないよ……」
 リンが、窓ガラスの破片を拾う。
 「……何か……酷いよね……この国助けたのに……」
 「リン、お前も休んでおけ……あれだけ勇者のスキルを連続で使ったのだ……気が緩むと、倒れるぞ」
 影から現れたゾラが、2階の方を指さす。

 ザインを倒した後、レオルは元の姿に戻り、アヴィスは彼の中に引っ込んでいった。
 曰く、アヴソーヴで吸収した以上に、エネルギーを使いすぎて底をついたから、休息するとのこと……
 
 本来なら、ギルドなりに報告するべきなのだろうが、もうレオル達も限界を迎えていた。
 リンの次元収納から、エルフィ達を呼び戻した後ギルドハウスに戻ることになった。
 
 それに、レオルの件が公になったこともある。
 正直、今の反応が怖いということがある……ザインとの戦闘時は緊急時ということもあり、レオルが魔族ということには目を瞑ってもらったのかもしれない。
 だが、冷めて現実に戻った時、王城や街の反応はどちらに傾くか……
 
 「……リン、2階の踊り場使って……本棚とか椅子の置いてあるとこ……次元収納の入り口、固定していいから……」
 ミレニムがリンが疲れて、考えが嫌な方向に行きそうになる前に、話を逸らす。
 「ミレニム、こんな時まで気を使わないでよ……大丈夫、変な方向に流されないから……ホロ達にも、片付け手伝って貰うから、踊り場借りるよ……」

 片付け始めて少し経った時、壊れた扉が遠慮がちにノックされる。
 「……ミレニム、さん……」
 リゼルだった。

リゼル

 後ろに女騎士を一人、連れている。
 いつもの無表情とは違い、少しだけ柔らかな雰囲気を漂わせていた。
 「……お疲れのところ、申し訳ありません……一言、国を代表して御礼と謝罪を伝えるべきと思い、急ぎ参上いたしました」
 リゼルが深々と頭を下げる。
 「本来なら、国王から直接申すべきところなのでしょうが、病床の身ゆえ何卒ご容赦ください」
 
 ……ものすごく、喋るな……
 ミレニムが最初に思ったことは、不敬にもそれだった。
 彼女が身分を隠して、森などに同行していた時は、ん、とか、ン、とかしか返事が返ってこなかった。
 「リゼル王女、やめて下さい……こちらの冤罪を晴らすことに御助力いただいたこと、深く感謝しております……取りあえず、お座りになりませんか、その散らかっておりますが……」
 削り出しのいつものテーブルを指し示す。
 王女は軽く頷くと、近くのソファで寝ているジュラを一瞥した後、椅子をひく。
 「……後で、こちらを修繕するように王家御用達の職人を手配しておきます……」
 「……今回は、お言葉に甘えさせて頂きます。正直、手が回らないので……レオル、少し付き合って」
 レオルに隣に座るよう促す。
 「……リゼル王女、同席させて貰うが、構わないだろうか?」
 入り口の所に立つ女騎士に反応はない。魔族だから、どうこうということはないのか。

ファティマ

 「レオルさん、ですね……うちのルミエルがいろいろとご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありませんでした……あの子も反省は、……してないかもしれませんが、言い聞かせておきますので、何卒ご容赦ください」
 ……母親みたい……
 ミレニムは、彼女がルミエルのことで、これまで相当各所に謝りまくっているだろうことが容易に推測できた。
 「ルミエルには、こちらも危ないところを助けてもらっている……謝る必要はない」
 「ありがとう御座います……貴方に改めて感謝を……ルミエルが、魔族である貴方を褒めていました。あのルミエルが、他の人を褒めるなんて、滅多にないんですよ……」
 「……あと、貴方が魔族であることに、私は何も思うところはありません……貴方は貴方、私達人間を護っていただいたこと、決して忘れません。それは、この王国の人間も、同じであると、私は信じます」
 静かに、レオルを見つめる瞳には、確かな意思があった。
 「……レオルに、何も追及することはない、とそうとってよろしいのでしょうか?」
 「……はい……」
 「……それで、あの、ミレニム……」
 リゼルが、少し言い淀む。
 「なんでしょう?」
 「依頼、また出しても、よろしいでしょうか?」
 「……いつでも、どうぞ……リゼルさん」 
 
 リゼルは、もう一度深々と頭を下げて退去していった。
 エレクチュアのことも、不問にすることは、確約してもらった。とりあえずの安全は確保できたとみていいだろう。

 
 それから、1時間もせずに職人達が現れた。
 ローナと名乗ると、早速ギルドハウスの中をざっと見渡す。

ローナ

 「まず、窓とドアを総取っ替え、床も鉄靴で大分荒れてる……削りと、剥がし両方……みんな、すぐに取り掛かって!」
 「ここの皆さんは、国を救って、お疲れだ!……腕の見せどころだよ!」
 ミレニムに軽く挨拶した後、窓を外して新しいガラスを嵌めたり、枠自体を取り掛かえたりと、手早く取り掛かってゆく。
 「あの……まさか、こんなに早く……」
 「いいんだよ、王女様から、何をおいても、急いでやってくれ、と言われてる……今や王国の職人は引っ張りだこさ。今日やらなきゃ、三か月は、先になっちまう……そこ、新入り!ガラスは表に置いてあるウルメタル粉をまぶしてあるヤツを、切り出して使いな!そいつは、この後の客に使うヤツだ、間違えるな!」
 「はい、これですね!」
 ……あれ、何か……?
 職人が、ミレニムにウインクする。
 ノワールだ。いつもフードと黒い服を身に着けているから、分かりにくかったが……なぜ?
 「護衛です。今日ばかりは、ゆっくりしてください」
 ミレニムの横を通り過ぎる時、彼女だけに聞こえる声で言い残す。
 

ノワール

 ……王女から、お代は貰っています……、とも。

 「アンタ達のおかげで、こうして仕事が続けられるんだ……ありがとよ。こんな嬉しいことはないさ」
 「そっちが、例の魔族の兄さんかい……確かに、人間にしか見えないね……いい仕事するね、アンタ。あれだけのことがあったのに、死人が出ていない……あり得ないよね、全く……惚れ惚れするよ」
 ローナの細腕と思えない力が、レオルの肩に叩きつけられた。
 「……なあ、魔族の兄さん、この国にいてくれて、ありがとな……父ちゃんから継いだ店、焼けずに済んだ、無くさずに済んだ……本当に、ありがとう」
 ローナが、一度だけ深々と頭を下げた。
 「……」
 「……ほら、そんな困った顔しない!」
 ミレニムも、レオルの背中を叩く。
 「誇りなさい……あなたは、それだけのことをしたの!」
 「……お前達がいたからだ。俺ひとりでは、無理だった……」
 レオルが穏やかな顔で、ミレニムを見る。
 
 ぱん、と手が叩かれる。
 「はいはい、ごちそうさま……ま、ゆっくり休んでくれ……じゃあね」
 ローナは、扉を後ろ手に閉めて出ていった。

 「レオル……エルフィが、お茶淹れるって言ってるけど……」
 レオルが、腕を組んだままソファで、いつの間にか寝ている。
 向かいのソファで寝ているジュラもまだ、そのままだ……大工仕事でそれなりに音が出たはずだが……

……ニヤけちゃって……どんな夢、見てるんだろ……

ジュラ
 

 暖炉の火が温かい……
 ……これ、ぐらい……いいよ、ね……?
 ミレニムが、レオルの横座る。ソファがわずかに沈み込んで、身体がレオルに触れる。
 ……なんか、あったかい、ね……

ミレニム

 「……パパ、ミレニム……?」
 「しぃですよ、グレイシャさん……休ませてあげましょう……毛布、持ってきます」
 エルフィがグレイシャの背中を押して、2階に上がっていく。

 「……本当に、お疲れ様でした……いい夢、みてくださいね……」

エルフィ

 穏やかで暖かな時間が、確かにそこに流れていた……

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