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冒険者 #25

黒の勇者 中

 「ルルリエ様、お待ちしておりました」
 エレクチュアが、ネズミのような耳を持つ魔族に、頭を下げる。彼女は、晴れているのにもかかわらず傘をさしている。
 

ルルリエ

 「エレクチュア、出迎えありがとうございます……ザインは、います?」
 森の奥の闇が集まり、黒い羽を持った魔族となる。
 「……よお、頼んでたモノは用意できたのか?」
 ルルリエが、くるりと傘を回す。
森から次々と、巨大な狼が姿を現す。

ダイアウルフ


 「ダイアウルフ100匹、それに、フライング・フューリー1体をリーダーとする、フライング・クレージィを50匹、きっちりと揃えました……ああ、フューリーとクレージィは、この中に……彼等は、夜しか動きませんので……」
 傘がもう一度、くるりと回る。
 「なんだ?……珍しくお前が、現地まで届けてくれるのか?気前がいいな?」
 「まあ、この星の一番目の星落とし、興味はあります……届け物ついでに見学させてもらって、よろしいですか?」
 独特の発音で喋り、ザインを左右違った光を持つ瞳で見遣る。
 「まあ、いいぜ……ただ、つまみ食いは、ほどほどにしてくれよ。まだ、誰も手をつけてない獲物を狩るのが、楽しいんだからよ」
 ザインが口の端を上げる。
 ルルリエが、口に手をやり淑やかに笑う。
 「で、いつから始めるのですか?」
 「日が沈む、その時からだ……何一つ、逃さねえよ。蹂躙し尽くしてやる……エレクチュア、広域結界、万全にしとけよ!」
 エレクチュアが深々と頭を下げることで、それに応える。
 
 ……お教えした時よりも、随分と違ってしまった……あの方達は、無事逃げられただろうか?……
 

エレクチュア

 彼女の作り物のような表情からは、その場にいる何者にも心を読み取ることはできはしなかった。


 「……やっちゃったぁ。なんで、あそこで、カミングアウトしちゃうかなぁ、私……戻りにくい、ったら……ああ、もう!」
 レオル達のいる家から少し離れた階段で、悶え苦しむリンの姿があった。
 時刻は夕方から夜になる時……この空間は、いつも外の世界と同じ空模様を映し出す。リンは、それが自分のスキルとは思ってはいない。無意識下で、彼女の望みをスキルが汲み取って、空中のストラス・システムに命じてやらせているのだ。
 

リン

 リンにしてみれば、今日レオルやそのパーティーの仲間が来るのをとても楽しみにしていたのだ。
 テンションが上がって、一杯一杯になっていたと言える。
 この王国で、知り合いといえば、レオルのほかは、あのダスクという情報屋しかいない。だから、自分の秘密基地に友達を呼ぶ感覚で、初めてと言っていいほど嬉しかったのだ。
 そこへ、ホロの病状や医者に診せた方が良いということをミレニムに聞かされ、さらには、国のため、世のために戦う勇者という単語が不意を突いてきた。要は、許容量を越えたのだ。 
 それで自分の奥底にしまっていた、黒い不満の風船が破れかけて、机をレオル達の前で真っ二つにする醜態を晒してしまった。
 レオル達が悪いわけではないのに……でも、あの瞬間、自分が止められなくなってしまった。
 おそらく、甘えてしまったのだろう……たがが外れやすくなってしまっていたのだ。
 レオルには、少しだけ心を許して、信頼していたから……その仲間たちに、嫉妬があったのかもしれない……
 「……せっかく、準備したのになぁ……水浴びもしたのに……」
 
 カツン、と街路の石が鳴る。
 「……あ、あの……とにかく、ごめん……取り乱したね……雰囲気、悪くしてごめんね、レオル?」

 振り向くと、レオルではなく、ゾラが立っていた。
 機嫌が悪いのか、据えた目つきでリンを見ている。

ゾラ

 「悪かったな、レオルでなくて……奴は、後から来るだろうよ」
 「……ゾラさん?!えっ?」
 一番、来ると思っていなかった人物の来訪で、リンもさすがに二の句が出てこない。
 「……一番期待されてないことぐらい、分かっておる……その点は、先に謝っておく……吾が、ミレニムをお盆でぶっ叩いたじゃろ。それで、あとで大きなコブができて、奴が怒りおったのよ……で、貧乏クジというわけじゃ」
 それで、本当なら行きたくもない、勇者の前に出て行くことになったことからの、苦虫を噛み潰した顔という訳か……リンは、少しだけ理解した。
 「ああ……それで、その顔ですか……なんか、お疲れさまです?」
 「応よ、貴様が勇者になりたくないのは、よく分かった……だがな、吾の勇者に対する嫌悪感は、それとは別のことよ……何せ、魔族なのでな。一度は勇者に殺されて、肉体は、なくなったのでな……」
 何か、暗い呟きになってきては、さすがにリンも引き始める。
 「えっと、これって、明らかに人選ミスですよね?……ほんと、何しに来たんですか?」
 「……まあ、いらんお節介というヤツよ……お主が、どっちかといえば、吾側の心の人間だからな……ずっと、冷たい処にいた奴に、いきなり温かい話をしても氷が溶けるか、という話よ……今までのやりきれない憎悪とかを放っておかれて、これからの話をされても、何も響かないどころか、余計にきつくなるだけじゃろ?」
 その時のリンは、自分がどんな顔をしていたのか、きっと心の中と同じで、ドロドロの怒りか、それともクシャクシャの悲しみの顔をしていたに違いない。
 「……ゾラさん、どうして…………やめて、よ……押さえられなく、なるよ」
 リンが、苦しげに身体を縮こまらせる。自分の中ら出てくるものを押し込めようとするように……
 「……吐き出せば、よかろうよ……でなければ、いつかその獣はお主の腹を、食い破るぞ。食い破って、まず憎んだ相手ではなく、身近なものを食い殺す……気遣い、お前を心配するものの温かさが苦しくて、苦しくて、大切なものを狂い殺すのよ」 
 静かにリンの中を見るように、ゾラは言葉を綴る。リンではなく、別の誰かのことを語るように。
 「何故、わかるの……あなた、魔族なのに……」
 「魔族だからさ……特に吾は、人や同族の心をよく覗いておった……吾自身も身体も名前も失い、暗い中にずっと閉じ込められたおった……使命を果たすと同時に死ぬ仕掛けを、組み込まれてな……恨む相手も、とうに死んでおるさ……やるせないこと、この上ないじゃろ?」
 リンは、ゾラに対する見方が変わりつつあった。
魔族の方が、人間の心を理解している。そんなことがあるのか……
 「……別に不幸合戦をする気は無い。吾より、レオルや他のヤツの方が酷いかもしれぬし、な……ただ、ミレニムらは、レオルに似てお人好しだからな。貴様をただ心配して困り果てておった……で、まあ、そういうことよ……後は、ヤツとでも話して、少しでも気を紛らわせれば、よかろうよ」
 ゾラの姿が影に沈んでいった。もう用事はすんだといわんばかりに。

 彼が、いつの間にか立っていた。

 「……レオル、あの……」 

レオル

 「隣、いいか?」
 リンが頷くと、レオルは静かにリンの傍に腰を下ろす。
 「……ミレニムが謝っていた。リンの気持ちも考えずに、酷いことを言ってしまったと。傷つけて、すまなかった、と……許して貰えないだろうか?」
 レオルが頭を下げる。
 「頭上げてよ、君は下げすぎ!……悪いのは私!それで、終わり!……で、いいでしょ?」
 レオルの視線が、リンの視線と繋がる。
 言葉でない何かが伝わった、とリンは感じた。

 「……そうだな。ありがとう、リン」
 レオルを見て、リンの中の何かが繋がった。それが、腑に落ちて、言葉になる。
 「……レオル、君も魔族なんだね?」
 「ああ……黙っていて、すまなかった」
 「…………君とゾラさん、同じ匂いがしてた……それに、君、最初に私の次元収納を見ても、全然驚かなかった……今から思えば、それはおかしかった。君は、人間の枠からはみ出たものをみてきたから、それしきでは、驚かなかったんだ……だから、廃村をこの中に入れるなんてこと、普通に思いついたんだね」
 「そうだな……これほどの規模ではないが、亜空間を操る同族を知っている。そいつは、そこで屋敷を建てて暮らしていたよ」
 リンが、膝に顎を乗せて、さらに自分を抱え込むように腕に力を入れる。
 「……そっか、私、人間に捨てられて、魔族に助けられたんだね……こんな勇者、いるわけがない」
 乾いた笑いが漏れる。笑うしかないと言った風だ。
 「リン……君がなりたくないなら、それでいい……これまで頑張ってきたんだから、後は、自分の好きしたらいい」
 「ありがと……でも、それが一番難しいんだけどね、いろいろ未練が多くってさ……」
 ホロ達のことを言っているのだろう。今、廃村を次元収納に取り込んだ村に、ホロを含めて5人ほど子どもがいる。
 彼等も、働ける者は、たまに日雇いの働き口を見つけて僅かばかりの収入をここに入れているが、これからのことを考えると、厳しい現状には変わりない。
 「……よりにも寄って、勇者スキルかぁ……自分を救わない、一番いらないものだよね……」
 「リン……スキルは、所詮スキルだ……それで、君が変わるわけでもない……そう割り切ってみてはどうだ?」
 「……それは……そうだけど……」
 まだ、とても割り切れそうにない。
 それに、スキルが活性化していないものを、どうしたらいいのか……
 「ミレニムが言っていたが、勇者のスキルを立ち上げれば、剛腕や神速、剣王、魔導王のスキルも立ち上がるとのことだ……王国のためとかではなく、君のために使ってやればいい……所詮、スキルは道具だ……こっそりと、利用するぐらいでいいんだ」
 レオルが、わざとらしく口の端を上げる。
 「……スキルが活性化させることは、まあ、多分やれるヤツに、心当たりがある……頼んでおくよ」
 「それって……もしかしなくても、ゾラさんのこと?……凄く、怒るんじゃない?……私、そんなにしてもらっても、返せないよ?」
 少しだけゾラの不満気に怒るところを、想像して笑う。
 「いつか、言っただろ……利用しろ、と。こっちも利用するから、と……これは、信用関係だろ、リン」
 レオルの言葉は、力をくれる。私のことを、本当に考えて、欲しい言葉をくれる。
 利用する、されるの方が、今は心地がいい。
 私の嫌なところを知りもしないのに信頼といわれても、気分が悪くなるだけだ。
 魔族に利用してもらえるほどの価値があるなら、  
今はそれでいい。
 レオルやゾラ達に、アテにもしてもらえなくなったら、それこそ自分は立ち直れなくなってしまうだろう。
 「なんか、胡散くさい関係だね、それ……もし、私が勇者になっても、君やゾラさんには、絶対に剣は向けないから、安心していいよ」
 リンもレオルに笑いかける。
 少しだけ、気が晴れていることに気づく。
 既に、勇者という言葉に抵抗が少なくなっていた。自分のためのスキル、そう思えばいい。

「……あと、なんか綺麗な人ばかりだったけど、君、
全員に粉かけてない?……私みたいに、たぶらかしてない?」
 リンが、レオルにくっつかんばかりに顔を近づけてくる。対等の信用関係となって、遠慮がなくなっているようだ。
 「……ひどい言われようだな……できる限り、誠実であるつもりだ。ミレニム、ジュラ、エルフィには、好意を示してもらっているからな」
 「……君、将来、奥さんに三人とも、欲しいってこと?……ごめん、聞いといてあれだけど、女の子的には、ちょっと斜め上というか、意味わかんない……ミレニム達に、いいよって言われると、いいねー……」
 明らかに温度の下がった声が出た。
 リンが少しだけ、レオルから距離を離して座り直す。
 「……そう、あからさまなのは勘弁してくれ、リン。自覚はしている……いつか、その時が来たら、ミレニム達に愛想尽かされるかも、と怖くはあるんだ」
 「……愛想、尽かされるわけないと思うけど、ね……ごめん、ちょっと、からかいたくなっただけ……やっぱり、聞きたいじゃない。あれだけ、親しげだとさ……あれが、君の大切な家族なんだね……」
 リンが立ち上がり、付いた砂を払う。
 いつの間にか、日は暮れてすっかり夜になっていた。夕飯の準備を急いでしないといけない。
 「……ほんと、羨ましいなぁ」
 偽りの星空を見上げて、リンは誰に聞かせるでもなく呟く。それは、冷たく澄んだ空に溶けて消えていった……

 「旦那……悪い知らせと良い知らせがあります」

ダスク

 ダスクは、どこか楽しげにレオルを見ている。
 リンと一緒に家に戻ったレオルを、彼は待ち構えており、開口一番にそう聞いてきた。
「……その言い方は、手引でもあるのか?……良い方を先に」
 レオルはどこか呆れたように催促する。
 このダスクは、レオルにリン達の救出を依頼した情報屋だ。彼が、その類の依頼を断らないことをどこからか聞きつけてきたらしく、接触して来た。
 依頼を果たした後、レオルは、報酬を金品で受け取らなかった。
 その代わりにダスクには、レオルに有利な情報を集めてくれることを頼んだのである。期限は、ダスクがこれまでと、思った時としてある。
 「カリウスと第一王女が、ヴァルトラム伯爵を処罰するように動いています……それで……アサシンギルドが、俺につなぎを頼んで来ました。手打ちにしてもらえないか、と……場合によっては、そっちの魔女さんに手出しをしたノワールの首を、差し出しても良いとのことです……」
 「……天使が、王女にヴァルトラム伯爵の厳罰を望んだことから、完全に逃げ場がなくなったらしいです」
 
 ルミエルが、どういう訳か動いてくれたらしい。察するに、レオル達を動きやすくすることで、ザインの星落としに対抗する戦力にしたいのだろう。
 「ミレニム……どうする?」 
 彼女は少しだけ笑う。
 「もう答えは、決まってるでしょう?……私のことは考えなくていいよ」
 レオルは、軽く頷く。
 「……大きな貸し、一つと伝えてくれ。ノワールはそちらにとっても優秀な人材のはずだ、と。生きて返してくれればいい……そう、伝えてくれ」
 「……旦那、アサシンにまで、気遣いしなくてもよいと思いますが…………わかりました。確かに伝えましょう。で、悪いほうですが、ロロス王国から誰も出れなくなっています」
 その場の空気が重さを増す。
 予定より、早い……ザイン達が、もう動き出しているということになる。
 「王国やギルドは、どうしている?」
 「軍は、街の門と城の守りを固めています……ギルドは、カリウスのパーティーが、警戒に当たっていますが、他のパーティーは動きが鈍いですね……」 
 ザインがどう攻めてくるか……今のところ、それは読めない。
 エレクチュアが奪った雷王もいる……最終的に城を襲撃するのだろうが、支配したいのか、殺戮をかけてくるのか……
 「……レオル、アイツは単騎だよ……絶対に根絶やしにしてくるよ。支配するのに一人では無理だよ」
 ジュラが、レオルの思考を読んだように自分の考えを話す。
 「……でも、ジュラさん、王家の人だけ押さえれば、この国を何とかできませんか?……その魔族、知恵は回りそうなんですよね?」
 エルフィが、聞いたザインの情報から、推測するため腕を組んで悩んでいる。
 「エルフィの姐さん、ずっと王族を見張るというのは、現実的ではありません……そのザインというのは、殺すことによって何かを得るのではないですか?」
 ハクロがゾラの方に視線をやる。それにつられてレオル達も、彼女の方に視線を集める。
 
 そのゾラといえば、リンが何かと話しかけてくるので、邪険にしきれずに相手をしていた。
 その傍では、グレイシャが不思議そうにその様子を見ている。
 グレイシャも、ゾラと直接顔を合わせるは始めてであり、ゾラに関する以前の記憶はないはずである。だが、何か感じるところがあるかもしれない。
 
 戻ってからのリンは、ミレニム達にひと通り謝って、ホロ達のところへ夕飯の手伝いのために顔を出した後は、ゾラにずっと纏わりついていた。
 意外な組み合わせと、レオル達の目には映っている。
 「……なんじゃ、吾に聞いても何も出んぞ……そんなもの、存在エネルギーでも、アテにしてのことなんじゃないか?……常識じゃろ?」
 ゾラの口調が、最後の方で弱くなる。
 そのゾラのいう常識は、このエルサークでは失われた知識であり、他の世界での魔族がそれを当たり前にしているかは、まだ不明であるものだ。
 「ゾラさん……多分、みんなの顔を見るにですね……貴方がずれている、と私は思うのですよ」
 「ほほお、吾がロートルと抜かすか、リンよ……よくも、そんな口……」
 「どちらかというと、おばあちゃんの知恵袋的なポジションだよね、ゾラさん」
 ゾラが何かを言う前に、リンがにっこりと遮ってきた。ゾラが何かを飲み込み損ねた顔をする。
 「お、おばあちゃん!?……」
 「で、存在エネルギーって何のこと?」
 あくまで自分のぺースで話し続けるリン。  
 「……それって……前にギルマスが言ってた、存在確率エネルギーと同じものなの?」
 ミレニムも質問を重ねてくる。
 「……まあ、そんな呼び方を魔道士どもはしておった……人間には魂がある。魂から今、ここにありたい、という意志が引き金になって、存在エネルギーが放出、それが身体を形作り、存在を固定し、初めて現界し続けることができる……それを、当時は魔族が自分を強化するために人間から奪っておったことがある……そのことから、魔族は人間の魂を食らうだの、負の感情を好むだの言っておった訳よ」
 ゾラの話を皆が静かに聞いていた。
 いつぞやギルドマスターステラが言っていた答えが、こんなところから出てくるとは予想の外であった。
 「レオル、あまり気持ちの良い話ではないだろうが、ザナグルとやらがやっていたのが、まさにそれよ……魂を、そのエネルギーをあらゆるものから奪い、己の強化に使う。昔の魔族は次の段階に進むため、天使や神を討つため、手段を選ばなかった……お前のその並外れた力も、アナスタシア達が残してくれた存在エネルギーがなせる技よ……」
 レオルは、己が手に視線を落とす。
 アナスタシア達は、どれほど多くのものを彼に託したのか。それは、皮肉にも、どれだけ絆が強く、彼が愛されていたかの証であろう。
 「……ザインの目的が、そうだとすればここは、狩場ということか……外から輪を縮めるように来るか……」
 「だとしたら、伏兵がいると考えるべきです、旦那。単騎で包囲網は張れはしません」
 ダスクが、レオル達の話から推論する。
 「ダスク、先ほどの件と合わせて、アサシンギルドに情報を流してやれ。商売する場所がなくなると、な……何らかの働きはしてくれるだろう」
 「情報料も、取ってやりますよ……では」
 ダスクは、夜の闇に走り去る。彼は、リンの村を自由にできる。リンがそう認識しているため、次元収納スキルが、自動的に出入りさせているのだ。

 「ゾラさん、ここでスキルを立ち上げてもらっていいかな……」
 リンが、いきなり真剣な表情でゾラに向き合う。
 「いきなり、じゃな……ザインのことなら、王国や天使に任せておけばよかろうよ。お前の嫌いな連中にやらせておけば良い……レオル達も行くだろう、大丈夫じゃ」
 リンが静かに首を振る。
 「……嘘、だよね?……いくら何でもわかるよ。王族を含めて根絶やしとか言ってたよね……この王国の全てが、逃げられずにその魔族に狩られるって……さすがに、ここにずっと隠れるわけには行かないよ……食べものが作れないんだから……」
 「良い、のか?……貴様が戦えたとて、状況はあまり変わらぬと思うが……」
 ゾラにしては、珍しく人間に気を使った言い方をしている。
 「レオルが言ってた、スキルは所詮スキル、私は変わらないって……ホロ達は、私が守るって決めてるんだ……この王国が滅んだら、私達もおしまいなんだよ。それに、レオルを少しでも手伝いたい……お願い、ゾラさん」
 ゾラが、レオルの方へ視線をやる。彼に頷かれると、彼女はさらに困った顔をする。
 「……分かった……責任は、とらぬぞ。勇者なぞ……本当は……」
 「ゾラさん……私はリンだよ。そう呼んでよ……あと、一つお願いがあるの……」
 ゾラの手をとる。ゾラは、現界の精度を上げることで触れるようになっている。
 「……リン、お前震えて……」
 「……友達になってよ、ゾラさん……私の初めての友達に……友達がスキルを立ち上げてくれるなら、大丈夫な気がするんだ」
 リンの瞳が潤んでいる。助けを求めるように、すがるように……
 ……このようなこと、吾の柄ではない……
 「……ゾラだ。友というならば、そう呼べ……目を閉じよ。力を抜け。委ねよ、リン」
 

ゾラ

 ゾラの顔が緊張に染まる。右手に青白い光を掴んで、リンの胸の前に持ってゆく。
 「うん……うん、ゾラ。ありがと」
 胸の中にゾラの腕が一気に沈む。リンの顔が僅かに歪む。
 「……辛ければ、吾の腕に掴まれ……出来るだけ、手早く済ませる」
 「……わかった」
 ゾラの左腕を、リンの両手が握りしめる。
 ……勇者スキルに、魂魄のラインがない……ソウルスパイダーの術糸でバイパスを……これで、よいか……繋がった……
 立ち上げて、活性化……
 ゾラの目が赤い光を灯し、見開かれる。
 ……スキルが……何だ……神性システム……人格抑制システム……システムだと……スキルではなく……
 リンの顔が歪む。中からの変化に、身体が熱を持ち、神経を通じて痛みが伴う。
 ……これは、前に吾がグレイシャにやっていたことと同じぞ……縛り付けて、停止に……
 「魔族、何をしておる……それしきのことで、止まるシステムではないぞ……」
 リンではないものが、リンの声で語りかけてくる。瞳が赤く染まり、紋様が浮かび上がる。

リン(神性システム)

 「……やはり、そう上手くはいかぬか……だがな、友は返してもらうぞ!」
 「ゾラ!……俺から持っていけ!」
 レオルとのエネルギーラインから、力を吸い寄せる。こういう時、レオルの察しの良さは助かる。
 直接、右手でリンの魂に刻まれたシステムを握り締める。システムが内部から灼き尽くさんと、ゾラの指先に魂魄の光を奔らせる。
 ゾラの唇から、苦痛が漏れ出す。
 「……リン、を返せ……リンの人格に、触れるな!」
 術糸で腕ごとシステムを縛り付けて、機能を抑え込んでいく。指が何本かが、既に感覚がない。
 術糸でシステムを握り締めた己の右手を、切り離した。切り離された右手は、システムを締め上げ続ける。
 「……今回は、手を引くとしよう……
……この娘、そちらに預ける……魔族を滅ぼせるなら、この私でなくても、構わない」
 ゾラを握り締めたリンの手が、緩まる。
 彼女の目が元の通りになっていた。
 
 「……ゾラ?終わったの?」
 「ああ……終わった……少し疲れた。休ませてくれ」
 喪失した右手を素早く袖の中に隠すと、ゾラは奥の部屋に向かって歩き出す。
 「ありがとう、ゾラ」
 ゾラを左手を上げて、それに応えた……

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