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冒険者#35

合流

 「……ララ、紙か何か、持ってないですか?」

トト

 小柄な魔人が、甲冑を着けた女の魔人にしか聞こえない声で、話しかける。
 「そんなもの、あるわけがない……記録は、そっちに任せてある……いつもの勝手に書いてくれる紙束はどうした?」
 「それが……あのレオルという方が、僕の予想の斜め上の行動ばかりで、なんというか興味がそそられて筆が進むというか、面白くて夢中になったというか……特殊記録紙を切らしてしまって……その、困りました」
 自分の外套の中をゴソゴソやり始める。
 「リーダーにも、僕なりの記録を後でみせてって言われてるのに……」

 ここは、王城の大会議室……
 今は、ミレニム達と王女が、魔人達と円卓について、ダンジョン内部のレオル達の現況を映し出す水晶球を見ている。

大会議室

 最初こそ緊張感を伴い、お互いに無言のまま水晶球を見守っていた。
 ……だが、レオルがイヴやティアを交渉の果てにに、先に行かせたところで、ミレニム達と魔人達の両方の空気が変化をみせ始めた。
 

水晶球

 ……ミレニム達にしてみれば、イヴやティアの背後にある国が、ラナーグ公国や聖王国ということには驚いたが、レオルのいつもすぎる行動に安心したというか、気が少し抜けかけた。 
 
 そこに、メガビーストⅦが登場する。
 最初、そのビーストと一緒にエルフィの弁当を食べていたことに、さらに力が抜けたところに、いきなりの激戦……テンションが付いていかず、ミレニム達はグッタリしてしまった。
  
 最後には、メガビーストⅦにミュスカという名前を付ける至っては、心配していた分、完全に空気の抜けた風船みたいになってしまった。
 ……もちろん、魔族がいる手前、全て心のなかのことではあるのだが……
 
 ……見守るしかないことが、こんなにも疲れるなんて……
 ミレニムがふと、魔族側の方を見やると小柄な魔人が何やら、レオルの行動を見て一生懸命書き付けているのが目に入る。
 
 ……レオルの戦闘能力とか、記録しているのだろうか……それにしては、どことなく純粋に楽しんでいるような……?

ミレニム

 しばらくすると、トトと呼ばれていた魔人が紙が切れた、と言っているのが耳の端に引っかかった。
 ……レオルの行動が面白いと、言ってる?戦闘のやり方やスキルではなく……?

 ミレニムは、少し離れたところに座っていた書記官を一瞥すると、席を立って少し記録用の用紙を分けてもらい、トトの方に歩みよる。
 「これで、いいの?」
 魔人の紅い瞳が、少しだけ大きく開かれる。
 「……ありがとうございます」
 少しだけ躊躇うも、それを受け取る。
 手元の紙が少しだけ見えるが、知らない文字で書かれている。
 「どういたして」
 ミレニムは背を向ける。
 魔人は、その背中に言葉を放る。
 「あの、ひとつ聞きたいことが……」
 「何か?」
 背を向けたまま、次の言葉を待つ。
 「あの人は、なぜ、あそこまで殺さないことに、こだわるのです?」
 ミレニムは、ただ息をつく。
 ……分からない?……と
 少しだけ、瞳を後ろに流す。
 「……彼は、誰かと手を繋ぐことが好きなの……とても、好きなのよ……」
 
 「……だから、彼は殺さないの」
 
 ……我儘よね、ほんと……
 ミレニムは、ミュスカと笑って歩いているレオルを見て、嬉しそうに目を細めた……

 …………………………………………………………………………………………

 洞窟……闇に覆われた巨大な洞窟をレオル達は進む……

  狼のような巨大な魔物が、身体の紋様に光を帯びながら、レオルに漆黒の鉤爪を振るう。
 光は魔物を護る鎧となる。
 「ミュスカ!」
 レオルが魔剣を振り上げる!
 岩の柱が槍のごとく、狼人の魔物の両脚を封じ込める。
 魔物の身体がつんのめるように、前に泳ぐ。
 ミュスカが、レオルの周囲に浮かぶ魔剣の一つを掻っ攫い、レオルの肩を踏み台にして飛び上がる。

魔狼

 魔剣が、光の防護壁を貫き、魔物の頭部にめり込む!
 巨体が地響きをあげ、地に伏してゆく……

 彼女が着地するや、魔剣が、中ほどからひび割れ砕け散る。
 「あ、ごめん……折れちゃった」
 そう言って折れた残りを、渡してくる。
 これまでの数々の戦闘で、ほとんど折られたことのない魔剣をへし折る……元メガビーストの力こそ恐るべしと言うべきか……本来のミュスカの地力なのか……

 「魔剣を力任せにへし折られると……頭に響く」
 ……結構くるな、とレオルは額を押さえる。
 「……構成する密度を、上げてみるか?」
 レオルが、魔剣の刀身を再生させてゆく。
 ミュスカは少し考えた後、手をひらひら振る。
 「んー、やっぱいいや……なんか、武器ってしっくりこない。こっちでやってみる」
 と、拳を握る。

ミュスカ

 「この魔物は、見たことがないな」 
 レオルが狼の魔物の全体を見渡す。
 エルサークにおいて、こんな魔物はいないはずだ。
 ギルドの魔物の記録は、一通り目を通すようにしている。直立した狼型の魔物の中で、ここまで巨大なものは記載されていなかった。
 「教授が、実験用の魔物をここいら一帯に配置したって言ってた……でも、私やレオルなら、こんなヤツ余裕でしょ?」
 「このレベルの魔物だけならいいが……イヴなら、これぐらい何とか出来るか?」
 レオルが奥へと進み出す。
 「誰……イヴって?」
 「さっきの部屋にいた他の国の代表だ……ひどく腕の立つヤツだったから、ティアの身の安全を頼んでおいた」
 ミュスカが小走りに追いかける。
 下から見上げるように、レオルの顔を覗きこむ。
 「ティア……また、女の子?……待って、その子、教授が何か、話してた子だ。白い髪の女の子でしょ?」
 「そうだ……何を言ってたんだ?」
 記憶を探るように瞳をくるりとする。
 「見つけても、手を出すな、それだけ」
 ……何だ?……やはり聖王国だからか?……既に対象から外されている?
 「……レオル?」
 考えに沈むレオルを、尻尾で突いてくる。
 「ミュスカ、このダンジョンは何としてでも終わらせたい……だが、恐らくその先がある。リスティという魔族の長だ、おそらく衝突は避けられない」
 レオルとミュスカの瞳が絡み合う。
 「……どうぞ、続けて」
 「君が、最後まで付き合う義理はない……ここを抜けることができたらロロス王国というところへ行くといい……きっと、俺の仲間が君を助けてくれる」
 彼女は、嬉しそうに聞いている。 
 「へえ、心配してくれるんだ」
 尻尾が横にうねる。
 「でもさ、そういう気のつかい方は、やめてくれない?……私を馬鹿にしてる……私は確かに、君に負けたけど、あんな負け方じゃなければ、もっとやれていた……」

 「……君のせいなんだからね!」
 尻尾が、空を撃つ。小さな破裂音がする。

 「あ……でも、でもね、こんなことが言いたいんじゃないんだ……今は、負けて良かったと、思ってる。私、使い捨てにされるとこだった……」
 「……君は、それを分かって助けてくれたんでしょう?」
 
 ……こうして直に話すと、分かる……
 ……あとは、勘だ……
 ……彼は、多分、良いひとだ……

 ……私の帰る故郷は、もう無いのかもしれない……
 ……その可能性は、心のどこかで常に考える……
 
 ……ならば、今ぐらい、彼を帰る場所にしても、いいのではないか……
 ……とても、言えない……甘ったれた考え……

 
 「だから、ついていく!……断わられても、ついていくから!」  
 「君に私の力をみせつけて、必要だと言わせてみせるから!」
 つい、怒鳴りつけるように言ってしまう。

 ……怒ったかな?

 「……ひとつだけ、条件がある。相手の能力を転写する技は使うな……それは、お前の生命と魂を削る……それだけは、やめてくれ」
 背中を向けたまま、こちらを見ない。
 「いいけど……ひょっとして、少しだけ嬉しい、と思ってる?」
 
 ……誰だって、暗い道行きは、隣に誰かにいて欲しい……
 ……私だって……
 ……彼だって、きっと……

 「さっき、一人で行くって言ったから、カッコつかないんでしょう?」
 少しだけからかう。
 それが大丈夫だとわかるのが、何か嬉しい……

 「カッコつかない、は、余計だ……」
 いしし、と笑って、ミュスカは応える。

 「……ありがとう、ミュスカ、頼りにさせてもらう」

 ……ほら、彼は、やっぱり良いひとだ……

 尻尾で、彼の太ももの裏を軽く撫でてしまうほどには、良い人だ……

 
 「ホント、どこをどうやっても、割に合わないんですよ!……絶対、追加手当を要求しますからね、レオルお兄さん!」
 イヴは走っていた。
 ティアを、肩に荷物みたいに抱えている。
 「イヴさん、また潜りました!」
 細い脚を前に抱えているので、当然ティアの頭はイヴの背中、後方が見える態勢だ。

岩鮫

 船をもおもわせる巨大な鮫が、地中に何の抵抗もなく沈んでゆく……
 
 「また、ですか……しゃらくさい!」
 スカートの中に手を入れて、柄頭に金属製の糸を結んだナイフを取り出すや、地面に突き刺す。
 「位相をずらしでもしない限り、潜っても無駄なんです……」 
 耳に嵌め込んだ魔具に、人差し指をあてる。
 「……っ」
 イヴが後ろに飛び退く。ナイフが、それにつられて糸に引っ張られ、抜けたと同時だった。
 幾重にも乱立した刃の如き歯の群れが、落ちてくる!
 巨大な鮫の魔物が、唸りながらイヴ達の眼の前で地面に潜り込んでいく。
 イヴが飛び退くと同時に、背中から武器を取りだす。
 戦斧が唸りを上げ、鮫の頭部を削り、岩のごとく鈍く光る鱗を弾き飛ばす。
 ……お荷物を抱えながらだと、踏ん張りが……効かない!

イヴ

 鮫が地面に潜りきる前に、身体を捻り戦斧の重さを硬い皮膚に再度叩きつける。
 今度は、落ちる勢いに合わせて、より深く抉ることができた。
 肉片が、鱗に混ざって飛び散る。
 だが、それだけだ。
 ……生命を断つ、決定打にならない!

 再び疾走を開始する。
 ティアをずっと背負ったまま戦闘を繰り返している。ここに到るまで、三体は魔物を倒してきた……だが、この鮫の魔物は別格だった。
 何せ皮膚が硬い。
 分厚い金属でも、斬りつけているみたいなものだ。
 オマケに地面に潜りまくるので、ダメージを与える瞬間が限られてくる。
 ティアという、お荷物までいる。

 「イヴさん、私を降ろして……」 
 ティアは、息も絶え絶えだ。
 イヴの底なしのスタミナに対して、ティアは彼女の動きに振り回されているだけで、体力が尽きかけている。
 「あの鮫を倒したら、降ろしてあげます……下手に置いて、次の瞬間消えていましたは、ごめんです!」
 「でも、このままじゃ……」
 ……イライラする……余分な感情……
 ……アイツを殺す……手順だけ組み立てろ……
 ……他は、雑音……捨てろ……
 「今、考えています!……ちょっと、黙っててください!」
 ……もう一度、再検証を……

 ……一度、この荷物を置く……
 ……だめだ、センサーナイフで探知してから、駆けつけるまでは、泳ぐアイツの方が速い……
 
 ……外が駄目なら……口か目を……
 ……繊細で素早い立ち回りが必要になる…… 
 ……この状態では、打撃を与えたあとの回避ができない……

 ……アレを、使うか……
 ……こんな雑魚、相手に……
 ……数に限りがある……魔族どもが、出てきたら……
 ……手詰まりになる……
 ……最適解ではない……

 「……イヴさん、私を囮に……」
 聞きたく無かった言葉が、ティアの口から転げ落ちる。
 「それ、考えなかったと思うんですか?……お兄さんとの約束、あっさりと破らせないで下さい」
 「私にも、プロとしてのプライドがあるんです」
 ティアの喉が軽く鳴る。
 「私の母さんが言ってました……魚は、大きな音に弱い……川の中の岩を、大槌で叩いて目を回したところを捕まえるんだよ、って……」
 「……この話、何かに使えませんか?」
 ……アイツ、土の中に潜ったら、目と鼻は使えないはず、音……走る音で探知している、ありうる……
 ……いや、アイツは術は使っていない……
 ……地面に潜るのは、スキルだ……そんなに幾つもスキルを持つ魔物がいてたまるか……
 ……音による探知の可能性が、最も高い……
 「釣りの餌になるつもり、あるんですか?……助けられない可能性は、考えないんですか?」
 「……また、死んでもいい、と思ってませんか?」
 ティアに声を投げつける。抱えているので顔は見えない。
 「……まだないとは、言えません……ずっと、それは頭にありましたから……」
 「……でも、まだ私は、死にたくないんだそうです……それを、私は確かめたい……だから、ここで死ぬ気はありません」
 決意のような、何かが含まれた声。
 
 ……まだ、マシになりましたか……
 「……では、少しは生きの良くなったところで、改めてエサになって下さい……ちゃんと、アイツを引きつけて下さいよ」
 巨大な鮫が、沈んでゆく……
 それを横目に見ながら、イヴはにやりと笑った。

 ティアが、洞窟の真ん中に立っている……
 
 イヴは、手早く何かを設置すると岩陰に潜む。
 荷物のない彼女の動きは、音が失われたかのように、足音一つしない。
 彼女が、手を静かに振って合図する。
 
 ティアが足音を立てて歩き出す……
 
 足元に差したナイフに目を落とす。
 このナイフは、音を受け取る。集める……
 ……それを耳につけた魔具に伝えてくる。
 これは、ラナーグ公国のナルディア公女の相談役をしているフォルテスという司祭に注文をつけて作ってもらったものだ。
 前にいた世界の記憶を元に作らせた魔具の一つだ。
 
 擦過音……聞き逃しそうなほど、僅かにしか聞こえない……
 ……あの巨体で、隅から隅までスキルの制御が効くわけがない……
 どこかに綻びが出る……
 それが、音になって漏れ出る。
 ……間抜け、ですね……
 ……結局は、魔物なんですよ……
 ……同じ人間の方が、よっぽど面倒です……


 ……来る!
 ティアに合図をする。
 位置が特定しやすければ、こんなにも容易く物事は運ぶ。
 ティアが、目と耳を塞いで座り込む。
 
 繋がった糸を一気に引く!

音響爆弾
 
 

 音の爆発!!
 耳をつんざく爆発音が、空気と洞窟全体を震わせていく……
 
 ティアから十歩分離れたところに、巨大な鮫が唸り声のような音を立てて飛び出してくる。

岩鮫

 ティアの肩を叩いて、向こうに行くようにと合図する……まだ、耳は聞こえていまい。
 
 疾走!……強化スキルで、脚力と腕力を強化。
 さらに強化、さらに強化を重ね掛ける。
 砲弾の如き突撃を開始する……!
 イヴは、最大5回まで重ね掛けが出来る。
 それ以上は、スキルの効果が相互に干渉しあって効果がなくなる。

 「戦技……鬼潰し」
 戦斧を身体全体で振り抜き、あたかも振り回されるように、破壊力を蓄えた斧を剥き出しになった巨鮫の腹に叩き込む……!
 斬らずに、潰して砕く……
 鮮やかに斬りすぎると、容易く再生される時がある。
 だから、敢えて、身体の内部、内臓や骨を潰して砕く。再生しても、元に戻せないように……
 魔族との激戦をくぐり抜けてきた、戦士ならではの技……効率だけを追い求めた果ての絶技。
 
 魔鮫の巨体が、洞窟の壁に倒れ込む。
 胃液や体液を吐き出し、暴れ狂う。
 イヴが、スカートの中から小さな晶球を掴みだすや、鮫の口に向けて投げつける。

イヴ

 「……これ以上、洞窟にダメージを与えないでください」
 小型の爆弾が鮫の巨大な顎に届くかという瞬間、鮫の身体が跳ね上がり、イヴの方へ倒れ込んでくる。
 爆弾を咥え込むように……
 イヴを道連れにするかのように……
 ……回避を……!
 
 風切音……
 ……矢が飛ぶ時に起こる、羽根が風を切り裂き、高い笛の音ような鋭い音がイヴの耳に刺さる。
 
 あまりの速度……その姿が捕捉できない。
 角と羽を持った持った人影が、巨鮫の顎の下に入り込み、その重き巨体を殴り、突き上げる。
 顎が砕かれ、無理矢理閉じられる……!
 
 爆発が、間断なく起きる。
 歯や顎が内部から吹き飛び、辺りに体液や肉片を撒き散らしてゆく。

 鮫の巨体が、遂に地に沈む……

 その人物と言っていいかどうか、わからない者は、二、三度ぺっぺっと、口の中に入った何かを吐き出した。

「……危なかったわね、人間」

ミュスカ

 どこか得意気に、そんなことを言ってくる。
 
 ……魔族?……いや、竜族……このエルサークには、いない種類の竜人種?
 尻尾が光を帯びて、先端が蛇頭になっている竜人種は、エルサークにはいなかったはずだ。
 
 魔族側が、用意したこのダンジョンの魔物かと、警戒を高める。
 「イヴさん……そのヒトは?」
 ティアが、イヴに駆け寄ってくる。
 声に驚きが滲んでいる。
 「……後ろに、いてください……まだ、何者か分かっていませんから」
 イヴが戦斧を構え、ティアを背中に押しやる。
 
 「ひらひらとした戦闘に向かない衣装、大きな武器……それに今、イヴって言った……」
 「それに、そっちの色の薄い白髮のは、確か、ティアだ……見つけた」
 そう言って、指差す。
 いしし、と喜ぶ。
 ミュスカが、イヴ達の背中の向こうへと叫ぶ。
 「レオルー、いたよー!……イヴとティアってコー!」  
 「私が先に見つけたー!……早速、役に立つとこ見せられて、良かったぁ」
 イヴ達が振り返ると、レオルが手を振りながらやって来る姿が目に入ってきた。

 
 
 
 
 


 
 
 



 
 


 


 
 
 


 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 

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