見出し画像

冒険者 #27

 エレクチュア
 

 ダイアウルフの群れが、遂に正門より街の中へ足を踏み入れる。

カリウス

 「冒険者の威信にかけて、魔物をこれ以上進ませるな!」
 カリウスのパーティーの他に、B、Cランクのパーティーが5組、迎撃態勢を取る。総勢三十名に満たない人数で、廃材などで作った間に合わせのバリケードを挟んで、大狼の群に対峙する。
 
 矢が建物の上から、立て続けに射掛けられる。
 カリウスのパーティーメンバー、シャリスが2階建ての建物の上から、確実に一矢で一匹ずつ葬っていく。他のパーティーの術師や弓手も、建物の窓や物陰から射線をとって、ダイアウルフの数を減らしていく。
 

シャリス
 

 「シャリス……伏せて!」
 ミィナが叫び、蝙蝠に似た異形の爪を弾く。
 蝙蝠の魔物フライング・クレージィとは、一回り大きさが違う、蝙蝠の魔物が音もなくエルフの弓手を引き裂こうと忍び寄っていたのを、ミィナがすんでのところで割り込む。
 シャリスが、そちらを見ずに弓を上に向けて放つ。その魔物に、放物線を描いて矢が上から襲いかかる。
 「颶風」
 魔物が爪を軽く振ると、矢が縦に分かたれ粉々になる。
 

フライング・フューリー

 ケラケラと耳障りな笑い声が、空から降りそそぐ。
 「魔物が、術を!?」
 「フライング・フューリーは、下級とはいえ魔族ですよ……術を使うのは、驚くほどのことではないでしょう?」
 向かい家の屋根に、ネズミの耳の魔族ルルリエがいつの間にか立っていた。
 「ああ、こちらの世界では、下級魔族というのは……いないのでしたか。それは、失礼しました」
 シャリスがフューリーに目線を残しつつ、ルルリエに狙いを定める。こちらの方が危険と判断したのか。
 「ミィナ、あれがギラ・ファンから来たという魔族か?」
 「……どうだろう。ザインとは違う魔族だけど、また別の感じがする。勘でしかないけど……」
 ミィナが、胸元に手を潜り込ませる。
 「……ギラ・ファンは私の管轄ではありませんよ。私の本職は、調達屋です……どんな世界へでも、お望みの物を、お望みの場所へ届けます、が私の信条でして……まあ、皆様が今回の星落としで生き残られましたら、ご指名頂けますようお願い致します」
 慇懃無礼とは、このことか……
 ルルリエが傘を差したまま、手を胸に添え一礼をする。
 「ミィナ……撃っていいか?」
 ミィナの場合、情報を引き出していることがあるので、シャリスは狙いをつけたまま弓を引き絞って我慢していたが、色々と腹に据えかねるものがあったようだ。
 「……まだ、待って……ねえ、一つ教えてくれない?」
 ルルリエが、傘から身体をずらして建物の一階部分を覗き見る。
 ダイアウルフが、建物内に何匹か侵入を始めているが、カリウスたちはそれに動きは見せていない。
 また、悲鳴などの声も聞こえてこない。
 「……避難ずみですか……準備が良すぎですね……どなたか、えらくこちらの事情に通じている方がいるようです……」
 ルルリエが、下の様子を見ながら小さく呟く。
 「よろしいですよ……こちらも一つ、そちらも一つ……情報交換をいたしましょう」
 滞空しているフューリーが不満気に唸るが、ルルリエが軽く視線を飛ばすと、おとなしくなる。
 「情報の価値が等価なら、いいけど……貴方、今回の件、運ぶだけってことだけど、本命のザインはどこにいるの?」
 ルルリエが、ほんの少しだけ困った顔をする。
 「お客様の情報を漏らすのは、本来できかねるのですが……私の質問にお答え願えるなら、謳って差し上げなくもないです……そちらも、相応の危険を払っていただけますか?」
 ルルリエの深い色の瞳がミィナを捕らえる。
 「ミィナ……やめろ。きっと後悔することになる……」
 シャリスが小声で警告してくる。
 口の中が乾き、唾を飲み込む。今までやってきた交渉事の中でも、これは一等異質だ。
 相手は純粋に、知りたい事があるのだろう。それは、気配で分かる。でも、それは後に新たな災いを呼ぶ、そんな予感がした。
 「いいよ。その代わり、ザインが最終的に何をするのか、具体的に教えることも含めた条件で」
 「……なかなかに、度胸がおありだ……よろしい、ミィナ、星落とし前ではありますが、取引といきましょう。貴方を対等の相手と認めます」
 ルルリエのどこか余裕ぶった笑みが、すうっと抜け落ちてゆく。ミィナに向かって真っ直ぐ背筋を正し、傘を畳み、柄に両手を添える。
 「等価なる代償」
 ルルリエとミィナの足元に、陣が展開する。
 「これで、お互い出し惜しみは、できなくなりました……私が話したことと等量と、貴方が思ったところまで話さざるを得なくなります」

ルルリエ

 「ザイン、ですが……城門手前の、街が終わるところに位相をずらして、潜んでいますよ……あと、彼が何をしたいか、ですが、炎で人間の身体を灼き尽くして殻を破壊、そこから抜け出る魂を吸収する陣を自分の中に幾つも仕込んでいます……この城下の外側から人を追い込んで、城の前で安心したところをまとめて焼いて喰らう……まあ、いつもそんなやり方を好んでいますね……そうして、さらに強大な力を得るわけです。このエルサークを他の魔族に取られないように、全てを食らって、また別の世界に飛び立つために……以上になります」 
 「……怪物、だわ。そいつも、それを何でもないように喋る、あんたも……」 
 ミィナの顔が蒼白になる。
 シャリスさえも、弓を引き絞っていた手が緩むほどに、ルルリエが語ったことは次元が違い過ぎるものだった。これまで彼女が対峙してきたものなど、比較になりもしない。
 
 「……では、私の番です、ミィナ。今回の星落とし、ここまで動けるように手配した者は、誰です?……天使人形が、ここまで細く指示はしない。あれは、己が手で魔族を倒す、それだけです。人間に星落としというものを教え、立ち向かうように指示した者の名前と素性を、教えなさい」 

 ミィナの顔が苦痛に歪む。
 陣が、彼女に話せと強制してくる。 
 頭で浮かんだものを、勝手に話したくなる衝動がミィナを襲う。 
 ミィナの脳裏に浮かんだもの……それは彼のことに他ならない。
 彼がミレニム達と関わり、敵であるルミエルやエレクチュアを助け、縁を結び、カリウスやダスクを通じて今回のことを知らせてくれたから、街の手前で迎撃する結果が生まれた。
 王城の側も、色々とルミエルも巻き込んで情報を渡すことで、今回の襲撃に備える事ができた。

 その彼を裏切る……
 友であるミレニムをも裏切ることになる。だが、取引は対等でなければならない。
 魔族とはいえ、ルルリエは客であるザインを裏切り情報を渡すことで、誠意を示した。
 ならば、ミィナもそれに対して誠実であらねばならない……そう、ミィナを陣が促してくる。

 「……レオルという、魔族よ。冒険者をやってる変わり者……魔王ザナグルを倒した彼が、今回のこと、魔族のことを私達に教えてくれた……最近、世界樹の事件を解決したのも、彼のお陰……天使ルミエルを降したのも、レオル、よ……もう、ここまでにして!」  
 ミィナは両の手を深く握り込み、目をきつく閉じて答える。
 喉の奥から、不快感がせり上がって来るのを、かろうじて抑え込んだ。

 陣が役目を果たし、割れて消えていく……

 「……非常に、面白い」
 底冷えする声が、ミィナ達に届く。
 ルルリエの傘の先端が、屋上の石材を砕く。
 「あの魔王を倒した者が、この国に……運命とは、なんと皮肉で憎い演出をすることか」
 自分に酔ったように、傘を回し開く。
 「……なんと、なんと、甘美な情報を……素晴らしい……ありがとう、ミィナ。貴方に、感謝を……会ってみたくなりましたよ、そのレオルという同族に」
 ミィナが叫ぶ……最も信頼する男の名を。
 「カリウス!」
 一気に二階の高さを飛び上がり、ルルリエに斬りかかる。
 彼もまた、尋常ではない能力を持つ最上位冒険者だ。その剣に光が宿り、残光がルルリエの首までの道となる。
 ルルリエが、滑るように身体をずらし、これを避ける。
 「虚実反転」
 カリウスの剣とシャリスの弓の上で、見えない力が弾け、消える。門の騎士団に対して起きた事と、別の現象が起きる。
 「神のダンジョンで、手に入れた武具ですか……抵抗がキツい物をお持ちだ」
 ギィイイィ……
 フライング・フューリーが、ルルリエの前にゆっくりと降りて来る。
 「フューリー、後を頼めますか?……ミィナ、感謝ついでに、ひとつオマケをつけましょう……ザインは、身体を複数持ちます……中央広場に、もう一つの身体を隠しています」
 とん、と前を向いたまま、屋上から跳ぶ。
 「待て、魔族!」
 ミィナが、屋上の端に慌てて取り付く。
 ルルリエが下に降り立った途端、周囲の冒険者の武器やバリケードが消え去る……ダイアウルフの群れの何割かが、ルルリエに付いて市街地に向かって疾走を開始した。
 「ルルリエとお呼びください……それでは、失礼します」
 傘を畳むと、風のごとく彼女は駆けていく。
獲物を見つけた獣のように、瞳の光を強める。
 「ルザロの反応は、あちらですか……」
 小さな牙が露わになるほどに、口の端がつり上がっていく。
 面白そうな物を見つけた時、自分でも止められなくなる時の彼女の癖だ。笑いがこみ上げてくることを押さえられず、また押さえる気もない。
 「ガイナルの実験結果のイレギュラー……見届けなくてはなりません」

 エレクチュアが、雷王に指示して徐々に街の中を前進していく。
 稲妻で街路を焼き払い、少しずつ住人を街の真ん中に追い込んでゆく。
 子供が母親に連れられて逃げるのが、目の端に映る。
 ……あ、転んだ……
 「雷王、踏み潰さないように、注意を……」
 雷王に指示を出す。彼は、細かい行動を指示出しをしないと大枠でしか物事を処理しない。
 ふと、先程の親子に目を遣ると、
 子供と母親の元に、危険を省みずに別の女性が駆け寄って助け起していた。
 ……人間にも、随分ましな者も……?
 何やらこっちを向いて、腕を振っている。
 ……こっちに、降りてこい、と?……
 「ちょっと、そこの美人さん!見下ろしてないで、降りてきなさい!」
 

リタ
 

 エレクチュアは知る由もないが、雑貨屋のリタだった。それが、雷王に恐れもせずに、進路上に立ちはだかっている。 
 
 何か、この王国の人は、全員ではないにしろ、癖が強すぎるのではないだろうか、とエレクチュアは思った。
 先程のヴァルターにしろ、この見るからに一般人の女性にしろ、力で及ばないのに、何故こうも関わろうとするのか?
 ギラ・ファンでは、少なくともこのような人間はいなかったと記憶している。
 ……何か、恐怖する機能に支障があるのでは?

 「……あなた、名前は?私は、そこで冒険者相手に雑貨屋をしてる、リタです」
 エレクチュアが興味半分、恐れ半分で降りていくと、まずそう聞かれた。
 恐れというのは、雷王で踏んでしまいそうな恐れということだ。
 雷王で無視して通り過ぎようとしたところ、リタが足元で文句いいたげに動きまわるので、細かい指示に困ったエレクチュアが、とりあえず降りてきたという次第だ。
 「エレクチュアです……リタ様」
 「様づけなんて、やめて。リタで結構です……あなた、どういうつもりで、こんな怖いことしてるの?……私の父親、猟師もやってたことあるから分かるけど……これ、追い立てだよね?」
 リタが、腰に手を当ててエレクチュアに顔がくっつかんばかり、顔を寄せてくる。
 「……はい。私のマスターの命令で、皆様をなるべく一箇所に集めるようにしています」
 「あなたのマスターって、魔族?夕方、私の店で武器を買いに来た冒険者が、そう言ってた……その後、私達を殺すの?」
 エレクチュアは、ヴァルターの時とは勝手が違うらしく、すぐには答えられなかった。ヴァルターは戦う者だ。リタとは最初から前提が違いすぎる。
 「はい……まことに申し上げにくいのですが、その通りです」 
 「あきれた……そんな気のないあなたに、その魔族はこんな酷いことの手伝いをさせてるの?」
 ……どう、話したものだろう?
 エレクチュアは、これまでに抱いたことのない戸惑いを感じていた。
 「説明が分かりにくかったら、申し訳ないのですが、私も半分ですが魔族です……それで、私も、僭越ながらあなた達人間に、復讐心を持ち合わせております」
 「え……あ、そうか……ごめん。あなたのこと、魔族に捕まった人間かと思ってた。私達と、違わない様に見えたから……美人過ぎるけどね」
 リタが少し驚いたあと、何故か謝ってくる。
 それよりもエレクチュアは、今のリタの言葉に違和感を感じた。
 「あの……あ、そうか、とは……どなたか魔族の方にお会いになったことがあるのですか?」
 「ああ、それね……最近さ、私のとこよく手伝ってくれてた剣士さんがいたんだけど、どうも魔族だったって聞いてさ……びっくりしたばかりなんだ。とてもいい人で、知り合いも世話になってて……私達とほとんど変わらないんだな、って思ったの」
 エレクチュアの表情が、パッと明るくなる。
 「レオル様のことでしょうか?!」
 「レオル様って……あなた、知り合いなの?」
 予想の上をいく食いつきに、リタは少しだけ顔が引きつる。
 「知り合いなどと、畏れ多い。お慕い申し上げているだけです……捕まっていたところを助けていただいたのです。それに……私の心を分かってくださり、悲しんでくださいました……とても、とても優しい方……」
 両手を祈る様に絡めて、リタに迫ってくる。
 「そ、そう……なんだ」
 ……変なトコ、押しちゃったかな……?
 「……それに、私に終わりを下さるかもしれない方……」
 小さな小さな呟き。それがかえって、願いの深さを感じさせる、祈りに似たもの。
 「……さっき言ってた、復讐のこと?」
 「はい……私には、もう止められないのです、リタ様……貴方様が、レオル様の名を口にしていただいたから、私は今、まだ普通に話せています。ですが、やはり、人間や天使人形を見てしまうと、赤く黒く、目の前が濁ってゆくのです。苦しいのです……」

エレクチュア

 「この金の瞳は、魔族の証です……この瞳は、見たものを忘れない。あの日、人間である父は魔族である母を庇って、天使人形に炎と炭に変えられました。まだ、5歳だった弟は、天使人形と共にいた人間の天翼騎士に斬り刻まれました。愛らしく聡い弟でしたよ……リタ様、私はあの時に死んだのです。今ある私は、私の時間は、あの時の炎と血に囚われたままです……どんなに殺しても、炎が血で消えないのです。この痛みを、消すことができない……苦しくて、苦しくて、息ができない……」
 胸の真ん中を、服の上から強く握り込む。
 リタは、恐る恐る手を伸ばす。
 知らず、エレクチュアの頭を抱きしめていた。
 そうせずには、おれなかった。
 「いいよ……私を殺して、あなたの気がすむのなら、いいよ……」
 エレクチュアの瞳が僅かに開かれる。

「……その代わり、あなたの手で殺して……あの巨神やあなたのマスターにではなく、あなたの手で、私を殺すの……そうすれば、きっと大丈夫だよ」
 リタがそう言って、暖かく微笑む。
 「……理解、できません……何故、なにが大丈夫なのです?……今、会ったばかりの貴方に、何が……」
 リタが、エレクチュアの手を優しく取り上げる。
 「ほら、こうやって……だって、エレクチュア、もう長いから、エレでいいよね……エレのその綺麗な瞳に、私はずっと残るんでしょう?……だったら、私がずっと止めてあげる、苦しかったら慰めてあげる……」
 エレクチュアの手が、リタの首に添えられる。
 「あなた優しいから、ずっと忘れられないんだよ……苦しかったんだよ。でもね、きっと、自分の手で殺さないと……正面を向いて、相手の苦しむ顔を見て、自分の手で殺さないと、復讐したことにならなかったんだ。だから、ずっと苦しいんだよ……」
 エレクチュアの手が震える。
 ……この人間は、何を言っている……?
 ……復讐なら、数え切れないほど……それが、違う?
 ……復讐では、ないと……
 「貴方は、怖くないのですか!何も、後悔はないと!?」
 「怖いよ、決まってる、じゃない……最近、好きな人がようやく振り向いてくれた。店だって、少しずつだけど儲かってきた。お父さん、お母さんに楽してもらえるって思えるようになった……だから、だよ」
 エレクチュアは、リタの笑顔をただ、見惚れていた。
 この人間の言っていることは、おかしい。
 理解できない。
 ……だが何故か、そこに美しさを感じた。
 
 「……だから、私の死に意味があるんだよ」

 ……ああ、これはだめだ……殺せる、わけが無い……
 ……たかが、人間に、私は……圧倒されている……
 
 エレクチュアの心が、自ずと復讐を手放しつつあった。
 心が、これで良いと、どこかで認めてしまった……
 そうなっては、もう戻れない……

 
 「見てられねえ……こんな茶番が、一番苛つくぜ」
 エレクチュアが、リタを庇うように前に出る。
 「ザイン、様……」

ザイン

 「あまりに遅いから見に来てみれば、なに餌とチンタラ話してやがる……全く、役に立たねえクズだ……」
 ザインは、この前の姿ではない。
 赤い魔力を宿し、殺意を隠そうともしていない。
 「だが、そいつの光が俺を呼んだ……強い光、美味そうな魂の光……儚く、一瞬で弾けていく健気な輝き……最良の甘味だ。一口目に相応しい……」
 ザインが、リタを舌なめずりせんばかりに睨めつける。彼女が、恐怖のあまり二歩下がる。
 「……ザイン様……この娘は……」
 「……また、誤魔化すつもりか……さっき、天使人形を見た……力を奪い尽くすどころか、力を返したな?テメェ……裏切ったな……」
 エレクチュアが、初めてザインを真っ直ぐに見る。
 「リタ様……逃げて下さい!」
 雷王が拳を振り上げる。
 ザインが飛び退りながら、火球を次々と発生させ、エレクチュアに放つ。
 彼女の電気の槍が、その幾つかを迎え撃った。
 だが、落としきれぬ火球が右肩と左脚に着弾、エレクチュアの身体が吹き飛ぶ。雷王の足元に転がり、ぶつかって止まった。
 「エレ!」
 リタが、駆け寄る。
 「私はいいから……逃げ、て……」
 リタが、エレクチュアを庇うように立ち塞がる。
 「エレは……ずっと苦しかったんだよ!それをアンタが、利用したんだ……」
 リタは、ザインに怯むことなく、睨みつける。
 「……アンタは、許さない!きっと、報いを受けるよ!」
 ザインが嘲笑う。
 ……誰が、そんなことを出来るのか、と。
 「まあ、まずお前じゃ無理だな……人間!」
 ザインの爪が、リタを貫かんと迫る。
 電気の槍が彼女に巻き付き、後ろに投げ飛ばす。
 エレクチュアが、残りの電気の槍を石畳に突き立ててリタと入れ替わるように立ち上がる。
 

エレクチュア
 

 ザインの爪が、エレクチュアの胸の宝石を砕き背中まで突き抜けた。
 だが逆に、その腕をエレクチュアが抱え込んで離さない。
 「薄汚い爪で、リタに触れるな……この、醜いコウモリが!」
 血とともに叫びを吐き出す。
 雷王が、再び拳を振り上げる。電気の槍が、ザインに絡みつき、その場に鋭く縫い止めた。
 「テメェ……どこまで!」
 「ああ……ずっと、言いたかったことが、言える……」
 エレクチュアが艶やかに笑う。
 「……死んで下さい、マスター」
 雷王の拳が、エレクチュアごと潰さんと振り下ろされた……!
 
 「……エレクチュア!」
 気づくと、エレクチュアはレオルに抱きしめられていた。少し離れたところに、雷王の巨大な拳が地面に巨大なヒビ割れを奔らせ、沈み込んでいた。
 「……レオル、さま?……っ」
 咳込み、肺に溢れた血が口から溢れ出る。
 ザインの腕が半ばから、切り裂かれエレクチュアの胸に突き刺さっている。
 「レオル……!」
 ミレニムやジュラが、駆け寄って来る。
 ミレニムがポシェットから、ポーションを出しかけて動きを止める。
 ……これでは……もう……
 「……無理、ですよ……ツケが回ったのです……私だけ、助かるなんて……」
 ルミエルやリンもその場に、遅れて駆けつけてきた。
 「お前……その傷……」
 「レオル、私の手持ちのスキルでも……」
 
 レオル達は、ミィナの懐に忍ばせていた通信石でザインの潜伏場所が、城門前と知らされ急行するところだったのだ。その途中で、雷王が動いているのを見かけ、急遽とって返したのである。
 
 「エレ……!」
 リタが、エレクチュアに駆け寄る。ハクロが、その後ろに静かに控えている。
 「リタ様……ご無事で……良かった……っ」
 再び咳込み、苦しげに身体を僅かによじる。呼吸が細く、笛のような音になっていく。
 「エレ……、エレ……あなた、馬鹿だよ……なんで……」
 彼女は優しく笑う。
 ふと、リタの店に視線を流す。
 「……あれが貴方の店……良い店ですね……門のところが……綺麗に整えられ、て……リタ様、私、算術が得意、なんですよ……」
 「なら、手伝ってよ……人手不足なの……」
 瞳から光が消えてゆく。
 「……ありがとう……リタ……レオル、様……」
 エレクチュアの腕が落ちてゆく。
 レオルが幾度も見た、そして二度と見たくなかった光景……
 
 レオルの歯が、音がするほど噛み締められる。
 「おい、いるんだろう!時計の!」
 皆がレオルが気が触れたかと、彼を見る。
 「レオル!?」 
 「誰に、言ってるんです、お前?!」
 ミレニムが、レオルの顔を覗き込む。彼は、どこでもないところを睨みつけていた。
 「お前に言っている!出てきてくれ!」
 
 
 「君、ルール違反……こんな呼び出し受けたの、初めてなんですけど!」
 不機嫌そうな声を伴って、彼女が現れる。
 

ソフィア

 「ちょっと、今後に支障がでるかもなので……言い方、気をつけようか?まず、あの呼び方はやめてよね」
 時計を吊るした鎖が、ズルリと回る。
 「名前……教えてくれ」
 「……それも、ルールに抵触するけど、まあいいか……ソフィア、そう呼ばれているよ……で、まさか、あの半魔族を、蘇らせろとか……言うのかな、やっぱり……あり得ないよ、君」
 大きなため息。
 「そんなこと、願った人はいなかったよ……」
 「頼む、ソフィア」
 レオルが姿勢を正して、手を付き頭を地につける。
 「……うわぁ、そこまでするの?ちょっと……やめてよ……」
 「そうするべきと思うから、やっている……君に差し出せるモノが、俺にはないから……」
 「一度、覚えてクセになると困るんだけど……出来るよ、一応ね」
 「でも、限りあるものを余計に使うことになるから……君自身の場合一つで済むのに、三つ使うことになるよ……いいの?」
 レオルが、顔を上げて頷く。
 迷いはなかった。
 「君、イカれてるよ……でも、そういうところも含めて、君を助けると決めたからね……いいね?君の運をあの半魔族にあげるからね」
 鎖をたぐり寄せて、時計の突起を三つ、押し込む。
 「こういう呼び出し方、もう……やめてよね……じゃあね」

 エレクチュアが血を吐き出し、息を吹き返す。
胸の穴が消えて、ザインの腕も塵になって消えてゆく。
 「……一体、何が起こったのです?!お前、何をしたのです?!」
 ルミエルが驚きを隠そうとしない。
 「……リタ、エレクチュアを匿ってくれ。ハクロ、付いててやってくれ、頼む」
 「分かりました、リタさん!」
 エレクチュアを背負って、リタの店に運び込む。
 リタも後に続く。
 
 「話は後だ、来るぞ」

ザイン

 「舐めたマネをしてくれる……」
 巨神の拳から、影が起き上がる……
  
 一区画離れた中央広場の上空に、罅が入る。
 その闇の奥から巨大な炎の腕が伸びて、罅を広げていく。
 「滅ぼす……喰らい尽くす……」
 巨大な魔神が闇の奥から、咆哮する。
 それは、王国の全ての空間を震わせていった……

いいなと思ったら応援しよう!