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薄闇 #2

暗い森での静謐

    黒い森の中、月光がわずかに木々の隙間を縫って地面に落ち、薄い霧が立ち込める中、焚き火が揺らめく。その炎の影が、不穏な静けさを一層際立たせていた。レオルとナルディアたちが疲れた体を休めている中、レーネが突然その沈黙を破った。

「レオル、少し話があるわ」
冷静で鋭い声に、場の空気が一瞬で緊張する。

レオルは焚き火越しに彼女を見据えた。
「何を企んでいる?」

 レーネは肩をすくめ、優雅に立ち上がりながら答えた。
「企み? ……違うわ。ただ、必要なものを求めているだけ。それに、あなたももう気づいているでしょう? ザナグルの目的が、どれほど危険なものか」

 レオルは眉をひそめる。
「奴が公国をエネルギーに変えて力を得ることで別の世界に飛び出そうとしていることは知っている。だが、なぜお前がそれを止めようとする? 」

 レーネは薄い笑みを浮かべ、冷たい目で彼を見つめた。
「私のもう一つの立場を忘れないで。私は闇帝から指示を受けている存在よ。ザナグルが己の野望を追い、創造主の意図を超えようとする以上、彼を放置するわけにはいかない。それに、もしザナグルが成功すれば、この世界も、そしてあなたたちも、完全に消え去る運命にある」

 ナルディアが困惑した表情で尋ねた。
「闇帝……それは何なのですか? 魔族の創造主というのは、本当なの?」

「それ以上のことは教えられない。」
 レーネは即答し、さらに言葉を重ねた。
「けれど、私にも限界がある。ザナグルを止めるためには、あなたの持つ力が必要なの。だから、今までに吸収した力の一部を私に寄越しなさい」

 その言葉に、焚き火の周囲がさらに緊張を孕む。


 提案

「……ふざけるな」
 レオルの低い声が森の闇に響く。彼の目は燃えるようで、怒りを隠そうともしない。

「俺が苦しんで手に入れた力を、お前なんかに渡す理由がどこにある?」

「一時の協力よ」
レーネは冷静さを崩さずに答えた。
「もし本当にザナグルを止めたいのなら、それが最善の道なの。あなた一人では負担が大きすぎるでしょう?」

 その場にいたナルディアが、優しいが揺るぎない声で口を挟む。
「レオル、彼女の言うことは一理あるわ。あなたが一人で全てを背負い込む必要はない。力を分け与えることで、あなたの負担を減らせるなら、それが私たちにできる協力の形なのでは?」
 一度、その瞳を閉じて一呼吸の後に、彼女は言葉をそっと押し出した。
「私にも分けて」
 その言葉は、あまりに意外なものだった。

「何だと?」
 レオルが鋭く睨み返すと、ナルディアは真っ直ぐに彼を見つめ返した。

 「私にも分け与えて。聖女の力と融合させることで、あなたの体への負担を少しでも軽減できるかもしれないわ」

 フリーデが驚きの声を上げた。
「ナルディア様、それは危険すぎます! 魔族の力を取り込むなんて、聖女としての力に影響が出るかもしれません!」

 ナルディアは微笑み、フリーデに優しく答えた。
「それでも、彼の命を守れる可能性があるなら、試す価値があるわ」
 
 「……分かった」
 レオルは、長い沈黙の後、それを静かに受け入れた。
 確かに、これまで奪い取った能力を全て同化させていては、身体への負担がかかり過ぎる上、全てを使いこなすことは、現実的ではないことは、彼もわかっていた。
 ナルディアが、少なくともレオルの身体のことを思っての判断だということも。


 テオ

 一方、焚き火から少し離れたところで、テオが木の陰に隠れるようにして震えていた。
 あの村を後にした時から、無言でついてきたのだが、レオル達のそばに寄れないまま、中途半端な形になっていた。
 レオルがその場に歩み寄り、無造作に座り込む。

「お前、どうするつもりだ?」
その問いかけに、テオは戸惑いながら目を逸らした。

「僕にはもう、居場所なんてない……村の人たちを裏切った僕が、生きる意味なんて……」

 その言葉にレオルは嘲るように笑った。
「居場所がないから死ぬ? 馬鹿げた話だな。だったら、ここでくたばる前に、自分の居場所くらい自分で作れ」

 テオは驚いて顔を上げた。

「戦え、テオ。お前に力があるわけじゃないが、戦いの中で何かを掴むことはできる。俺がここにいるのも、その結果だ」

 少年の目に希望のようなものが少しずつ灯り始める。レオルはそれを確認すると、立ち上がり、冷たく言い放つ。
「行くぞ。お前をここに置いていくつもりはない」

 半ば強引に彼を引っ張り上げるレオルに、テオはたじろぎつつも、初めて一歩を踏み出した。


 ガラたちの接近

 その時、遠くから聞こえる轟音と共に、稲妻が森の中に瞬き、闇を一瞬照らした。レーネが顔を上げ、険しい表情で呟く。

「……来たわね」

ナルディアが身を固めながら尋ねた。
「何が来るの?」

「ザナグルの刺客よ」
レーネが低く答える。
「一人はガラ――雷を吐く剣を操る、雷の力を使って自分を高速の矢に変えるザナグル配下で最強の戦士。そしてもう一人は、戦士ドロ厶、操る術の数は誰も及ばない。その部下も連れているはず。奴らの力は、あなたたちだけではどうにもならない」

 その場に再び重い沈黙が訪れる。闘いの前兆が、夜の静寂を不気味に揺らしていた。

闇の森での戦端

 黒い森に不穏な気配が満ちていた。木々の間を吹き抜ける風は、ざわざわと葉を震わせ、獲物を狩る捕食者のささやきを思わせた。
 森を包む夜の闇の中、ナルディアはレオルから新たな力を渡されていた。

 彼女の目が微かに光を帯び、視界に数分後の未来が像となって浮かぶ。その映像の中で、巨大な剣を持つ女戦士ガラの雷撃が襲い来る様子が見えた。
 
 ナルディアは短く息を吐き出し、冷静に言葉を発する。

「雷が来る。フリーデ、盾を構えて!」

 フリーデは即座に反応し、術で強化された盾を高く掲げて陣形を整えた。


レーネの能力

 一方でレーネも、敵の接近を感知して静かに立ち上がった。その手に握られた力は、空間を断つ力を宿していた。

「彼らはただの刺客じゃない。ザナグルが本気で私達を排除しようとしている」
 レーネの声は低く、冷静だったが、そこにはどこか他人事のような距離感が感じられた。

「それでも逃げる気はないわよね?」
彼女は焚き火越しにレオルを見つめた。その視線に挑発が含まれているのを感じたレオルは、口元を歪めて笑った。

「俺たちには、それぞれあとがない。それと、お前にやったその力、使いこなせるのか?」

レーネは冷ややかに笑みを返す。
「見せてあげるわ。この世界で私を超える存在は、ほんの一握りしかいない」


各々の戦い

 突然、雷光が森を裂いた。ガラが姿を現し、雷をまとった巨大な剣を振り下ろす。その一撃は地を砕き、爆発的な衝撃波を生み出した。

 「左から回り込むように来る!」
 ナルディアの未来視、幻視というものらしいが、それがなければ、誰もその攻撃を避けられなかっただろう。

「今よ!」
彼女の指示で全員が散開し、戦闘が開始された。

フリーデ:防御の堅陣

フリーデ

 フリーデはナルディアのそばに立ち、盾を構えて敵の攻撃を防ぐ。その盾は、ナルディアの術によって強化され、雷の一撃すら弾き返すほどだった。

 テオが敵の注意を引き付けようと奮闘するが、そのたびに危機に陥る。フリーデが盾で彼を庇い、叱りつけた。

「せっかく拾った命を無駄にするな!生きる意味はこれから見つけていくものだ!」

レオル:怪物めいた戦士
 

ガラ

 レオルは身体の一部を変形させて生み出した大剣で、ガラの攻撃に応戦した。
 大剣が自ら高熱を発し、白くかがやく刃で敵の武器を弾き、切り裂く。
 「回り込め!」
 ガラの指示のもとに、精鋭の何人がレオルの背後に回り込むが、彼の額の目の紋様が紅く染まるや、熱球が背後に瞬く間に生まれ、それを退ける。
 さらに、ガラは稲妻のごとくレオルに迫るが、再び詠唱もせずに、土の槍が地面からガラを阻む。

 「レオルは、剣と術を同時に操るのか!まるでソルムンドか、それ以上に」
 彼の動きは、ソルムンド戦の域を超えていた。熱球や土槍を詠唱もせずに放ち、同時に剣の一撃を真っ向から打ち砕く。その力と姿に、フリーデやテオは驚愕を隠せなかった。

「これが……魔族の力を奪った結果……?」
 フリーデが呟く中、ナルディアは苦々しい表情でレオルを見つめた。
 彼女には、レオルが能力を発揮するたびに、苦しむ心が感じられた。戦うためにと、もう一つのレオルから与えられた能力で、自然と彼の心が流れ彼女に込んでくる。

「……自分をそこまで犠牲にして……燃え尽きる松明のように……」

レーネ:冷徹なる剣
 

レーネ

 レーネは、ガラの雷撃の余波や精鋭たちの攻撃を断ち切る壁を次々と現出させ、老戦士ドロ厶と対峙していた。
 その壁は一切を通さない。
 「この次元遮断……」
 ドロ厶の5本の長い腕が繰り出す術式を空間ごと切断し、その一切を隔絶した。
 そして、それは
 「……とても、気に入ったわ」
 ドロ厶をも、二つに隔絶し沈黙させた。

 「これが闇帝の意思を遂行する者の力よ」
 彼女の動きは優雅で、冷たく、美しかった。


戦闘の結末

 全員の連携により、老戦士ドロ厶とその部下の精鋭たちは倒れたが、ガラは雷撃を撒き散らし、あたりを破壊して逃げ去った。

 レオルの身体は戦闘の影響でさらに消耗するのをよそ目に、彼の持つ剣は一層その存在感を増していた。倒したドロ厶やその配下の能力まで、その身に取り込んだ結果だった。
 彼は立ったまま荒い息を吐き出し、その痛みに顔を歪めた。
 ナルディアの術で痛みを抑え込むが、気休め程度しか効果がない。

 「まだ終わっていない」
 レオルの言葉に、全員が無言で頷いた。彼らの目には、それぞれの役割を果たしたという思いが宿っていたが、同時に次の戦いへの覚悟があった。

 森の中、再び静寂が戻り、遠くから聞こえる雷鳴だけが、闘いの余韻を語っていた。

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