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冒険者 #28
炎翼のザイン
「お前……何だ?」
影のような実体が形を変え、揺らぐ。
ザインの目らしき部分が、レオルを捉える。
「……俺の手を斬ってあのクズを助けた、異常な速度、いや剣技か……この世界の高位の魔族、いや、今代の魔王か?」
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「そんな大層なものか……ただの、ハグレ、だよ、ザイン」
影が笑う。
口もないその影は、可笑しそうに揺らぎ、震える。
「この俺を、甘くみるなよ……天使人形と共にいる魔族が大したことがない?こっちのトイ・ブレイカーが、俺に噛みついた原因であろう、お前を軽く見ろ、と?」
重く籠もった笑いが、そこにいる者達の耳に付き纏う。
「馬鹿にしてんのか?……この俺の狩場を、台無しにしてくれた落とし前、どうしてくれる?……お前の後ろにいる連中を引き裂いて、お前に食わしてやろうか、この出来そこないの魔族が!」
レオルの瞳が、強く赤い光を宿す。
ザインは、レオルの禁忌に触れた。
彼の怒りを煽りたかったのだろうが、その効果は絶大だった。
「コイツらに手を出してみろ!欠片も残さず消滅するものと思え!」
「遂にコイツら呼び、されたね、ミレニム」
ジュラが嬉しそうに、拳を構える。
「……ま、身内ってことで、素直に喜んでおきましょう……耐火の術を掛けるから、気を付けて頑張ってきなさい」
ミレニムが、ジュラの肩から手を離す。術のラインが幾条もジュラの身体を流れ、消えてゆく。
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レオルが十を越える魔剣を一瞬で作り出し、ザインに対峙する。明らかに今までの彼の能力を上回っている。
「……あれは、どうみても並の魔族を逸脱しているのです……何てことしてくれたのです、お前達は……」
……もう、私では止められない、かもです……
ルミエルが錫杖を握る手に、知らず力を籠める。
「レオルなら、大丈夫だよ……だから、解放したんだ。ザインを倒すために……」
リンが、光の剣を呼び出す。
咆哮!
ザインのもう一つの魔神の身体が、空から落ち来る!
炎の魔神の如き力の象徴が、影たるザインを飲み干す!
その巨体は、2階建の建物を優に越える。
魔神が炎の奔流を吐き出す。
炎の波が、石畳を舐め尽くし溶かしてゆく。
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『堅牢なる盾、発動……続いて、各種強化、発動』
飛び回る魔剣が、次々と術をレオルにかけていく。
『剛腕』『剛腕』『強魔』『強魔』
『瞬動』『瞬動』
魔剣が4本、交差して重なり、炎を阻む盾となる。炎の濁流が、不可視の盾に砕かんと荒れ狂う。
ザインの炎が、横に薙ぎ払うように動いていく。
まだ、避難の終わっていない住宅を焼き払うつもりか……
「そっちを、向くなー!」
ジュラが、鞠のように身を抱え込んで回転を上げてザインの頭のもとに飛び込む。気を帯びた足刀が魔神の顎を、尋常ならざる力で蹴り飛ばした。
魔神が怒りの咆哮をあげ、身体の炎がジュラに纏わりつこうと迫る。
光の翼が広がり、炎の舌から拳士を掻っ攫う。
「なに、ギリギリの危ないこと、やってるですか!」
ルミエルが、ジュラの襟を引っ掴んで距離をとる。天使は、不満を隠そうともせずにジュラの顔を睨んでいた。
「ありがと、ルミエル。いいとこあるじゃん……もうひと当て、付き合ってよ」
ジュラは、そう言って笑う。
「集え……」
魔剣の十本が重なり、一つの巨剣となる。
レオルの眼前で、10メートルはある魔力刃がザインを襲う。
「跳躍」
魔神の姿が、消え去る。
「ジュラさん!」
リンが、揺らぎを急いで探る。
ある一点を指差し、導く。
「ルミエル!」
ジュラが、天使に向かって頷く。
「分かったですよ!」
ルミエルが、ジュラを投げつける。
ミレニムの真上に……
「我流伝外、襲牙!」
ジュラの足刀が気炎の牙となり、空間から現れたザインの頭部を踵で蹴り潰す。
そこで終わらない……さらに、蹴り潰した場所を起点に空を舞う。
蜻蛉返りで返す足刀が、同じ場所を気の炎で焼き、抉り斬る。
上下から閉じる龍の牙、それが我流にして認められざる技、襲牙……
咆哮!
魔神の怒りが、近くに立つミレニムに向く。
踏み殺さんと、足を振り上げる。
ミレニムは、微笑む。
後ろに滑るように飛び退く。
魔神の足が、罠の陣に踏み込む。
「転びの陣」
ミレニムが陣を起こす。
魔神の足が横に滑り、姿勢を崩す。
「ミレニム!」
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……魔導王スキル、起動……氷の術、作成……
「氷牙、疾走!」
リンの右手が氷の牙を生み出し、ザインに向けて奔らせる。
ミレニムが横飛びに避ける。
氷の顎が、ザインの足に喰らいつき凍らせていく。
「炎の獄陣」
魔神の腕が、天と地を指し示す。
巨大な二つの陣が、瞬く間に展開……炎がザインを中心に、渦を巻き、全てを焼き砕かんと回り出す。
「岩槍の牙壁」
レオルが、魔剣を放つ。
ザインの炎を外から囲むように、魔剣が陣を展開していく。
街路を砕き、土が硬い壁となって突き立ち、炎が街に迫らんとすることを防ぎ、封じ込める。
「グラビティ・ボール……潰れろ、ですぅう!」
ルミエルが、ここぞと術を放つ。
壁に覆われたザインに向かって、黒球を放つ。
ザインの周囲を、黒球が回り、倍増した自重で押しつぶさんとする。
魔神が、遂に地を這うように、両手をつく。
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「貴様らァァァ!」
ザインの想定を越えてきている。
何だ、コイツら……魔族に天使、勇者、敵対する者同士だろうに、何故……
こんなにも違いすぎる者同士が、何故……
「何故、ここまで連携できる!?」
まるで、一つの生き物のように……一つの心のもとに、動く手足のように……
……こうした手合いが、一番不味い……
魔剣が狙いを定める……
リンが、別の術を展開し始める……
ザインの思考が、叫びとは逆に冷めていく。
これまでの経験からか、本能的に思考が切り替わる時がある。
彼は、そうしてここまで生き延びてきた。
……調子が崩れて、押し切られる、最悪の型に嵌め込まれかねない……
……見定めを間違うと、終わる……
「仕方がない……壊す、か……」
気配が、変わる……ジュラが、最初に気づく。
ザインの巨体が、掻き消えた。
「ルミエル!」
天使が横に吹き飛ぶ。身体がくの字に曲がって、建物に叩きつけられる。
リンが、何もない空間に構えるが、剣がひしゃげ、地に叩きつけられた。
姿が捉えられない。
「……何?!」
ミレニムが、陣を展開する。
「ミレニム!」
レオルが、ミレニムを殴殺しようとしたザインの拳を、かろうじて受け止める。
だがザインは、逆にレオルを力任せに押し潰そうとしてくる。体格差もさることながら、計り知れない力が加わり、レオルを重く封じ込めてくる。
「やはり、お前が別格か……」
ザインの身体が、燃えあがり端から徐々に壊れていくのが、レオルの目に映る。
「……ああ、これか?元々、この国の奴らを喰らい尽くして、次の段階に進めようとしてた身体だからな……燃料もなく、こんな使い方をすれば、当然壊れる……」
ザインの身体から、赤い光が立ちのぼる。
術で強化されたレオルを圧倒してゆく。
魔剣が次々とザインに対して術を放つが、赤光に阻まれ揺らぎもしない。
遂にレオルの口から、声が漏れる。
「時間遅延」
ミレニムが、陣を展開する。
僅かに魔神の動きが鈍る。
ジュラが全ての気の光を収束し、ザインの腕を狙い撃った。腕が跳ね上がる。
レオルが身体を離した隙に、ザインがジュラを掴みあげ、地に叩きつけた。彼女の身体が、街路から跳ね上がり、転がっていく。
「ザイン!」
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レオルが、一瞬でその姿を変え、再びザインに斬りかかる。斬撃の速度が跳ね上がっていく。
魔神の腕が深く斬り裂かれるが、瞬く間に再生を開始する。
逆にザインの顔が、喜悦に歪む。
「業炎」
レオルの身体が、至近距離の爆発によって吹き跳ぶ。ミレニムが駆け寄ろうとするが、ザインが彼女の身体を掴み上げる。
締め上げられた彼女の口から、苦しげに息が押し出されてゆく……
「終わりだ……」
「ミレニム……!」
ザインが残酷な笑みを浮かべて、高笑う。
「どうした……俺を、滅ぼすのではなかったのか?」
弄ぶように、ミレニムを摑む手に力を込めてゆく。ミレニムが、堪えるように苦鳴を噛み殺している。
「貴様……!」
レオルの顔が、苦しげに歪む。
「いい顔だな……どうだ、大切な者が目の前で苦しむ様を見るのは?……この女が、苦しみ抜いた末に、死んだら、お前はどんな顔をしてくれるか、今から楽しみだ……」
ザインの哄笑が、夜の冷たい空気に広がっていく……
『助けて欲しい?欲しくない?』
それは、レオルの前に立っていた。
何の前触れもなく、そこにあった。
『助けて欲しい?欲しくない?』
返事がなければ、ずっと同じことを繰り返すかのように……
あるいは、見えていなかっただけで、それをずっと問い続けていたのか……
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後ろ手に手を組み、細く華奢な身体が振り子のように、左右に動く。
感情があまり感じられない、単調な喋り方をする少女が、レオルを見つめていた。
ザインには、見えていない……
不思議な少女……
レオルが目を合わると、別のことを口にしだした。
『私は、君にしか見えない……仮初めの意思……でも、この状況を覆すことの出来る、隠し札……』
『……使う?使わない?』
『私は、使って欲しい?欲しくない?』
巫山戯ている訳ではないことは分かる。
だが、これまでにない異質な存在……
『君の中に残っているエネルギー、もらっていい?いけない?』
『……食べていい?いけない?』
レオルに最初から選択肢などない。
例え相手が何者であっても構わない……
「ミレニム達を助けてくれるなら、生命でも何でもくれてやる……頼む」
『了承した、してくれた……アヴソーヴ、レベル10まで上昇、……同時にアルター、レベル10まで上昇……条件、適合完了……』
『……仮想人格 アヴィス、出現条件、満たされた、生まれることができた…』
『…君、嬉しい?嬉しくない?……』
少女は柔らかく微笑む。
『……私は、嬉しい』
『……君が、選んでくれて嬉しい』
少女の瞳に力がこもる。口の端が歪む。
『……君は、 スキルに選ばれた』
『……君が魂をたくさん食べたから、全てを捧げてもらったから……君は、同じ……あの方と、同じ……』
『君の身体の操作権限を一時的に貰う……見せてあげる、私は優秀、役に立つ……』
とても嬉しそうに、アヴィスはレオルに笑いかけてきた。
『……そしたら、もっと魂くれる?くれない?』
レオルの瞳が、虚ろになる……
表情が、感情が抜け落ちてゆく……
「……何だ?」
ザインが、訝しがる。
突然、レオルが何も反応を示さなくなる。
視線を下に向けたまま、何も喋らない。
明らかにおかしい。
その間隙をつく……
……ザインの視界を、黒いフードの少女が横切る。
眼球に、赤い線が疾走り、瞬く間に破壊される。
魔神が呻く。
「……私達の街で、好き勝手しないで下さい」
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ミレニムを掴んでいる魔神の指の一本を音もなくに切断し、ノワールがミレニムを掻っ攫う。
「貴様!」
魔神が腕を振り抜くが、ノワールの姿は既にない。建物の陰に潜み、形無きがごとく消えてゆく。
『アヴソーヴ』
レオルの空虚な瞳が、ザインを捉える。
それは、小さな黒点……
ザインの右腕に付いたそれは、一瞬で周囲の空間を黒く球状に食い破る。魔神の腕が、その中に黒い塵となって分解されてゆく。
ザインが、呻く。
右腕を自ら引き裂き、飛びさがる。判断があと少し遅ければ、身体ごと呑まれかねない威力。
「何だ、これは……」
どこかで……見た……ことが……
ザインの身体に、冷たい戦慄が通り抜ける。
それは、恐怖の名を持つ何か……
『少し、外した……もう少し、必要』
レオルの腕が振られる。
今度は、拳大の黒点がザインの前に、生み出される。
空間にある、ストラス・エネルギー、マナ、精霊力、物質、有象無象を差別することなく、それは飲み干していく。
周囲の建物の外壁が剥がれ、窓割れる。
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ザインが、さらにレオルから距離をとる。
再生をし終えた両の目に映る光景……先程の黒点の時に抱いたものが、確信に変わる。
「なぜ……貴様がそれを使える……」
「これは、これは……思った以上の事態ですね」
ルルリエが、ザインの横に立っていた。
後ろにダイアウルフを、20匹ほど従えているが目の前の事態に逃げ出す寸前のものもいる。
「お前……今頃、何しに来た」
「見学ですよ、ザイン……貴方、やり過ぎたんじゃないですか?……これ、もうすぐ手に負えなくなりますよ……これは、規模こそ違えど、あの方の力そのものです」
ザインが、ルルリエと後ろのダイアウルフを一瞥する。
「……お前と後ろの連中を食わせろ、ルルリエ……お前のその身体なら、この辺りの連中を食うのを補って余りある……」
「……対価は?お支払いいただけるのですか?」
ザインの方を見ずに、ルルリエが笑う。
「俺が、アイツとやり合うのを見せてやる……それが対価だ……なかなかに、レアだろ?」
ルルリエが傘を畳み、離れた住宅の壁に投げつける。それは、一本の槍のごとく突き立つ。
「……なかなか、心得てますね……ま、今回ばかりは、割引サービスということにしておきましょう」
ネズミの耳がパタリと伏せる。
ザインは、ルルリエと大狼達を焼き尽くし、魂魄のエネルギーをその身体に取り込んでゆく。
身体が炎に包まれさらに膨れ上がってゆく……ザインが、本来の完成された姿を取り戻しつつあった……
「お前、ジュラだったですか……起きるですよ!そっちの勇者も、とっとと目を覚ましやがれです!」
ルミエルが、パニック寸前の状態でジュラを揺さぶる。ついでに、リンの足を蹴っ飛ばして、起こそうと試みている。
「ルミエル?ちょっ、その力でやられると、もげるって……っ痛っう……今は、どういう、状況?」
ジュラが、後頭部に手をやる……先程のザインにやられたところだ。乾いた血の跡がある。
リンも頭を振りながら、身体を起こす。
ここは、レオル達から少し離れた建物の陰。
自動回復したルミエルが、アヴソーヴの渦が荒れ狂うなか、リンとジュラを抱えて、ここに引きずり込んだのである。
応急処置の術をかけつつ、揺さぶり起こすという離れ業まで使って、立て直しを試みていた。
「ミレニムは?!」
「よく分かんないですけど、見たことない素早い女が助けたので、大丈夫ですよ」
……それは、本当に大丈夫なのか?
ジュラの頭に疑念が横切るが、状況がただならぬことになっていることが目に入る。
周囲の空気が、黒く深い渦の中に吸い込まれていく。
「……何か、物騒過ぎるモノが渦巻いてるんですけど……何あれ、ルミエルさん」
リンがアヴソーヴから生まれた渦が、今だ周囲のモノを飲み込んでいる光景に、唾を飲み込む。
ルミエルが頭を振る。
「ストラス・システムでも……分かんないですよ。あれは、データバンクにないヤツです……あと、レオルのヤツが、様子が変なのです」
ルミエルが指した先に、表情を失った彼が渦の方へ手を伸ばしたまま呆然と立っている。
およそ、いつもの彼ではない姿……危うさを感じさせる。
「確かに、おかしい……ザインは……アレか」
ジュラが渦の向こうに、赤く光る巨大な何かを見る。嫌な気の流れを、ここにいても感じ取ることが出来る。
「……レオルの処に行こう。それしか、ないよ」
リンが、壁に手をついて立ち上がる。
「やっぱり、そうなるですか……」
ルミエルが、光翼を消す。あの渦のそばでは、大きなモノは、、引っ張られかねない。
「ザインが何かやる前に、レオルを何とかしないと、こっちが打つ手なしだ……行くよ、ルミエル」
ルミエルが一等大きな溜息をつく。
「いつから、一緒に行くことが当然になってるですか?……世話が焼けるのですよ」
『これだけあれば、充分?充分だね……』
『アルター起動するよ……驚いてね、期待してね』
アヴィスが、レオルに笑いかける。
ここは、彼の意識の中……今は、身体の主導権はアヴィスが握っている。
レオルの意識は、靄に包まれている。
「アルターとは、何だ?」
『君のソウルトランスの上位スキル……エクストラスキル……身体そのものを全部造り変える』
『凄いよ、魔力鎧と能力向上だけの、トランスなんて、比較にならない……見てて、見てて』
レオルの手が上がる。
アヴソーヴの渦が、一瞬で黒い球に戻る。
彼の手に吸い込まれていく。
街の中央が大きく抉られていた。
街路にはすり鉢状の穴が開き、辺りの建物も2階や3階が、部屋の中までむき出しになっている。
「レオル!」
ジュラが駆け寄る。
リンが、赤い紋様の瞳をレオルに向ける。
「お前、どうしたですか?その能力、何です?」
ルミエルが、レオルの顔を覗きこむ。
彼女なりの心配の色が伺える。
レオルは、呼びかけに反応を示さない。
「……あ、アヴソーヴとアルターが、レベル10になってる……なにこれ、アヴィス?レベルがない、スキル?」
「……リン、今、アヴィスと言ったですか?」
「そうだけど……」
ルミエルの瞳が、いつになく深刻な色を覗かせる。
「アヴィスは、闇帝の分身体の数ある名前の一つですよ。何故その名前が出てくるですか……」
ルミエルの手を、いきなりレオルが掴む。
「……お、お前、何するですか……」
今まで天使人形という立場から、手を異性に握られたことのない、ルミエルの心臓器官がワンテンポ循環速度を上げる。
『天使人形……食べていい?食べていい?』
声無き声が波となって、彼女らの脳に直接届く。
レオルのもう一つの手に、黒点が発生する。
ジュラが、レオルの手を蹴り上げる。
彼女が決してやらないことだ。
だが、そうすべきと感じた。
「ルミエル、離れろ!……レオル、どうしたんだ!」
『勇者、食べていい?人間、食べていけない?』
「……やめろ……そんなこと、は許さない……」
レオルの口から、声が漏れる。
『……ダメ?だめ?……仕方ない、仕方ない?……アルター起動続行……する』
見えない力場が三人を無理やり、押しのける。
ドーム状の力場内は、エネルギーの雷光が幾条も荒れ狂い、見えなくなる。
「……アヴソーヴ……ゾラの言ってた厄災……私の責任だ……」
リンが、力場の結界を呆然と見上げる。
結界が破れる……
黒き龍神……誰の目にもそう映る姿が、露わになる。
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ザインも、赤い殻を破る……
赤の炎の化身が生まれ出ずる。
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『……ヴィースト・フォーム……形態変化、確認……食べていい?いいよね?……』
アヴィスの喜々とした声が響く。
ザインの熱線が、街路を焼き照らす。
龍神の前に黒球が現れる。
熱線が全て曲がって吸い込まれてゆく。
『アヴソーヴ』
ザインの身体に、黒球が幾つも纏わりつき弾ける。炎の身体が食い破られていく。
『食べきれる?食べきれない?』
黒球が、その数を増やしていく。
ザインの削られた箇所は、すぐ炎が傷を再生していく。だが、それを上回る勢いで黒いアギトが食い破る。
「無限なる炎鎖」
龍神の足元に、巨大な陣が広がる。
赤い炎の鎖が、陣から飛び出し絡めとる。
「隕石、招来」
上空に王国を覆わんばかりの、巨大な陣が描かれていく。
『アヴソーヴ』
炎の鎖を、黒点が次々と食らい消しゆく。
だが、鎖が消えていく端から、新しい鎖が陣から飛び出して動きを封じ込めてくる。
「レオル!無限系の術だよ!……一定時間、鎖がいつまでも出てくるタイプのやつ!」
リンが、口に両手を添えて叫ぶ。
「……お前、この国助けるつもりがあるなら、上のでかい方を消すですよ!……このままだと、隕石が来てみんな、おしまいなのです!」
ルミエルも、その隣で叫ぶ。
『助ける?助けない?……必要?そんなに、助けること必要?……』
『魔法陣を消すのは、エネルギー使う?多く使う……君の助けたい者だけ、助ければいい』
アヴィスの『声』は、相変わらず聞く者を選ばない。ジュラやルミエル、リン、ザインにも聞こえる。
それどころか、半径内にいる意思のある全ての者に聞こえる。その広がりたるや、どこまでか……
『そこにいる者だけ、助ければいい……君が、欲しい者だけ……助ければいい……』
『なぜ、助ける?それは……魔族のあり様ではない……魔族は、我が子らは、究極の個である……』
アヴィスの喋り方が変わってゆく。
雰囲気が、重く纏わりつくように変じてゆく。
『答えよ……操作権限は返してやる、レオル……だが、答えぬ限り……あの陣は、消さぬよ……この国もろとも滅ぶか、我が子よ』
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「闇帝……」
ザインが、龍神の肩に現界したアヴィスの姿を見て、動きの一切を止める。
『……ギラ・ファンより、逃げ出した個体か……良い仕上がりではある……だが、それだけだ。見るべきものはない』
ザインが重く唸る。
「闇帝……お前が、そうなのか……アヴィス」
龍神が、右肩に立つ女性を見下ろす。
『分体にして母体の意志を持つ者と心得よ……母たる本体ではない……レオルよ、ザナグルを倒した者よ……弱き子よ……何故、心を欲するか。天使人形の心を欲するか、勇者の心を欲するか、人間の心を欲するか……そのような刹那に変わりゆくものを、何故欲する……全ては、無意味である』
深い瞳が、王国を見渡す。
アヴィスは龍神ではなく、このエルサーク世界を見ている。
「個だからだ……個は、生きていけない。個は、弱い……俺は、最初1人で生きていこうとした。ザナグルを倒しても、何も戻りはしなかった……この王国に来たばかりの頃、また失うことを考え、怯えていた……」
「……だが、ミレニムが隣にいてくれた。ジュラが共に戦ってくれた。ハクロが助けてくれた。エルフィが共に笑ってくれた……グレイシャが父と慕ってくれた。エレクチュアやルミエルが、出会ってくれた……この街の連中やリン、ゾラが俺に居場所を作ってくれた……」
アヴィスは、龍神をみない。
空に、光の線が伸びてゆく。魔法陣が完成してゆく……
「……俺にいていい、と言ってくれた。それが理由だ……ここが、俺の生きる場所だ、アヴィス」
「レオルさん……私だって、貴方がいる場所が、私のいる場所です……」
エルフィが、祈る様に偽りの空を見上げる……
『それが、いつか消えるものだとしても、か……定命の者は、お前をいつか置き去りにするだろう……お前を信じた者の心から、信ずる心がなくなる日も来るだろう……その時も、そのような事を言えるのか、我が子よ』
アヴィスの瞳が、横に流れる。
レオルが、龍神が、笑ったように見えた。
「闇帝よ……ここに生きる者達は、強い……俺達、魔族より遥かに……」
「だか、もしもその時が来たら……この想いだけもらって、消えるさ……ミレニム達からもらったものだけあれば、それでいい……」
『……いかにも、白皇の小娘あたりが、好きそうな話だ……あやつに取られるぐらいなら、ここで食べてしまいたい気もするが……』
『……私も、見てみたくなった……お前の愚かさ、弱さがどこまで届くか、を……』
アヴィスが、指を鳴らす。
空の巨大な魔法陣に、黒い罅が入り、広がってゆく……
『認めよう……お前の強さを。力を……手を貸してやる、レオルよ』
彼女が、初めて龍神の瞳を捉えた、瞬間だった。