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冒険者#39
白き領域
ダンジョン最奥の大広間……
ティアやイヴ達が見守るなか、レオルとリスティが対峙する……
リスティが動く……宙に溶けるように、静かに水のように動く。流れる水のようにとらえどころなく、滑るようにレオルの懐に飛び込んでくる。
光が無数に舞い踊る……弧を描くように、空を引き裂くように、その光に隠れて忍び寄るように……
レオルがそれを魔剣を抜かずに、黒鞘で受ける。打ち払う。受け流す。
しかし、剣の速度はリスティの方が勝る。
受け流しきれない光の刃が、レオルの肩を、脚を裂いてゆく。致命傷には、ほど遠い。
だが、重なり続ければ、不利になっていくのは火を見るより明らかだ。
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対峙してみると分かる……ザインとは、また違う存在……全体の身体能力が恐ろしく高い。
特に、技と速度……イヴ達ですら、リスティの姿が空気に溶けていくように消えるのが、瞳に焼き付く。
もし、普段のレオルの魔剣に頼る闘い方をしていたら、威力の高い重刃や巨剣を撃つ隙を、光の細剣で貫かれていただろう。
熱線や岩槍にしても、同じだ。
狙いが付けられない。
その間に死角に回り込まれていただろう。
「まずいよ……ソウル・トランスを封じられたのが、致命的だ……」
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知らず、伸ばす手が震える。
……レオルが、リスティのモノになる……
……それは、それだけは、絶対認められない……
……嫌だ……やめて、彼を取らないで……
……故郷に帰れないのは、もういいから……
……帰る場所を、私から取り上げないで……
「ミュスカ、それは違う……お兄さん、何も諦めていないから……あれは、まだ勝負すらしていない……」
「……お前が先に、諦めるな……」
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イヴは、レオルをその瞳に捉えたままそう告げる。
ミュスカが、泣きそうな顔で彼女をみる。
イヴが口の端を噛み締めている。
「……そう……アンタがそういうなら……分かった……アンタを信じる……レオルを信じるよ……」
再び、瞳を前に戻す。
……レオル……レオル……
……お願いだから……勝って……
一合、受け流す、二合、弾く、三合、止める……
リスティの刃が、受け止めた刃の先端が、細く伸びて奔る……鞭のように、針のように、レオルの肩を裂く……巻き取るように、上へと流して弾く……
四合、リスティの返す刃が糸のように切れる、レオルの刃をすり抜ける……レオルが半歩下がる……
刃が目の前を通り過ぎる……鞘を奔らせる……鞘の中に溜めた力を解き放つ!
澄んだ音が波紋のように広がる……
リスティが、滑るように身体を横に流して距離をとる。
彼女の瞳が、細剣の刃の根元に注がれる……
「……まだ、こんな隠し玉を持っていたんだね……」
リスティの刀身が、半ばまで切り裂かれていた。
「君の技は、魔剣による魔力刃の幾つかと、ソウル・トランス……あと術を二つ、三つ……」
「アルター召喚というのを除けば、それ以上はないと踏んでいたんだけど……」
細剣を瞬く間に修復していく。
「段階を、ひとつ上げるよ……大丈夫、死なない程度にするから、安心してね」
リスティが、リスティの後ろから現れる……
……自然に…
……だが、有り得べからざる光景が、そこに現出する。
ルザロ・ワーズによる異能……
……リスティのルザロ・ワーズ……
それは、世の理を己に従わせる魔族の異能……
「これは、速度による残像ではないからね」
「どちらも、僕だから……見抜くことはできない……気を付けてね」
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「これは、別の平行時間軸の僕だ」
「場所ではなく、時間軸を跳び越えて自分を召喚したんだ……ここまでさせたのは、君ぐらいだよ」
光が交差する!
二条の剣技が、乱れ飛ぶ。
光が吹き荒れる……リスティ同士が、お互いの動きを阻害することなく、レオルを同時に攻め貫く。
……スキル、反射加速……!
伏せ札の一枚目……
身体の加速と剛力は、既に使用している……
刃が身体に触れる瞬間に、身体を翻し、あるいは躱す。
反応速度が上がり、思考が加速する……
舞い上がる砂、塵芥……それらの流れを目が捉える……
リスティの脚が床に触れる僅かな音、服の端が空気を裂く音……それを捉える……
刃の刃が触れ合い、走り上がってレオルを狙い撃つ、感覚だけで剣で軌道を受け流す……
神経にかかる負荷が、一足飛びに駆けあがる。
リスティの光の乱舞を、ギリギリのところで捌いていく……
……だが、足りない……身体が、少しずつ裂かれていく……
……スキル、双剣……!
伏せ札の二枚目……
……ここまで札を切らされる……
鞘と刀身を、旋風の如く振り抜き、あるいは交差して挟み込み、彼女の剣を弾き返す。
一合、三合、五合……三十六合……まだ、リスティは止まらない。
死のステップは、続く……
だが……必ず、機は到来する……!
…………………………………………………………………………………………
「レオル殿、貴方の魔剣は、剣技とはお世辞にも呼べる代物ではない」
「貴方のそれは、例えるなら、魔術師が術で強力な魔剣をただ振り回しているに過ぎない」
ククロアは、あの日そう言っていた。
ここに来る前日の朝、いきなり彼女に城の中庭に呼び出された。
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「時間がないところを、すまない……レオル殿」
ククロアが、腕を組みながらレオルを上から下まで見渡す。
「いや、不躾に感じたのなら申し訳ない……」
身体つきや動作を推し量っている、そう感じられた。
「……貴方に、恩を返しておきたいと思ったのだ」
「それは、気に……」
ククロアがすっと手を上挙げて、その先を封じる。
「貴方が、そういう男であることは承知している……だがな、こちらにも矜持がある」
「一度目は、ザインの襲来、そしてこの度のダンジョンの一件……私は何も出来ていない」
「だから、せめて協力という形で返させてくれ。これは、私の我儘だ……笑ってくれて、構わない」
ククロアが背筋を伸ばし、レオルに一礼する。
「……申し出を受けるよ……ククロアさん」
「こちらも、手数を増やすことに異論はない」
レオルも、それに応える。
「ザインの戦闘時の貴方の剣……魔剣というらしいが……その……言葉を選ばずに言うならば、……酷いな……酷すぎる」
「剣術とは、およそ呼べる代物ではない」
ククロアが、躊躇いつつもはっきりと言葉にする。
「……なかなかに、手厳しい」
レオルも、こうした評価に慣れていないせいか、苦笑せざるを得ない。
「魔族というのを、ザインにしても初めて見たが……ここぞという時、余りに力任せが過ぎる」
「勿体ない……と言うのが、私の率直な感想だ」
ククロアが、息を押し出す。
「まともに、剣を習ったことがないからな……魔王や側近と戦う中で、スキルを奪いながら憶えていった技ばかりだ……確かに、応用や熟達が上手くいっていない……それは、感じている」
「で、だ……私のスキルを持っていくのは、どうかと思うのだ……訓練をつけてやる時間もないことだしな……いかがか?」
さらっと、恐ろしいことをククロアが言い出す。
「今までの私の努力の結晶ではある……だが、これから行くであろう場所のことを考えると、これしかないとも思うのだ」
レオルが、ククロアの瞳の奥にあるものを覗き込む。
……突き抜けすぎた実直さ……あるいは律儀か……
……一国の大隊長をしているだけはあるか……
「スキルイーターは、相手がこれまでの積み上げてきたものを奪う忌むべきスキルだ……貴方は、それをそんな風に言ってくれる……」
「……貴方は、尊敬に値する方だ」
だが……と、レオルは言う。
「スキルイーターは、もともと転写が不完全ながらもできるものだ……まして、レベルをあと少し上げれば、ほぼ完全な転写ができる」
「だから、貴方から奪う必要はない……それでも、努力の横取りには違いないがな」
ククロアがそれを聞いた途端に、どこか力が抜けたような顔をする。
「……そうか……それは、何とも……ありがたいな」
どこかホッとした顔をする。
「貴方の決意に水を差すようなことを……すまない」
レオルの謝罪に、彼女は何と表情を繕えばよいのかといった風に応じた。
彼女は、もし人目がなければ、膝から崩れてしまいそうなほどには、安心してしまったのである。
「スキル、反射加速に抜刀術……」
アヴィスに頼んで、スキルイーターのレベルを上げてもらったあと、ククロアから転写したスキルがその二つだった。
レベルは、二十とこれまで奪取してきたスキルに比べて圧倒的に高い。
それだけに、これはククロアが血の滲むような努力と研鑽を重ねてきた証と言えるだろう。
「これまでのスキルに比べて、地味かな?……レオル殿」
「……いや、これは俺の戦闘技術の強力な底上げになる……」
「……魔族は、体系立てた武技をあまり持たない……その中にあってこれは、強力な一手になる」
ならば……とククロアが、剣をレオルに向けて構える。
「スキルを馴染ませる手伝いをしよう……スキルによる技が何のためにそうした形になったのか……そうしたことは、スキルは教えてくれないからな」
「術や他のスキルは、使うな……1時間もないのだから、そのスキルの最低限の基本を身につければ、上出来というものだ」
魔剣をククロアから貰ったスキルを元に調整した一振りに変えて、彼女との稽古が始まった。
「断っておく……実戦形式で、一切の容赦はしないからな……そのつもりで、掛かってくるといい」
ククロアとの稽古は、熾烈を極めた……
まず、容赦や手加減というものを全くしない。
その上、殺し合いに近い形をとる。
近くを通りかかった騎士が顔を引き攣らせるほどに、ククロアの刀身が赤く染まってゆく。
魔族の再生力を前提とした斬撃を鋭く撃ち込むことが、さらなる苛酷な稽古へと誘っていく。
時間のないなかにあって、実際の戦闘に近いものにするために真剣で、何度も同じ技を身体に教え込むように叩き込んでくる。
「自分を刃として、場に置くことを覚えろ……」
「……相手がそこを撃ち込む、そこを斬り返すことを、自然に身体に覚え込ませろ」
「鞘鳴りがしている……刃筋が流れていない」
「刃を納めるのは、相手がそれ以上何もしないことを確認してからだ」
「刃が触れた瞬間に、身をずらせ!そして、相手の懐に撃ち込む、それを同時に、一体のものとしろ!……それが反射加速というものの使いかただ!」
と、合間合間に声を挟んでくる。
三十分ほど経過した頃……
「ククロア殿……そのあたりされてはいかがか……他の騎士が、怯えているぞ」
いつの間にか、ヴァルター第二中隊隊長がククロアの後方に立って声をかけてきた。
他にロイ第三中隊隊長や、ジュラ、他の騎士達までいる。
それだけ、周りが見えないほど目の前に集中していたのか。
足元を見ると、レオルの側に赤い染料が撒かれたがごとく、石畳が半円状に赤黒く染まっていた。
ククロアの方は、ほとんどそれが見当たらない。
「そのような恐ろしい訓練を、救国の英雄殿にされては、あまりな扱いというもの……王女様に叱られますぞ」
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「ヴァルター……それに皆も、覗き見は感心しないな」
ククロアが、剣を一振りして血を払う。
「ククロアの姉御、いくらなんでもやり過ぎだ……相手に縛りをかけて……これは、前の大隊長を半殺しにした時の惨状の比じゃないぞ」
ロイが、顔をしかめてレオルの方を見遣る。
レオルの身体、衣服は共に赤く染まり、10カ所以上裂けている。このまま、ギルドハウスに帰れば、まずエルフィあたりが卒倒すること請け合いである。
「あとで俺の替え貸してやるよ……レオルの旦那」
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「旦那は勘弁してくれ……これはククロアさんが、俺のためにやってくれたことだ……」
「……貴方に感謝を、スキルをこれまで以上に使いこなせそうだ」
ククロアに対し頭を深く下げる。
騎士達が、心の底から感心した風に声をあげる。
ここまで血まみれにされて、礼をいうのは彼ぐらいなものなのだろう。
「レオル、ちょっと僕でも引いちゃう状況なんだけど……何がどうなってるの?」
ジュラが、ようやく声を掛けられたという風に近くに駆け寄ってくる。
これまでの状況を話すと、ヴァルターとロイが自分のスキルも転写していけと言い出した。
ヴァルターからは、絡め取り、ロイからは、双剣のスキルを押し付けられるように、転写させられるはめになる……
ククロアが、せっかくのスキルが乱雑になると少々怒り気味に文句を言っていたが、その場のほとんどの者に聞かない振りをされてしまったのは、御愛嬌か……
最後に、ジュラが投げを教えるからと詰め寄る。
「言ったよね、慣らしに付き合うって……ククロアさんと、こんなにしっとりとしたお付き合いして、僕はダメってことはないよね?」
「操気は、あとで転写すればいいからさ……」
ジュラが、レオルの腕に掴むでもなく、ただ二の腕が僅かに触れる程度に近づく。
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「お、おい、お嬢ちゃん……あんたの投げって言ったら……」
ロイが向こうで何かを言いかけるが、ジュラには聞こえていない。
「ねえ、レオル……僕、ミレニム達と比べれば大概のことには怒らないけどさ……」
にこにこと、顔をレオルにくっつかんばかりに寄せてくる。
「……レオルに最初に武技を教えるのは、僕だって、前にそう言ったよね?」
「……そうだな」
レオルにしては、珍しく顔を引き攣らせる。
「君の一番の相棒である僕を袖にして、他の女の人に技を教えてもらっている君を見た時の、僕の気持ち分かるよね?」
笑っているからこそ、余計に怖いことがある……
レオルは、ジュラに初めて思い知らされた。
「ククロアさんとのこと、上書きできるぐらいには付き合ってね?」
ジュラの腕が、ただ前に動く。
レオルの腕が、ジュラの腕と触れるか触れないか……そこを起点にレオルの腕が流され、さらに彼の自重を振り子にして身体を引き込み、レオルの身体が宙を舞う。
このあと、レオルが十回以上飛ばされたところで、騎士団総出でジュラを止めに入ることとなる。
ジュラがとても楽しげに笑っていたことが、せめてもの救いになったかどうかは、本人のみぞ知ることだった……
……………………………………………………………………………………………
「なあ、レオルの旦那……相手との打ち合いなんてものは、しつこい相手とダンスをするみたいなものさ……最後まで付き合ってやればいい……それこそ、相手が付き合いきれなくなるまで、な」
ロイがそんなことを言っていた。
「くどいと思うぐらいに待ち給え……その時こそ、機は向こうからやってくるのものだ……」
ヴァルターが、最後にそんなことを言ってくれた。
二人のリスティの細剣が奔る……
左右から目にもとまらぬ速さで、円を描いて斬り込んでくる。旋回……片方の剣を下に受け流し、もう一つの刃を黒鞘で、絡めて相手に押し込む。
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片方のリスティの姿勢が崩れる。
追撃はできない……下に流した剣が、細く伸びて下からレオルを襲う。
引き戻した鞘で逆に絡め取る。
伸びた細剣が鞘を切断せんと、鉄糸のように締め上げ、削る。
感覚のみで、その瞬間を見切る……鞘を切断しきる寸前で、巻き付いた鉄糸を擦り上げて、溜めた力を抜刀するが如く解き放つ!
細剣が弾き飛ぶ!
二人のリスティが、距離をとる。
落ちた細剣を拾いあげて、レオルを見遣る。
「……変わった剣を使うね……二つ以上のスキルを組み合わせているのかな?」
「それとも……闘いのなかで違うものへと、武技を変化させているのか……どちらにせよ、早めに決着をつけたほうがいいね」
二人のリスティが、同じ言葉を同時に放つ。
思考が寸分も違わない……同じ人物がまさに二人いるのだ。
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「こういう時はね……見極めを間違うと、負けるんだ」
「僕はね、負けたくないんだよ……レオル君」
「負けたら、全ては失われる、奪われるから」
「それは……嫌なんだ。だから、隣にいて、一緒に戦ってくれる者が欲しいんだ」
「君は、仲間を絶対に裏切らない……仲間も君を裏切らない……そんな君が必要なんだ」
二人のリスティの瞳がレオルを捉える。
「仲間を最後まで信用すればいい」
リスティが息を呑む。
「……それは、盲信だと思うけど……」
「あるいは、責任の放棄かな……どちらしろ、僕には、彼らを導く義務がある」
「……信じきれていないから……最後のところを取り上げて、自分でやってしまう……常に見守っていなくては、不安になる……そうだろう……だから疲れる」
レオルの言葉に、彼女の目が見開かれる。
「君は……なぜ、そんなことが言えるんだ」
……なぜ、分かる……んだ……
「お前がここに来たからだ……仲間に任せず、大将が単身でここに来ていることが、それを証明している」
「君には、それが分かるのかい……?」
リスティの表情に余裕がなくなっていく……
「俺も、相手の気持があることを見ないようにしていた……ただ、自分の考えを押し付けて、それが相手を助けることになると思っていた」
一瞬だけ、ティアに視線を送る。
ティアは、ただ無言で祈るように両手を絡み合わせて、彼を見守っている。
「ただの自己満足だったのだろう……誰かを助けたからといって、死なせた者が帰るわけもない……」
「俺に何かあれば……同じ思いをする者があるということを考えもしなかった……いや、考えないようにしていたんだ」
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「俺も、教えられたばかりだ……」
「……リスティ、お前にもお前のことを大切に思う誰かはいるのだろう」
リスティの顔が伏せられる……細剣がカチカチと音を鳴らす。
「自分から独りになるな……リスティ」
「……仲間を、信じ抜いてやれ……何かあってから、お前が動けばいいんだ」
乾いた笑いが彼女から漏れる……
「やっぱり……君は怖いや」
「そんな優しい言葉かけられたら……どうしても、君が欲しくなるじゃないか」
「隣にいてほしいと、思うじゃないか」
「これで最後だね……」
リスティが、疾走する。
走り抜けた後に、残像が残っていく。
速度の緩急から分身を、二人のリスティが生み出していく。攻撃の起こりを消していく。
気配を、無数にばら撒いていく。
『レオル……反射加速のレベルが上限になったよ……全知覚加速へ変える?変えない?……今の君なら、使えるよ、使えるよ』
アヴィスが告げてくる。
「頼む」
感覚が広がっていく。奔り抜けていく。
結界の如く、彼の知覚する世界が広がっていく。
リスティの脚が地に着く僅かな振動が大きく耳に響く……
リスティの身体が、空気を破り抜ける波動を肌で感じる……
何より、リスティがこちらを見る視線を感じとることができる……
攻める!
……これまで受けに徹していた彼の行動に、リスティが驚く感情を感じとれる……
……リスティの意思が、空気中に細い電気のように奔り、レオルに肌に突き刺さるのを感じる……
レオルが、リスティに剣を振り抜く。
リスティが受け流す。刃が地に落ちる。
刃を地に押し付け、力を溜めながら奔らせる……
ククロアが見たら、怒ったであろう無様で荒々しい、力任せの剣術……
地に削られた刃を再生しながら、後方に迫るリスティを見ることなく、その細剣の根元を砕き切る。
目の前のリスティが細剣が、神速の速さでレオルを捕らえる。
剣筋が単純だが、その速度はこちらの反応を越えてくる。
龍気により身体の向上を加速させる。
最後の伏せ札……ジュラが傍についていてくれるのを感じる……龍気の使うタイミングが、今なのだとスキルが囁いてくる……
スキルによる身体加速の限界を、龍気により超えていく……これまで以上の速度で、鞘を細剣に絡ませて彼女の腕を後方へ引き流す。
リスティの身体が、僅かに右に傾く。
鞘で剣を絡ませつつ、それを起点とする。
彼女の自重と力の流れを巻き込み、身体を宙に舞わせる。
「鞘で……投げる、なんて……」
……ありえない……デタラメだ……
レオルの剣と鞘が、さらに唸りを上げて彼女を追撃する。
牙が閉じるが如く、落ちてきたリスティの刀身を迎え入れるが如く挟み斬る!
リスティの身体が、地に叩きつけられる。
肺から息が吐き出される。
レオルの剣が、彼女に突きつけられる。
「これで終わりにしないか……リスティ」
呼吸が乱れる。整えられない……分身が、消えていくのが見える……
……ここまで、なのか……
「そうだね……ここまでかな」
身体の力が、抜けていくのを感じる。
……遂に、この時が、きたのか……
……負けた自分に、仲間達はついて来てくれるのだろうか……
……多分、それはないのだろう……
……自分が強いから……彼らを守る強さを持つから、彼らはついて来たのだから……
「リスティ様!」
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ツヴァイが、台座を引き連れて彼女に駆け寄る。
「レオル……お願い、リスティ様を許してあげて」
リスティとレオルの間に割り込むようにして、レオルと向き合ってくる。
「罰ならツヴァイが受けるから……この命は、リスティ様がくれたものだから……」
「図々しいことを言っているのは、分かっています!……でも、みんなから彼女を取り上げないで、下さい……」
小さく泣くような声が、伏せた口元から溢れていく……
「謝って済む話ではない、というより謝ってもらう必要は無いと思いますが……」
イヴが、戦斧を背中から出してツヴァイに突きつける。
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「ここで、お前達を討てば、全ては終わる……ラナーグ公国とロロス王国の名声は高まり、残党を捕らえ、あの戦艦も鹵獲すれば……今後やってくるであろう魔族の脅威に対抗する手段となる……」
温度を感じ取れない声が、広間に渡ってゆく。
「……ねえ、いい事ずくめじゃないですか?」
「ここまでのことをしておいて……綺麗に終われるとでも?……敗残したものが、どんな目に遭うか分かっていて、貴方はそんなことをおっしゃってるんですか?」
それは、怒りなのか……瞳の奥に籠もるものがツヴァイの言葉を封じ込めてくる。
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「分かっています!」
アインが、目隠しの片側を上げる。
「この目、ラ・ラナルクという世界で、人間に捕らえられた時に両方とも抉り出されました」
「コレクションにされたそうです……獣を狩ったときの剥製のように……ツヴァイも、同じようにされるところを、リスティ様に救ってもらいました」
「貴方達には、極悪人にしか見えないでしょうが、教授はアインにこの目を作って下さいました……本当に、どうしようもない人ですけど……アインには、あの人が救いだったのです……」
「リスティ様とツヴァイに何かしたら、絶対に許さない……例え、刺し違えようとも……」
穏やかに見えたアインが、怒りのあまり言葉を詰まらせる。
「……おぬし、主を差し置いて使い魔の私が口を出すのはどうかと思うが、これはややこしくなった果てに、何も得がないのではないか?」
スィンが、珍しくレオル以外に喋りかけてくる。
「おぬしほどの者なら、それを分からぬ訳もあるまいに……なぜそのような無体を言う」
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「我は魔物だったゆえ、分かることもある。我らはその時、その一瞬が全てだ」
「欲しいから奪う。愛おしいから守る。憎いから殺す……それだけのこと。いちいち罪だ罰だの、ややこしいことは考えられぬわ……こやつらから利を得たいなら、やりようを考えよ……憎くて殺したいなら、いちいち口上など述べすに疾く殺せばよかろう」
「元魔物さんから道理を説かれるとは、なんとも耳が痛いことですね」
イヴが、大きく胸の中に溜まったものを吐き出す。
「これは、けじめというやつです」
「聖王国を奪いとった魔族をそのまま野放しなんて、公国の代表としての立場がなくなるんですよ」
「それは、人間だって同じことです、イヴさん!」
ティアが声が広間に響く。
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「人間だって、国を攻めます。侵略して蹂躙します」
「人間同士だって、つまらないことで殺したりする、迫害したりするんです」
「私達に裁く権利なんて、元からありはしないんです……あるとしたら、自分の中にある報われない感情を満たすこと……それがあるだけです」
「ティアちゃんまで、そんなことを……私だけが、悪者みたいな流れはやめて欲しいですね」
イヴが戦斧の構えをとき、床に突き立てる。
「でも、イヴちゃんだって常識の外の人間でしょ……いいんじゃない、ここには私達だけなんだから……好き勝手しても……」
「セレーナお姉さんまで……」
「イヴちゃんは、どんな世界が望みなの?どこまでも殺しあって、いつの日にか敵がいなくなった世界か……」
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「……いつか、皆んなが笑って美味しくご飯を食べられる世界か……」
静かに、セレーナが語りかける。
ミュスカやリスティ、アインやツヴァイを見渡してゆく。
「滅茶苦茶ですよ……そこに至るまでの手段がすっこ抜けています。ありえません……不可能です」
「でも、願わなければ始まらない……始めなければ何も変わらない……」
「私は、このエルサーク世界がそうであればと願っているわ……」
「ああ、もう!……降参です。もう知りません……好きにして下さい……あとは、お兄さんにでも、任せます」
戦斧を背中にしまい込んで、拗ねたように柱の傍に座りこむ。
「だそうだ……聖王国のことを、しっかりやってくれれば、俺達は何も異論は無い……勿論、国には帰してもらうが……特に望みは、ないさ」
苦笑しつつも、リスティに手を差し伸べる。
「君たちは……本当に変わっている」
僅かに語尾が震える。
「……ありがとう」
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「アインとツヴァイも……ありがとう」
「リスティ様……」
「帰りましょう」
リスティは、笑ってそれに応える。
泣くように、嬉しそうに……
「……なにやら、大円団な雰囲気のところに水を差すようで、申し訳ないがね……リーダー、そちらのダンジョンとの接続が切れた……異常事態だ」
教授の声が、広間に響く。
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「敵の攻撃を受けている……この念話通信もいずれ切れる……結論だけ言う。制御室がやられた……そちらのダンジョンの構成を維持できない……あと、十分ほどで、そこは虚空に向かって崩壊する」
「君の結界でも、あそこに放りだされれば、長くは持たないだろう……だから……」
通信が途切れる……
「教授!?」
リスティが叫ぶが、念話は再び応えることはない。
「酷い情報だけ残して切れたけど……!」
ミュスカが、蒼白になる。
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「アヴィス」
『最近、便利に使いすぎ……でも、仕方ない、ない?……虚空はエネルギーが消える、存在係数が消される……結界、術、生命、エネルギー全て消える』
アヴィスの声に驚きつつも、リスティがレオルの傍に駆け寄る。
「レオル君……すまない。約束を違えることになってしまった」
「リスティ、今はそれはいい……脱出手段を考えなくては……さすがに、これは専門外だが……」
「結界などで助けを待つのは、論外、ダンジョンの保持は……」
アインとツヴァイが、揃って首を振る。
「となると……転移か、しかし次元を越えるにしても、虚空を通らないようには……」
「……お兄さん、多次元のスライムお姉さんに聞いてみては?得意分野ですよね?」
セレーナが珍しく、険しい顔で悩んでいる。
「……その呼ばれ方はちょっと……レオルちゃん、アヴィスさんに聞いてもらえる?アルターでゲートを越えられるのか、白の領域に行っても大丈夫なのか?……その二点」
アヴィスが、レオルが呼び出す前に応え始める。
『……アルターで越えられる……もともと、別の世界、別の星に渡るための手段、手段?……』
『白の領域は、未知数……白皇が管理する領域……魔族が入れば……最悪、抹消されかねない……危険と隣り合わせ?』
『しかし、他に手段は無い、ない……』
セレーナが、握り拳を作る。
「いいわ!すぐに行きましょう!……レオルちゃん、アルターよろしく!」
……絶対、はしゃいでる……こんなときまで、ブレなさすぎです……!
ティアが、心の底で悲鳴をあげる。
「リスティちゃんは、結界を……私が、門を開けます」
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返事を待たずに、セレーナが巨大なリング状に身を変える。
振動……遂にその時が来る……
空間に黒い罅が広がってゆく……
「アヴィス!」
レオルが力の波動を撒き散らし、龍神にその身を変える。
リスティが、結界でティアやアイン、イヴ達をその波動から護る。
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セレーナがレオルの腕に巻き付く。
『門を開けるわ……』
レオル達の前に、空間が捻じれ、こじ開けられていく……
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『レオルちゃん、あれに飛び込んで!虚空が、このダンジョンに入り込んできたら、最後だから!』
『一か八か……いくぞ!』
リスティの張る結界球を抱え込むと、光の渦へと飛び込んでゆく……
ダンジョンの構造物、壁や柱がすべて黒き罅、虚空へと飲み込まれ、分解されていく……!
光の渦に飛び込む……
水のように質量がある空間を越えて、光溢れる世界へ抜け出る……
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「……綺麗……」
ティアが、思わずといった風に声をだす。
光輝く雲が流れていく……
奥の方に、一層光を放つ領域がある……
『セレーナ……ここまで来といて、あれなんだが……これから、どうするんだ?』
『ああ……それ、考えていませんでした……私、ここに来たいばっかだったので……』
それは、無責任というやつでは……!、リスティ達が全力で心の中で叫ぶ。
『貴様ら……この白の領域で騒騒しいぞ』
『魔族がここに来るということは、それなりの覚悟があってのことと見た……』
奥の光の領域から声なき声……力ある波動が届く。
通常の念話のレベルではない、力を感じる。
『白皇か……』
アヴィスが、現界する。
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『闇帝……お互いの領域は不可侵のはず……』
『眷属を引き連れて、我が領域を侵すとは……』
『事と次第によっては、ただではすまさぬぞ』
アヴィスが、奥の領域を睨みつける。
『ただ……通して欲しいだけだ』
『エルサークへ戻る道を開けてくれるなら、早々に退散しよう』
沈黙が続く……
『同行の者……貴様の特異点となる者がいるな』
『会わせてもらおう……顔が見たい、それ次第だ』
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『レオル、あそこへ向かえ……白皇が、お前に会いたいそうだ……』
光る雲海に浮かぶ小さな大陸がみえる……
龍神がそこに降り立つ……
『ようこそ、というべきか……』
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『……招かれざる客人……』
侵されざるべき白の皇……その名を冠する少女……
『我が名は、白皇……管理ナンバー2,222,222,222……白皇の分体の一人である』
「え、ごめん、もう一度、いいかな?……2が多すぎなんだけど……」
ミュスカが、指を折りながら聞いてくる。
おそれを知らないとは、正にこの事か……
アインとツヴァイが、止めてくださいと言わんばかりの目を、レオルに向けてくる。
「……えっと、ニャゴニャゴちゃん……?」
ティアが、突然そんなことを言い出す。
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ミュスカが、その隣でああ、と嬉しそうに声をあげる。そう覚えるのか、と……
アインとツヴァイが、いい加減にしてくれと押さえ込んでくる。
『その呼び方はやめよ、と言ったはずだ……』
白皇は、僅かに顔を逸らす。
その顔は、どこか恥ずかしげにみえた……