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冒険者#32
集う者達
「あれ、君……こんなところで、どうしたんだい?」
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ティアが扉の前で困った様にウロウロしていると、大きなプレートでお茶のセットを運ぶ女性に声をかけられる。
……可愛らしい方……それに、気品がある……貴族の血筋の方、でしょうか?
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「あ、あの……私、呼ばれて……選出の件で……それで……」
儚げな印象、それが彼女を見た誰もが、最初に抱くイメージだろうか……
「えっ、君、一人でここに来たのかい?……それは、酷いね……不安だったろう」
よいしょ、とプレートを持ち直す、彼女……慣れているのかいないのか、よく分からない手つきだ。
「あの……お手伝いを……」
「ああ、いいよいいよ……そのかわり、扉を開けてもらえないかな?みんな待ってるだろうし……」
少女は戸惑う。
この中に待っている者達は、こんな可愛いらしい方に似つかわしくないはずの者達……
「……大丈夫だよ。みんな優しいよ……何か言われたら、僕が文句言ってあげるから……ね?」
恐る恐る取っ手に手をかけ、一気に押し開ける。
……空気が、重さを帯びる……
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「……っ!」
複数の視線が、ティアを捉える。
明るいはずなのに、光が食われていく……
恐怖……そういう表現すら生ぬるいものが、ティアを捕らえる、絡みとる。
……殺される……魂が、砕かれる……
……意識を喰われる……壊される……
恐ろしい、怖ろしい、畏ろしい……
意識が、心が、黒いものに塗り潰される……
ぽん、と肩に手が置かれる。
黒い何かが、嘘のように幻のように、霧散していく……
「こーら、何こんな可愛い子、威嚇してんの!……怖がってるでしょ……僕のお客さんなんだから、失礼は許さないよ」
あれだけ大きいプレートを片手で持ち、前方の集団を軽く睨みつける。
「リーダーが遅いから、いけないんだろ?……みんな、ずっと待ってたんだぞ」
魔族の少年が、そんなことを言う。
待っていたから、扉を最初に開けたティアにあんな圧力の視線を叩きつけたというのか……
……この方が、この恐ろしい魔族達を束ねている……
……見かけからは、本当に想像がつかない……
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「みんなのお茶、用意してたんだよ……とにかく座ってよ、会議始めるんでしょ?」
全員の動きが止まる。
「また、お茶……」
「誰だよ、今日の当番……リーダーが淹れないように順番決めただろ?」
何やらざわつき始める。どうやら、お茶そのものに問題があるらしい。
「……何で私達が、お茶用意するんです?そういうのは、もっと下の方の者か、人間にでも……」
はっ、とした感じで、堅い皮膚に覆われた細い魔人が、ティアを見遣る。
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「はっ、じゃないよ、ルガル。君ね……せっかく僕が用意したものを、飲めないっていうのかい?」
「しかし、ですね……僕達の知る、人間のお茶って、そんな味ではなかったと思うんですよ」
小柄な書物を持った魔人が、ルガルに同意する。
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「トトまで、そんな事を言う……今日のは、自信があるんだって」
ポットの中のお茶の葉を、小柄な魔人に見せる。
「……あの……ちょっと、見せて貰ってもいいですか?」
ティアが、ポットの中の漉し網を覗き込んだ後、カップに中身を注ぐ。
「……失礼します」
ひと口、口に含む。
……エグ味が、する……
「……あの、渋いならわかるんですけど、何故、エグ味が?……何か、ツンとした匂いもします。何かの実をすりつぶしましたか?」
ティアが少女をみると、頬を掻いてどこか照れくさそうにしている。
……何故、照れる?
ティアが、心の中で目を細める。
「いや、町の市場で綺麗な緑色の実をみつけてさ……それで、足してみたというか?」
ティアが、少しだけ息をつく。
「あの、多分それは、果物じゃなくて野菜です……エグ味をとるために茹でることはありますが、お茶に入れるものでは……」
「……とにかく、まずお茶は、普通の物から始めてください……最初は、足さない引かないの心で、相手のことを考えて、心を込めて淹れる……それだけです」
ボソボソとしていながら、途中から説教のようになる。
……しまった……やって、しまった……
ティアは、異形の者達全員、いつの間にか沈黙しているのに、遅まきながらに気づく。
……美味しいお茶を淹れることだけが、私の唯一の自慢だったから、つい……
拍手。
「……素晴らしい。お嬢さん、よくぞ言ってくれた。いやあ、うちのリーダー、味音痴というか、味覚が死んでいるのか、というか……」
鳥の頭をした魔人が、嬉しそうに話しかけてくる。
表情はよく分からないが、声が弾んでいる。
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「ゼグナ、喜びすぎ……でも、みんな、ごめん……こうしたことは、プロに任せたほうがいいね……」
少女が、ティアの方を向いて、トレイを持ったまま頭を下げる。
「君、名前は?」
そう言われて、名乗ってなかったことに初めて気づく。
「……失礼しました。ティアとお呼びください」
「では、ティア、お願いがあります……みんなに、君のいう美味しいお茶をごちそうしてください」
ここは、レオル達が生体戦艦と呼んだ船の艦橋……そこで、初めてティアは、魔族という者達に出会った……
「では、始めます……今度、用意するダンジョンですが、いつも通り亜空間に設置します……送りつけた転移の魔導具で、その入口の部屋に転移させた後、スタートとします」
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「……それで……今回加えたい要素は、何かありますか?」
教授と呼ばれた魔族が、術式を展開する。
空中に線が奔ってゆく……立体的な図面が立ち上がってゆく……
「今回、メガビーストは出すの?確か、シリーズとしては、Ⅵまでいってたんだっけ?」
少女が肘をついて教授に尋ねる。
ティアは、その横に座らされている。
……何故、こんなことに……
皆にお茶を配って、一度、退室しようとしたところ、彼女に強引にここに座らされている。
艦橋の中央に大きな卓が設置され、その席についている者もいれば、艦橋の各所に、思い思いに座っている者もいる。
教授が、別の図面を立ち上げる。
大柄な装甲に護られた魔獣が映し出される。
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「これが、これまでのメガビースト……色々な試験を経て、ここまでカタチにしました……」
「……ですが、今回は全く別のものを投入しようと思っています……意思を持つことで、どのような力を発揮するのか……試してみたいのです……
……これです」
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「え、これですって、元の個体、そのままでしょ?……これまでの設計構想と違わない?……同じ様なメガビーストを大量に作って、軍隊として運用するんでしょ?……これ、素材の身体とか、どのくらい手を加えてあるの?」
少女の驚きに応えるように、教授の説明が続く。
「最低限に留めてあります……体内に埋め込まれた術式により、その戦場において適応して成長していく兵器……それがこのVIIです……」
「……軍隊としての集団の強さを上げるのは、続けていきます……ですが、神族、魔族にも、当然、強個体がいます。その対策の足がかりとして、この個体の実験をしてみたいのです……許可いただけますか?」
「まあ……面白そうだからいいけど、これは、また可愛く作ったね……教授の趣味?」
少女が、からかうように笑う。
「たまたま、ですよ……ひとつ前の世界で捕らえた個体が、なにやら偶像崇拝されるほどの容姿をもつ竜族の戦士だったというだけです」
……この方たちが話していることは、分からないことが多い……だけど、とても怖いことを言っていることは分かる……価値観、そのものが違いすぎることも……
「ティア、ティア……」
少女が前を向いたまま、小さく話しかけてくる。
「……話、ついてこれてる?……これ、多分、君が行くことになるダンジョンのことだから、少しでも憶えておいたほうが、いいよ」
「……はい。ですが……」
……私は、ただの数合わせ……
……武器なんて生まれて此の方、持ったことはありはしない……術なんて、全然、水を作る、火を起こすぐらい……最低限の生活に便利な程度のものしか使えない……
……この聖王国の聖戦士が、いなくなってしまったから、どうせ死ぬなら、死んで悲しむ者のいないほうがましという、間に合わせにすぎない……
それが私……
「……何か、意見があったら、言っていいよ。僕達と違う角度からの視点は、好きなんだ……」
「……あの、一つだけ聞きたいことがあるのですが……」
ぽそぽそっと、ティアが少女に話しかける。
少女がにっこりして、教授の方に手を上げる。
「ねぇ、ティアが聞きたいことがあるんだって!」
「……!」
悲鳴を上げそうになるところを、すんでのところで飲み込む。
……会議に参加したいわけでは……ちょっと、聞いておきたいことがあっただけなのに……なぜ、そういう方向に……
「ティア嬢……何か、付け加えることが?」
教授が、訝しげにティアの方を向く。
「……え、あの、その……個体を捕らえるというのは、どのような感じ……でおやりになるので、しょうか?」
言葉が、緊張と恐れのあまり尊敬語とかが、ごちゃごちゃになる。
「……ダンジョンに挑んだ者に、ほどほどの魔獣を用意して戦わせて、生き残った者を捕らえるだけですが……それが何か?」
なに当たり前のこと、聞いてくるのかという顔をしている。
「……一番以外の人は、どうなるんですか?」
「まあ、死ぬと思いますが……その世界の強さに合わせた魔獣を用意しますので、大抵は生き残れません」
……何故だろう……彼らが人間に対して価値がないと思っているからかもしれないが……大雑把すぎやしないか……一番以外は、捨てる……
……何か、嫌だ……その、感じは、嫌だ……
「……それは、もったいない、と思います。他の人にだって、いいところがあるかもしれない、です……一番じゃなくても、その人の長所をみる場面を与えるというのは、だめでしょうか?」
教授が、少しだけ考え込む風を見せる。
「……よい、考え……ただ、魔獣に襲わせるだけなら、ダンジョンという閉鎖空間を生かしているとは言い難い……集団で魔獣に勝っても、どの個体の貢献度が高いか、判別がつきにくい……逆に、閉鎖空間であることを生かして分断、よりその個体の特徴を観測するようにするべき」
まるで聖職者のような格好をした魔人が、教授に対して考察を述べる。
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「閉鎖空間の中で、競争させてみては……より生存への意欲が高まるように……」
「何度か戦わせて、その度に選別すればいいと思う……必死になれば、みるべき特質が、出てくるかもしれない」
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比較的小柄な女の魔人がその後を続けるように、感情の起伏があまりない平坦な喋り方で同意を示す。
「……ティア嬢、貴重なアドバイス、有り難く頂戴致します……どうも、仲間内で視野が狭くなっていたようだ……この後も、何か意見があれば言ってほしい」
教授が、ティアに頭を下げてくる。
「……あ、はい……こちらこそ、差し出がましいことを申しました。すみません」
……何か、最後、そこそこ物騒な結論になった気がするが……
「ティア、君すごいね。あの教授が、他人の意見聞くことなんて、滅多にないんだよ」
「……わざと、そうしましたよね?」
ティアの目の輝きの温度が、少し下がる。
こんな魔人を束ねる者に、そんなことを言える……
……ティアのそれは、勇気や無謀ではない。
……自暴自棄でもない……
「……私、今日そんなつもりで来たわけでは……」
少女は優しく微笑む。
「……なら、どういうつもりで、来たのかな?」
ティアの胸元の服をいきなり摘む。
白すぎる不健康そうな肌が見える。
「……な、何を?!」
慌てて身を引いて、立ち上がる。
「……はは、ごめんね。あんまりにも肌色が悪いからさ……つい、ね」
少女は、目で椅子を示す。
……大人しく、座っていろ、と……?
「そんなに、怒った顔しないでよ……可愛い顔、台無しだよ……」
そう言って前を向く。
……可愛いから、なんですか……それで、何とかなるなら……私は、こんなことになってない……
「ああ、シルシル……何か、別に報告があるんだよね?」
「はい、例のロロス王国の件です」
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巨大な眼球の上に腰掛ける少女の魔人が応える。
「ザイン消滅の件、何とか天使人形から、情報を抜き取る事が完了しました……戦闘記録も、一部を除いて編集終了しています……ご覧になりますか?」
少女は、その魔人に笑いかける。
「それそれ、すごい見たかったんだよね……ティアも、一緒に見ようよ……僕達の仲間を倒した、人間達がいたんだって、すごいな……ザイン、決して弱くないのに……」
「ふん、ヤツは所詮最弱よ……俺らには、遠く及ばねえ」
少年の魔人ヴァルが腕組みをして、そんなことを言い出す。
……その場を、一瞬沈黙が支配した……
「あー、ヴァル君?その凄く痛いセリフは、なんだい?……本気で、言ってる?」
少女が、目を細めて少年の魔人を見る。
「……ヴァル、また城外で人間の子供と遊んでたでしょ?……会議の場が、白けるからやめてくれない?」
シルシルが、額に手を当てて溜息をつく。
「わ、悪い……ちょっと言ってみたくなった。リーダー、シルシル、勘弁な……だってよ、こんなセリフ言える時って、なかなか無いじゃん?」
手を合わせて、謝ってくる。
この中では、彼が一番人間臭い。
「君ね、人間が好きなのは分かるけど、これ以上乗員増やさないでよ?……シルシル、続きをお願い」
「これを、ご覧下さい……ザインと人間と天使人形、あと魔族の戦闘記録です……」
巨大な眼球から、映像が空中に映し出される……
「……何と、魔族が……共闘!?」
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「エクリプス、黙って……まず、見てみよう」
少女が、これまでになく真剣な表情をする。
……こんな顔、できるんだ……
映像が流れる……ザインとレオル、ミレニム、ジュラ、リン、ルミエル達の戦闘記録……
途中、映像が途切れ途切れになる……
最後、龍神と化したレオルが、ルミエルやジュラとの連携で、城外にザインを吹き飛ばし、熱線が焼き尽くしていく……
「以上になります……途中、ストラス・システムが一時停止する場面があったので、映像が途切れました……」
シルシルが、リーダーを見遣る。
映像が映し出された空間に、視点が固定されたままだ。
「……綺麗」
ティアが、思わずと言った風に呟く。
「……そうだね、僕も思った……あんな風に、戦える……信頼し合ってるんだ。お互いが、決して裏切らないって、分かってる……天使と魔族、それに人間だよ……すごいよ、これ……初めて見た……」
「……シルシル、あの魔族の名前は、分かるかい?それに、他の者も分かる範囲で」
シルシルが、巨大な眼球の方に手をやり目を閉じる。
「……魔族は、レオル……あの天使はルミエル……人間は、拳士がジュラ……ですね。もう一人の方は、ストラスが阻害されて、分かりません……最後に、陣を使っているのは、どうやら魔女ですね。名前はミレニムですか……」
教授も、懐から小さなメモ帳らしきものを取り出して、書いてゆく。
「……阻害ということは、ストラス・システムに干渉できるということ、勇者スキルの持ち主ですね……それに連携もですが、あの龍形態は、アルターでしょう……それに、少しだけ見えましたが、あの熱線を放っていた武器は……どこか、見覚えが……」
「……ブリューナクでは、ないでしょうか?僕の『万物の書』にあります……しかし、元のカタチと、違いが……」
トトが、少し興奮気味に書物を繰ってゆく。
「……変生……母なる闇帝の権能……ああ……まさか……この様な段階の世界で、顕現なされようとは……」
フールフールが、少しだけ震えながら近くの壁に寄りかかる。
「……フールフール、落ち着いてください。まだそうと決まった訳では……『収穫』が起きるには、この聖王国のレベルをみても、まだ先のはず……」
ゼグナがとりなすように、フールフールに声を掛ける。
「……会ってみたいな」
少女が、ぽつりと言う。
「……あの魔族のことですか?」
会場が雑然とするなか、少女のつぶやきにティアが応じる。
「そうだね……できれば、他の人間達にも、かな?ティア……僕らはね、こう見えても信頼というものでは、繋がっていないんだよ」
「……そう、でしょうか?」
ティアが横目で魔人達を見ていく。
……城内の同僚や貴族、王族に較べても、ずっと雰囲気が良さそう……だけど、確かに、この方と個々の繋がりはありそうですが、魔人同士の横の繋がりは薄く感じる……
「……あなたが、結び目だから、そんなことを?」
少女の目が見開かれる。
「ティア、君……すごいね……会ったばかりなのに、わかるんだ……話が分かってもらえるのは、気分が凄くいいね……」
「あのレオル達は、お互いを縛らない、命じていない……なのに、ああまで動ける……どうやっているのか、どうにか、話せないかな……」
……子供みたい……
ティアは心の中で、そっと溜め息をつく。
「……お手紙でも、書かれてはどうですか?……私には、よく分かりませんが……いきなり術を使っての通話は、便利かもしれませんが、失礼だと思いますよ」
「おお、その手があったね……ありがとう、ティア」
少女が、打ち切りと言わんばかりに手を叩く。
「……今日は、ここまでにしよう……トト、ロロス王国のダンジョンの招待状だけ、レオル君を指名にしといて……会ってみたいんだ」
小柄の魔人が、小さくもしっかりと頷く。
「あ、あの……そういうつもりで、言っていないんですが……」
……だから、なぜ、そう物騒な方に持ってゆくの……
「ティア、出口まで送ろう」
少女が、少しだけ驚いた顔をする。
「あの、この聖王国のダンジョンへの選別は、どうなるのですか?」
「……君、でしょ?……他に、聖王国からは誰もこの船に来ていないんだから……君、一択だけど……」
少女が、艦橋の上の突き出している部分に立つ魔族に目で何かを伝える。
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「はい、他に聖王国からは、今回のダンジョン参加はありません……その方だけです」
少女は肩を竦める。
「ティア……始める前に聞くのはルール違反かもしれないけど、何か得意なものはある?もちろん、戦闘面で」
「……ありません。見れば、おわかりでしょう……私は、ただの小間使いです。ただの数合わせです」
下を俯いたまま、ポソポソと喋る。
「……他の者は、出せないというのが、聖王国の総意なのかな?」
ティアは、ゆっくりと顔を上げて少女をみる。
笑っては、いる……だが、なにか笑みの温度が変わったように感じるのは、気のせいではあるまい。
「……そちらが、この聖王国の戦士を殺しすぎたからでは?……私に総意と言われても、そんな権限がないことぐらい、貴方ならお判りでしょう?」
それもそうだね、と少女は言う。
「質問を変えよう……君は、何だい?」
「おっしゃってる意味が、分かりません」
「本当に……?」
「どうして、お知りになりたいんですか?」
「分からないかな?……君に、興味が湧いた……ヴァル君じゃないけど、人間の君が少しだけ、気に入ったんだろうね、僕は……」
……何故だろう、優しいことを言われているのに、イライラする……
「……私は、聖王と小間使いの間に生まれた……私生児です……穢れ、です……この聖王国においては……生きていることすら……認められていません」
「……続けて……」
ずっと、こんなことを誰かに話したことはなかった。聞いてもらったことは、なかった。
何か熱いものが込み上げる……
……こんな魔族相手に、これ以上みっともないところを見せてやるものか……
「……今、聖王国では王位継承者がいません……だから、私の存在が今まで以上に……穢れは、せめて役に立って……」
ふわりとしたものが、鼻をくすぐる。
少女の衣装から良い香りがする……やさしい匂い……
「うん、もういいよ……分かった」
抱きしめられる。
魔族なのに、体温を感じる。
魔族は、氷の血が流れている……とは、誰が言っていたのか……
「ティア……僕達の仲間になってよ……」
……やめて……
「君のこと、いていいよって、いつも言ってあげる……君の存在を、肯定してあげる……」
……やめて……私にだって、誇りがある……
……あの、白い美しい髪を持つ、優しい母さんの子供だ……ずっと、それだけを支えに生きてきた……
……生きてきたんだ……!
……魔族に、肯定される、ものなんてない!……
……この想いだけ、は誰にも汚されてなるものか……
「やめてください!」
強い言葉が出た。
少女を押しのける。
「私を……哀れまないで……」
唇を強く噛みしめる。
こらえきれない涙が流れ出る。
「……私を、否定しないで……」
少女はしばらく黙って、ティアを見ていた。
「出口まで、送るよ……」
そう言ったのは、どれぐらい経ってからか……
ティアには、もう分からなかった。
戦艦の昇降口で、ティアの背中を見送る少女は大きな溜め息をつく。
「振られちゃった……結構、くるね、これは……」
瞳だけが後ろを見遣る。
「……で、いつまで隠れているの?……あんなか弱い女の子だって、一人で奥まで来たっていうのに……君は、こんなところで、いつまで足踏みしてるの?」
男が音もなく、影より現れる。
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「穢れが……役にも立たないか……」
男が吐き捨てる。
「死呪紋……ティアが僕達に殺されたら、彼女の内在する力を、死の呪いにする……そんなの、やらせると思ったの?……聖騎士の残党君?」
光を帯びた刀身が振り抜かれる。
少女は、動かない、
硬い壁を鉄が掻きむしる様な音が、響きわたる。
少女の前の見えない壁が、刃を削る。
「魔族の首魁さえ……!」
懐に手をやる……だが、肘から上が、痛みすら感じさせずに切り飛ばされる。
「だから、そういうのやめて……爆発とか、後が面倒だから」
男の首を、光が薙ぐ……
目にもとまらぬ剣技が、男を絶命せしめる。
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「あんな……可愛いティアを悲しませる国なんて、あっては、いけないんだよ……」
少女は、剣を一振りすると踵を返す……
「ティアと、もっと、お喋りしたかったなぁ……」