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冒険者 #7
一夜語り
ギルドハウス内の部屋の真ん中でミレニムは、腕組みをして、真剣そのものの顔で開口一番……
「お金が、ありません!」
「いきなりと言えば、いきなりだな……」
レオルがカップから口を放して、ミレニムを見遣る。彼女は、ふわっとした室内着を着ている。
今日は、各々街中のドブ掃除だの、ドブネズミ退治などをして、日銭を稼いだ。
それが終わっての夜だ。
「……そんなに、ないの?今日も働いたじゃない」
何やら菓子を頬張りながらジュラが言う。
「ジュラさん、この間のダンジョン探索はダメになりました。当然報酬はありません。治療費とかの出費だけです。その前のダスクウルフの報酬はもう尽きました。ここのギルドハウスの家賃や俺等の食費を考えると、かなりのジリ貧です」
ハクロがジュラに丁寧に説明する。
「……正直、今日まで碌な依頼がありません」
「やばいのよ、このギルドハウス追い出されたら、このパーティーの危機なの!」
ミレニムが手をぶんぶん振り回す。
「……このパーティー、崖っぷちが好きだな」
「……好きじゃありません!……とにかく、重要な連絡事項だったので、先に言ってみました!……では、レオルさん、話をどうぞ!」
「……この流れで、話すのか?」
さすがのレオルも怯む。雰囲気とか、話の流れとかが、あまりにも丸無視だ。
「でも、このパーティーらしいよね……レオル、話してよ。僕、聞きたいよ、どうして今の君になったのか」
今は、部屋の真ん中にある、削り出しの変わった形のテーブルで皆集まって話している。
ここは街中にあるギルドが格安で貸しているギルドハウス。ミレニムの名義で借りているところに、レオルやジュラ、ハクロが転がり込んでいるのだ。
「……お茶、いれてきます……待っていてください」
「ありがとう」
「助かる」
そして、レオルはポツリポツリと話し始めた。
長い話になったが、皆静かに聞いていた。
「……ラナーグ公国は人類の領域の西端、その先に魔族の住む薄闇の領域があるとは、きいていましたが……そんな物騒な話、ロロス王国には伝わっていませんよ」
ハクロが開口一番、そんなことをいう。
「そんな話が広まったら、今こそ魔族討つべしとか、聖王国あたりが首突っ込んてくるから、ラナーグ公国は、緘口令を出したんでしょ……レオル、なんと言ったら……」
ミレニムが何か言いかけようとした時、それに割り込むようにジュラが手を挙げてくる。
「レオル……一つ聞きたいんだけど、いいかな?」
「……なんだ?」
「……闇帝って、何処に行けば戦えるの?」
シンとした静寂が、その場に放り込まれた。
「……ジュラ、あんた、もの凄いバカでしょ……」
ミレニムのため息は、とても重いものだった。
「そんな言い方なくない?僕は真剣に聞いてるのに!」
「普通はきかないし、考えない!あんた、突き抜けすぎ!加減してよね!」
ミレニムが、ビシッと指を突きつける。
「……はは、重い雰囲気が、何処かに逃げていきましたよ、レオルの兄さん……苦労、なさいましたね」
「ハクロ」
「レオル……貴方は頑張ったと思う。世界はあなたに一度救われた……だから、もう自分を許してあげて……アナスタシアさんも、そう願ってる」
「ミレニム」
「レオル、君の力は必要だったんだよ、だから悔やむことは、全然ないと思うな、僕は」
「ジュラ」
「……少しだけ、楽になった。ありがとう」
レオルは自然と、頭を下げていた。
夜は更けていく……
エルフが会いに来た
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「あれ、ミレニムじゃん……最近、パーティー組めたって聞いたけど、景気はどうなの?」
若い活発そうな少女が、依頼の掲示板を真剣にチェックしていたミレニムに声を掛けてきた。
「……景気というか、お金がピンチです。パーティー組めたのは、良かったんだけど、本当に良かったんだけどね……お財布がぺっちゃんこなのぉ……ニィナ」
「うわ……なんかマジすぎて、引いちゃうんですけど……なんで?依頼、そこそここなしてるんじゃ?」
ミレニムがすがりつくように寄ってきたので、その分下がって払うように手を振る。
「大きな依頼が、なんか上手くいかないというか、邪魔が入って破棄せざるを得なくなったというか、ね……とにかく、なんか、なんかなんだよー」
「わけわからん……で、あれが、ジュラってコ?なんか強いらしいじゃない?」
少し離れたテーブルで、他の冒険者と話してるジュラの方へ視線をやる、ニィナ。
ニィナは、カリウスという元騎士が率いるパーティーメンバーだ。そこでスカウトをしている。
なかなか耳聡いことで有名だ。
「……言っときますけど、勧誘はダメだからね!あれは、うちのコだから」
「……えー、声かけぐらい、いいじゃん」
「ニ・ィ・ナ」
ミレニムがジトッとした目で、こちらを覗き込んでくる。
「うわ、マジだよ、このヒト……あんた、ボッチの期間長かったからって、過剰な囲い込みはメンバーから引かれるよ」
「ボッチ、言わないで……で、あんたとこはどうなの?この間のダンジョン、一番だったって聞いたけど?」
「まあ、ぼちぼちかな……カリウスは、相変わらず手がかからないし、稼ぎも安定してるからさ」
左手をヒラヒラさせながら、肩をすくめた、
「あとは、剣士とハクロだよね、姿見えないけど?」
「……いま、リタの雑貨店で配達の手伝い」
「え、剣士にそんなことやらせてんの?……よく怒んないね、そのヒト」
「なんかね、そんなヤツなんだ……いいでしょ。あげないけどね」
ミレニムが明るく笑って、ニィナの肩を叩く。
「……おめでと、ミレニム。あんたがそんな風に笑えるようになったのは、素直に嬉しいよ」
ふんわりとした雰囲気がしばし流れてゆく。
「ねえねえ、ミレニム……なんかこの耳の長いヒトが、レオルに用事があるんだって」
後ろから、ジュラが彼女の肩を突付いてそんなことを言ってきた。
「……あの……私、エルフィと言います。レオルという名の魔ぞ……むうっ!?」
その時のミレニムの速さたるや、ジュラも驚きのあまり目を見張るほどだった。ギルド内にヒトが倒れる音が響き渡り、ミィナが数歩、現場から下がる。まるで砲弾でも落ちたような音だった。
「わっ、ミレニムが耳の長いヒト、やっちゃった……」
きゅう、という声が聞こえたか、聞こえなかったか、ミレニムがエルフの少女を正面から口を押さえて押し倒し、気絶させたことは、ギルドの後々の語り草になった。
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リタの雑貨店は、パンとかの食料品から武器までなんでもござれの店だ。年老いた両親に代わり娘のリタが一人で切り盛りしている。
時々、配達など店を空ける必要がある用事だけ、冒険者ギルドにお願いしている。依頼料は安いが、昼休みにまかないが出るので、レオル達は重宝していた。
「レオルさん、ハクロさん、お茶置いときますねー」
ポットが、レオル達の作業場にとん、と置かれる。
「リタさん、いただきます」
「いつも助かる」
レオルとハクロが作業の手を止めて、彼女に礼を述べる。
「いえいえ、こっちも棚の修理とかさせちゃって……ありがとう、しかないよ」
リタの店の依頼を何回かこなすうちに、配達の合間にちょっとした修理や手伝いをすることが増えた。
「……ハクロさん、変わった?」
ポツリとリタがそんなことを口にした。いきなりだった。
「ですかね……あまり自分ではわかりませんが、今の主人がいいからかもしれません」
少し笑って、作業する手元に視線を落とす。
「前は、怖かった……ハクロさんのパーティーの人達、柄が悪い人達が多かったし、ハクロさんも黙って下ばかりみてて、何か怖かった……でも、今笑ってることが多いよ。今の方がずっといい」
「リタさんにご迷惑を……本当、勘弁です」
ハクロが向き直って、深々と頭を下げる。
「いいですって、ハクロさんの立場じゃ仕方ないよ……でも、もうしないで下さい、あんなハクロさん、見たくないから」
「はい、約束します」
リタはにこりと笑って、店の方に引っ込んでいった。
「……お見苦しいところを……レオルの兄さん」
「いや……よかったな」
「はい、これも兄さんのおかげです」
レオルは何も言わずに、作業に戻った。ハクロとは、特に喋らずともそれで良い時が増えた気がする。
「すまないが、道を聞いてもよいか?」
作業場は店の裏で道に面している。
耳の長い麗人が立っていた。
「冒険者ギルド、というところに行きたいのだが、どう行けばよい?」
「ある程度まではそこの大通を道なりだが、説明が難しいところがある……もう少ししたら、ここの仕事があがる。待ってくれるなら案内するが、どうする?」
「それは助かる……王都は久しぶりでな。色々と忘れてしまっている。そなた、冒険者か?」
レオルの方を覗き込む麗人は、所作に品がある。
「なかなかその呼び名に慣れないが、そうだ」
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「ならば聞きたい……レオルという者がいると思うが、どのような者か教えてもらえぬか?」
レオルの目が、わずかに細くなる。
「失礼ですが、姐さんは、どこのどちらさんで?」
ハクロが、作業を止めて立ち上がる。
「これは、失礼をした……私はソール森林王国、昏き世界樹の守り手、ルナティア・ノクターンである」
この世界でダークエルフと呼ばれる彼女は、柔らかな月の光が降るような笑みを浮かべて名乗りをあげた。