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冒険者 #22
涙
全てが、ぼんやりとしている。
「……レオル様?……私……何を……」
エレクチュアには、周りの様子が遠くに見えていた。
ミレニムが、茫然と巨人の拳に縋り付く様を……
シンエンが、ミレニムに駆け寄り、再び触手を呼び出し、拳を持ち上げようとしている様も……
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ああ……あれを上に上げるよう、雷王に言わなくては……声を、出そうとして頭の奥が痺れて、口が少し動いただけ、だと気づく。
早く、あれを上げないと……
レオル様が、あのお優しい方が、どんなに苦しんでいらっしゃるか……
いきなり、自分の身体が横に倒れ込む。
殴られた、と理解したのは、少ししてから頬に痛みを感じたからだ。
「何してるんだ!……早く、アレをどけるんだ!」
ジュラが、怒りを目に込めて、殺気のこもった声を上げた。怒りのあまり、全身から気炎があがっている。
「……いいか、レオルを殺した君は、絶対に許さない!……でも、僕が君を殺すまえに、あのデカブツの腕をあげるんだ!」
レオル様を、殺した自分は、もうどこにもいけない存在になってしまった。
自分でも、自分が許せない。
復讐に、関係のないレオルを巻き込んでしまった。あの自分と同じ心を持ち、自分の愚かしくも捨てられなかった昏い心の炎を分かってくださった方を……殺されて、当然だ。
「はい……」
エレクチュアが、手で雷王に合図する。
小屋ぐらいなら一撃で潰してしまえる巨大な拳がゆっくりと、上がってゆく……
「……いな、い?……」
ミレニムの口から、力ない声が漏れる。
「……どういうこと、ですか?……レオルさんが、この下に飛び込むところは、確かに……」
シンエンが、巨拳があった場所を触れる。
レオルの姿どころか、ルミエルまでも見当たらない。ジュラも、慌てて駆け寄る。
「どういう……確かに、この目で……」
そこから、少しはなれた建物の陰に、彼はいた。
いや、彼等と言うべきか。
「お前……私が言うのもどうか、と思うですが……あの深刻な空気のところに出て行く、のですか?」
レオルに抱きかかえられたルミエルが、そんなことを言ってくる。
「……私だったら、絶対に行かないですよ」
「……言わないでくれ……正直、まず、最初にどう声をかけたものか、と考えているとこだ」
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「……お前、結局、なんなのです?……私から力を取り上げたり、かと思ったら、死にそうになってまで助けたり……どこか、壊れてるんですか?」
ルミエルが、彼の瞳を探るように見つめてくる。彼女はごく真っ当なことを言っている。
レオルのような考え方になる者のほうが、少ないのだろう。
「……誰もが、そう、聞いてくるよ……俺は、あまりに多くの死を見てきた……だから、臆病になった……もう、目の前でだれかが、死ぬところを見たくない、と思うほどに……」
レオルは、ここでない何処かを見ている……そう、ルミエルはなんとなく、そう感じた。
「お前は、誰かの名前を呼んでいた……それだけ、だ……待っている、大切な誰かが、いるんだろ?」
「……関係ない、ですよ……魔族のお前には……」
目を逸らす、ルミエル。
「……こんな、役立たず……見捨てられるのです……」
消え入るような声。
「そんなに薄情なのか、そいつは?……酷いやつだな」
「リ、リゼルのこと悪く言うな、です!……リゼルは、いつもオヤツを分けてくれるのです!一緒に街に出る時も、いろいろ奢ってくれるのです!……それで、怒ったりしないのです!……いつも、黙って話を最後まで聞いてくれる、私にはもったいない……友達、たった一人の友達なのです……」
声が最後の方、聞き取れない程に小さくなる。
レオルも黙っているのを、不思議に思ったルミエルがみやると、彼の口の端が笑いの形をしていた。
「……お前……してやったり、ですか!ひどいやつです!やっぱり、魔族は信用ならないのです!」
盛大にすねて、怒りはじめた。
「……さて、覚悟を決めて、出て行くよ……付き合ってくれ」
「……え、あそこへ行くのですか?……私、今度こそ、終わりなの、ですか?」
シンエンやエレクチュアがいるところへ行こうと言うのだから、当然の反応であろう。
「大丈夫だ、そんなことにはならないし、させないさ」
「……お前、……いや、何でもないのです……勝手にしてくれ、ですよ」
すごいバカじゃないか、と言いかけてやめる。
多分、コイツは数え切れない程、言われてるのではないか。だから、助けてもらった恩に、自分くらい言わなくていいのではないか、と思ったのだ。
ただ、それだけだった。
「……心配をかけた……勝手をして、すまなかった」
レオルが、ミレニム達のところに戻った、第一声がそれだった。
ルミエルが、考えてそれですか、といわんばかりの視線を突き刺してくる。
「レオルさん……どうやって………?」
「……正直に言えば、よくわから……」
ミレニムが、目を見開いて魂の抜けた顔をしているのが見えた。
その一方で、ジュラが、街路のレンガが割れんばかりに足を踏み下ろした。
「……レオル!」
「はい!」
「レオルは、いろいろひどい!……僕の寿命が、1年は縮んだ!……ホントに、死んだか、と思ったんだ……ぞ」
ジュラの目の端に涙が滲んでいた。
彼女が泣いたところを初めて見たと思った。
ルミエルを街路に降ろすと、ジュラの方に近づく。
「すまなかった」
深く頭を下げる。
次の瞬間、ジュラに抱きつかれていた。首にかかる手が震えていた。
「……僕だって、君のことが好きなんだ……もう二度と、あんなこと、しないでくれ……頼むから……」
「ああ……分かった」
ミレニムの瞳から、ただ、涙が流れていた。
「……レオル……レオル……」
「ミレニム……心配させて、すまなかった」
ミレニムの手が、同じように、レオルの首にかかる。
「心配……心配した、の……もう、やめて。本当に、やめて、よ……」
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「ミレニム……」
「あなたがいなくなる、なんて……耐えられないから……無理だから……あなたのかわりなんて……ない、んだから……」
心からの悲痛な声に、胸が潰れそうになる。
日頃、気丈に振る舞っているミレニムに、こんな顔をさせてしまった。
ただ、ただ申し訳なかった。
だが、同時にこんなに心配されて、自分は幸せだと、思った。
レオルは、無言でミレニムを抱きしめた。
「レオル様……ご無事で……」
エレクチュアが、迷子のような顔をして泣いていた。まるで自分が、泣いているのを気づいていないように……
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「……ああ、よかった……貴方まで、この穢れた手にかけたかと……ですが、外道にも劣ることをしたことに、違いはありません……」
エレクチュアが、地面に頭を伏せる。
「……私情から、貴方様を危険にさらしました。いかようにも、処してください……貴方様に、従います」
レオルが、エレクチュアに声をかけるまて、一匙ほどの間が空く。彼女の心情は、痛いほど分かる。
だから、これから言う事は、彼女にとっては死ぬより辛いかもしれない。
「……なら、ルミエルに、力を返してやってくれ……頼む」
「……!それなら、いっそ死を賜わりたく……貴方様に殺されるなら、私は……」
苦痛を堪えるように、エレクチュアが望みを吐き出す。レオルを殺しかけた身だと分かっていても、それをするぐらいなら、この身を裂かれたほうがましというものだ。
「……俺は、お前に死んで欲しくないんだよ、エレクチュア……我儘かもしれないか、ルミエルにも同じことを思っている」
「むごいことを仰います……貴方様は、本当にひどい方です……」
レオルが、ルミエルの方を見遣ると、ルミエルがひどく驚いた顔をしていた。
「……ルミエル、力を戻す代わりに、シンエンとエレクチュアには、今後関わらないと、約束してくれないか?」
「……お前、本当に馬鹿なのですね……こんな、ヤツ見たことがないのです……生命のやり取りをしたのに、それをなかったことにしろ、というのですか?」
エレクチュアやシンエンの方を、見ながらルミエルが呆れたようにいう。
「そうだ……今こうやって、お前とは話せてるだろう……シンエンやエレクチュアと分かりあえ、とまでは、言わないさ……だけど、相手の事情を踏み潰して、ただ人間の敵、神の敵として、最後まで戦うのは、やめてくれないか……お前にも、心があるのだろう?」
ルミエルは、自分がどんな顔をしてるのだろう、と思った。
なんということを、この魔族は言ってくるのだと。傲慢とさえ思った……
こんなふうに自分の存在意義を否定してくる人間、まして魔族が、これまでいなかったのだ。
だか、自分が破壊される寸前、友達の顔が真っ先に浮かんだ。
自分がレオルに助けられたとき、もしかしたら、また友達に会えるかもしれないと、どんなに救われた気持ちになったか……
多分、自分は兵器として失格なのだろう。
シンエンやエレクチュアにも、そんな存在があるのかも、と少しでも思ってしまった自分はもう前のように戦えないかもしれない……
「……分かった、ですよ……今回は、お前の言う通りに……」
「レオル、ミレニム……無事だった……のか?」
カリウスが、シンエンやミィナを連れて、おそらく一番タイミングの悪いときに現れた。
「あ……」
とは、誰の声だったのか……
レオルにミレニムとジュラが抱きついたままで、足元に見たことない女性が土下座している。
まして、もう1人の女性、ルミエルと深刻な話をしていて、もう一人の妙齢の女性の傍からは、触手や竜頭が蠢いている。
ついでに、あまりに巨大すぎてカリウス達に認識できなかったが、雷王まで膝をついた状態で待機している。
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「……お邪魔だった、かな?」
カリウスが、何とか、という風にレオルに声をかけた。
さすが高ランクパーティーのリーダーの胆力というべきか。
「カリウス……俺、ちょっと、用事が……爺さんの遺言で、こういった修羅場には、関わるなって……まして、これは人外すぎる、から……任せた!」
エイランが回れ右したところを、ミィナが服を掴んで引き留める。
「エイラン、私だって逃げ出したいんだから、我慢して!」
ミィナの声は、小さな悲鳴に近かった。
「ノワール……アイツらのこと、上に報告……天使を、海魔と一緒に、痛めつけた、冒険者パーティー……まして、魔族まで匿ってる、となれば……くぅ」
物陰から、一部始終を見ていたカリナが、痛みを
堪えながら、ノワールに指示する。
「……王家が、黙っていない……でも、まず傷の手当を……ここまで、分かれば充分です……」
ノワールは、左腕だけでカリナを支え、暗闇に消えて行った。
レオルが、ミレニムの手をそっと外す。
ジュラか、表情を切り替えて構えをとる。
シンエンやカリウスも、何かを感じ取ったようにそれぞれが身構えていた。
エレクチュアだけが、「ああ……」と空を見遣っていた。
「探したぞ、この役立たずが……」
その何かは、闇が形を成し、現れ出づる。
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「……ザイン様」
ふわりと、エレクチュアの近くに降り立つと、いきなり彼女を殴り飛ばした。
「このウスノロが、俺の手を煩わせるな!」
レオルが魔剣に手をかける。が、シンエンに止められる。
「レオルさん、ダメです……今、アレに暴れられたら、何人かは助かりません、堪えてください」
シンエンが、カリウス達やミレニムに視線を投げかける。
「アイツ、今いる全員でかかっても、かなわないかも……内在するものが異常だ」
ジュラが、ザインというモノの中を見抜かんと、目を凝らしていた。
「申し訳ありません……マスター」
ザインと呼ばれた何かは、雷王の方を見上げると、口の端を歪ませる。
「だが、既にこれを押さえたことは、お前にしたら、大したもんだ……で、そいつらは、なんだ?天使人形までいるじゃねえか……なんで、始末していない?」
エレクチュアが、しばらく躊躇ったあとにザインを見上げる。
「……この方達には、私が現地の人間に捕まっていたところを助けて頂きました。天使人形の制圧にも、手を貸して頂きました……天使人形は、まだこの武神のコントロールを奪いきれていなかったことから、生かしているだけでございます」
ザインが、レオル達を睨めつけるように見たあと、エレクチュアを覗き込む。
「……なら、仕方ないか……?お前の人形どもに対する憎しみの深さは、俺も認めてるからな……で、いつ終わる?」
「あと一度、吸い上げれば終わります……ですが、あの者達が、抜け殻になった天使人形を、調べるために欲しております……特に、あの魔族や海魔達が、人形に対してただならぬ執着を持っております……私を助けていただいた礼に、あのガラクタを与えてやっても、よろしいでしょうか?」
ザインが、ルミエルを見る。
価値のない、まるで石ころをみるように……
ルミエルが、少しだけ悲鳴に近いものを吐き出す。
「まあ、どうでもいいか……いつも、人形共を壊しまくっていたお前が珍しいな……あの魔族が、そんなに、気に入ったのか?……なんなら、誘いをかけるか?それなりに、腕は立ちそうだが?」
「いいえ、ザイン様……あの魔族は、天使人形に遅れをとる程度のもの……それに、自分の気に入った女どもが既にいるようです。誘いには、応じませんでした……お気に召すほどの者ではありません」
彼女はザインと話し始めてから、冷徹な表情を維持している。何を考えているのか読みとれない。
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エレクチュアがレオル達の間を縫って、ルミエルに近づく。
カリウスがレオルを見遣るが、彼はエレクチュアの方を、黙ってみているのみだった。
「……お前、どれだけ私の同胞を、手にかけてきたのです?!……近づくな……やめて……」
ルミエルが必死に後ずさるが、エレクチュアの電気の槍が彼女の首や胸に突き刺さるほうが速かった。
ルミエルの肢体が何度か痙攣したあと、動かなくなる。エレクチュアは、槍を引き抜くと意識を失ったルミエルの身体を、レオルの方に蹴リ転がした。
「持って行くがいい……壊れかけの天使人形、役に立つかわからないがな……」
エレクチュアの瞳が、わずかに揺らぐ。
レオルが微かに頷くと、エレクチュアは無言で身を翻し、ザインのもとへ近づく。
「行くぞ……」
ザインか、現れたときと同じように闇そのものに溶けこんでいった。
エレクチュアが手を振ると、武神も空間を割り、撤収にかかる。
「レオル様……御恩をお返しできず、申し訳ありません……この王国からすぐに退避することを強く、お勧めします……間もなく『星落とし』が始まります……どうか、ご無事で……」
エレクチュア深々とお辞儀して、雷王にすくい上げられて、消えていった……