
冒険者 #10
黒騎士
レオルが魔剣を脇に置くと、椅子に座り込む。
「お疲れ様です、レオルさん」
エルフィがお茶を渡してくる。
ここは、凍結した世界樹都市に一番近い、もう少し小さな都市。ここにも小さくはあるが、世界樹が中央にそびえ立つ。ここは民家は少なく、樹木が多い。
あれから、レオルたちは雪雲が広がり、凍結が広がっていくのを先回りをして、この都市に拠点を構えた。雪の吐息を吐く魔物を狩り続ければ、何か出てくるのでは、とはルナティアの言。
レオル達が魔物を10匹ほど倒して、2日が経過していた。

「ありがとう、エルフィ……いつも助かる」
ふふ、とエルフィが笑う。
「……レオルさんって、いつもそう言ってくれますね。人間の夫婦ってこんな感じなんですか?」
「さあな……俺も素直にいろんなことに感謝をおぼえるようになったのは、最近だ。ミレニム達のおかげだな」
「いいですね、そういうの」
今は、エルフィとレオルしかいない。他のメンバーが、このやりとりをみたら複雑な顔をしたに違いない。
「エルフィは、良い人はいないのか?」
「いませんね……これまでも、そんなことは思った事がありません……きっと私達は長寿だから、そういう感情が薄いのかもしれません」
エルフィが持っていたトレイの端をいじる。
「種族を存続させようとする本能が弱い、か……ミレニムが、そんなことを言ってたな……」
そう言って、お茶のコップに口をつける。
他愛のない話だ。
「……あ、手の甲、怪我してます」
エルフィが、レオルの返事を待たずに左手を包み込む。淡い光が傷を包むと、すっと傷が閉じていく。エルフの植物や動物の成長を促す術の応用だ。
「勝手にすみません」
慌てて手をはなすエルフィ。傷と見たら治すことが、当たり前になっているようだ。
「すみませんは、余計だ……エルフィは、よくそれをいうが、傷を直してもらって気分が悪い者はいない。自分を大切にしてやれ……」
「……は、はい。すみま……!」
レオルの指が口の前に、そっと立てられる。
「ありがとう、だ……」
「……ありがとう、ございます?」
何故か疑問形だった。
「……そろそろ、入ってよいか?なんか、恋とかが生まれそうな感じのところを邪魔してしまったかの?」
ルナティアが、ジト目で入り口に背を預けてこちらを見ている。
「ル、ルナ、何言ってるんですか!……レオルさんには、ミレニムさんとかいるんですから、失礼ですよ!」
「……とかのミレニムも、いるんですけど……そういうの、パーティーの関係が微妙になるんで、触らないようにお願いしまーす」
ルナティアの後ろから、ミレニムがさらにジト目でエルフィを見てくる。
「す、すみませーん!」
エルフィの声は、悲鳴に限りなく近かった。

頭部に二本の角を持った魔物を、ジュラとレオルが降す。ジュラが崩し、レオルが止めをさす、この連携が板についてきている。
魔物は、虫と獣の二つのタイプを今ところ確認している。雪は雲がひたすら広がっていくばかりで、これまでの勢いだと、後二日で今拠点にしている都市に雪雲が到達する。
「なんか、作業みたいになってきたけど……魔獣倒しても効果なくない?」
ジュラが獣型の魔物の骸に視線を投げる。
「今、ミレニムやルナティアが、魔物の出現位置を洗い直している。その中心を特定できれば、発生源が割り出せるらしい……さらにハクロとエルフィが、その候補地を偵察することで、特定がはやくなる見込みだ……」
「そっか、エルフィまで頑張ってるなら……こっちも文句言ってられないね……レオル、なんか来るよ」
雪の森、木の陰から銀色の髪が覗く。
白い襟巻きの少女がその姿を現した。
「パパ……ここにいた」
雪をポスポスと踏みしめて、グレイシャがレオルに寄ってくる。
「……えっ、レオル、娘さんがいたの!アナスタシアさんとの子?……」
さすがのジュラも驚きが隠せない。
「そんな訳がないだろう……この間の都市で会ったんだが、何故か父親と勘違いしているんだ……またこんな寒いところで、何してるんだ?」
レオルにぎゅっと抱きつく。嬉しくて仕方がないようだ
「パパ……レオル、パパ……寂しかった……」
自然とその頭を撫でてやる。くすぐったそうにするが、さらに胸元に頭を預けてくる。
「……レオル、ホントに娘じゃないんだよね?……どっかに預けてた子じゃないんだよね?」
ジュラが、目を細めてレオルに疑いをかけてくる。レオルは頭を抱えたくなった。
「ジュラ、勘弁してくれ……お前に疑われるのは、結構堪えるんだ」
「あなた、パパのなぁに?……あなたもパパの子供?」
ジュラの方をみて、そんなことを言ってくる。何か危うい感じがした。
「いや、僕はレオルの友達だ……君は、なんだい?」
「私は……私は……暗いところにいたの……寂しいところ……パパに、ここに居なさいって……」
ジュラの一言が、きっかけになったのか。ここではないどこかを見ているように、暗い声で喋りだす。誰に聞かせるでもない言葉が、溢れる。
「……迎えに来るからって……待ってた……わからなくなるぐらい待ってたの……」
少女の瞳から冷たい涙が流れる。
「……扉が……開いたの……パパの声が聞こえた気がして…………しなさい、て……言ってたの……」
だが、涙の自覚もないまま、人形のように感情が消えたような無機質な喋りになっていく。
「……お、おい、君……」
「グレイシャ、もういい!」
レオルは少女を抱きしめていた。
「パパ……パパ……」
ああ、いけない……レオルは、こういうのを見捨てられない。悲しい魂の持ち主を見捨てられる訳がない。
ジュラにしては、本当に困った顔をしていた。
「……レオル」
ジュラが拳を上げて構える。
「ああ、分かっている……グレイシャ、下がって……」
魔剣を抜いて、少女を背中に庇おうとするが、それをすり抜けて少女がレオルから離れて森の方へ歩を進めた。
「ヴァルハルト……迎えは要らないと、あれほど」
重厚な黒鎧を纏った騎士が森より、姿を現した。
「グレイシャ、その者らが我らが魔獣兵を倒している奸賊だ」
「よい……その者らは、エルフではない……一度だけ、見逃そう……すぐに、ソール森林王国より出ていくがいい」
冷たい氷のごとく表情のない少女が、襟巻きの端を後ろに流し、レオルを見据えていた。
