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冒険者 #4

 獣人ハクロ

 「引き寄せ香?」
 汚れた小さな袋に怪訝そうな顔をするレオル。
 「……本来は魔獣とかおびき出して倒すためにある道具なんだけど、……これは、嵌められたかも?……私が原因だ」
 ミレニムが苦い顔をして、言葉を押し出した。
 「ダスクウルフがたくさん来たのって、この人のせいってこと?あの黒いやつも?」
 「かも……前いたパーティーの仲間だったんだけど……私が彼等の犯罪の証拠を、ギルマスに喋ったことを恨んでるんだと思う」
 「じゃあ、悪いやつだよね……ほっとく?多分死ぬけど?」
 ジュラがある意味正論を述べる。
 「ハクロは……パーティーが買い付けた獣人奴隷だったから、彼自体に悪意はないでしょうけど……」
 
 「……ミレニム、魔法薬あるか?」
 「レオル?」
 ミレニムが不思議そうに見遣る。
 「……正直、ジュラのほうが正しいだろう。だが、これは人の死を見たくないだけの、俺のわがままだ」
 あまりにも多くの身近な者を亡くしたことから、今の彼は死に対する忌避感が強すぎるのだ。
 「……言っとくけど、かなり高いよ?今回の報酬、ダスクウルフしか討伐報酬にならなかったら、人数分で割り算したら、トントンになっちゃうけど?」
 「……厳しいな」
 レオルは、軽く息をついた。

 「ブラッドレインのギルドマスター、ステラです」

ステラ

 「ダスクウルフの討伐お疲れ様でした。また、未知の魔獣の報告も、ミレニムさんから受けております。それを討伐した件も、勿論承知しております……また、問題のパーティーがミレニムさんのパーティーを危機に陥れた件、ギルドとしても厳正に対処させていただきます……その所属メンバーであるハクロ氏が、証言してくださることで、彼等の拘束に繋がりました」
 聡明……それがステラの第一印象だ。ミレニムが、ソファの端に腰を載せて、緊張しまくり恐縮しまくりの顔をしている。
 「あ、そっか……レオル、そこまで考えてあのハクロっての助けたんだ。僕は捨ててこう、って……むう!」
 ミレニムが、全力でジュラの口を塞ぐ。
 ステラが柔らかな微笑を深める。
 「人の生命は、大切ですからー!」
 ミレニムの必死のごまかしも、あまり功を奏してはいない。
 「ハクロ氏は、奴隷の立場。言いなりになるしかないことは、情状酌量の余地がありますが、貴方たちの生命を危険に晒したことに変わりありません」
 レオルはそれを静かに聞いていた。
 「ですので、貴方達次第です。彼を強制労働させてその賠償金をうけとるのも、彼を普通の奴隷として商館に戻すのも」
 ミレニムは、彼の方を見てその重い口を開く。
 「……思うところが、私にもないわけではないけど、ハクロの件はレオルに任せるわ。貴方が助けたのだから、貴方が決めるべきよ」
 一匙ほどの沈黙のあと、レオルは居住まいを正してステラに向き合った。
 「マスター・ステラ」
 「はい」
 ギルドマスターが静かに応じる。
 「貴方は相当の知識と判断力をお持ちの方であるとお見受けする。その上で教えて欲しい……ハクロなる奴隷を、どうすべきか。正直、賠償金は考えていない。そんなために助けたわけでもない。これは、ただの俺のエゴだ」
 「……エゴとは、どのようなことか伺っても?」
 ステラも膝に手を置いて、レオルに向き合う。
 「俺は、自分の生まれた国で王が自国の民を犠牲にする行いに叛逆して、何十人もの同族を殺めた……また、自分の任されていた領地の民や部下、大切にしていた者を死なせてしまったどうしようもない奴だ……だからこそ、生命がどんなに脆く失われやすいものかを知って、怖くなった……正直、誰であれ死ぬところをみたくない、という俺の傲慢なんだ」
 「だから、ハクロ氏を扱いかねているのですね、貴方の国には、奴隷はいなかったのですか?」
 「ああ、そうだな……だから、よくわからないんだ。どうすべきか。おそらく彼を単純に解放するということは、彼の今後のためにもよくないのだろうと思う」
 ステラはおとがいに指をあてて、静かに思考に沈む。
 「ねえ、ミレニム……なんか、すごくいたたまれないんだけど、どうしてかな?」
 ジュラが少しソワソワしだした。
 「……私なんか、もっとよ。逃げ出したいぐらい……話がすごく重たいんですけど……それに、ポーションを売りつけた自分が、凄いひどいやつみたいじゃない」
 「うん、あれはない」
 ミレニムの口から、ぐっという声が漏れる。
 「……だって、しょうがないじゃない。自分たちを危険にしたやつに高い魔法薬をあげるお人好しなんていないわよ」
 ヒソヒソ話す二人に構わず、ステラはレオルをみつめて提案する。
 「彼の希望でもあるのですが、貴方の奴隷としてしてしばらく働かせてはどうでしょうか?獣人のスカウトは優秀ですし、それが彼の罰になります……罰によって罪をすすぐことで、彼は本当に解放されると、私は考えます。それに、彼は貴方に深い恩義を感じているようです」
 レオルは深く頭を下げて感謝の意を示す。
 「マスター・ステラ、感謝します。そのように手続きをお願いできますでしょうか」
 「賜わりました」
 ステラが手を叩くと、事務員が扉を開けて入って来る。彼女がそばに来た事務員に指示与えると、彼は頷いて戻って行った。
 「……ミレニムさんは、良い仲間を得ましたね。ギルドとしても、優秀な貴方が今後どうしていくのか、とても心配していました」
 「あ、ありがとうございます……彼等は私にはもったいないないぐらいの実力者です……なんで、冒険者をやろうとしているのか、わからないぐらい」
 ジュラが手を挙げる
 「僕は修行のため!お師匠に言われたから!」
 ジュラが手を挙げる。
 「俺は、まあ当面の生活費を稼ぐためだ……知り合いに、勧められた……これぐらいしか、できないだろうと」
 ステラが微笑む。
 「まあ、何だか冒険者の評価が低いような意見もあるようですね」
 「ギルマス、なんか怒ってません?」
 ミレニムがソファの上でも、距離を取ろうとお尻を移動させる。
 「いいえ、まさか……で、もう一つの件ですが、黒い魔物、再生するときに回りの樹木が、ただ消えていったとか」
 魔女が頷く。
 「……存在確率のエネルギーを吸い上げていたのでしょうか?」
 「聞き慣れない単語だな」
 ステラは、自分のなかから何かを引き出すように机を見つめている。
 「……知り合いの賢者がそんなことを喋っていたことを、急に思い出したのです……この世にあるものは存在することそれ自体が偶然にすぎず、そのものが存在する可能性のサイコロを振り当てて、初めてこの世に現界できるのだと」
 「なんか難しい話だね……僕達の存在はそんなに軽いってこと?」
 ジュラが腕組みして頭をひねっている。
 「……詳しいことはわかりませんが、そんなエネルギーをどうにかできる存在がまだいるとしたら……」
 「……そもそも、その魔獣こそ、なんで存在してるかって話ではないでしょうか?」
 ミレニムがギルドマスターの方をじっと見つめる。
 「……あの怪物に対峙したとき、身体の中から何か奪われそうな感覚があった。とっさに抵抗はできたが、その反動で突き飛ばされた」
 ミレニムが思わず立ち上がり、レオルに詰め寄る。
 「それって、貴方が存在自体を消されかけたってこと?!」
 「……そこまで、強力なものは感じなかったが……今までにない嫌な感じがしたから、ミレニムに警告した」
 ミレニムは呆れたように、息をついた。腰をに手を当てて、びしりと、指を突きつける。
 「そこは、良い判断だし、ありがとうだけど……これからは自分だけで動かないで!貴方は確かに、私よりも戦闘経験は豊かなんでしょうけど……」
 ジュラもレオルをかなりの眼力で見て、引き継ぐ。
 「僕達を頼って!」
 「そういうこと……仲間だよね、私達」
 「……済まなかった」
 「違う!……謝って欲しいわけじゃない」
 何かに気づいたように、二人を見遣るレオル。
 「……ありがとう、二人とも」
 
 咳ばらいを一つ。
 「……話を戻しても?」
 ギルドマスターが、優しい笑みを浮かべてみている。
 「あ、はい……すみません。場所をわきまえていませんでした」
 「……先ほどの件、こちらでも調査しておきます。混乱を避けるため、しばらく緘口をお願いします」
 「そう、なりますよね」
 一旦、この話は終わりになった。

 

ハクロ

 「兄さんが、レオルさんかい?」
 白虎の獣人が、廊下で待っていた。
 「ああ、傷は大丈夫か?」
 「おかげさんで、この通りです……感謝してもしきれない」
 「ハクロ」
 ミレニムが、一歩前に出る。
 乾いた音が、廊下に響き渡った。
 「……これは、私の分じゃない……私の大切な仲間を、危険にさらした分!……これでチャラにしてあげる」
 「ミレニムの姐さん、恩に着る」
 深々と頭を下げるハクロ。
 「兄さん、俺のことは聞いてるかもしれないが……挨拶させてくれ。名はハクロ、スカウトだ。情報収集、罠の探索や解除なら任せてほしい。兄さんに受けた恩、生命に変えてでも……」
 レオルが珍しく困った顔をする。
 「そういうのは、やめてくれ」
 「兄さん?」
 「生命は大事にしてくれ……そのために助けたんだ」
 ハクロは、ミレニムの方を見る。彼女もやれやれといった感で肩を竦める。
 「こういう奴なのよ」
 「はあ……兄さんはご奇特な方ですねえ。わかりました、力の限り兄さんの力になります」
 深く頭を下げるハクロ。
 「僕、ジュラ!よろしくね」
 雰囲気を読んでか読まずか、ジュラが強引に腕を取り上げて握手してくる。
 「ジュラさん、よろし……イタタッ、強すぎですって!」
 レオルは、それを見て笑う。ジュラには助けられてばかりだ。雰囲気が和らぐ。
 「よろしく、ハクロ。スカウトのお前の腕、頼りにさせてもらうよ」
 「……はい、任せてください」
 四人目の仲間が加わった。
 
 

 


 
 
 
 
 
 
 

 
 

 
 
 

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