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冒険者 #1
第一章: 出会いの火種
ロロス王国の王都ブラッドレインの冒険者ギルドは、朝早くから活気に満ちていた。木の梁がむき出しの古い建物には、多くの冒険者たちが集まり、酒場のようなざわめきが広がっている。壁には無数の依頼が貼られ、その前では男たちが熱心に話し込んでいた。
レオルは一歩、ギルドの扉をくぐると、周囲を見渡した。冒険者ギルドに来たのは初めてだが、噂以上に雑然としている。だが、彼の表情は無表情に近い静けさを保っていた。
「なるほど、これが人間たちの“冒険者”の集う場所か……」と心の中で呟く。
「とにかく、日銭は稼がないと……手持ちなんてあっという間に尽きますから」とは、ナルディア公女の言。なにやら公女とは思えない俗っぽい物言いだったが……
件の事件は、ボロボロになった魔族の側からは報奨などでるわけもなく、ナルディア公女のポケットマネーから少し謝礼が払われただけだった。
なかば出奔に近い形で国を出たレオルの懐は寂しく、ナルディアやフリーデのすすめで、まずは冒険者になることにしたのである。
ちなみに、なんで冒険者なんて名称なのか、と二人に聞いてみたが、よくわからないという答えが帰ってきただけだった。
彼の外見は普通の人間と変わらないが、実は魔族であり、他の魔族の能力を取り込み、自分の力とする特異な存在だ。その力を人々に知られれば、ただの冒険者どころか、すぐに追われる身となるだろう。
角など目立つところは、彼の能力で隠してはいるので、まずわからないはずとレオルはおもっている。
顔を隠すようにフードを深く被り、慎重にカウンターへ向かった。ギルドの受付嬢が明るい声で出迎える。
「ようこそブラッドレイン冒険者ギルドへ! 登録をご希望ですか?」
レオルは軽く頷いた。
「そうだ」
受付嬢は微笑みながら、書類を渡してきた。
「こちらに必要事項を記入してください。名前や簡単な戦闘経験などを書いていただければ、すぐに登録できます」
書類を書き始めたところ、背後から明るい声が飛び込んできた。
「おい、君も新人かい?」
振り返ると、赤い髪をポニーテールに束ねた少女が立っていた。彼女は動きやすそうな軽装で、戦闘経験が豊富そうな雰囲気を漂わせている。
「そうだが……君は?」
レオルが訊ねると、彼女は自信満々に胸を張った。
「僕はジュラ! 格闘術のエキスパートで、最強の冒険者を目指してるんだ!」
その瞬間、別の声が遮った。どこか冷静さを帯びた女性の声だ。
「最強を目指すのは結構だけど、そんな風に見知らぬ人に話しかけるのはやめたほうがいいわよ」
「ついでに、あんまりエキスパートとかの単語は控えた方がいいと思うけど……出る杭は、鼻につくわよ」
白いローブをまとった魔女が、少し離れた場所から歩いてきた。彼女は杖を肩に担ぎ、レオルを一瞥する。
彼女は、この冒険者ギルドでは、古参らしく慣れた雰囲気があった。
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「で、あなたは?」とジュラに続いてレオルにも質問を投げかける。
レオルは一瞬、考える素振りを見せてから答えた。「レオル。ただの剣士だ」
これも、ナルディア公女やテオのアイディアだ。
レオルは、人間の、特に冒険者ギルドなんてものは、分かっていない。とにかくそう喋れ、と言われていた。
その時、魔女――ミレニムは彼の隠された本質を捉えた。彼女の瞳が淡く光り、隠された真実を暴く「鑑定」の能力が発動する。
能力は天性のものであり、術とは全く一線を画している。
「魔族……!」
彼女の心臓が一瞬で凍りつく。自分の目の前にいる男は、ただの剣士ではなく、明らかに魔族だ。しかも、その魔力の質が尋常ではない。だが、その表情には敵意も傲慢さもない。ただ慎重に自分の立場を隠しているだけのようだ。
「どうしたの?」ジュラが首を傾げる。
「……なんでもない」ミレニムはわずかに震える声で答えた。
彼女は恐ろしくて言えなかった。この場で魔族だと叫べば、ギルド全体が騒ぎになり、彼女自身も巻き込まれるのは目に見えている。
一方、レオルはミレニムの視線を感じ取っていたが、それを気にする様子は見せなかった。
「それで、ジュラはギルドの登録を済ませたのか?」レオルは話題を変えるように問いかける。
「まだだよ! 僕も今から手続きをするところ!」ジュラが元気よく応じる。
ミレニムは、静かに背を向けてそそくさと去ろうとしたが、襟を急に後ろから掴まれて変な声が出た。ぐぇ、とかなんとか。
「ねえ、ここのところ、どう書くの?」
「……ねぇ、いま、技とか掛けなかった!?すごく、ぐぇってなったんですけど!」
ジュラに食ってかかるが、
「で、戦闘経験なんだけど、僕、山の中で修行してただけだから、よくわからないんだけど?」
「そういうのは、受付に聞いてよ……」
全く聞く耳を持たない様子なので、放り投げようとするが、再び襟をつかまれ、ぐぇとなる。
「え、お姉さん、登録のプロなんでしょ?」
さらには、とんでもないことも言ってくる。
「なんかそれ、私がしょっちゅうギルドをやめさせられて、やり直しまくってるみたいに聞こえるからやめてくれない!?」
「……で、仲良しなところ悪いが、俺も少し教えてもらえないだろうか?この、ランクだの、保証だの、書いてあることは分かるが、どうにも腹に落ちない」
「うー、うー、あぁもう、分かったから!」
ミレニムはとうとう白旗を上げて、近くのテーブルで講習を始めるハメになった。生来の面倒見がいいのか、お人好しなのか。
ただ、ジュラとレオルの二人とも、冒険者のなかでは、しっかり説明を読み込むほうだな、とミレニムは自分の中のすみっコのほうで感じていた。
「……で、ボッチのミレニムさん」
「……なんて?」
豆をいきなりぶつけられた何かみたいな顔をする、ミレニム。まだ教えてもいないのに、名前を呼ばれたことにもいささか驚いたが。
「だから、ボッチの……」
「喧嘩売ってんの!?」
ジュラが不思議そうに首をかしげる。
「え、あっちのお兄さんとかが、そう呼んでる聞こえたから……で、ボッチって?なんかの二つ名?」
「……いやだ、そんな二つ名……ほんと、勘弁して……涙でてきた」
ミレニムが、力抜けたように机に突っ伏す。
「ジュラ、ボッチってのは、友達とか仲間とかいないやつのことで、ひとりぼっちの略称らしい。まず、その本人に言ってはいけない、禁忌の言葉と、俺は聞いた」
レオルの場合、そんな教え方をしたのはアナスタシアなのだが。
「……そのボッチに、さらに追い打ちの詳しい解説しないでくれない?……ゴリゴリ削れるんですけど、私の中のなんかが!」
「いいんじゃない?」
「何が!」
かばっと、顔を上げるミレニムの目に、ジュラのにこにこ顔が飛び込んできた。
「もう、ボッチじゃなくなるじゃん、僕達でパーティー組めば、さ」
「え……いや、それは……どうなんだろう……」
秘密を抱えた魔族と能天気な考えなしの山育ちと組んでも、面倒ごとしか起きないような……
「……こう言ってはなんだが、組んでくれる誰かを待ってたから、冒険者ギルドに初めて顔出しした、俺達に声をかけたんだろう?」
レオルが、静かな声でミレニムに語りかける。
「……まあ、はい、そうです」
観念したように、ミレニムが俯く。
「なら、問題なし!だね。登録手伝ってくれたお礼に、パーティーに入れてあげるよ!」
「え、いや、でも……って、なんで、こっちが入れてもらう側!?先輩だよ、私!」
結局、ジュラが強引に受付嬢にパーティー申請を出すに到って、ミレニムも諦めたようだ。
こうして、偶然とも思える出会いが、後に深い絆と波乱を生む旅路の始まりとなった。