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冒険者 #2
初めての冒険
冒険者ギルドで新たな仲間と出会ったレオルは、ジュラとともに冒険者登録を済ませた。そして最初の依頼として、ブラッドレイン近郊に現れる魔物「ダスクウルフ」の討伐を引き受けることになった。
「いい、私Cランクで、あなたたちはFランク。で私がリーダーの場合、Cランクの依頼は受けられる。だから私がリーダーね」
と、ミレニムは胸をそらした。
「ええー、僕がやりたかったー」
ジュラが不満を漏らす。
「ジュラ、一度リーダーがどういうものか見せてもらったほうが無難だ。やり方を学ばせてもらおう」
レオルが、その後ろからジュラを宥めてくる。
「……え、リーダー交代前提なの?しかも、変なプレッシャー付きで」
「なるほど、レオル君は、なかなか考えてるね」
「それほどでもない」
「……しかも、なんか仲良し……」
ミレニムは、ジトッとした目で羨ましげに眺めていた。
ギルドの外に出ると、三人は改めて顔を合わせた。
「さて、せっかくだし、簡単に自己紹介でもしない?」ミレニムが提案する。
「そうだな。仲間として互いのことを知っておいた方がいい」レオルが頷く。
ジュラが真っ先に手を挙げた。「僕からね!名前はジュラ!龍気法を使う格闘家で、近接戦闘なら誰にも負けないよ!」
「龍気法?珍しい力を使うんだな」レオルが少し興味を示す。
「うん、まぁね。修行は大変だったけど、強くなれるなら何でもやる主義だから!」
続いてミレニムが口を開いた。
「私はミレニム。魔女よ。魔法全般を扱えるけど、特に攻撃系が得意かな。よろしくね」
「魔法使いと格闘家か……バランスの良いパーティーになりそうだな。」レオルが静かに応じる。
彼は、パーティーという言葉を、ようやく使い慣れてきたところだ。覚える専門用語が多くてなかなかミレニムとの会話に苦労させられている。
「違います、魔女です!……人間の魔法使いと一緒にしないで!」
ミレニムが腰に手を当ててレオルを指差す。
「え、何か違うの?魔女って、魔法使いの略とかじゃないの?」
ジュラが頭を少し傾け、ポニーテールがゆれる。
「違います一、こんな風に手とかに呪石が生まれつきあって、魔力量とか、人間には使えない術とか、使えるの!」
両手に確かに橙色の石が、紋様を描くように埋まっている。
「例えば、どういった術のことを言うんだ?」
レオルが興味深げに聞く。魔女という存在を知らなかった分、聞きたい事があるようだ。
「そうね、召喚術、転移術……まあ、これは嫌われるけど死霊術、あと、陣と薬学も人間とは違うんだから!」
「ミレニムは、みんな使えるの!?」
ジュラが、身を乗り出し気味に聞いてくる。
「え、私は魔術が専門で、召喚と薬学が少々……他はあんまり」
「そっか!……それでレオルは?」ジュラが期待するようにレオルを見つめる。興味がくるくる変わるのがジュラらしい。
「……ただの剣士だ」彼は短く答える。
「ラナーグ公国の方で、魔物退治を時々していただけだ」
魔物を、魔族や魔王に置き換えれば、嘘ではない。
「ふーん、それだけ?」ジュラが少し不満そうに口を尖らせる。「なんか、武術とか剣術とか使えないの?強そうなのに……」
「いや、悪いが我流だ……闘う中で自然と身につけただけだ。ジュラみたいに体系だてて学んだわけではないよ」
「そっかー、レオルの闘うとこ、早く見てみたいなー……お師匠にいろいろ学んで来いって、言われてるからさ」
ミレニムは笑顔を浮かべながらも、心の中では冷や汗をかいていた。彼女の「鑑定」の力で分かるのは、レオルがただの剣士ではなく、恐るべき魔族だということ。しかし、彼がその事実を隠しているのも分かる。
(魔族……けれど、彼には敵意がない。今はそれでいいわね。私が余計なことを言えば、最悪の事態になりかねない)
「さあ、早く討伐に向かいましょう!」ミレニムが話題を切り替えるように提案した。
ブラッドレインの森
ダスクウルフが出没するとされる森は、町から徒歩で半日ほどの場所にあった。木々が鬱蒼と茂り、昼間でも薄暗い。足元には枯れ葉が積もり、湿った土の匂いが漂っている。
「で、そのダスクウルフってどんな魔物なんだ?」レオルが問いかける。
「夜行性の狼型魔物ね。鋭い爪と素早い動きが特徴だけど、群れを作らないから一体ずつ倒すのはそこまで難しくないわ」ミレニムが説明する。
「……一体ずつなら、力試しにはちょうど良さそうだ」レオルは剣の柄に手を触れる。
森を進むにつれて、風が冷たくなり、不気味な気配が漂い始めた。
ブラッドレインの森の戦慄
鬱蒼と茂る森の中、風は次第に冷たく湿り気を帯び、木々の間を抜けるたびに低い音を立てた。その音は、森が息をしているか のようにも聞こえる。レオルは剣の柄を握 りしめ、足元の枯れ葉を踏む音さえも聞き逃さないよう耳を研ぎ澄ませていた。
「......何かいる」ジュラが囁くように言う。 彼女の視線は森の奥の暗闇へと注がれ、その拳には 薄青い気がほのかに灯っていた。
ミレニムは静かに杖を握り、まるで森そのものが動き出すのを待つように立ち尽くしている。彼女の紫の瞳が微かに輝き、周囲の魔力の流れを感じ取っていた。
「気を抜かないで。ダスクウルフは単独で現れることが多いけど、油断は禁物よ」
その言葉の直後だった。森の奥底から突如として影が飛び出した。低く唸る音と共に現れたのは、体毛が漆黒に染まり、瞳が赤く輝く狼型の魔物――ダスクウルフだった。
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「来た!」ジュラが叫び、地を蹴って前に出る。その拳に宿った気が輝きを増し、力強い一撃を繰り出した。
「……思ってたより、随分大きい。それに硬いよ!」
「外骨格の魔物は、総じて頑丈だ、気をつけろ」
レオルが、剣を構える。その剣の柄には、瞳があった。
〘え、何、あの剣……スルーできないもの出さないで欲しいんですけど……〙
いかにも怪しい剣→それは何と聞く→魔族ならではの能力で作り出したことが判明→ダスクウルフの目の前で、パーティーの連携が崩壊、という考えが、ミレニムの頭の中で演算された。
〘よし、見なかったことにしよう!全力で!〙
ダスクウルフは巨体にしては俊敏な動きでその拳をかわし、低い姿勢から鋭い爪で反撃を試みる。 しかし、ジュラはそれに応じて流れるように身をひね り、次の攻撃のための間合いを取った。その動きには淀みがなく、まるで獲物を狩る獣そのものだった。
「ジュラ、無理はしないで!」 ミレニムが警告を発しながら、杖を掲げる。「炎球よ!」
彼女の杖先から放たれた火炎球が森の闇を赤く染め、ダスクウルフの足元に着弾す る。爆発音と共に土煙が舞い上がり、魔物は一瞬ひるむ。
「さすが!」
ジュラが笑顔で応じ、 その隙にもう一度攻撃を仕掛けた。
ダスクウルフの鋭き爪が迫る!
ひゅっ、と息をつく、ジュラ。
この時、不可思議なことが起きた……ジュラが両腕で、円を描く……魔獣の巨体が、前脚を軸にふわっとと傾いて、頭部が樹齢の肥えた針葉樹の幹に叩きつけられる。ダスクウルフが、痛みに啼く。
「なに……!?今の」
ミレニムの目が、大きく開かれる。
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その後方で、レオルは冷静に戦況を見極めていた。
〘重刃の能力を出すぞ〙
剣がレオルだけに聞こえる声で話し掛けてきた。
これは、かつて並列思考を持つ魔族から奪った能力の応用で、魔剣に自身の思考や意識を転写させているのである。
自分の能力の一部を魔剣に持たせて、必要なときに引き出すやり方をあの戦いののち、ナルディアたちの提案を元に独自に編み出していた。
〘うーん、なんかあの剣から……意識の流れみたいなものが感じとれるなあ……無視、だよ、私〙
ミレニムが少し離れたところで、何ともいえない表情をしていたが、レオルの預かり知らぬことだ。
「やるぞ」低い声で呟き、レオルは一歩 前へと踏み出した。
彼の剣がただ一閃、横に薙ぐ!
その直後、 奇怪なことが起きた。
ダスクウルフの身体に見えない何かに潰されたが如く、横一筋、身体の中央が潰れていく。巨大な刃に押し潰されたが如くであった。
魔物は呻き声を上げると地に崩れ落ち、動かなくなった。
「すご!レオル、すごーい……なになに、その技!僕にもできる?」
ジュラが、自分のことのように、はしゃぐ。
〘できるわけないでしょう!?〙
ミレニムは心のなかで、全力で叫んでいた。
彼女には、圧縮された魔力の刃がダスクウルフを押し潰すのが、見えていた。あきらかに人間の枠を飛び越えていた。
ジュラのよくわからない武技にも驚いたが、レオルのは一目でわかるほど人外、ミレニムでなければ、ドン引き程度では済まない。
物語にしかでてこない勇者とかでもない限り、できる技ではないと、ミレニムは思っている。場合によっては、ギルド上層部に報告ものの案件である。
〘頼むから、ごまかしきれる威力にして……〙
パーティーリーダーとして、黙っている限界というものがある。それをやすやすと突破されては、立場がないというものだ。
「できてすぐ、パーティー解散なんて……」
その時だった。
暗闇の奥から次々と赤い瞳が輝き、唸り声が風に乗って響いてきた。ダスクウルフの群れが、一斉に彼らに向かって 突進してきたのだ。
「まさか、群れなんて.......?」 ミレニムが低く呟 く。
「逃げては、後ろから喰い付かれる」
レオルは、もう一戦やらかすつもりだ。
「これは……やるしかないよ!」 ジュラが再び 構えを取り、気を全身に巡らせる。
「……待って、ダスクウルフだけじゃない、なんか嫌なものがいる!」
ミレニムが魔力を高めて視力を強化し、 遥か森の奥を見遣る。
「……なに、あれ?!」
そこにはダスクウルフよりひと回り大きな、ミレニムが見たこともない怪物が、こちらに向かってくる姿があった。
歪んだ魔力を感じとったミレニムは、一歩後ずさる。
「……こんな魔力、知らないわ……」
脅威は、すぐそこまで迫っていた。