ピーチ 12月17日 君の好きが僕の好きになる。
「“つばき”って、知ってますか?」
5年前の声が蘇り、胸の鼓動が大きくなる。
向かい側のホーム、冬空に立つその女性は寒そうに、真っ赤な長いマフラーを首に巻いて、駅の大きな看板横で風を遮り電車を待つ。
あっ という声がマスクの中で漏れて、目を見開いているとも分からずに、次の記憶は階段を駆け下りる所まで飛んでいた。
無我夢中で走る足は、疲れを感じず、ただひたすらに前へと進む。
あと少し、もう少しで、そう思いながら駆ける僕の思いとは裏腹に、無惨にもホームに特急車両が到着して、僕がホームに駆け上がった頃には、人一人いなかった。
「“つばき”かぁ、そっちはあまり詳しくないんだよな。」
好きな人の好きなものを好きになりたい。
今までだって、そうしてきた。
僕の趣味の多くは好きになった人の好きが詰まっていて、そうして僕の人生は積み上げられてきた。
僕が“つばき”を好きになるにはそう時間はかからず、むしろ好きなものをより好きになるような勢いで、僕は“つばき”を好きになっていった。
彼女は言った。
「なんだか私より先輩の方が好きみたい」
そうやって僕も彼女も小さく笑って、2年前から知り合っていたのに、初めて自然と笑い合うことができた。
君を連れ去った特急車両を僕は恨む。
だけど“つばき”と君を思い出すことが出来て、本当によかった。
君は今どこで何をしているのですか?
僕はちっとも分かりません。
欲しかったものは何も手に入れられず、ただ過ぎる時間を呆然と眺めながら、鏡の前で老けた自分の顔を、意気地無しのように見つめるのです。
赤い花を見ても思い出せないのに、淡いピンクを見ると思い出す、君のことも“つばき”のことも。
苗字が変わったのかどうかさえ、今の僕には分かりません。
ただ僕は君が幸せで生きていてくれればいいなんて、そんなかっこいいことも思えません。
僕はただ、君を知りたかった。君の隣に居たかった。
君が遠くに行ってしまいそうな、そんな予感がした日から、もう僕は君に会っていません。連絡だって、していません。
あるとすればたった一つの後悔。思い残し。
君に好きと言える時に、君に好きと言っておけばよかった。
連絡手段はあります。きっと返事も帰ってきます。
だけれど僕はもう君に連絡をすることさえ躊躇って、どこまでも意気地無しに美しい生き方を歩むのです。それが今僕ができる君への誠意を魅せる、ただ一つの方法でしかないのです。
出来ることならまたいつの日か、会ってみたい。
今度は僕が、遠くに行ってしまう前に、君に思いを伝えたい。
例え過去の美しい自分がどれだけ汚れようとも、もう後悔はしたくないから。
今でも僕は、君が好きなのです。
もう何もいらない。残すものだって何も無い。
あの時君の事を好きと言えばよかった。
僕は今、君に恋してる。