冬の路上と私の生き様
深夜の片田舎の町で千鳥足で歩いていると、時々電柱にぶつかって、そのヒヤリとした冷たさが妙に癖になったことはないだろうか。
ある年の瀬の事、私は今年も例年通り酒を飲む日々が続いていた。
無論、学生時代からずっと酒は飲んでいたが、こうも派手に飲み歩くようになったのはここ最近、私が転職してからだ。
高校時代の旧友と出会い、その旧友が旧友を呼び、私たちは男女10人ほどの大所帯飲み仲間を結成した。
久しぶりの再会に心ときめいてか、結成初期のころは誰が誰かに恋に落ちるなどあったものの、それらは例外なく成就せず、今は落ち着いた関係を保てているのだが。
しかし何度飲んでも話の尽きることがないせいか、私はいつもベロベロに酔うまで飲んだくれており、この日は特に酷く、駅で終電を待っている10分間の間だけで何度吐きそうになったことか。
そんな折、電車に乗り込んだものの席はどこも空いておらず、私は絶望感に打ちのめされた。
吐き気こそ和らいだが、次に頭痛と酷い睡魔に襲われ、揺れる電車、両手で一本のつり革を掴んだ私は、その柔らかい体を前後左右にゆらゆらと揺らしながら、電車の中で両足をついて立っていることが精一杯だった。
しかしあろうことか、急病人発生という終電では最大のイレギュラーに遭遇し、電車は急停止。慣性の法則が働き、ゆらゆら揺れる私の三半規管と運動神経は全く機能しておらず、電車の進む方向へあれよあれよと進んでいき、遂には片足で不安定に“おっとっと”と歌舞伎の六法のように進んでいき、止まることない私の体は、私より体の大きい乗客に体当たりしていった。
「す、すみません~」
呂律が上手く回らない私はグルグル回る視界の中、その乗客が無言で立っているのに恐怖し、全身が強張った。
次の瞬間電車が動き出し、また歌舞伎の六法のように今度は元いた場所に下がるようにのけ反ったが、さっき私に体当たりをくらった乗客が今度は私の腕を掴み、私の奇妙な動きを止めた。
「ちょっとあんた、危ないですよ。そんなフラフラで。」
その乗客は私に強い口調でそう言って、私が奇妙な動きで六法のように進んでいくのを止めてくれた。
私は強気な自信が一気に無くなり、全くその通りだと実感してからシュンと落ち込むまでそう時間はかからなかった。
次の駅、私の自宅のある駅に到着したので、助けてくれた乗客に小さく頭を下げ、電車を降りると、先程の乗客も電車を降りた。
勿論この人もこの駅の近くに自宅があるからなのだと思っていたが、助けてくれたお礼はせめてこの口からちゃんと言いたいし、謝りたくもあった。
そんな私はまだ焦点が定まらない視界に写るその人を後ろから走って追いかけ、コートの裾を掴んで止めた。
しかしその人が振り向いた瞬間、私は目がグルグルと回り、胃の中から込み上げてくるらしい物を口から勢いよく地面にぶちまけてしまった。
何という失態。良かれと思った行動が裏目に出るとはこのことである。
そう考えているとなんともう一発、私は酷く醜い物をコンクリートの地面にぶちまけ、何と今度は先程と違いその人の靴にもソレをかけてしまった。
私の頭の中は真っ白になり、アワアワと狼狽えていると、先程の乗客が小さくため息をつき、コートのポケットからハンカチを取り出し、「とりあえずその鞄は拭いた方がいいよ。」と言って、自分の靴も拭かずに私にハンカチを差し出した。
「アンタ相当酔ってるんだから、そこのベンチで座って待ってな。」と言って、私を近くのベンチに座らせる。
真っ白になった矢吹丈の如くベンチに項垂れて座る私は、あの人が白い自販機の方へと向かっていく姿を見ながら、やるせない気持ちで胸がいっぱいになった。
1分程してからその人が戻ってきて、私に青い空に雄大なアルプス山脈の絵が印字されたペットボトルの水を手渡してきた。
「酔った時はとりあえず水飲んで、アルコール薄めて、あとそんな酒飲みすぎちゃダメでしょーが。ちゃんと自分の限界しっておきなよ。」
思っていた何倍も優しい口調で私にそう説き、強い風で上品な黒いトレンチコートを翻して、振り返りもせず颯爽とその場を去っていった。
今の自分がどんな気持ちかわからないが、きっととんでもない顔をしていることに違いない。
私はこれからの人生、自分自身を律し、正しい酒の飲み方をするように、固く心に誓った。
全身に心地よいヒヤリとした感覚が走り、頬を切る冬の風が冷たくて気持ちよかった。
目が覚めると私は両手両足を全力で広げ、グレーの太い電柱に絡ませてしがみついており、右手には度数9%の缶チューハイを大切そうに握りしめていた。
ひざ丈のスカートは電柱のせいで小刻みに何か所も破れ、白いファー付きのコートと地面に叩きつけられている無残な鞄は私の口から出たであろう醜いものに侵され、クリーニングでどうにかなるかわからないほどのダメージを受けている。
右手に持った缶チューハイを見て、まさか昨夜の男性は私に缶チューハイを与えたのか!と、一瞬思ったが、無残に自分自身で汚した鞄の中には、印字された雄大なアルプス山脈が酷くへしゃげた状態でペットボトルの水が突っ込まれていた。
あれは夢や幻覚ではなかったんだ。
昨夜固く誓った。もうお酒で失敗はしないって。
白いコートのポケットに手を突っ込むと、駅前のコンビニのレシートが出てきて、しっかり缶チューハイ2巻と焼き鳥3本を買っている形跡が出てきた。
ショートカットの黒い髪の毛をかき上げながら、私は今日も自分の限界を知らずにお酒を飲む。
あとがき
皆様いかがお過ごしでしょうか。
はむくらぶです。
大阪の冬もどんどん寒くなってきて、最近職場への出勤時の服装は防寒に全振りした着膨れスタイルになっています。
さて、今回もまた短編となりましたが、冬の物語になりました。
前回投稿時のあとがきでお話させていただいていた物語とは別で、これはこれで最新作となっています。
2000字程度の短編ではありますが、私はこの小説結構気に入っています。
特に主人公の〝私〟
これがまた想定外の働きを見せてくれました。
お気づきかどうかわかりませんが、小さなトリックがこの小説には入っています。
まったくもってミステリー要素の無い小説ですが、強いて言えば果糖0表示に含まれる程度の糖分は入っていると言っていいでしょう。
この〝私〟が最重要ポイント。
どうですか皆様、少し読んでいて違和感を感じませんでしたか?
私は書いている途中で違和感を感じながらその面白さに書く手が止まりませんでした。
そう、〝私〟は男性像からはっきりとした女性へと変わっていくのです。
物語の序盤。はっきり言って男性像のイメージで書いていました。
無論この段階で〝私〟は男性像でしか無く、そういったイメージで書き進めていました。
しかしどうしたことでしょう。段々と〝私〟が可愛く見えてくるじゃありませんか。
そしてなんと最後には女の子という事実!何回か吐いてるゲロインではありますが 笑
なんだかそうやって少しずつ変わっていく様がおもしろく、書いていて飽きが来なかった作品です。
お酒での失敗、私はここまでの失敗をしたことはありませんが、毎回もう酒は飲むまいと深夜気分を悪くしながら思っています。
ですが翌日になるとまた飲みたくなっちゃうんですよね。
大変中毒性のあるものなので、お酒はほどほどに。
それではまた次回、お会いしましょう。
さようなら。